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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
2章 就活と動機と魔王と
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42枚目 「ドゥルマ・ウンエイ」


「はぁ、私は別に構わないけど」

「ごめん、俺の言い方が悪かった。ここで待っててくれ」

「待ちなさい……!」


 一人で行こうとして黄土色のコートを掴まれたハーミット。


 きっと鼠顔の下は金髪少年に似合わないしかめっ面であろう。センチュアリッジの一件は当事者の彼にとっても記憶に新しい。年若い女性が貞操の危機にあったにも拘らず救出できなかったという現実は彼にとって重く、心を砕く対象ということだろうか。


「心配してくれているのは分かるけれど、私は話を聞きたいの」

「難しいことをいうなあ」

「だって、蜘蛛の件を予言されたのは私よ」

「うーん……」


 針鼠は針頭を振り回しながら打開策を見つけようと必死だったが、どうやら時間の無駄だと判断した。かわりに、非常に苦い顔をしながら頭をパージする。


「?」

「……」


 後で怒られるのは分かっている。

 ならば仕方がない、お互い妥協しようじゃないか。


「イゥルポテーさん。これ、被って」







 面会希望者あり。


 伝えられたのはそれだけで、その相手が誰かは知らない。が、恐らくあいつだろうという目星はついていた。あの気味の悪い針頭の獣人だ。


 第二大陸でもあのような獣人は見たことがないし、話に聞いた事も無い。余程の希少系譜か小人か、とも思ったが首元は獣人以外のそれだった。謎しかない。


 負け組の俺に説教するのが勝ち組の人間というのが何とも気に食わないが、きっと俺よりも若いのだろう。それでいて俺のような底辺の人間と会話をする様子は何とも滑稽で、時間を無駄に使っているなあと高を括っていた――が。今日はどうやら様子が違う。


 扉の向こう側は空間術式で区切られ、廊下の人間が出す音や姿は全くもって分からないが。それは気配まで断てるということではないのだ。

 今日は扉の向こうに二人分の気配を感じられた。入り口の前まで来て何をもたもたしているのだろうか。一向に入って来る様子がない。


 第一大陸の貧しい村で育ち、第二大陸で弟共々魔獣に追われながらも命からがら第三大陸までやってきた俺は、借金から逃げて来たのもあって無一文だったことが災いし、金欲しさに運び屋の仕事に手を出した。のが、運の尽き。まさか運ぶものが違法な武器や高価な盗品であるならともかく、生きた人間とは思わなんだ。


 嵌められたとはいえ人売りに関わった身だ。捕まれば相応の罰を受けると思っていた事もあって、いずれ捕まるのであれば関係ないと調子に乗りすぎてしまった感はある。


 そういった環境に身を置けば、そこに適応するように人の本性はすりかわる。


 それでも俺は俺の意思であの場所に居たし、意図してやらかした。やらかそうとして手痛い反撃を喰らった事も含めて反省しなければならないし、それで俺たちの借金や今後の人生がどうにかなった訳でもない。


 高度に発展した白魔術のおかげで、握りつぶされた俺の息子の片方も陥没した頭蓋も無事に修復されたわけだが (恐ろしいぐらいに進歩した魔術である)、記憶ばかりが残って運動神経の経験は白紙になったらしい。


 俺は気付いたら捕縛され、両腕両足を縛られた状態で牢の中にいた。

 案の定、テントに集まっていたならず者は皆しょっぴかれており、俺はその内の一人となったわけだ。


 ともあれ。ここに来てから目つきの悪い白魔導士の指導の元で地獄のようなリハビリをして、今では日常生活を送れる程度には回復している。


 最近では文字を書く鉛筆が持てるようになった。

 走る事はまだ難しいが、歩くのはできる。


 一部とはいえ頭を潰された側からすればむしろ奇跡に近い回復なのだが、白魔導士は一貫して眉間の皺を解くことなく、やはり歓迎されていないことがひしひしと伝わった。


 白魔導士は亜人だった――この国では亜人とは呼ばないらしいが、まあ人族国家で生まれ育った俺からすれば亜人は亜人でそれ以上のものではない。ただ、魔族が牛耳る魔導王国で美人な魔族に囲まれて仕事をする白髪男が羨ましく思えたのは事実である。


 リハビリがきつすぎて何度か殴りかかってみたが軽くいなされてしまった。細腕で目元の隈は絶えないというのによくやるものだ。しかもリハビリの内容が追加されるというおまけ付きだった。もうやろうとは思わない。


 人の考えをコントロールするという点において、この国の仕組みはよくできていると思う。


 囚人にしても、働いている白魔導士にしても、看守にしても。働く姿勢は第一大陸とはえらい違いだった。人族から見てもここはかなり待遇のいい場所である。こんなに平和な環境で生きて行けたならどんなに良いことか――と、近い内に第三大陸の人族国家へ引き渡しが決まっている俺は、他人ごとに思うのだ。思うばかりで何も行動することはない。


 食事も衣服も、風呂もある。

 ある程度の思想の自由も発言の機会も与えてくれる。


 面会以外で看守以外の他人に会えないという条件さえ飲めば、ここは俺にとって天国のような場所だからだ。飢えないし、凍えないし、何より強制的に健康体にされる。確かに、同じテント内で肉体労働を強いられていた背高(せいたか)の弟のことが心配じゃないと言えば嘘になるが、この監獄に居ると聞いたのでそれも杞憂だろう。


 仮にも囚人、もしかすれば今この瞬間にも空間魔術で消されかねない命だとして――これまで生きてきた中で経験したことも無い、束の間の平穏だった。


 ……その平穏を邪魔するのが、今から面会に来るらしい針頭の少年である。


 この監獄に来る人間であれほどまで俺を諫めるような言動を繰り返したのはあいつだけだろう。それは、俺がとある罪を犯そうとしたからであり、非難されるのは当然、妥当な理由があってのものだ。唯一の目撃者であるあいつだけでも俺を責めなければ、俺はきっとあの日の事を忘れていただろう。


 ……いや、少し語弊があるか。


 あいつは、ここに来た四度の中で俺を一度も責めてはいない。悪いことをしたと認めてほしい、自分がどう償うべきか考えてみたか。と静かに言って来るが、俺の人格や人生をないがしろに扱った事は一度もなかった。


 そうだ。初対面の最初の台詞は、確かこうだ。


『俺もあんたも、なりたくてこうなったとは信じたくないけど』


 その言葉にどれだけの皮肉が込められていたのか。学の無い俺には計り知れない。


 目の前の扉に視線を移す。どうやら面会する気になったらしい、蝶番で結ばれた木目の扉が開かれる。


 現れたのは、普段より頭一つ半ほど背が伸びた鼠顔だった。

 服が女物で、胸がある。どこからどうみても女だった。


 黄みがかった健康的な色をした指には指輪が嵌っていて、肩には質の良いジャケット。それと同じ色のロングスカート、タイトスタイル。同系色の花の刺繍がされているが、派手な印象は受けない。皺の無い白いシャツから漂う高貴な印象とはちぐはぐな、山慣れした足運びと身体運び。ただ者ではないということだけが分かった。


 そしてその後ろから、見慣れない少年が顔を出す。

 

 肌は白く薄朱がかり髪は金糸を梳いたような、何処までも美しいそれは肩口にはつかずパッツンと切り落とされ、揃えた前髪の下には同じ金の睫毛と、燃えるような黄金の琥珀が嵌め込まれている。……人形かと思った位だった。物持ちの悪い傀儡繰りであっても、この完成度の人形ならば箱に入れて後生大事に保管することだろう。


 針頭の女は無言のまま面会部屋を見渡し、俺の姿を一瞥すると礼をした。そして何も発しないまま、用意された椅子の一つを引いて結界越しの俺から左斜めの方向に座る。金髪の少年も同じようにして、どういう訳か女の反対側に座った。俺を介して点で結べば綺麗な三角形が描けるようになる――そうして思考していると、声を掛けられた。


「ここで話すのは五回目になるね。最近はどう」

「五回目? 初対面の間違いじゃあねえかぁ? ぼちぼちやってるよ」

「そうかな、こちらとしては何度も目を合わせている筈なんだけど」


 金髪は揺れる。俺は首を傾げるだけだ。


「はあ、まあいいが。あの女は何だよ」

「見学したいんだそうだ。大目に見てくれると助かる」

「それは構わねえけど……居心地は悪いな」

「だろうね」


 はぐらかすような言動が気に障るが、しかし最後の即答は耳に残った。違和感を覚えつつも、俺は謎の少年に言葉を返す。


「それより、いつもここに来る針頭はどうした。初対面の奴に話すことはそう多くねえぞ」

「……」

「ん?」

「いつもの手袋なんだけど。気付かないみたいだな」


 ひらひらと結界越しに振られる手袋。赤茶がかった茶色い革手袋には、鎖の付いた輪っかが嵌っている。それは、四度の面会で顔を合わせたあの針頭と同じ――。


 針頭と、同じ。


 俺はもう一度、考える。逸らした視線が女の方に行ってしまったが、あちらもいたたまれない様子でこちらを眺めているように感じた。


 少年の服装に目を移す。黄土色のコートに革手袋。ああそうか、同じ服を着ていたというのに、俺はこいつがそうだと気づかなかった。目の前の少年があの針頭だと気づかなかった――。


「って、普通そう言われて分かると思うかぁ!?」

「……」


 大声を上げてはいけない決まりがあるのだが、どういう訳かブザーは鳴らず、部屋には俺の声が染み渡った。琥珀の目は線になっていたが、針頭の娘は笑いをこらえているような、そんな様子だった。


 かくして面談は始まった。

 今日が俺の人生の転機となるなど、知る由も無く。多分この時の俺には、知るだけの理由も無かった。





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