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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
3章 赤魔術士は紫空に咲う
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90枚目 「海鮮スープと星果実」


 夢を見た。


 土で作った家。日を凌ぐためのテント。白い砂岩の壁に囲まれた小さな国。


 小さな子どもが、つむじ風と共にやってくる白い砂を箒で掃いていた。


 玄関の前を、道の脇を、花壇の横を。黒い髪を短く切って厚手の布で全身を覆い、目元以外の肌を出さないようにしていた。


 乾いた土地でも実をつける赤いトマの実。砂を泳ぐ魚の乾物。


 常に水がある訳では無い土地に、魔術によって与えられた水が村の元になった。

 町は街になって、やがて一つの国ができた。


 パリーゼデルヴィンド君主国。

 第三大陸北部、白い砂漠に八方を覆われた風と砂の国。


 空が暑くて、地面が熱くて。そして思い出せなかった故郷の風景。

 隣には、父はおろか母の姿もないのだった。








「……変な夢」


 遂に精神的な親離れができたということだろうか。考察もほどほどに身体を起こすと、丁度目覚まし鈴が鳴るところだった。


 黒い髪を指で梳きながらそれを止め、ラエル・イゥルポテーは伸びをする。


(ストレンは仕事に行っているのね。昨日の今日で術士資格の停止が取り下げられて、すぐに現場復帰っていうのも凄いけれど)


 あの性格でも技術と知識は導士並みなのだというから驚きである。ラエルはそう心の中で悪態をつきながら、彼女が無事に復帰できたことに胸を撫で下ろしていた。


 黒髪の少女はシャワー終わりに髪をまとめ、腰にベルトが付いた襟付ワンピースに袖を通す。


(まぁ、私は就活者に戻ってしまったわけで)


 一か月前に大分苦労して手に入れた職を手放したラエルにとって、収入源の確保は極めて重要である。部屋代は魔力を納付することで賄えるが、何時までもストレンと割り勘する訳にはいかない。


 今は調査で使用不可になっている自室にいずれ戻ることを考えると、現在の貯金額では生活費が足りないのである。


 襟を正して、靴を履く。

 荷物を肩にして部屋の外へ出ると、新しい腕輪が少女の左腕で光った。







 スターリングという男が糸を引いた、時箱(クロノス・アーク)事件。


 今日は、あの長い夜の次の朝である。

 一夜でことが収まったからなのか、浮島の様子は普段と特に変わらないようだ。


 変化があった事と言えば、回廊の床に敷かれていた灰色の絨毯が撤去され、あちこちで血塗れの魔術陣を削り落とそうとする兵士が居ることと、中央広場の噴水周辺が目も当てられない真赤なペンキでコーティングされているのをこそげ落としたりしている魔術師がいることだろう。


 聞けば、魔術を使っての清掃だと魔術陣を刺激するので、手作業でどうにかするしかないらしい。作業している浮島の兵士と魔術師たちには頭が上がらない思いだった。


 とはいえ、全ての後始末に手こずっているというわけでもないようだ。


 あの夜に破壊された窓や壁に関してはそのような手間をかけることなく、魔術を使用してさくさくと修復されている。手際よく進む作業風景は、魔族の国ならではだった。


 午前八時。三棟モスリーキッチンに辿り着くと、丁度朝のピークを過ぎた頃だった。

 ラエルは窓口で日替わりスープセットを注文する。


 ここ最近は治療や謹慎で部屋に籠もっていたこともあって、仕事を辞めてから食べに来たのは今日が初めてだ。


「おはようございます、モスリーさん」

「おはようラエル。昨夜はよく眠れたかい?」

「あはは。全然! 凄かったわね()()()。頭に響いちゃって、とても眠れたものじゃあなかったわ!」


 黒髪の少女の切り返しに少し驚いたように目を開いたモスリーは、直ぐに目元を緩める。


「……ああ。本当は敵襲の時に鳴る物なんだけどねぇ。昨日のは誤作動だったみたいだ」

「そうなの。良い訓練になったんじゃない?」

「ははは! 最近は何もなくて空気が緩みがちだったからねぇ!」


 モスリーは笑いながら、少女の注文を受け取った。


 ――ラエル・イゥルポテーはあの夜、ずっと部屋の中に居たことになっている。


 これは針鼠との口約束だ。事態の中心に黒髪の少女が居たと浮島の住民が気づけばどのような制裁を受けるか分からない、と。

 スターリングの言葉を鵜呑みにしたわけではないだろうが、彼はラエルの身の安全を優先したのだ。


 故に、昨夜ラエルが部屋を出てあちこち走り回っていたことも、五棟の昇降機を破壊したことも、表ざたにはなっていない。


 ラエルとハーミットが主犯格を追い詰め、あと一歩のところで取り逃がしてしまった事実を知るのは、あの夜戦っていた一部の住民だけだ。それにしたって、四天王が筆頭になって口止めをして回っているらしい。


 情報の公開は、時と場所を用意してからだ。とも言っていた。


(時と場所を用意する、って。どういう意味か聞くのを忘れたけれど)


「すぐに用意できるから、受け取り口においで」

「ありがとうモスリーさん」


 ラエルは相槌をうって微笑む。


 久しぶりに何気ない会話をした気がした。人もまばらな席を磨く人型の使い魔に手を振りながら、用意してもらったプレートを受け取る。


「……?」


 日替わりスープセットは、文字通りパンとスープだけのシンプルなセットである。今更それがどうしたのかという話ではあるのだが、お皿を見てラエルは首を傾げた。


 スープとパンと、その他にも器がのっている。

 野菜の和え物と星果実の飾り切りだ。


「あの……モスリーさん?」

「送別会もさせて貰えなかったからねぇ、サービスだと思ってくれたらいいさ。それに」


 バンダナの下、赤黒(まだら)な髪が跳ねる。


 ラエルは更に首を傾げた。少女は一棟の人間が犯人だとは思っていたものの、協力者だったエイデルワースとしっかり顔を合わせたことがないのである。


 今回の騒動で捕まった女性が、モスリー・ガーネ――モスリー・ガーネットの()()であることも。当然知らない。


 モスリーは笑いながら少女の眉間をつつく。


「いいんだよ。何も聞かずに貰っときな」

「は、はぁ……じゃあ、遠慮せずに頂くわね。きっとおいしいわ」

「ああ勿論! なんていったって、浮島産の食材だからねぇ!」


 食堂の店主は言って、清々しい笑みを見せた。


 朝食のスープは海鮮だった。魚の出汁がよく効いた貝柱入りのホワイトスープ。

 麦パンを食みながら暫く、少女は食堂の様子を観察する。


 入って来る魔族が自分を見るなり来た道を戻ったり、名も知らない白魔術士が何だか怯えながら通路を小走りに駆けていく。


 人の口に戸を立てるのは難しいということだろうか。


 ただ、そのように避けられる理由には心当たりがない。

 ラエルが感情欠損(ハートロス)だということは周知の事実だろうし、嫌悪や恐怖から彼女を避けているようには思えないのだ。


 どちらかといえば、ただ純粋に避けられている……?

 そもそも「恐怖」は理解もできない。共感しようと思っても難易度が高かった。


「……まあ、いいや。美味しいし」


 がらんとした食堂で一抹の寂しさを覚えながら、スープとサラダを完食した少女は星果実のスライスを口に運ぶ。冷たい果肉が喉を潤した。


「ごちそうさまです」


 鉄匙は、音を立てずに揃えられた。


 モスリーに礼を言ってトレイを返却し、食堂を後にする。


 今日は特にやることがないので、資料室に行くか散歩をするしかないのだが――不思議な事に、部屋へ向かう途中にも人の姿が見つからない。まるで、反発する磁石の様である。


(ここまで露骨に引かれると、私でも寂しくなるっていうか……)


 まあ元を思えば、パリーゼデルヴィンド出身の人族という時点で忌避される対象であるのにも拘らず、自国民を手に掛けた戦犯者と同じ感情欠損ハートロスなのだから、本来はこのように避けられて然るべきなのだろう。


(散歩するのも何だか迷惑かけそうだし、今日は部屋で大人しくしておくべきか)


 変わった日常も、変わらない現実も受け止めて。

 そうして少女が五棟十二階に辿り着こうとしたときだった。


「あ……の」

「?」


 声を掛けられて振り向けば、何処かで見たような顔である。


 灰色のエプロンを腰に巻いているが、調理用ではなく作業用。目元まで癖の強い巻き毛で隠れてしまっているその顔には強烈なインパクトがあった。


「貴方は……ごめんなさい、一度は会っていると思うのだけど」

「おれ、フラン。……魔術訓練で、会った」

「あっ」


 手を打って思い出せば、そうだ。

 以前参加した魔術訓練で自己紹介した後、睡眠不足で倒れてしまった彼である。


「そうだ、フランさん――が、私に何か用かしら?」

「おれじゃ…………ない」


 言って、フランは腕輪の一つに指を添える。回線硝子(ラインビードロ)らしい。


「はい……フラン……。見つけたけど……四棟、連れて行けば……いいか?」


(四棟?)


 事情を呑み込めない黒髪の少女はやはり疑問符を頭上に浮かべるのみだ。

 四棟というと、五棟十二階 (正確には十一階と十二階の間にある踊り場)からは階段を降りて行かなければいけない。


 回線を繋いで話しながらフランはこちらに目配せをすると、「ついてきて」とでも言うように下の階へ降り始めた。


 ラエルはその場で服の皺を伸ばし、針鼠と同じぐらいの小柄な背を追いかける。


「…………はい。一応……説明は? ……え、するなってなに……知る自由の保障はどうした……? ……ああ、驚かせたいんだ?」


 くるりと振り返って、こちらを見るフラン。赤い瞳が砂糖で煮詰めた果実の様だ。


「ラエルさん……ごめん、説明したく、ないってさ……」

「そ、そう。相手が誰かだけ教えて欲しいのだけど」

「……『強欲』。知ってる?」

「ヘッジホッグさんの事よね?」

「そう…………」

「あ、大丈夫よ。彼がらみなら慣れてるわ。『構わない、今から向かう』って伝えてくれるかしら?」

「……分かった。……え? 聞こえたから良い? ……そう」


 回線(ライン)を終えて、耳元から腕輪を離すフラン。どうやらあの針鼠がまた何かを企んでいるらしいと知って、ラエルは心当たりを探す。


 そういえば昨日の夜、何か言っていたような気がする。憶えていないが。


「…………ラエルさん、転ぶよ。足元……気をつけてね」

「へ? え、えぇ。ありがとう」


 隅に置かれた灰色の絨毯ロールを気にしてか、半身分振り返って声を掛けたその口元は僅かに笑みを湛えている。


「な……なに? 何か変なものでもついてる?」

「いいや。……違うよ、噂は当てにならないなぁ、って。……思っただけ……」


 会話を続けながら四棟へ辿り着くと、フランはそのまま三棟へ向かうと言って行ってしまった。彼が言うには四棟の一階にラエルを待つ人がいるとのことである。


(不思議な人だったなぁ。何だか、ふわふわしてて)


 主に見た目の感想になったがそのような印象を抱きつつ四棟の階段を降りると、ここでもまた人の波が掃けて道ができる。


 ……何だ何だ? ただ呼ばれて来ただけの割にはここに人が集まりすぎではないだろうか。

 四棟一階は、浮島に在住する魔族や獣人でごった返していた。


「わぁ……部屋に帰ってもいいかしらこれ……」


 呟くと、隣を通ろうとした魔族がびくりと肩を跳ねさせた。何か悪いことでもあったのだろうか。それとも、黒髪の少女が部屋に帰ろうとしたことに危機感を抱いたのか。


 元々人混みが苦手な少女からすれば、ここで踵を返し階段を駆けあがるのがいつも通り。

 なので、咄嗟に待ち人に見つかるまいと身体を反転させた。


 道案内をしてもらったフランには悪いが、状況があまり喜ばしくない。


 判断にかかった時間は数秒。身を翻すのに一秒。


「おっと、お嬢ちゃん。何処に行くのかな?」


 目撃されて、退路を塞がれるまでに半秒。だった。


 赤い髪。三つ編みの先に赤い花の飾りが舞う。

 腰のレイピアがカチャンと音を立てた。


 赤い瞳の魔族――四天王で烈火隊隊長、アネモネだ。


「…………何のお話でしょう?」

「おいおい、フランの喋り方がうつったか? しらばっくれるんじゃねーよ、ラエルちゃん」

「いえ、本当に心当たりがないの。どうして貴方は今、手すりの上に立って私の目の前にいるのかしら? さっきまで居なかったわよね?」

「中々降りてこない上に、上の階に戻ろうとしたらそりゃあ、目に留まるさ」

「貴方は獲物が動いたら襲い掛かる獣か何かかしら?」

「その言葉、褒めとして受け取るぜ?」


 にこにこと言う割には圧を感じる言葉に眉根を上げたラエルは、下階を眺めて息を呑む。


 流石に四天王に引き留められている人族というこのシチュエーションはよろしくない。

 赤い懐疑の瞳がちらちらとこちらを見ている。痛いぐらいだった。


(今度は何を疑われてるっていう訳……!?)


「い、嫌って言ったらどうなるのかだけ、教えてくれない?」

「俺が小脇に抱えて強制連行」

「分かった、分かったわ。本気なのは分かったから、にぎにぎしてるその指をどうにか抑えて頂戴。自分で歩くわ」


 指の動きが蜘蛛の足のようで気持ち悪いのだ。とまでは聴衆の手前言えなかったが、残念そうに腕を下ろしたアネモネはラエルの隣に立った。


 ざわめきが増し、人の波に穴があく。


「さあ、どうぞこちらへ」

「もの凄く気が進まないのだけど……何これ……」

「俺に聞いてくれるなよ、何も知らないからな」

「何も知らないの!?」

「聞かされてないことが殆どだ。今日の俺の仕事はラエルちゃんをここで迎えて、そのまま四棟最上階へ連れてくってだけなんだよ」


 アネモネのその言葉にラエルが反応するより早く、周囲の空気が変わった。

 何だか、さらに引かれた気がする。


 その意味を知らないまま、少女は赤髪の騎士と共に銀色の昇降機に足をかける。普段目にする鈍色のそれよりも豪華な装飾がされた箱。


 これはどうやら、四棟の最上階と一階とを繋ぐ唯一のルートらしいが――。


「最上階?」

「最上階」


 聞き直しても帰ってくるのはそのような言葉だけで、周囲の魔族や獣人から少女に向けられる視線は懐疑のそれだ。


 というか、少女が騎士に向ける視線すらも懐疑のそれである。


「……私を呼んだのって、ヘッジホッグさんじゃあないの?」

「あ? 違う違う。そっちはついでだ」


 派手な音を立てる訳でもなく、丁寧な絡繰りが鳥かごのように少女と青年を閉じ込める。

 銀の籠が動き出そうとした時、三つ編みを弄りながらアネモネは衝撃の言葉を口にした。


「ラエルちゃんに、王様が会いたがっててさ」

「?」


 がっしょん! がらがらがらがら……。


 上昇を始めた銀の籠。放心する住民の波と、口を半開きに固まった黒髪の少女。


 口笛を吹きながら誤魔化すアネモネと共に、ラエルは――玉座へと赴く。





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