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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
2章 就活と動機と魔王と
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37枚目 「日替わりスープとパスタン」


 待ち合わせは午前六時。朝食を食べながら『モスリーキッチン』で、とのこと。


 ハリネズミもどきの金髪少年はラエルの提案にそう答え、「そうと決まれば善は急げだ」とか、意味の分からないことをぶつくさ言いながら回線(ライン)を切ってしまった。


 まったく、マイペースな少年だ。黒髪を束ねながら人のことを言えない少女はぼやく。


 今日は普段より低い位置に結び目を作り、リリアンを蝶結びにした。

 傷んでいた毛先ぶん軽くなった髪の毛を揺らし、紫がかった黒目を鏡に映す。


 特に昨日と変わった様子はない。

 前髪が短くなった分視界が良くなったかと言えばそうでもなく、ただ整っただけだった。


 本日の服装は、ハーミットにアドバイスしてもらった通り、色調を抑えた単色のロングスカートに白のシャツである。裾の端に花柄の刺繍があるが、生地と同系色の為に目立たないだろうとラエルは考えた。


 少年が言うには、もう一枚「じゃけっと」というものが必要になりそうだと。しかし残念ながら、ラエルはその「じゃけっと」とやらを持っていない。その事を伝えると、集合時間が六時になった。何だかんだで手配してくれるらしい。


 そんなわけで、集合時間より早い五時半現在。

 「じゃけっと」のイメージを膨らませながらラエルが番号札を弄んでいると、昨日ぶりに見る顔があった。


「おはようございます、アネモネさん」

「おっ、おはようラエルちゃん」


 赤い三つ編みがモサモサとしている。アネモネだった。


 形式上とはいえ監視の目がついているラエルだが、アネモネやハーミットが変わりばんこに見張っているのだろうか。逆に言えば彼ら以外の見張り役をラエルは知らない。


「そういやあ、昨日のお散歩は楽しかったか?」

「あはは、ばれてるのね」

「連絡ぐらいは入るさ」


 連絡が入るらしい。なるほど、この国の人間は余程気配を断つのが得意なようだ。


「眠れなくなっちゃって。でも、あの後はぐっすりだったわよ」

「そーかそーか。もし悩みがあれば良い伝手があるから、俺かハーミットを頼ってくれよ?」


 彼は言って席を立った。朝練があるといって食堂を後にするアネモネを見送って、ラエルは首を傾げる。


 目元に疲れが見えたが、昨日は一段と激しい訓練でもしたのだろうか? 

 普段から髪を綺麗に整えている様子と比べても、今日はあまり元気が無いようにも見える。


「十五番さーん」

「あ、はぁい!」


 番号札を今日の朝食と引き換える。横目で見たモスリーさんは至って通常運転で、細い瞳とふくよかな頬でこちらを和ませてきた。


 今日のメニューは日替わりスープセット。麦の粉を練って作るパスタンをメインディッシュにしたクリームスープにバターパンを添えたものだ。


 ……同じ麦の粉からどうしてこうも触感の違う食べ物が作られるのだろうか。ラエルは不思議でならなかった。







 金髪少年が革靴を鳴らして食堂にやってきたのは約束した時間の十分前だった。

 鼠頭越しに息遣いの荒さから走ってきたことを察して水を用意する。


「そんなに急がなくても良かったのよ?」

「あ、いや、そういう、わけにも、いかなくて」


 頭部をパージして息も絶え絶えに言う金髪少年。聞けば四棟の用事を済ませるついでに一棟まで行き、戻った四棟から二棟へ走り、五棟に寄ってから三棟まで戻ってきたらしい。


 この数時間で一体いくつの仕事を片付けたのか不安になるスケジューリングだった。


「四棟の二階は使えなかったから、四階の螺旋階段を往復して」

「二階が使えない?」

「廊下を眼球が……徘徊してて……」


 眼球が廊下を徘徊するとはどういう状況だろうか。ラエルは想像しようとして辞めた。


 受け取った水を一息に飲みほして息を整えると、あっという間に琥珀は気力をとりもどす。深まっていた眉間の皺が僅かに緩み、いつも通りおどけた笑みを作る。


「よし、それじゃあ歩きながら話そうか」


 言うと、彼は鼠顔を被り直してラエルを手招きした。

 どれだけタフなのだろうか。体力的にも、精神的にも。


「いいけれど。『じゃけっと』っていうのはどうするの」

「今から貸し出ししてもらうから、大丈夫」


 まずは一棟の軍事管理局に行かなきゃね――鼠顔はそう言って、魔鏡素材(マジックミラー)の目を光らせた。


(……って、()()管理局?)


「人族って魔導王国軍には入れないんじゃあなかった?」

「別に、軍に入隊する訳じゃない――受付をしないと入館許可が下りないから、魔力登録をする為に行くんだよ」

「魔力登録?」

「んー、指紋取るっていうか……血判を押す、っていうか」


 成程。ざっくり言うと、何かがあった時に私が逆らえなくなるような契約をするということらしい。


「そんな呪いの類じゃないから!」

「えぇ? よく分かんないけど……まあ、見てからのお楽しみにしておくわ」


 黒髪の少女の答えに、針鼠は口を丸くする。


「疑わないんだ?」

「今更何を疑えっていうのよ。私に貴方を疑えっていうわけ?」

「信用されるのは、嬉しいけどさ」

「信じてるというよりは、私の方から頼ってるのよ。私の知らない所で既に決まっていることがあるとして、それを外から来たよそ者の私が理解しようとしないでどうするっていうの?」

「……んー、何だろう。俺、どうして君みたいな人が悪徳宗教に騙されてしまったのか、何となーく理解できた気がするよ……」

「?」


 何でもない。と、妙に含みをもった言葉で締めくくられた会話。

 ラエルは納得がいかない様子でハリネズミを質問攻めにし、彼は一棟の受付に着くまでの間ネチネチと嫌味を言われることとなる。





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