プロローグ ―地球から選ばれた者―
「誰が私を呼んでいるの?」
「私の元へ来い...!一千華...!」
50歳くらいだろうか、中年の人っぽい、おじさんの声がする。この人は私を呼んでいるが、私はこの人の声は耳に通った記憶はない。今いるのは私1人だけのはずだ。学校から帰る時、この道を通るのは私だけ。家への近道だ。この道は家と家の狭間にあるうす暗い道だ。親も知ることは無いだろう。そんなところで、このような声を聞いたのは、生まれて初めてかもしれない。心の奥に謎の危機感が生まれた。
「誰なんです?私を呼んでいるのは!」
私は声がする方向がわからず、全方向に向けて叫んだ。だがその声はまるで耳元で話しかけているようで、とても気味が悪かった。誰も居ないはずの帰路で見知らぬ人の声がする...。横にある家なんてほぼ空き家か留守で、窓も空いていない。家の中で話しているとしてもこんなに直接的には聞こえないはず。
色々と考えていると、不気味な低音が鳴り響く。
「トロープ......ッ!!!!」
目の前が光り、見えなくなった。一瞬にして頭が真っ白になって、意識を失う。訳も分からないような掛け声とともに私はどこかに飛ばされた...。
✱✱✱
「一千華......!一千華!」
ん......?誰......?ぼんやりとした果てのない夢から目を覚ます。目を開くととてつもない大きさのシャンデリアがある。それは金で施されていて、ろうそくの火が反射して煌びやかに輝いている。そして、この床。赤いカーペットが敷いてある。床の冷たさを感じないし、何しろ暖かい。ここはなんだか私の知る外国の大聖堂のような場所で、大きなステンドグラスも見えてくる。
というか、ここってどこ?確か私は学校帰りに寄り道で......。知らないおじさんが私を呼んでて......。目の前がバチッとなって......。あぁ、頭が益々こんがらがる。誰だアレは。ここはどこ。疑問が頭の中を嵐のように舞っている。
「ふぅ......。無事だったか」
ん?聞き覚えがある声だ。もしかしてあの声の主?
「すまないな。急に呼び出したりしてしまって......」
おじさんは豪華な赤い羽織に絢爛豪華な洋服を来ていた。服は金がぎっしり。私的にはちょっと趣味悪く感じる......。
「あぁ、自己紹介がまだだったな。私はアスラ。アスラ・モーガン。ここ、ディーツ国の王だよ」
はぁ?何を言ってるのかさっぱり分かんなかった。何よりも『ディーツ』という聞き覚えのない言葉を発した。しかも、『国』と言ったのだ。ディーツなんて名前の国、地球にあったかな......?
「まぁ、分からない事だらけだろうから、ゆっくり食事でもしながら話そうじゃないか」
「はい......」
何が起きているのかさっぱり理解しないまま、無意識に返答してしまった。そしてアスラとかいう自称『王様』おじさんの後をついて行く。食堂に向かう途中、様々なものを目にした。
この建物は私が想像してたのよりもずっとずっと広大で、城がひとつの街みたいになっていた。様々な移動式のお店があちこちで城内を回っている。学校のグラウンドくらいの広さの庭園では、兵士と見られる人が互いに剣をぶつけ合い、トレーニングしていた。ということはここは中世?人間の歴史上、中世ではこんな国があったのか。なら私は世紀の大発見をしたことになる。帰れることなら早く帰って情報を博物館で説明でもしてみようかな......!きっと有名になれるよね......!
そう思ったのも束の間、早くも食堂に着いた。
「では、こちらへ」
執事と見られる人が私の手を取って席まで連れていってくれた。なんだかお姫様になった気分。執事なんて持ったことないし。
「じゃあ、改めて、ディーツ国王アスラ・モーガンだ。よろしく」
「望月一千華です......。よろしくお願いします」
「では早速なんだが、この世界のことから話そうか」
世界?私って無知な人だと思われてるわけ?小学生でも地球のことは理解してるでしょ。
「この世界の名、すなわち星の名は、『ユティク』だ。そしてその星のうちの国のひとつがここ、『ディーツ』だ。この城はそのディーツの首都、『エルベラン』の城であるのだ」
「はぁ」
世界の名前は『ユティク』?ここは『ディーツ』だ?全く、私は夢でも見てるのだろうか。この人が何を言ってるのかさっぱり分からない。ていうか地球じゃないの?この人たちはユティクって呼んでるだけとか?でもよく考えてみれば、私の知る現代社会の面影を全く感じない。電子機器なんてないファンタジー感の溢れる場所。
「確認なんですけど、地球ってご存知で......?」
「地球は『原初の世界』の星だったな」
え......?なんだか地球なんて全く別のものだと言わんばかりなことをこの人は言っている。
「原初の世界って何です......?」
「地球がある世界を我々は原初の世界と呼んでいる。このユティクの原初ということだ。つまり、ユティクのあるこの世界は『分かたれし世界』の一つだ」
難しい単語いっぱい使うなぁ......。私にはこの話の難易度が極めて高いのを感じる......。
「つまり、この星は地球ではなくて、ユティクという星だ、と言いたいのですね?」
「そうだよ。分かってくれて嬉しいよ。ん?食事が随分と進んでないようだが......。体調は大丈夫かい?」
「あぁ、別に平気ですよ!」
話に入れなくて戸惑っていることくらい悟って欲しい。ユティクなんて知らないし、何せ地球ではないと言われただけで「この人は何を言ってるの?」ってなるはずなのだ。この人は他の世界に行ってもこのようにならないのだろうか。私みたいに思うのが普通のはずなんだけど。
「じゃあ次に、君をなぜここに呼び出したのか、だね」
「はい」
「簡単に言うと、だ。世界を守って欲しいのだ」
ん?本当に意味が分からなかった。その『世界』という言葉がさっきから分からない。地球のある我々の言う世界なのか、ユティクという名前の世界のことなのか、または全てを引っ括めての意味なのか。世界を守るというのは私なんかにできるのだろうか。とんでもなくずば抜けた能力の持ち主でもないし、その以前に世界を理解していないのに。今この状況がこのアスラさんにとっては既定的なのか暫定的なのか。
「それって、ユティクを守ってくれ、ということです?」
「そうだ」
「何故そんなことに?国が滅ぼされるようなものが現れたってことです?」
「簡単に言えば、そうだな。我々の敵は破滅を愉しむ文明、通称『ルイン』と、古代から我々の星を侵略せん『オヴシディア』だ。その2つが今このユティクで暴れている」
所謂、戦争をしているということか。ルインとオヴシディアっていう文明が世界の中で暴れているから、そいつらを止めろと。でも、なぜ私なのだろうか。
「なぜそのような大きな問題に、私を使うのです?」
「君は特別な人間だからな」
それはまるで私の全てを見透かしたような、意味深な言葉だった。『特別な人間』とはっきりと決めつけるだけの私の情報を知っている......?
「それって......私の全てを知っているからですか?」
「そういう事じゃない。君の一家、『望月家』の事だよ。まあ、そのうち知ることになる」
いつの間にか2時間が経過しようとしていた。ご飯が全く進まない。吃驚する話の連続で、理解するのにも労力がいる。何故かもう疲れきっている。
「王様ッ!」
兵士だろうか、誰かが大きな声でアスラさんを呼んでいる。
「只今、ダアトから一人を召喚致しましたッ!」
「分かった、すぐ行く。一千華、君はあそこにいる魔導師アメーシュと一緒に地下へ向かってくれ」
「あ、分かりました......」
ダアトというのはまた違う世界?どうやら今、戦争のために私のような人を沢山集めている気がする。私たちは使い物として呼び出されたのか。そんなこと考えたくもないが、話された情報量が不十分で、まるで私たちがロボットみたいなものであって、指図されるだけの気がしてならない。
気がつけば、アスラさんは走ってもう行ってしまった。さっき言っていた魔導師アメーシュという人に話しかけて地下に行くんだっけ。
「アメーシュさんですか?アスラさんに言われて一緒に地下に行くと......」
「貴様が『サルウァトル』の1人になるのか?着いてこい」
なんだか冷たそうな少女だ。何を話されるのか検討もつかない。単に口が悪いだけか、性格も共に悪いのか、こういう系の人苦手だった......。そんなことを思いながら、長くて広い廊下をアメーシュさんと歩いていく。
「ここだ。さっさと入れ」
えー。初めてここに来た人にその態度。頭にきた。でもこんなことをするために呼ばれたんじゃない。しっかりと使命を果たさなきゃ。納得入ってないけど。
私とアメーシュさんは地下へ続く階段を下って行った。
「貴様はたしか、ユティクの人間じゃなかったな?」
「はい......」
「なら、私が我々の力の『根源』について教えてやろう。何せ、今からその、『根源』に行くのだからな」
「力の根源?じゃあアメーシュさんたちはどのような力を持ってるの?」
「まあ、要は魔法ってとこだ。力の根源はこのユティク自身。今向かっているのはそのユティクのコアと繋がる出力装置だ。それを使ってあらゆる事柄を行っている。我々の力もそうだが、電気も炎もみんなこれが頼りなのだ」
なるほど。ユティクのコアが、この星の生命線の原動機、つまりエンジンってことか。それがないと何も出来なくなる......。狙われた時のリスクが極めて高そうだ。コアが壊れなくても出力装置が破壊されればこの人たちは何も出来ない。仮に敵が自身の出力装置を所持しているのならば、完全に負け試合になるに違いない。
「ここだ。さあ、手をかざせ!」
コア出力装置に向かって手をかざした。そしてバシッと閃光が走り、どこかへ飛ばされた。
――ああ、救済者よ。聞きなさい。
女の人の声がする......。
今、世界の理は乱れ、危機に陥っています。
ルインという、反逆者とも、悪魔とも言える文明が襲ってきています。
それはこの星の環境を荒らし、自分たちだけのために動いています......。
また、オヴシディアと呼ばれる隠れた闇も潜んでいるのです......。
今こそ、救済の時、世界の理を正すときです。
目覚めなさい......!
「............おいッ!......おいッ!起きろ!」
ハッと目が覚めた。どうやら気絶していたらしい。なんだったのだろう。あの空間。そしてあの声。何故かさっきから力が溢れてくる。なんというか、筋肉が鍛えられるようではなく、心が強くなったようだ。不思議な力を秘めた気がする。
「こんなとこで寝て......何を考えているんだ。貴様は、この国、いや、世界を守る救済者なんだろ?しっかりしてくれ」
アメーシュさんは呆れ返ってグチグチ言いながら私を起こした。
「というか、さっきのは一体なんだ?閃光がバシッと放たれたが......。まあいい。もう夜だから、うちに来てくれ」
「分かりました」
今は夜......。あの時だけでそんなに時間が進むものなのか?謎が謎を呼ぶ状況にある私の頭は、ますます混乱する。まるで理の乱れていく、このユティクのように。
夜のエルベランはとても綺麗だった。東京や大阪などの大都市とは違って、中世っぽいのが、なんかいい。小説やゲームで舞台になりそうな場所だ。レンガでできた家の窓から暖かな光が刺し、石畳の道を照らしている。
「着いたぞ。さあ、入れ」
夜のエルベランを歩き、着いたのはアメーシュさんの家だ。中に入ると、平穏な生活をしているかのような場所で、のんびりとしていた。かまどに火がともり、目に優しい木がはられた壁や床。座り心地の良さそうな椅子にカゴに入った美味しそうなリンゴ。
「アメーシュさんの家ってなんだか良いですね」
「え!?あ......うん。ありがとう......。じゃあ、話は変わるが、今の状況を整理するぞ」
「はい」
「まず、私たちの敵は破滅の文明『ルイン』と、伝説の地下文明『オヴシディア』だ。ルインは自分たちのためならなんでもする。それだからか、様々な環境破壊を引き起こしている。例えばだな。フート大陸にある13の国というか、その一帯は、植物や動物も存在できないような汚染区域。自分らのために作った工業地域らしいが、その代償などは考えてもくれなかったらしい」
アメーシュさんが地図を出して説明した。どうやらフート大陸は地球でいうアフリカ大陸のことで、そのうちのセネガルあたりの地方が汚染区域となっているみたいだ。
「こんな感じの理が乱れて自然の法則が偏った場所を救っていく、というのが我々の使命。......ん?1人でやるのかって?大丈夫。他に14人がこの世界に転移されている。総勢15人、まあ、私も手伝うことになっているから16人で、そこに行くんだ」
私のようにやってきた人が他に14人も?そんなに力を合わせないと行けないほど、そこは困難なのだろうか?と言っても、この世界のことには驚きの連続だし、ありえないことがあってもおかしくないのかもしれない。それにしても......。
「あの......アメーシュさんって女性ですよね?なんか喋り方が何だか......らしくないというか......」
「貴様......」
これ言ったらやばかったやつ......?この人の禁忌に触れたりした!?汗が一気に吹き出してきた。
「分かった。もうあんなキツい言い方はしないようにする。なんかごめんね」
変わった......!?あんなに怒っているようだったのに!やはり地球とは違って怒りは幸せを生む特性でもあるのかな......。急な変わりっぷりに私は驚きを隠しきれていない。
「なんだか私......。優しい人って思われるのが嫌に厭になってたんだ......。だってそうでしょ?優しいって知られたら、周りの人はやかましいほど甘えてくる。あなたの世界ではこんな事ないのかもしれないけど、過去に大勢が私のところに集まって料理を作ってくれ、うちの子を保護してくれ、お金を貸せって言われてね......。私それが本当に厭でたまらなかった」
「そうなんですね......。その辛さ、伝わってきますよ。こっちの世界でもそういう事があって大変なことが起きた事件がありましたし。その事件で、被害者は自殺を測ったんです。でも、それと同じくらいの苛立ちや経験などを持ってしても耐えてきたアメーシュさんは、私はすごいと思いますよ」
でも初めて会った時の態度はこの口調から考えることなんてできない。むしろありえない気がする。本性を隠すのが得意なのだろうか。でもそんな特技にメリットはない。
アメーシュさんの言っていることはとてもよく実感出来た。確かに王国があるくらいだし、エルベラン民の人の一部はどこかしら命令口調なところがあるのかもしれない。この人は料理も得意。アスラさんと話した時に食べたあの食べ物はアメーシュさんが調理したものと聞いた。
私は受けたしつこさを耐えてきたアメーシュさんにとても感心したし、助けてあげたいとも思った。
「私の気持ちをわかってくれる人なんてあまりいなかったけど......まさかあなたほど思いやりの強い人とは初めて会ったよ。気持ちをリセットさせてくれて、ありがとう」
この世界で初めて、友達以上のもの、親友ができた気がする......。これから先、アメーシュさんとは長く付き合うことになると思う......。
「そうだ!あなたの名前聞いてなかった!名前は?」
「望月一千華です!『いちか』って呼んでください!」
「じゃあ私からも。アメーシュ・フラジール。実は私は『フラジール』って呼ばれることの方が多いから、そちらで呼んでね。じゃあ、話を戻そうか。あ!あともう敬語は使わなくていいからね。だって私たちは友人同士でしょ?」
「そ......そうだね!よろしくねフラジール......」
なんだかちょっぴり照れくさかった。さっきまで敬語ばっかり使ってたのに急に話語になってて......。
「うん。じゃあ、話を戻すよ?フート大陸にある13の国の一帯は汚染区域。チャルシバ大陸では異常に森林地帯が発達、これもルインの仕業と思われているところ。そして一番理が乱れているのが、南アクシメア大陸。ここはあるべきものが形にすることも出来ないほど、環境が整っていない。つまり、何も無い。実際にそこに行った研究者は、1分も持たずして死亡したそう。酸素までないみたい。色素もないから真っ白なところよ」
「なんか情報量多くてついていけない......」
「あぁごめんね!ついつい長々説明してしまう癖があるの!私多分一言が多くて回りくどいところあるかもしれないけどごめんね!......おっともうこんな時間!2階でゆっくり休んでちょうだい」
「わかった!」
フラジールはフフっと笑いながら、私が2階へ上がっていくのを見届けていた。私の憶測だと、フラジールには友人がいなかったのかもしれない。人間不信になってしまって、自分から近づくことも少なかったように感じる。もし私がフラジールにとって、最高の友人になっているとしたら、とても嬉しい。今日はとにかく色んな意味で疲れた。体を休めておこう。そういえば私、なぜ『地球』のことを知っているのだろう......。