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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
3章 赤魔術士は紫空に咲う
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62枚目 「夜なべの成果」


 資料室二階。皮膜を畳み、黒い瞳を半分閉じた状態で舟を漕ぐ蝙蝠。


 前後を衝立で囲われた四人席を確保した働き者は、利用者がまばらであることを確認して目を閉じた。


 朝起きて夜眠らず昼眠る――ハードワークは日常茶飯事。このような情報集めも一度や二度の経験ではない。寧ろ、諜報で飛び回ったあの頃に比べれば心身ともに健康そのものである。


 知性ある獣として。

 血の鎖に縛られた使い魔として。


 魔導王国は非常に寛容だ。使い魔にも倫理的配慮がされているし、人道的扱いも保証されている。懐が大きいというか、何もかもを放っておく雑さがあるというか。これらは魔族の長所であり短所であろうとも思うが。


 まあ精神衛生的には良いから、いち蝙蝠の立場で意見することはない。

 飼い主に従うのが使い魔であり、気ままに一生を過ごすのが獣である。


 ……とすれば、何故今回はその束の間の安息を、一個人に割くことになったのだろう。


 うつらうつらと、睡眠不足が祟って目を開けられない蝙蝠は留まり木の上で考えていた。


 ふと、額に温度を感じる。

 温かい、けれど筋肉質な細い指だ。しっかり食べているのだろうか、なんだか痩せている気がする。硬い手のひらは爪を立てないようにか、指の腹を器用に使って毛並みに逆らうことなく行ったり来たりする。ノワールは思わず欠伸をした。


 そうだ。似ているのだ――今しがた自らに課した問いに、夢現の思考で結論を出す。


『似てる……』

「何が?」

『きぇっ!!』


 急に大声量を発したニュイ・ノワール。

 ばくつく心臓と血圧上昇を体感しながら、無事覚醒した。過覚醒といってもいい。


 対して、急に奇声を上げた蝙蝠に驚き、雑誌をきつく抱きしめているのは黒髪の少女だ。

 恐怖の感情は無くとも、驚かないわけではない。彼女とて血の通った未成年の少女である。


「ど、どうしたのノワールちゃん」

『どうもこうもあるです、急に声をかけないで欲しいものです!』

「じゃあどうすれば良かったっていうのよ」

『……撫でなければ良かったです』

「撫で?」


 私、今来たばかりなんだけど。と、首を傾げるラエル。一つまとめにした黒髪がもさもさと連動する。


 ノワールは目を瞬かせる。状況を予測し、追及を諦めた。


『なんでもないです。さっさと席に着くです』

「撫でて欲しかったの?」

『断じて違うです』


 毛並みをつくろう風を装って、ノワールは首回りの毛に「もふり」と顔を埋めた。







 まず、蝙蝠と合流した黒髪の少女はお互いに調べた結果を共有することにした。ノワールはラエルの説明を一通り聞き、満足げに頷く。


『そうです、第三大陸の南西。塩の涙(ソルティドロップ)と呼ばれる崖のすぐ近くにある林内の馬車道にて、例の事件の被害者が発見された。間違いないです』

「あの真っ白い崖、案外可愛い名前よね」

『です。ネーミングセンスを疑うです』


 蝙蝠は言って、皮膜を舌でつつく。


『ま、資料検索の素人でも、ここまでは掴めましたか。見直したです』

「言葉の所々に棘が見え隠れする気がするのだけど、気のせいかしら」

『正直眠いのです。大体貴女のせいなのです……』


 睡魔は遠ざかったとはいえ、睡眠不足でグロッキーな現実は変わらない。

 とはいえ受けた仕事はこなさねばならない。蝙蝠は留まり木にぶら下がり、顔をラエルの方に向ける。


『まず、ノワールが調べてきたことの結果を、簡潔に報告するです』

「ええ。お願い」

『推論、貴女の両親は人売りに攫われてなんかいないと考えられるです』

「……………………んん?」


 てっきり第三大陸の殺人事件について調べて貰っていたつもりのラエルだったが、徹夜明けの蝙蝠は淡々とした様子でそう告げた。


 急な話の展開に、黒髪の少女は待ったをかける。


「第三大陸の殺害事件を調べて……それがどうして、私の両親の話に飛ぶのかしら」

『急かさずとも順を追って説明するです。とはいえ、殆どが拝見した資料の受け売り。考察は人間の仕事。頼まれずとも決断権はぶん投げるです』


 ぶわん。蝙蝠は言い切らない内に瞳を輝かせた。方向性を持った強い光は、艶のある机上に何かを映し出す。


 第三大陸の資料映像らしい。


『では、第三大陸のことから説明するです』

「ええ」

『第三大陸は、環境条件が砂漠、山脈、草原と多様です。故に交易が盛んな船都市以外の町や村は独自の文化を生むに至ったです。これは、山を挟んだ向こう側にも同じことが言えるです』

「北は、白砂漠側のことね」

『です。加えて、山を越えなければ北と南は交流できなかった。昔の人族はそれを億劫に思ったです。だから、山を掘って穴を空けたです』


 そうして掘られた山の穴は長い時代を経て、ツアーに利用されるような洞窟になっている。

 空間魔術がまだ、庶民の手に届かなかった時代に作られたものだ。


『ただし、開通したその通路は結局のところ閉鎖したです』

「意味無いじゃないの」

『意味はあったです。少なくとも利用されていた十数年は第三大陸内で滞りない交流が実現した。ただ、その後白砂漠に生息していた砂魚が凶暴化したせいで南側の商人に死者が出たです。閉鎖のきっかけはそれです』


 人の流れが変われば、生態系もそれに合わせて進化する。いくら護衛を伴なおうと、慣れない砂の上を行く行商人が少しでも気を抜けば、常に飢えている砂漠の生物にとって格好の餌食となったことだろう。


『ここからが本番です。この砂漠砂魚事件を機に、南側のお偉いさんは領民に掘らせた洞窟を閉めることにしたです。そして、二度と砂漠と繋がる穴を作らせないと誓った。そういう決まり事を第三大陸の南側で作ったです』

「え、ええ……?」

『……簡単にいうと、砂漠での生活で常にサバイバルしているも同然の方々と、都市や町村で何にも侵されることなく穏やかに生きている方々とでは、根本的な実力に差がありすぎたのです。多分今でも同じです、並みの人族が貴女の故郷へ向かったなら、骨の欠片も残らず食われること必至です』


(えぇ……? 砂魚はあまり強くないわりに、火を通して食べると美味しいのだけど)


 ラエルは少し拗ねた様に口を尖らせた。蝙蝠はその様子を一瞥して呆れた目をする。そういうところだ、といわんばかりだ。


「でも、それが今回の一件とどう関係してくるの?」

『山の南側から北側へ行くには、閉じられたこの洞窟を使うのが一番手っ取り早いです。洞窟は通路として使われなくなったというだけで、埋められてはいない。それこそ、観光に使われる位には舗装されてるです。例えば、()()()()()()()()()()をもって行き来するぐらいはできると思うです』

「人?」

『です』

「人って?」

『貴女以外に誰がいるんです』


 言いながら眉間に皺をよせる蝙蝠。寝不足で頭が痛いのだろう。説明が早く終わるに越したことはないので、ラエルもおとなしく続きを聞くことにする。


 勿論、疑問は呈するが。


「人が入るぐらいの荷物を持って行き来するとなると、当然その付近の人の目に止まるはずだけど? それに、そんなに狭い場所に詰められていた憶えはないわよ?」

『目撃者は魔術を使えばどうとでもなるです。それに、貴女の発言が調書に記録されてたです。()()()()()()()()()()()()と』

「?」


 黒髪の少女にはどうやら心当たりがないようだ。やれやれと首を振る逆さの蝙蝠。


『「気づいたら」という枕詞があれば、間に空白の時間があると考えられるです。なら、おおよそ移動中は気絶させられてたということです』

「そ、そんな記憶ないわよ?」

『寝起き直前の記憶なんて普通残ることないです。残ってたら超人です』

「……あ、確かに……」

『そもそも使用された呪術が沈黙(サイレンス)だけだったという保証もありません、です。というか、人を拐う時点で用意周到が妥当です』


 ぶら下がる間に脳に血が回ったのか、体を起こしたノワールは光らせていた目を閉じ、地図を広げるように要求した。


 黒く細い指が皮紙の上を滑る。


『北側と南側を繋いだとされている洞窟はサンドクォーツク内にある人口通路跡地と、イシクブールの北にある産業廃坑ぐらいです。後者は現在の白砂漠とは通じていないので、必然的に前者が使用されたと見るです』


 続けて、第三大陸の西方面を弾く。


『勿論、登録外の道を使った可能性もありますが、今のところそのような報告は上がってないです』

「報告」

『現在第三大陸の調査を行っている部隊からの報告、の意です』

「現在進行形で調査してるのね。……なんだか悪いわ」

『あのです、悪いのは実行犯です。ラエルさんではないです』

「……そういえばそうね」


 ラエルは頷いて、謎が増えるばかりの地図を見下ろした。


『ここに情報を重ねるです』


 ぶわん、再度目を光らせる蝙蝠――紙の地図の上に、もう一枚の地図が重なった。印が幾つかついているのと、やはりパリーゼデルヴィンドの国名が消え去っている以外に異常はない。


 西のサンドクォーツクに赤丸。そこから馬車道を南に下った先にバツがついている。

 その更に南には、ラエルがセンチュアリッジへ渡ったあの砂の道があるのだが。


「ねえ、ノワールちゃん」

『なんです』

「この線は何?」


 ラエルはバツ印から東側、イシクブールへと結ばれた赤線を辿って見せる。ノワールは少女の察しの悪さに溜め息をついた。


『この線は、貴女が最初に乗っていた馬車が、いずれ辿っていたであろう道のりを示すものです』

「……私を攫ったのって、あのテントの人売りじゃあ無かったわけ?」

『今更です?』

「えっ、それじゃあ、あの宗教団体って、人売りと繋がった業者とかじゃあなかったってこと?」

『そもそもが人売りと縁のない団体だと思われるです』

「んんん?」


 思い出せば面会室の向こう側、太い鼻をした男は確かに言っていた。蜘蛛の宗教団体とやらは、「女子どもを供物にする」のだと。


 とすれば、ラエルは絶好の餌であっただろう。間違っても人に売る必要がない。


『ラエルさん、聴取でこんな事もいってましたですよね。「私は最後に連れ出された」と。ということは、貴女を連れ出した方たちは少なくとも二度、白砂漠と南側を往復しているはずです。案の定イシクブールの関所録の中に二往復分、被害にあった馬車の通行記録があったです』

「……誰にも見つからないと思ったから、三度ともこの道を使った?」

『または三度とも道のりだけでも変えようとしたか――当人たちが屍となった今はもう確認できませんです』

「もし彼らが殺されたことで私がセンチュアリッジに辿りついたのなら――私の父と母は」


 センチュアリッジ島へ馬車で渡ることができるのは、一か月に一度だ。

 それに、ならず者ホイホイだったあのテントで即売会が開かれたのはあの時が最初で最後だったはず。あれは魔導王国の仕込みだったのだから。


『です、恐らく』


 黒髪の少女の両親は、イシクブールへと。





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