白のキングレッスン
明日の昼1時に会いましょう。
いつにも増して厳しく、小石を2倍の速さで飛ばしまくった結果、袖女はいつも以上にボロボロになってしまった。
やはり、オーラを放出した後の運動はいつにも増して体力を使うのだろう。部屋に帰ってきた瞬間、リビングのカーペットの上に倒れ込み、風呂にも入らないまま眠り始めた。
「……ま、これくらい疲れてくれたのなら大成功だな」
俺と袖女が訓練を行ったのは、部屋から訓練所への行き帰りを加味すると45分ほどだ。決して長い時間ではないが、その短い時間で帰ってきたら倒れて眠ってしまうほどの疲労を覚えてくれたのは教える側としても嬉しいかぎりだ。
「さて……袖女がこんだけ頑張ったんだ。俺も頑張らないとな」
俺は部屋のドアを開け、民間の訓練所へ行くため廊下を歩いていく。
それを見つめる視線に気づかずに。
「ひ、ひよりの部屋から……男……!?」
――――
いつも俺が使っている民間の訓練所、いくつかに区切られた訓練スペースの中の内の1つに、不自然にぽつんとおじいさんが立っている訓練スペースがあった。
他の訓練スペースには若い女性たちや、女性たちに囲まれる男がいる中で、訓練をする場所に似ても似つかないおじいさんの姿。通り過ぎた人は怪訝な顔でおじいさんを見つめたり、そこだけ触れてはいけないもののようにスルーしたりしていた。
(明らかに悪目立ちしてるなぁ……)
民間の訓練所とはいえ、訓練できるスペースはかなりあるため、探すのに少し時間を要するかと思ったが、その異質な雰囲気のおかげで簡単に見つけ出すことができた。
「おーい」
「ん? おおー……待っとったぞ!」
俺を見つけたとたん、おじいさん相応のヨタヨタした動きが1点、水を得た魚のように生き生きと手を振り始めた。
そのギャップにクスリと笑いつつ、おじいさんと同じ訓練スペースに入る。
「よし。早速始めるかの」
「いやちょっと待ってくれ」
おじいさんが訓練を始めようとすると、そこにすかさず俺が待ったをかける。
「どうした?」
「おじいさんって、これからどう呼んだらいい? 今まで通りおじいさん? それとも八木さん?」
「ああ……今まで通り、おじいさんで頼もうかの。もう長らく前線には出ておらんから、顔は知られておらんのじゃが、八木という名前だけは今でも知れ渡っておるからな」
俺の訓練相手は最高戦力であるチェス隊の中のさらにトップ。トップクラスではない。正真正銘トップの存在だ。
そんな存在を神奈川派閥の人間が知らないわけがない。つまりおじいさんを呼ぶ時も、「もしかして白のキング……?」と思われないようにしなければならないため、どう呼んだらいいかを聞いたわけだ。
「わかった」
「それにしても……お前にそんな心遣いができると思わなかったのう」
「うるせ。それのせいで訓練できなくなるのが嫌なだけだ」
「ふむ。そういうことにしておくか」
その言葉を区切りに、おじいさんと俺は少し離れる。
「……さて、訓練開始といくか」
「ああ」
拳と拳が交錯する。