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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
3章 赤魔術士は紫空に咲う
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81枚目 「反撃」


 前々回までのあらすじ。

 ラエル・イゥルポテーは黒髪の男の子と出会った。


「私、貴方のことは知らないの。浮島に来て日が浅いものだから……貴方は浮島の住人? それとも観光でここに?」

「……ははぁ、なるほどね。うん、私は魔導王国の住人だよ。こちらこそ、貴女の顔を見るのはこれが始めてのようだ」


 口調から、見た目通りの年齢である可能性は霧散した。

 やはりラエルよりは年上らしい。


「そうなのね。もし会っていたらと思ったのだけど、初対面だったの」


 黒髪の少女は言いつつ、一歩前へ踏み出そうか逡巡する。


 この子には逆らえない――そんな根拠もない直感のお陰で、むしろ後退した。

 対する男の子は構うことなく会話を続ける。


「お姉さんはここに来て日が浅いって言ってたけれど。どれぐらい滞在しているのかな?」

「一か月と、半月ぐらいかしら」

「ほう、ではこの国が気に入ったということだろうか? 変わり者と言われはしないかい」

「……そうね。よく言われるわ」


 ラエルは言いつつ、振り返ることなく退路を確認する。


 背後にあるのは勝手の分からない五棟だ。誰が仕掛けたかも分からない魔術でほぼ全員が行動を停止している中、何かあった時の逃げ足は保つだろうか?


 考えたくもない。


「でも、気に入ったっていうのは本当よ。私には勿体ないぐらい良い人たちばかりだもの」


 脳内でストレンの一件を除外しつつ、ラエルは答える。


「ふむ」


 えくぼを親指で弄りながら、上がったままの口角をなぞる男の子。


「ということは、やはり君ではないな」

「?」

「いいや、独り言だよ。これでも苦手な推理の途中でね?」


 瞬きせずに瞳がこちらを向く。白い水晶体がはっきりと確認できた。


(確か、保有魔力が多いとああいう瞳になるのよね)


 資料室の司書然り、白魔導士のスフェーン然り。似たような特徴を持った知り合いを脳内の片隅に置きつつ考える――それは、ささやかな現実逃避だった。


「やあ、思考中にすまない」

「っ!」


 意識を逸らした瞬間にかけられた声に焦点を戻すと、からっとした表情で笑う男の子。

 瞳は瞬かず、張りついたような笑みが向けられる。


「ひとつ質問をさせて欲しい」

「……何かしら」

「君がやったのかい? ()()


 ぞわぞわぞわ。と。

 背筋が凍る音がした。


「……!?」


 呼吸すら止まる威圧――まさか、目を合わせて話をしただけなのに。


「なるほど。どうやら人違いだったようだ。申し訳ない」


 ラエルが腰を抜かした様子を見て犯人でないと判断したのか、謝罪の言葉を述べる男の子。


「……貴方は一体……!?」

「焦らずもいずれ分かることだとも。それでは。私は行くところがあるんだ――くれぐれも、後を追うことはしないように」


 会話の間、一度も笑わなかった青い瞳を最後に歪ませて踵を返す。

 男の子が向こう側の棟に渡ると、目の前の渡り廊下はえぐり取られたように消失した。


 少女は五棟側で座り込んだまま、その一部始終を目に焼きつける。

 無詠唱で発動した、空間系統魔術……の類だった。


 魔術を使う前提として「詠唱」は必須である。術式を明確化するために、言葉を、音を口から吐き出し宣言する必要がある。

 男の子はそれをしなかった。存在自体が上級とも言われる空間系統魔術を、彼は無言で展開した。使用する魔力量も計り知れないそれを、無言で。


 それとも、空間の一部を切り取る程度、『魔法』に過ぎないとでもいうのだろうか?


「……馬鹿げてる……」


 黒髪の少女は紫目を歪め、力が入らない太ももを殴りつけた。







 一方ハーミットは、マネキンチャレンジよろしく固まった人々を避けつつ黒髪の少女が借りている部屋にたどり着いた。


 いわずもがな、そこにあるのは蹴り抜いた足をそのままに硬直するストリング・レイシー、そして、もぬけの殻になった二人部屋である。


 謹慎中という事もあって術士資格を停止されているストレンは、真剣な表情で部屋の内側に目を向け、硬直していた。


 部屋を覗き見るも、そこには人の気配がない。

 念のためベッドの下や脱衣所を調べたが (もしそこで出くわしたとしても不可抗力であると考えた)、同部屋であるはずのラエルは何処にも見当たらなかった。


(定期連絡では散歩の後、無事に部屋に辿り着いたって聞いてたんだけどな)


 黄土色のコートを翻し、ハーミットは室内からストレンを観察する。


「この体制、何かを蹴ったってことだよね」


 振り返ると、彼女の目線の先はシーツの乱れたベッドの上だ。

 ベッドに打撃を加えた「何か」が落ちたのだろう。木枠が少し凹んでいる。


 半開きのクローゼット、脱衣所に置いたままのワンピース。


 推測が正しければ、黒髪の少女は時間停止の魔術が発動した後に着替え、この部屋を後にしたものと考えられる。


(もしそれが本当なら、とんだイレギュラーだけど……)


 針鼠は硝子の瞳をストレンへと戻す。


魔法無効化(マジックキャンセル)で身体全体の術を解けるとは限らない。万が一、解術できたとしても。手を離せば術式に取り込まれてしまうだろう。いち淑女に触り続けるのもどうかと思うし……でも有事だからなぁ)


 後で謝ればいいか。と、一刻を争う事態ゆえ大して熟考せずに手袋を外し、ハーミットはストレンの露出したうなじに触れた。


 ぱすん。


 セピアに浸食されていた白魔術士 (謹慎中)の顔色に紅がさす。


「――――っああ言い忘れましたけど私のこと決して動かそうとかしないで下さいよねってうぎゃあああああああああ!? なんで目の前に針鼠!? 今回の黒幕ですかぁ!?」


 解術直後でこのツッコミの鮮度。

 とても一刻前まで停止させられていた人間だとは思えなかった。


「黒幕じゃないし叫ばれる理由が分からないんだけど」

「叫びますよ何ですかこの体制チェックメイト!? 私生殺与奪の権利貴方に預けた覚えさらっさらないんですがぁあ!?」

「俺が手を離したらまた止まるぞ」

「やっぱり握ってるんじゃないですかぁ!?」

「それより状況が知りたい。イゥルポテーさんは?」

「はぁ!? 私が聞きたいぐらいですけどぉ!?」


 ストレンが悪態をついて振り向くと、両腕をホールドアップしている少年の姿が目に入る。

 手袋を外した右の手のひらは、彼女の意思とは無関係に宙に浮いていた。


 茶髪は驚愕に揺れるが、既に足先から身動きが取れなくなる。


「きゃああああ!?」

「少し落ち着いて欲しいんだけど」

「わ、分かりました分かりましたお願いですから今だけ!!」


 ぱすん。


「失礼、冗談だよ。どこなら触っても構わないかな」

「溜め息したいのはこちらですよぅ……」


 腕でお願いします。と差し出された白い肌に、手を触れるハーミット。

 セピアの浸食は止まり、ストレンの肌や服は元の鮮やかな色に落ち着いた。


 ただ、彼女の服装は部屋着用の支給服で、襟にささやかな編み物があしらわれているだけの白シャツに、ごく短い丈の短パンというその装いは。ハーミットの目には毒だった。


 思いっ切り視線を明後日の方向へ逃がしつつ、針並みがモサモサと揺れる。


「それで、この状況に心当たりはある?」

「あるも何も、天啓さながらの閃きと共にラエルが絨毯を切り裂いたんですよぅ。なんでも、床に魔法陣が隠されていたみたいで……」

「床?」

「回廊に引いてある絨毯の下ですぅ」


 ストレンが指差す方向は、部屋の出口付近。一片だけ捲れた灰色の絨毯はセピアに呑まれながらもそのままの形で停止していた。


 一応ここで補足しておくが、魔導王国の回廊に使用されている灰色の絨毯はちょっとやそっとでは燃えないし千切れない。もし破壊できるとすれば限界まで圧縮した火で焼き焦がし穴を開けるか、水圧を高めた刃で切り裂くか、真空刃を多用するか。……そんな代物である。


「……焼き切ったのかな? 所々焦げてるけど?」

「腕輪をつけた状態で『点火(アンツ)』を安定して暴発させたんですよぅ」

「安定して暴発って何? 彼女には補助器具つけると火力駆動になる素質でもあったのか?」


(イゥルポテーさんは『点火(アンツ)』の出力を制御できずにいたはず……あぁでも、魔力の消費量を考えると下級魔術じゃあ腕輪の抑制機能は働かないか)


「……そうか、一点に圧縮された炎はレーザーみたいなもんだもんな」

「れえざあ」

「聞き流してくれ。いや、しかし頭が痛いけれどまあ、凄いタイミングだよこれ」


 少年は苦笑しつつ、その灰色の布を捲る。止まった時間の中あらゆるものが破壊できないこの状況下で、なんて幸運が働いたことだろう。


 現れた血文字の陣に、口の端を歪めるハーミット・ヘッジホッグ。


「ストレンさん、例のペイント液って余っていたりするかな?」

「貴方は、何に使うんです……? というか、私が持っていなかったらどうしたんですか!?」


 言いながらも懐から小瓶を取り出すストレン。


 黒髪の少女に催促された時もそうだが、一体どんな理由で持ち歩いているのだろうか。

 少年は敢えて追及することをしなかったが、後で事情を聞くことに決めたようだ。


 ハーミットは笑顔で受け取ると同時に瓶を左掌で砕いた。

 手袋がビビッドな色に染まったのを眺めつつそれを外すと、左手のひらの素肌にその鮮やかな液体を滑らせる。魔力子が弾け散り、染料は只の絵具となる。


「何よりも、この陣を壊すことが先だ」


 言って、ハーミットは迷いなく手のひらを陣に突っ込むと血糊の術式を断ち切ってみせた。


 周囲に色が灯る。


 セピアに浸食されていた石材が、壁紙が、人が、魚が、全てが元通り息を吹き返した。







 ――――ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!






 止まっていた音が、続きを紡ぐ。目が覚めた人々がざわめく音が徐々に大きくなる。


「……」

「おお、復旧したみたいですねぇ」


 いつまで触ってるんですか。と、針鼠の手を振り払い埃を払うようにするストレン。


 一方のハーミットは鼠顔の下で眉間を深くして――弾かれるように顔をあげた。


「――違う、これ誘いだ!!」

「誘いぃ?」

「音量が足りない!! ()()()()()()()()()()――ちょ、そこ動くなよ!!」

「はぁ?」


 間抜けな台詞を吐いたストレンの右肩に、少年の革靴がのったのはその瞬間だ。


「っだあぁっ!!」


 左足で女性の肩を踏み台に、目の前の「敵」に渾身の膝蹴りを食らわせる。

 衝撃で被っていた鼠顔が後ろに外れたが気にしない。そのまま相手の()を蹴り飛ばす。


 一拍遅れて鈍い金属音。床に刺さった片刃の軍用剣、壁に叩き付けられた白い首がストレンの目の端で舞う。


 前歯が床に落ちた。ストレンの背後から切りかかろうとした相手の物だ。

 薄くて丸いつばつき帽子を頭骨に乗っけた人骨――骸骨兵。


 首を飛ばされた人間の全身骨格がそこに倒れていた。


 ……過去形である。

 首を失った骸骨兵は、手放した剣を探して床を這い出したのだ……!!


 ストレンは一瞬何が起こったのか判断に苦労して、ハーミットが蹴り飛ばした頭蓋骨がカタカタ動き出したのをきっかけに全身を震わせる。


「ほ、骨ぇ!? いったいどこから湧いて!?」

「ストレンさん! まずは周囲の状況報告よろしく!」

「は、はいぃっ!!」


 耳をすまさずとも、あちこちで交戦する音がする。


 そしてストレンとラエルの部屋の前にも、ショートソードやロングソードを手にハイカット帽を被った人骨がわらわらと包囲網を作り始めていた。


「ふ、っはは、はは、駄目ですねぇ! 退路がまるでないですぅうう!」

「やっぱり……やられた……っ!」


 骨を投げ倒しながら報告する白魔術士 (謹慎中)を背に、首を持って再稼働する骸骨兵を前に、少年は鼠顔と手袋を嵌め直し構えをとる。


 笑えない展開だ、と。

 ハーミットは口の端を歪めることしかできなかった。





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