正気
深夜にまた会いましょう
俺の不注意によって起きてしまった人だかり。その中の中心にいる袖女は、俺に詰め寄りながらも質問攻めにあっていた。
「ねぇ! 伸太くんとはどういう関係なの?」
「付き合ったのはいつ!?」
「初体験は!? もうした!?」
「うるさい!! 付き合ってもないし初体験なんてしてたまるかぁ!!」
何の遠慮もなく踏み込んだ質問をしてくる女たちを、いつもの袖女からは想像もできないような怒鳴り声で一喝する。
俺からすればよく見た姿だが、他の神奈川兵士たちからすれば、思いもよらなかった返答だったのだろう。さっきまでのライブ会場のような空気が一転、いつもと変わりない廊下かと思うほどに静かになった。
が、さすがにこの人の量だと、静寂もそう長くは続かない。すぐに人の話声で耳が埋まってしまった。
再び質問され始めたことなど知らんとばかりに、袖女はこちらにズカズカと迫ってくる。
「きゃっ! あの2人がどんどん近づいていくわ! みんな、2人の空間を作るのよ!」
どこからともなく飛んできたその声に、周りの人間たちは従い、俺の側へ近づけるくらいの道が作られ、その道を袖女がズカズカと歩いていく。
やがて俺の目と鼻の先まで袖女が近づく。今回に限ってはもう1発殴られても仕方がない。これは自分の知名度と部屋から出るのを見られた時のリスクを軽視していた俺のミスに他ならないからだ。
しかし、袖女は殴ろうとするそぶりを見せず、周りに聞こえないように小声で話しかけてきた。
「……どうするんですかこれ」
(なるほど、あくまで乗り切る方に舵を切ったか)
袖女の中には、確かに俺への怒りもあるだろう。だが、今の状況は自分が俺に暴力を振るったとしても何も好転しない。むしろ自分のキャリアに暴力事件のレッテルを自分から貼り付けるだけだ。それを理解し、袖女はあくまでこの場を乗り切るのを先決したのだ。
(……助かった)
俺は袖女の評価を上げつつ、こちらも小声で問いに答える。
「……正直、こうなると思ってなかったからな……女どもに質問されてただろ? なんて答えた?」
「訓練を手伝ってもらってただけ、部屋に入れたのも訓練の話をしたいから……とは言いましたけど……」
「こいつらを解散させるには少し弱いか……」
「はい」
袖女の返答は悪くはない。1対1ならそれで納得してもらって帰すこともできただろうが、今回の相手は複数。その分、脳の数も多い。
故に、袖女の言い分の穴を指摘される可能性が大きくなる。
例えば、訓練の話をするなら訓練所ですればいいのになぜわざわざ部屋に入れてやるのかとか、訓練を手伝うのになぜ俺なのか等、言い出せばキリがない。
「……こういう大衆の黙らせ方は簡単だ」
「その方法とは?」
「何かドでかいことをこいつらの耳に聞こえるようにぶちまける。そうすりゃ1発だ」
ドでかい衝撃の事実をこいつらに突きつければ、簡単に黙らすことができるし、そんな衝撃の事実も、もしもの時のために1つだけ用意している。
「……嫌な予感しかしませんけど」
「いいから聞けって! だから……」
俺は袖女に女どもを黙らせるための内容を話した。
「……正気ですか?」