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幕間 ひよりの心情 その1

 かけたね。うん。


 次はその2を投稿します。

 手が震える。寒気がする。心が落ち着かない。布団の中に入っても寒気は消えないし、体の震えも止まらない。


 ここに彼はいないのに、ここには何もいないのに。



「はぁ……」



 布団の中で聞き慣れた自分のため息が耳に入る。彼の家に居候してからは、これがはじめてのため息かもしれない。

このため息は誰に対してのため息なのだろうか。彼だろうか、自分の境遇だろうか、それとも自分自身だろうか。


 今まで、自分の道を盲信するレベルで信じてきた。たとえ間違っていても、気づかないふりをして、ただ前だけを進んできた。



 …………もう、自分を見失いたくないから。



 事実、そのスタンスをとり続けることにより、私を取り巻く何もかもが変わっていった。友達だってできた、任務だって人が変わったかのようにどんどん成功していった。上司だって私に優しくなった。数少ない男子にも非常にモテた。


 私は変われた。


 イケイケだったのだ。黄金期だったのだ。負けるわけがなかったのだ。



 …………だが、負けた。



 自分のベストコンディション。負けるわけがない雰囲気、空気、気持ち、スキル、場所。

 負けるわけがない状況だった。なのに負けた。



 …………結局、何も変わってなどいなかった。



 …………もちろん、自分も。



 負けたと自覚してから、初めて目覚めた感情は、悔しいとか復讐心とか、そんな自分や彼に対するものではなかった。



 ただ……周りの目が怖かった。



 所詮ガワだけだったのだ。周りの見る目は一段と変わって……いや、元に戻ったと言ったほうが正しいか。


 周りは私より弱いくせに、冷たい視線へと戻り、男たちはここぞと言わんばかりに私を慰め、好感度を稼ごうとした。

 私より階級が上のチェス隊はいっちょ前に私を心配な目でみてくる。内心ではほくそ笑んでいるくせに。


 私も女だからこんな事を言うのも変だが、女の怖いところだ。たったの1回、されど1回ミスをしただけで、女は評価を一変させ、元に戻る。


 悔しさや復讐心を芽生えさせたのなんて、もっともっと後だった。



 大阪に行ってからも、負けて負けて負けて…………



(ああ……くそっ……クソっ……)


 こんな事を考えている時にも、手の震え、体の震えはおさまってくれない。考えるだけで震える体になってしまった。昨日までは大丈夫だったのに。


 精神こころが自覚するのとしないのでは、体への反映が全く違う。自覚するが故の恐怖だ。


(落ち着け……落ち着け……落ち着け……)


 大丈夫だ。考えなければ良いのだ、感じなければいいんだ。真っ白にして、眠ることだけに集中して、眠ることができればいい。


 幸い、彼が使ったことがない布団、そして部屋だったため、彼の匂いもあまり感じず、ゆっくり、とてもゆっくりだが落ち着くことができた。


 震えが止まる頃には……


 私は眠ることができた。









 ――――









「ん……ふあ……」


 体がムクリと起き上がる。チェス隊では他の隊員よりも早く起きていたので、早起きは得意分野だ。


 洋室で私服に着替えた後、リビングへの入り口をくぐる。


 そこには、リビングには不自然なベッドがあった。


(全く……いっつも寝てますね……)


 彼は早起きと言うことを言葉を知らない。私が出勤する7時半になっても絶対に起きない。いつもならば、そのあまりにも無防備に眠る姿から苛立ちを覚え、殺そうかと思うのだが、あんな事になった前日の夜を思うと、今回は逆にありがたい。


 顔を洗い、うがいを終えた後、ついにエプロンをつけ朝ご飯に取り掛かる。


 さすがの私と言えど、朝ご飯となると少し面倒臭い。個人的に和食が好きなので、ご飯、味噌汁、それとプラスアルファで何か一品欲しい。


 味噌汁、ご飯ときたら…………


「やっぱり、卵焼きですかね……」


 これしかないだろう。白飯、味噌汁につぐ3大和食の1つ。

和食と言えばこれ、卵料理と言ったらこれだ。


「よっと…………」


 迷う暇もなく、冷蔵庫の中から卵を取り出し、中身を出そうとすると…………


「……んお…………」


「……!!」


 起きた。彼の起きる音が聞こえる。ベッドがぎしりと音を立て、人影がゆらりと大きくなる。


(起きた……起きた!)


 完全に油断していた。いつもの通りならば、彼は私がパートに行く時間になっても起きはしない。少なくとも午前中は会う機会はないと思っていた。


 なのに……今日に限って起きてきた。


(あ……ああ、あ……)


 体の震えが始まる。卵を持つ手は震え、目線がぐらつく。すぐにミスをしてしまいそうだ。


 こんな状態では、特殊な技術が必要な卵焼きを作ることは難しい。あきらめるしかないだろう。


「ん? …………ああ、起きたんですか」


 できるだけ自然に、まるで今気づいたかのように反応する。ばれては駄目だ。あくまで問題なく、あくまで簡単に……


(うう…………)


 そんな努力をしているのを彼は気づいているのか気づいていないのか、じっと私を見つめてくる。


 やめろ、そんなふうに見るな。震えがひどくなってしまう。怖くなってしまう。心が自覚してしまう。



 そんな事を思いながら、卵は冷蔵庫にしまい、自分の分だけの鮭をオーブンに入れた。







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