ナイフと呼ばれる僕の姉
植木響子。
僕の2つ上の姉だ。
あだ名は"ナイフ"
僕から見たら歩く刃物に見えるからだ。
ここでは敬意を込めてナイフと呼ばせてもらおう。
僕、植木大樹はナイフと出会って25年になる今でもナイフの事が好きでも嫌いでもないという印象だ。
ナイフは非常に外面が良く、なかなかのビジュアルを持っている。
機嫌が良い時は面倒見もよく周りからは羨ましがられることも多い。
本当はここで"自慢の姉"というべきであろう。
ただ僕はそんなナイフに嫌悪、恐怖、憎しみ、それらに似ている感情をよく抱く。
ここからは僕がナイフに受けた仕打ちを発表していこう。
そしてそんなナイフに今から僕は更に振り回されていく。
まずは僕の紹介を少しだけ。
二度目になるが、植木大樹。25歳。
正直、このくらいしか自分の紹介ができないくらい個性的な姉が1人いる。
父、母、姉、僕の4人家族で、家族仲は悪くはないと思う。
というより仲は良い方だ。
父は男同士ということもあり、それなりに厳しく育てられた。
しかし父はナイフには激甘だ。
ナイフは物心ついた時から魔性性があり甘え上手で母が影ながら心配していたのを覚えている。
そんなナイフに虐げられてきた僕は気弱に育ち父からはしっかりしろと呆れられる事もしばしば。
今思えばナイフが僕を蹴落とす為の作戦か?とも思う。
母はいつでも明るく我が家は母の笑顔中心に回っているに違いない。
僕はトークセンスもありオシャレで明るい母が大好きだ。いわゆるマザコンだ。
母も僕を愛してくれているという自負があり、そこだけはナイフを上回っている自信がずっとある。
(1つ伝えておくと、マザコンは認めるが世間が引くほどのベタベタな関係ではなくしっかりと距離感のある親子関係だ。きっと。)
しかし常にトップであり続けたいナイフは僕の自負を見逃さない。
母に似てユーモアがあり一般的にオシャレな方だと思うナイフは母と非常に気が合い、なんだかんだ母もナイフを1番頼りにしている節がある。
僕がなぜナイフを好きになりきれないかというとそのしたたかさ、傲慢さにある。
多分振り回され度でいうとナンバーワンではないか。
まずナイフは感情の起伏が激しい。
幼い僕は毎朝、ナイフの機嫌を伺う。
だいたい悪い。
好きなアニメを見せてくれない。
楽しみにしていたお菓子を横取りされる。
学生時代は母が仕事で家事を頼まれようものならすぐに人に押し付ける。
たまに僕が反論すると皿を割って雄叫びをあげる。(僕が片付ける)
命令を実行するまで部屋のドアや壁を蹴り続ける。
風呂は常に2時間ほど入り待っている人のことなんてお構いなし。
本人的には先に済ませないのが悪いと思っている。
社会人になってからは経験値も増え、少し丸くなったかと思うがそれでも感情の起伏は激しい。
迎えに来い。
ブーツ脱がせろ。
食い物買ってこい。
そんなことは日常茶飯事である。
幼い頃の恐怖心もしかり何故そこまでナイフに従うのか?
それは僕が小学5年生、ナイフが中学1年生だった頃の話。
小柄な僕は初めていじめという壁にぶち当たる。
友達はいたが、いわゆるラスボスに目をつけられ誰かが守ってくれるわけもなく(きっと僕でも守れない)
その日も帰り道にラスボスに捕まり荷物持ちをしていた。
たまに強く押されたり頭を叩かれたりはあるがどちらかというと力の暴力のないいじめだと思う。
(よくナイフの機嫌が悪いと馬乗りでボコボコにされていたので感覚が鈍っている。)
それは周囲が見たら虐められているのは確実であり僕の人生の中では1番の屈辱である。
ただ、次のターゲットが決まるまでの辛抱だと思い歯を食い縛りじっと耐えていたが、常に冷静で淡々と命令に従いあまり恐怖心を表現しない僕をらすぼは気に食わず3ヶ月以上いじめは続いていた。
ーーーそんな時だった。
ある日の帰り道、僕はラスボスと子分2人分のランドセルを持ち、ゲームに買ったら僕にビンタしていいというゲームをしながら下校していた時に急に僕らの目の前にナイフが現れた。
状況はなんとなく気付いているであろうナイフがいつも以上に明るい笑顔でラスボスと子分に挨拶をした。
僕は急に惨めになり恥ずかしく情けなく涙を堪えることで精一杯だ。
ラスボス達がナイフの美しさに鼻の下が伸びていることがわかる。
一通りの世間話が盛り上がって終わり、ナイフがラスボスだけに僕と仲良くしてくれるお礼に何かご馳走したい。近くのカフェでも行かないか。と言い出した。
ラスボスは迷うことなく了承し、二人で楽しく消えていく。
子分はラスボスがいなくなり非常に弱気になり(ナイフの登場で僕の株が少し上がったのかもしれない。)
その場で解散した。
その翌日から3日間ラスボスは学校を休み、僕に平穏な日々が戻りつつあった。
しかし一体何があったのか。
ラスボスの欠席以前にナイフの機嫌が最近良いことも気になる。
そんなときホームルームでラスボスが県外に引っ越すことが決まった。
僕は驚きと同時に背筋がゾッとしラスボスに何があったのか想像した。
しかし全く分からない。子分に聞いてもあの日以来音信不通だという。
結局転校理由な分からないまま、しかし怖くてナイフにあの後何があったのか分からないまま僕のいじめは終わりを迎えた。
なので、元々いかれた奴だとは思ってはいたもののナイフの恐ろしさを改めて実感し僕は逆らうこともなく今に至るのだ。
ちなみに今後ラスボスと何があったかについては物語にでてくることはない。
期待しないで頂けるとありがたい。
そんな我が家に事件が起きた。
なんとあのナイフが結婚すると言うではないか。
まさか、誰があんな歩く刃物のような生き物と生涯を共にしようと思うのか。
もちろんそれなりの美貌を持つナイフは昔から定期的に彼氏はできていた。
しかしナイフは最初は好かれ相手の猛アプローチの末、付き合うそして半年程たつと振られてしまい家で荒れるということがルーティン化していた。
振られると言っても、ナイフの性格に相手が精神的に参ってしまうので引き止めようにない状態となる。
しかしナイフはプライドが高いため、自分の落ち度を気にせず次への気持ちを持ちつつ特に僕に当たってくるので相当なストレスだ。
そんなナイフが結婚。
実家を出てまずは同棲を始めるという。
1年経ったら婚姻届を提出するということで今日はナイフがお相手を連れて僕ら家族に挨拶に来るという。
さぁ今からやっと話すナイフの登場だ。
どうなることやら。
「だいー!!響子、お茶じゃなくてコーヒーがいいから淹れてきてー」
「、、、はい。」
始まった。と思った矢先
「ごめんね、だいくん俺手伝うよ。」
「いやいや、いつものことだからいいんです。これで手伝ってもらったらまた僕がぶん殴られますよ。」
「ありがとう。素敵な弟さんがいてきょんちゃんは幸せだなぁ」
ナイフが連れてきた正樹さんはナイフの2つ上、僕の4つ上の歳になるのだが非常に落ち着いており柔らかい雰囲気ですごく好印象だった。
「正樹くん、聞いてもいい?」
形式的な挨拶が人通り済んだ後、母が正樹さんに質問する。
「響子のどこが良かったの??迷惑かけていないか心配で、、正直容姿以外に魅力がないと思っていたから。」
笑顔ですごいことを聞いたが、グッチョブ母だと思った。
正樹さんは話せば話すほど優しくて素敵な人だ。
なんでナイフなんだ?
悩みを握られているのか?
「確かに始めに友達の紹介で出会った時にすごく綺麗な方だなって思い声をかけましたが、今は一緒にいるとすごく楽なんです。振り回されることも多いですがそれすら楽しいんです。」
楽しいだなんて神なのか。
ナイフは横で目をキラキラさせて聞いている。上機嫌だ。
「さすがは正樹くん!!感動した!俺にとっては自慢の娘でね、君とならきっと響子を幸せにしてくれるね」
と父はすごく喜んだ。
挨拶が終わり夕飯を食べ終わった後、正樹さんは優しい笑顔を崩さないまま我が家を後にした。
父と母はお酒も進んだ為寝てしまい、リビングには僕とナイフ2人でお酒を飲んでいた。
あまり面白くないバラエティ番組を眺めながらナイフは僕に問いかけた。
「だいちゃん、正樹さんどうだった?」
「え、めっちゃいい人だったよ。姉ちゃんにもったいないくらいだよ。」
「ふーん。」とニヤけたナイフ。
「だいちゃんはさ、良くも悪くも嘘はつかないから気に入ってくれるなら安心。」
と嬉しそうに答えるが待て待て待て。
良くも悪くも嘘をつかないってデリカシーのない奴みたいに言うけど僕は生まれてからずっとお前に気を遣っている。
「器広そうだし、俺は好きだよ正樹さん。」
「良かったー。だいちゃんが無理な人だったらどんなに自分が好きでも結婚無理だもん。やっとお兄ちゃんつくってあげられるしねー」
と、どこまで本心か分からないナイフの言葉に気が狂う。
「姉ちゃん、正樹さんのどこが好きなの?」
流れで聞いたが本当は分かっている。
ナイフは自分の事を好きな人が好きなのだ。
「んー、この人私の為に死んでくれそうだなって本能で感じた♪」
まさか、、上をいったよこの女。
♪ってなんだよ。
正樹さん大丈夫かな、、
そんな不安を一瞬感じた夜だったが、まさかその不安が的中する日がくるとは思わなかった。
正樹さんとナイフが共に生活をし1年が過ぎた。
僕と正樹さんはとても仲良くなり、たまに家に遊びに行ったりはしていたが万が一2人が別れることもあるので、ある程度の距離感を保ちながら良い関係性がつくれたと思う。
ただ最近遊びに行ってないな。
ナイフは殺しても死ななそうだから心配はしていなが正樹さんは元気だろうか。
そんな事を思っていたある日。
「響子がね、しばらくこっちに帰ってくるみたいよ。大樹何か聞いてない?」
心配そうな顔で母が聞いてくる。
もちろん何も聞いていないが嫌な予感は家族の誰もが感じていただろう。
その夜、ナイフは仕事から帰ってくると
「あーもーやんなるっ!!」
とバッグをソファに投げつけ舌打ちをしながらどかっと座る。顔色は良くない。
父は心配しているが関わるまいと部屋を後にし、僕も巻き込まれたくなかったが愛する母の1人にするなセンサーを組み取りダイニングテーブルのイスに座ってスイッチオンしたナイフを眺めた。
「どうしたの。何があったの??」
母がナイフに問いかける。
不機嫌に溜息をつきナイフが口を開いた。
「逃げられたかも。正樹さんに。」
「まじか。」
母が問う前に口を開いた僕。
するとナイフは僕を睨み
「何?馬鹿にしてんの?うるさい黙って。」
と言うが、いやいや僕は一言しか言葉を発していない。勘弁してくれよ正樹さん。
それから約1週間、ナイフは毎日実家へ帰ってきた。
「大ちゃんあれもって来て。あれ」
「はぁ〜お酒なくなった。ねえ、買ってきて。早く」
「その番組つまんない。テレビ消して。音楽聞きたいから。」
帰ってきたよ、この感じ。
一体どんな風に育てたらこんなわがまま姫に育つのだろうか。
そんな日々を送っていたが金曜の昼過ぎにナイフからメールが入った。
"今日飲みに行かない?"
誘いを断れるわけもなく、昔家族でよく通っていた居酒屋に仕事後向かった。
僕が到着した時にはすでにナイフはカウンターに座って1杯目であろう生ビールを飲み干そうとしていた。
「あっお疲れー!生にする??」
アルコールが入っているからかとても上機嫌だ。
少し経つと僕の一杯目とナイフの二杯目の生ビールが到着し僕らは久しぶりに二人で乾杯をした。
時間が経つとナイフから正樹さんについての話がでた。
「今日、二人が出会った記念日なんだよね。」
いきなりの告白に僕は驚いたが、今しかないと思い一体二人の間に何があったのか聞いてみた。
「家事がさ、続いたんだよね。」
は?
え、は?
この女は寂しげな顔で一体何を語り始めるのだろう。とにかく黙って聞くことにした。
「最近さー、正樹さん仕事が忙しくて夕飯作りも食器洗いも洗濯も全部私がしてたんだ。いっときは仕方ないって思ってたんだけど、それが二週間続くと耐えられなくて。正樹さんはさ、ごめんね、ありがとうって言ってくれるしたまにケーキやお花買ってきてくれたり気にしてくれてたよ?でもね、私も仕事してるのに一生この生活が続くのかと考えたら嫌気がさしてさ。
ずっと無視してたの。家事は溜まるといけないからやるけど、わざと音立てたり嫌味ったらしくして。終いには本人に私も仕事だけやってる人間になりたいなんて嫌味言ったの。そしたら正樹さん、怒るんじゃなくてすごく寂しそうな顔してた。涙目になって家から出て行って。その日は帰ってこなくて、次の日私が仕事から帰ってきたらある程度の仕事や生活で必要な荷物まとめて本当に出て行ったみたい。出て行かれた直後はあーなんで私ばっかりって思ってたけど、時間が経つと私が苦しい時間を作り上げていたんだなと思う。正樹さん辛かっただろうな。でも連絡もとれないし、家賃と光熱費は入れてくれてるみたいなんだけど、戻ってくる気があるのかないのかも分かんない。」
「たいちゃん。人生ってうまくいかないね。」
話を聞くだけで正樹さんがどれだけ悲しかったか想像できた。
でも驚いたのがナイフが反省をしているということだ。
僕は正樹さんと挨拶した日から気づいていたことがある。
ナイフの表情が変わってきたのだ。
丸くなったという表現が近いかもしれない。
まだまだ人間として駄目なやつだけれども。
つっこみどころは多々あったが、僕がナイフに返す言葉は一言。
「姉ちゃん、幸せになって。」
ナイフはきょとんと僕を見つめ、瞳に大粒の涙を溜めその後泣き続けたのである。
ナイフと居酒屋に行ってから数日後、なんと正樹さんから連絡があった。
連絡先は知っていたものの、正樹さんが出て行ったのは大方ナイフが悪いのだと最初から分かっていたので敢えて連絡をこちらからすることはなかった。
「こんにちは。お久しぶりです。もし良ければ近々直接会ってお話しできませんか?響子には内緒でお願いしたいです。」
正樹さんが僕の職場の最寄り駅まで来てくれるというので待ち合わせをした。
僕が指定したカフェに待ち合わせ時間の5分前に到着するとすでに正樹さんはソファ席に座っていて、何も頼まずに待ってくれていた。
正樹さんは僕を見つけると右手を上げ立ち上がりこちらへどうぞ、と僕が座るまで立ちながら待ってくれている。顔は笑顔だがどこか悲しげで少し痩せたように思う。
僕はそこからナイフの近況を報告した。
正樹さんはナイフが家族に頼れていることに安心したのか少しホッとした顔になる。
なんとも苦しい。
とても良い人なのが伝わってくる。
僕は立ち上がり、深く深く頭を下げた。
「姉がご迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ないです。」
すると正樹さんも焦って立ち上がり
「大樹君、やめてください。さぁ座って座って。」
自分も男だから分かる。
仕事に疲れて帰っって空気が悪いとどれだけストレスを抱えてしまうのか。
ナイフの言い分は全く否定しないが、正樹さんの忙しい時期ならもう少し支えてあげても良かったのではないかと思う。
なので、自分や父が帰ってきて笑顔で迎えてくれる母を改めて尊敬する。
正樹さんは今までマンスリーで部屋を借り今後を見つめ直していたという。
そして出した結果が、
「響子と結婚したいと思っている。」
姉が振られると覚悟していた僕は唖然とした。
え、いいんですか。
この人も実は少し変わっているのかもしれない。
「僕はね、今まで人当たり良く生きてきたんだ。だから人とトラブルなく過ごしてきたけど、ふと自分の意思はどこにあるんだろうってね。響子と出会って生活するようになってわがままな部分もあるけど、たくさん助けられたのも本当なんだ。僕が我慢した顔をするとすぐに気づいて話を聞いてくれる。どうすれば問題解決するか一生懸命考えてくれる。この人は自分で解決ができる人なんだなって思った。でも離れてみて、側にいてくれるだけで無敵なんだなって思ったよ。」
正樹さんの言葉が嬉しかった。
僕もいじめを助けてもらったことがある。
実際、悩みを聞いてもらったことがある。
外見じゃない、家族だけが知っているナイフの本当の良さを正樹さんはわかってくれている。
「俺、姉ちゃんのこと世界で一番性格悪いって思ってます。でも世界で一番幸せになってもらいたいと思ってる。結婚=幸せではないと思うけど、二人が一緒に頑張ってくれるならすごく嬉しいって思います。」
「ありがとう、大樹君。でも僕は響子にひどいことをした。許してくれるのか、僕との今後を考えてくれるのか分からない。でも伝えてみるよ。」
絶対大丈夫ですよ、と思いながら僕は笑顔だけで頷いた。
「僕が響子の好きなところがもうひとつあってね。家族が大好きなところなんだ。」
正樹さんは笑顔で続ける。
「響子はすごく楽しそうに家族の話をするんだよ。自分の自慢は全部受け止めてくれる家族だけだって。特にだいちゃんは世界一優しいんだ!ってよく言ってるよ。」
それを聞いてとても恥ずかしくなったが、少し泣きたい気持ちにもなった。
そしてその日から1年後ー。
明日はナイフと正樹さんの結婚式だ。
式はお互いの親族だけを集めた形式で行う。
そして友人代表スピーチの家族版として、僕がスピーチを頼まれた。
何度かペンをとったがなかなか進まず式前日の夜が来てしまった。
さて、描き始めよう。
"僕の憧れの姉さんにこの手紙を送ります"