よく考えて
さっき戦ったおじいさん……もとい、八木源五郎が白のキングだったことに興奮が隠せなかった俺は、あの後も訓練所に入り浸り、興奮で動きたいと訴えている体を思う存分に動かしていた。
「ふう……」
1段落済んでスマホで時間を確認すると、時刻はもう6時過ぎ。これ以上の訓練はオーバーワークになってしまう。ここらで終わりにするのが妥当だろう。
(今日はここまでにするか……)
「ブラック。帰るぞ」
「ワン!!」
俺の言葉に同調し、一緒に訓練していたブラックがこちらに寄ってくる。ブラックの状態を見ると、舌を出し、珍しくハァハァと息を荒げていた。この様子を見ると、大分体力を削ったらしい。
(ブラックにもずいぶん無理させちまったな……)
ブラックは犬の分、人間よりもサイズは小さい。よって、スタミナの量も人間より低いはずだ。これ以上の運動は明日に響いてしまう可能性がある。
(もっとも、ブラックが普通の犬だった場合の話だけど)
ブラックは普通の犬ではない。大阪派閥で兵士として訓練されたいわば軍用犬だ。本来あるはずのないスキルをその身に宿し、ただの犬とは思えない俊敏な動きをする。
なぜ大阪派閥から抜け出したのかは定かではないが、明確に俺の味方であることは確かだ。
「……どちらにしろ、もうやめたほうが良さげ……」
独り言を垂れ流しながら、ブラックを連れて訓練所から出だその足取りは、何故かいつもよりも軽く思えた。
――――
「ふーっ……」
オーラ不足でエネルギーが足りなくなっている体を懸命に動かしながら、私は家事を進めていた。
「こんなもの……いや、そういえばブラックのドッグフードを切らしてましたっけ」
いつもならめんどくさいと思ってしまう家事も、なぜかここ最近は楽しく感じている。
いや、理由などわかっている。
(……確実に、着実に強くなっている)
ここ最近のところ、彼と行っている訓練。それが功を奏し、日々強くなっていく毎日が楽しく感じるようになっていた。前は1分と持たなかったが、次は2分は耐え凌げるかもしれない。
次は2分、次は3分と――――自分がどれだけ強くなっているか、妄想が膨らむ。
私も、彼の訓練に適合したということか。
私はそう思いながら、ドッグフードを買いに行くためのバッグを片手で持ち上げると、バッグを持ち上げた片手に筋肉痛による鋭い痛みが走った。
「いづっ……」
(いや……訓練で筋肉痛になっているようじゃ、まだまだ適合したとは言えませんね……)
「ふふふ……」
自分のふがいなさに、皮肉の笑いを漏らしつつも、私はいつもの通りドアを開こうとすると、部屋中にインターホンの音が響き渡る。
(……? 旋木先輩ですかね)
チェス隊の中では落ちこぼれ扱いの私の部屋に来ようとする人など、旋木先輩しか知らない。何か任務があったかなとスマホの予定帳を確認するが、任務が入っているわけでもない。
(……とりあえず出てみますか)
「はーい。なんです――――」
ドアを開け、私の目の前に立っていたのは……
「――――斉藤さん?」
「ええ……少しいいかしら?」
黒のクイーン、斉藤美代だった。
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