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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
3章 赤魔術士は紫空に咲う
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72枚目 「白銀の矢尻」


 ――刹那。

 その切っ先は紫色の眼前に。


「!!」


 考える暇もない。黒い金属片――土を跳ねるように発射された鉄の矢尻(やじり)が、回避行動を取った少女の顔を掠めた。


 鈍い音が背後から響く。

 壁に穴ぐらいは開いたらしい――石の壁に、穴が。


「あーあ。避けてきますかぁ」


 間延びした白魔術士の声がする。黒髪の少女は迫る魔力から距離をとった。


 先程まで足を着いていた場所に矢が数本突き刺さる。

 壁面を滑ったそれらを躱して土を蹴る。相手は弓使いだ。遠距離戦で優位に立たれる前に距離を詰めたい。


 弓を引く間、ストレンは無防備。


 ラエルは思考しつつ放たれた矢をいなし懐へ踏み込む。水色の指が赤い瞳に向けられた。


「『フルミネ――』」

「詠唱が遅い」


 着弾。


「っぐ!?」


 一瞬、何が起きたか理解できなかった。


 何故右脇腹に衝撃が走ったのか、思考する間もなく回し蹴りを顔面に食らって吹き飛ぶ。

 揺れる脳がかしましい。それでも壁に打ち付けられる前に受け身を取る。


 追撃。


 胸部に二回、腹部に三回。尖っていない棒の先で思い切り突かれたような鈍痛。


「……!!」


 砂埃を気にする余裕も無く飛び退くしかない。地面に数本の矢が刺さった。

 数回のバックステップ。始めに立っていた位置に戻る。


(元の位置まで戻された……っていうか)


 僅かな砂塵に隠れ、見えていなかったものが少女の目に映る。

 一目見て、それから思い出し、考え直す。


 烈火隊に所属するエルメやストレンがなぜ、筋肉娘と呼ばれていたのか――熟考するべきだった。人族相手に手加減してくれるだろうなどという淡い期待は抱くものではなかった。


 魔力で構築された白い輝きを放つ矢。ストレンはその一つを撫ぜ、優雅に指に取る。


 矢をつがえた。魔力の弦が引かれる。

 彼女の周囲に浮遊する、無数の矢も同じように切っ先を向ける。


 射線が通るその一瞬を待つ。


「『天使の矢(パワーリィ・アロー)』――」


 二十、三十はあろう、命中したとしても死に至らない白き矢が微かに震え。


「――『正鵠へ帰巣する(ホーミング)』」


 続いた強化魔術の詠唱に思わず顔をひきつらせたラエルを前にして、ストレンは獰猛な笑みを浮かべた。


()け! 嘴熊の魔弓(ダッグリズリー・ボウ)!」


 弦が獣か鳥のような叫びを上げた。


 軌道を刻みながら放たれた矢が、四方八方から少女を狙う!

 紫の目は見開かれたまま――周囲に漂うは、僅かな風の気配。


「『旋風(ワールウィンド)』!」

「!」


 詠唱がぎりぎり間に合った。


 少女を中心に緑色の魔力が渦を巻く。放たれた白い矢は風に巻き込まれ、その衝撃が風の魔術構築を破壊した。


 キラキラと、後に降り注ぐのは純粋な白魔術の残滓である。

 触れた先から擦り傷が塞がるラエルを見て、ストレンは少しだけ驚いたように口を丸めた。


「粗削りですねぇ、それ。見るからに暴発してるじゃあないですか」


 黒髪の少女の耳に破裂音が届く。鼓膜は無事だが、頬の傷が開いたらしい。

 しかしラエルは流れ落ちる血を気にすることなく、右腕を正面に差し向ける。


「『霹靂(フルミネート)』!」


 ストレンの左肩を掠め、弾き飛ばされる雷槍。

 赤い瞳はポカンと見開かれ、魔術が掠った肩と流れる血を眺めた。


「……ふふ、あははは。初級すら満足に扱えない人族が! 私に傷をつけますか!」


 じゅああああ、と肉でも焼いている様な音がする。肉が再生する音だ。


 焼けて捲れた表皮が戻り、爛れた脂質も、千切れた筋繊維も、怪我をする前と変わらぬ状態まで引き戻す。 


 人族が魔力暴発から黒魔術を編み出した一方で、白魔術は奇跡から始まった魔術系統である。

 生体の再生、治癒の促進に特化した「奇跡の魔法」――それが、白魔術の始まりだ。


 ストレンは、目を細める。夕焼けを思わせる赤が滲み、口が歪む。


「『(ニードル)』」


 かつて矢だったものが、少女の内側から牙を剥く。


 胸。腹。腕。肩。

 一度矢を受けた部位の内部から、無数の棘が産まれる感覚が黒髪の少女を襲う。


 ストレンは肩を竦めると、やれやれと言った様子でのんびりと距離を詰めた――が。


「っ!」


 一度傷つけられた肩が、思いっ切り蹴り飛ばされる。

 ストレンは咄嗟のことで尻餅を着いた。見上げる先には、爛々と輝く紫の瞳。痛みに顔を歪めた。笑う。


 続けて繰り出された下段蹴りを回避して、ストレンは顔を歪めながら後退する。


「体中に針が刺さっている様な状態で動き回るなんて! 痛くないんですかぁ!?」

「これぐらいどうってことないし、砂魚(すなうお)に突貫食らった方が遥かに痛いわ!」


 砂魚の突進は身構え無しに受けると冗談ではなく骨が折れる。ラエルが痛みに良い思い出がない理由はこれである。


「……っ!」


 ラエル・イゥルポテーは第三大陸北の民の末裔だ。砂上でサバイバルしていたこともあり、戦闘に特化した身体バランスの構築――足腰、体幹の強さは伊達ではない。


「まだまだ始まったばかりじゃない。どうせ訓練なのだから心の底から楽しまないと! 対人戦闘なんてめったにできないし、ストレンさんだって全然ストレス発散になっていないでしょう? まあ、貴女のストレスの原因が私なら尚更、他ならない私自身が貴女の相手になるべきよねぇ!」

「わ、私は別に! それに、ストレスの原因だなんてそんなつもりは」

「へぇ。この期に及んで言い逃れするつもり? まあ、相手が嫌いな人族だからって、線引きを忘れて勝手に暴走しているあたり、この島での貴女の価値は言わずとも知れた程度だと思うけれど」


 ――煽る。


「貴女が昇格試験に受からなかったこと、まさか私と関係があるなんて言わないわよね? 烈火隊の筋肉娘さん?」


 魔力の使用には感情の起伏が大きく関わっている。

 調子を崩す事が目的であれば簡単な話、相手の逆鱗を探して引き剥がせばいいのだ。


(とはいいつつも、既に実力差は明確――ここからどうひっくり返したものかしら)


 黒魔術師は虚勢をはる。

 白魔術士は静かに唇を噛んだ。







「――ストレンさんが音信不通に? ……それはまた、どうして」


 これは、烈火隊の白魔術士が行方不明になったと聞いたラエルの素直な感想である。

 朝の訓練やたまにあった女子会での付き合いからしても、ストレンはとても真面目な人間だとラエルは認識していた。


「まあ、普段のストレンさんであれば考えられない行動ではありますよね」


 カルツェは言って、座っている椅子を回転させる。


「ですが、それこそ毎年恒例の()()が関係しているとしたなら、特におかしいことではないかとも思います」

「毎年恒例のあれって?」

()()()()()()()()


 カルツェは答えつつ、白い制服の襟を返す。閉めないボタンのカフス裏に、見慣れないバッヂがついている。


 不死鳥の意匠に十三の棘が生えた星のような模様が重なった、シンプルなレリーフだ。

 これが、魔導王国に所属する白魔導士資格保持者の目印である。


「国に所属するだけの白魔術士から、国の要請を受けて治療を行う導士に昇格する試験――これは毎年一回あるのですが、ストレンさんはこの試験に落ち続けています」

「……落ち続けて」

「はい。今年を合わせて五度」


 何度も同じ試験を受け、落ち続ける。真面目な彼女からすれば勉強を怠った訳でもなく全力で挑んでいることだろうに。


「難しい試験なのね」

「いえ。筆記・技術どちらの分野であっても、内容は白魔術士の基本知識を量る為のもの。彼女ほどの力量であれば、通過すること自体さほど難しいことではありません。ただ……」


 カルツェは首を振りながら、しかし目を伏せる。


「試験で及第点を獲得する――()()()()で満足していては、白魔導士として認めていただけないんです」

「?」

「まぁ、ざっくり要点をまとめるとこうだ。ラエルちゃん。ストレン嬢は毎年落ちるたび、癇癪で物をボロボロにしちまうんだよ。ストレス発散っていうやつだな」


 アネモネは三つ編みを頭の後ろに放り投げる。


「じゃあ、ストレンさんの部屋も今回の私の部屋みたいになっているの?」

「ああそうだ。だが、それだけなら特に問題は無かったんだよ。いつもなら壊した家具を早急に自費購入して、次の日にはケロッとしてたもんだし。物に当たる奴、魔導王国にはちょくちょく居るからなぁ――しかし今回は様子が違う。心配にもなる」


 血文字で書き置きだしなぁ、頭を抱えるアネモネ。

 どうやら、使われている血に通っている魔力はストレン本人の物だったらしい。


「俺たちは昨日と今日の二日間、ストレンさんを探して走り回っていたんだよ。まさか、イゥルポテーさんの周辺で足跡(そくせき)が掴めるとは思ってもいなかったけれど」

「ふぅん、落書き魔もたまには役に立つのね」


 ラエルは言いながらカフィオレを口にする。


 何気なく呟かれた言葉には、何の感情ものせられていない。

 一同は各々の作業の手を止めた。


 ラエルも一拍置いてそのことに気づき慌てて弁明しようとするものの、カルツェに両手を取られ詰め寄られる。


「あの、ラエルさん、貴女は一体何処まで人の悪意に鈍いのですか!? そもそも彼女は人族を毛嫌いしている魔族の代表格なんです。今の話の流れで誰が貴女の部屋を荒らしたのか分かるものでは!?」

「へ、部屋を荒らしたのはストレンさんでしょう? それは言われずとも分かっているわ」


 ラエルは部屋を荒らされたこともそうだが、ペイント液を被らされたことも嫌じゃなかったわけではない。だが、この鬱憤を晴らす相手は空白陣の向こう側だ。


(何処の誰かは知らないけれど、随分と余計なことをしてくれるじゃない)


「そうね、『催眠(ヒュプシス)』の効果で最も手近な敵視対象に攻撃をしようとしたんじゃないかしら」

「……『催眠(ヒュプシス)』……?」


 カルツェは目を丸くして、魔術の名称を復唱する。


 黒髪の少女は腰のポーチから手帳を引き出す。

 (ページ)の最後をめくると、自身が両親から教わったあれこれが箇条書きにされていた。

 

 ひとつ。黒魔術は万能ではなく、その力を己以外の為に奮うことは許されない。


 ひとつ。意思や尊厳を生存より優先するなかれ。死は可能性の終わりを意味する行為である。


 ひとつ。何事に相対するにも、必須となる情報類は貪欲に収集せよ。


「ひとつ。禁術を使うことは禁忌である。ただし、対策を怠っていいことにはならない」


 ――学ぶべし。


 一文を指差し、もう一つ引き出しの箱(ドロワーボックス)から取り出すラエル。その手にあったのは、魔導王国の資料室から貸し出している書籍。


 表題は「黒魔術研究目録」、著者は「シャーカー・ラングデュシャーデ」。


 倫理の点で問題視され、発禁になった幻の魔導書――半日前、地下資料室でロゼッタから貸し出して貰ったものだった。


 ラエルは紫の瞳を細め、冷や汗混じりに「にやり」とする。


「呪術に関してなら、人より詳しいのよ、私」





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