黒のキング登場
その日、何事もなく袖女との午後の訓練を終えた俺は、ソファに座り込み、テレビに流れているバラエティー番組をじっと見つめていた。
別にその番組がお気に入りというわけではない。少しテレビをつけてみたら、たまたまその番組がやっていたので見ていただけ。
(……ふーん)
ふと、笑えるシーンに直面しても、俺の口角が上がることは決してない。この現象は、疲れ切った体に、口角を釣り上げるほどの筋力すら残っていないことの表れだ。
こうやってテレビ番組を意味もなく見つめるのは何回目だろう。
最近……違うな。ほぼ毎日、疲れきった日の夜はこうして、その日その日にやっているテレビ番組を見ている気がする。俺の体にとって、自分の体を落ち着かせる一瞬のルーティーンになっている。
そう思いつつ、バラエティー番組のコーナーの1つである即興漫才を見ていると、体の右側にずん……いや、ずむんとだろうか、優しくも暖かい、そんな重みを感じた。
「……袖女か」
「ええ」
疲れた体と連動するように、とろとろの声で言葉を返してきたのは、他の誰でもない袖女だった。
俺がこのルーティーンを行うと、決まって袖女が隣に座り、体を預けてくる。理由はわからないので、一度理由を聞いて見たのだが、どうやら男には話せない女の事情があるらしい。下ネタでも秘密でも、大抵のことを言語化する男とは違うんだなと、つくづく女の難しさを痛感させられた。
「最近多いな、隣に座ってくるの」
「嫌ですか?」
「男としては悪くない」
そう言いつつ、袖女の姿を確認するため、眼球を動かし視界の中にその姿を入れる。
(……おお)
2人ともすでに入浴を終えているため、俺はTシャツ、袖女はパジャマである。
俺はともかく、袖女の体はパジャマを身につけ、洗い立ての髪からはシャンプーの匂いが漂う。水分を含んだ肌は普段よりも艶やかに見えた。
当然、官能的。
特に、少しぶかぶかのパジャマがズレて肌が露出している肩から胸元にかけての部分が100点。マーベラス。実にすばらしい。
パジャマで隠された胸元のその先を確認するため、歪んだ姿勢を思わず正し、上から覗き込もうとしたい衝動に駆られるが、そんなことをしてしまえば、俺はただの変態に成り下がってしまう。男としての正しい衝動をなんとか押し殺し、バラエティー番組に集中することに成功した。
「……ねぇ、明日いなくならない?」
敬語を使うこともめんどくさいと感じるほどに疲れているのか、甘えるような猫なで声で話しかけてくる。
「何回目だよその言葉……まだいなくならないよ」
「……ん……」
そう言いつつ袖女の頭を撫でると、満足したのか、それ以上何も喋らなくなった。
――――
次の日。
袖女との訓練を終え、昼ご飯を食べた俺は、ブラックと共に訓練所への道を飛んで向かっていた。
(……疲れが取れてないな。睡眠時間が足りないのか?)
体のきしみとともに、自分の体が常に消耗状態だということを認識する。一瞬、袖女との訓練の影響だという考えが頭をよぎったが、頭を振ってその考えを頭の中から消した。
あの程度で俺の体は息切れを起こしたりしない。この体の疲れは、全ておじいさんとの訓練の結果だと自分の脳に思いこませた。
「よっ、と……」
そんなこんなで民間訓練所に到着。おじいさんの話だと、今日からは黒のキングが訓練に参加してくれるらしい。
「へへ……」
まだ見ぬ強敵がわざわざ待ってくれている。それだけで心が震え、さっきまで消耗していたのが嘘のように、体からエネルギーが溢れ出す。自分でも思うが、数多の戦いを潜り抜け、俺も立派なバトルジャンキーになってしまったらしい。
体から溢れ出るエネルギーをそのままに、訓練所の中に足を踏み入れようとする。
「……来たか。はっちゃんが目をつけてる男よ」
その瞬間、目を見張る恐ろしい出来事が起きた。
「……あ?」
目の前に映っているのは、いつもの訓練所の風景。そしてその中心にいる1人のおじいさん。
その姿は白のキングと瓜二つ。ただ1つ違うポイントを述べるとするならば、アゴに蓄えた髭が白とは真逆の黒だということのみ。
(は……え……?)
しかし、俺はそれよりも、自分の身に降りかかった出来事に脳内の思考を奪われていた。
(いつの間に……訓練所の中に入ったんだ?)
さっき、俺は訓練所に入ろうと第一歩を踏み出したところだった。
なのに、次に目にした光景は訓練所の中。普通なら訓練所へのドアを開ける光景が存在するにもかかわらず、一気に訓練所の中へワープしたかのように移動したのだ。
おそらく、目の前にいる黒のキングの能力。
(これが……黒のキングか!)
俺はその恐ろしさに、武者震いで体を震わせるが、黒のキングはそれを気にせず、淡々と言葉を述べた。
「よし、早速訓練を始めるぞ」
「……ああ」
黒のキングとの特別訓練。その火蓋が切って落とされた。