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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
2章 就活と動機と魔王と
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27枚目 「銀紙のカルテ」


 全ての本をハーミットの鞄に詰め込んだ二人が約束の時間をぎりぎり過ぎて待ち合わせ場所に現れたため、待ち人であったドクターの同僚――黒髪のおかっぱに眼鏡を掛けた魔族の少年である――は、首に巻いた布を触りつつ溜め息をついてみせた。


 彼はカルツェ。白魔術士で、ラエルにリリアンをあげた本人でもある。

 ラエルと共についてきたハーミットを見て、それとなく事情を把握したようだ。


「……いくらハーミットさんでも、次は許しませんよ」


 一言目から苦言だった。沸点は低いほうらしい。


「ごめんなさい、少し遅れてしまって」

「いえ、貴女は良いんです。仮にも患者さまですから――ただ、そちらの針鼠は役人ですので。甘い対応をする訳にはいかないんですよ」


 そう表情を特に変えることなく言うが、目の端は笑っている。

 どうやら、ハーミットに対して何か思うところがあるらしい。


 色恋沙汰に興味の無いラエルがそう思ったのだから、相当行動に現れるタイプのようだ。現に、普段の冷静沈着な様子からは想像もできない程に顔が赤いし、視線はそらしがちで心なしか手元も震えている。それでいて無表情なのが残念なぐらいである。


 一方で、当の針鼠はそんなことを微塵も気にしていない様子であった。


「お疲れ、カルツェ。ドクターは来てないのか?」

「……そちらこそお疲れ様ですハーミットさん。ドクターは急に予約が入ったとかで離脱しました。引継ぎはしっかり行いましたので、業務に支障はありません」


 丸眼鏡が世界を全反射して真っ白に輝く。


「そうか、そういうことなら。さて、早速だけど彼女の検診結果を聞こうかな」

「ちょ、乙女のプライバシーをなんだと」

「いえ、申し訳ありませんラエルさん。貴女には保護者がいらっしゃらないので、管理責任者の方に同席してもらう必要があります」


 かく言う僕からも苦言を呈させてもらいましたが――と、カルツェは気まずそうな顔をする。


 視線の先には、明後日の方向を向く針鼠。

 ラエルはそのことに気づかない。


 耐えかねた白魔術士が咳をした。


「……では、ラエルさんの検査結果ですね。こちらになります」


 小さな診察室の中心、木のテーブル。既に腰かけていたラエルたちに対面するように椅子を引いたカルツェは、銀の用紙を広げて置いた。


「こちらの角に、指を押し当てて頂けますか」

「え、ええ」


 言われるがまま、ラエルが右の人差し指を用紙の角に触れる。


 すると指先から微量な魔力が抜き取られ、用紙一面に広がった――かと思うと、今まで無記入だった銀の用紙に大量の文字が書き込まれた。


 数字と図と専門用語で埋め尽くされたそれを見て、カルツェは「もう手を離してもいい」と伝える。


「内容の説明、要りますか?」

「い、要るわ。よろしく」

「分かりました」


 カルツェは言って、目元の緊張を緩めると黒髪を耳に掛け直した。


「はっきり申し上げますと――ラエルさんには、魔術に使用できるだけの魔力導線が確立されていません。魔力値が標準より高いのにも拘らず魔術が上手く扱えないのは、細い導線に圧の高い魔力が上手く通らないからでしょう。とのことです」

「……?」


 首を傾げるラエルに、遠い目をするハーミット。

 カルツェは静かに瞬きをする。


「ごめん、カルツェ。もうちょい分かりやすく頼む」

「分かりましたハーミットさん。……えっと、ラエルさんが魔術が上手く扱えないのはコツが掴めていないだけですので、その点に関しては異常ありませんでした」

「え、えぇ?」

「はい。必要なのはリハビリ……いえ、ストレッチですね。産まれつき導線が細い方は珍しくないので。修練次第で改善可能だろう、と」

「そ、それじゃあ、私が七年間雷魔術しか使ってこなかったのは――」

「むしろ、魔力導線を痛める結果になっていた可能性がありますね」


 そんな馬鹿な。


「あとは指導者との相性でしょうか。何事もマッチングが大切ですからね」


 どうやら、ラエルに黒魔術を指導した母親のやり方が向いていなかったらしい。

 長年の悩みに活路があると知り、複雑な心境ではあるが胸を撫で下ろす。


 ただ、カルツェの台詞には引っかかりを感じたようで、俯けていた顔を上げる。


「……その他にも何かあったの?」

「ええ」


 隠すつもりも無かったようで、彼は続きを口にする。


「まず、魔力量が多いです。人族にしては、ですが――魔族の下位に匹敵する値といえば、分かりますか。無論、人族の中では飛び抜けるほどの値です」


 赤い瞳が黒髪を映し、色を深くする。

 カルツェは銀の用紙の上で指を滑らせ、数値を示した。


「魔力の適性は『攻撃・発火』が中心ですので、黒魔術の適正は十分ありますね。一方、魔力操作が苦手なので構築の手数が多い上級魔術や回復術の習得には苦労するかも知れません――人族の身で雷魔法に手を出し『霹靂(フルミネート)』を六割以上の確率で的に当てられること自体、驚きなんですが」

「ほ、褒められてるのか、けなされてるのか分かりづらいわね」

「褒めています。変に受け取らないで下さい」


 カルツェは目を細めた。どうやら彼なりに照れているらしい。


「身体能力、筋力に関しては申し分なし。常識問題もある程度解けていらっしゃるようなのでいいでしょう。残る問題は、貴女がその魔力を使いこなせていないという一点に限ります。そちらにつきましては、講習があるので気兼ねなくご参加ください」

「講習?」

「魔術の使い方を教えてもらえる場があります。ということです」

「なるほど」

「理解が早くてよろしいです」


 カルツェは少しだけ目元を緩める。


 人生の半分をサバイバル生活に費やしていたラエルは、細かい常識は知らないものの、その無知さを隠すことはしない。


 質問する。知らないと口にする。または態度でそれをはっきりと伝える。決して、知らないことをさも理解しているように話したりはしない。


 専門家としてはその方が教えがいがあるし、嫌な気もしない。加えて彼女自身、無自覚ではあろうが新しい物事を覚える要領がいい。


 カルツェやスフェーンの好感度が高い理由は、そういうところにある。勿論この場合の好感度は、対応する()()()()()()好感度だ。


「……連続通院が今日でおしまいとのことで、ドクターの方から話があったと思いますが。どうですか、就活の進捗は」

「今日の朝の話を今日の昼にするの!?」

「個人差はありますが、即日就職する方も少なくありませんので」

「それは、君のような例外に限ってだろう?」


 横から入ったハリネズミの声に首を振る白魔術士。


「さして例外でないことはこの数年働いて体感しています。僕が見て来た患者さんはほとんど即日就職でした――まあ、ドクターが僕に担当させた方々がすこぶる元気だったというのも要因の一つでしょうが。それでも、一定数はいらっしゃいますよ」


 コホンとわざとらしい咳払いをひとつ。どうやら彼はまだ新人の白魔術士で、難しい事例を任されたことはまだない、ということらしい。

 ラエルの件に関わることがそのレベルアップにつながるかどうかは分からないが、経験を無駄にはしないだろう。


 そのような些事について、ラエルには興味が無かった。

 現在彼女の思考を埋めているのは、就活の期限と自身の適正についてである。


「期限内に決められるかは私の行動力にかかってるのよね。今日から動いてはいるけれど……でも、調べるほど私にできる仕事があるか分からなくなるっていうか」

「選択肢が多すぎて、ということでしょうか」

「そうなのかも。でも、軍属と白魔術士と錬成術士と空間構成士にはなれないってことは、分かったわ」

「……まあ、自己分析が進んでいれば後は早いと思いますよ。時間はたっぷりありますし、ご自身に合う進路を選択して頂ければ幸いです。くれぐれも焦らせちゃダメですよ。ハーミットさん」


 そう言って、恨めし気に針鼠の方を見るカルツェ。

 表情の見えない魔鏡素材(マジックミラー)の向こうで唾を飲み込む音がした。


 カルツェは丸いレンズの眼鏡を中指で押し上げ、定位置に戻す。


「僕からのお話はこれでおしまいです。なにか聞きたいことはありますか?」

「あ、それじゃあ一つだけ教えて欲しいのだけど」


 ラエルは席を立ちながら振り向いた。


「私の感情欠損(ハートロス)って、白魔術で治るものなのかしら」

「…………事例はありませんが」


 そうですね、と。カルツェは言いながら天井を仰いだ。

 天井で空気循環の為のプロペラが回っている。


 反時計回り。左回転。


 カルツェは赤い目を閉じ、徐にラエルを見据える。


「少なくとも、今の僕には不可能です」


 と言った。







「それじゃあ、気分転換でもしにいこうか」

「え」


 カルツェと別れ、吹き抜け周りの回廊を歩いていたラエルは、隣にいるハーミットからそんな提案を受けた――彼女が唐突に感じるのも無理はない。この獣人もどきの少年とは、ここ一週間ラエルが検査と診察に追われている中ほとんどかかわることがなかったのだ。


 なので、魔導王国で過ごす彼の生活やその様子を見たことはない。

 ハーミットがマイペースであることなど、この時はじめて知ったぐらいだった。


 仕事は仕事、プライベートはプライベートとして、彼なりの切り替えがあるのかもしれない。


 ラエルの監視をしている時点で、現在も仕事中ではあるかもしれないが。


「イゥルポテーさんは魔導王国の資料室、興味ない?」


 針鼠は言う。


 絵ばかりの本とはいえ、短時間であれだけの書籍に目を通すことができたのだ。魔術師としての素養以前に、読書が苦ではないのだろうと確認したが故の提案だった。


 確かにラエルは「資料室」がどんなものなのか知らなかったし、興味を持っている。


 しかし。


「構わないけれど……貴方、他に仕事は? まだお昼だし」


 ラエルはちょっとだけ心配していた。

 彼女がハーミットのマイペースさを言及することはなかったが、何事にも限度がある。


 一方のハーミットは首を傾げた。


「これが仕事みたいなものだし。今日やるべきことは午前で終わってるから」


 というよりも、要観察対象であるラエルの傍を離れるわけにはいかないのだろう。

 監視の重要度についてラエルは知らないが、それだって本職をおろそかにしてまですべきことなのだろうかとは思っている。


 黒髪の少女には今のところ逃げる動機がないし、脳筋のアネモネが快活に話しかけて来るぐらいで丁度いいのでは――と思ったところで、目の前のガラス玉がこちらを観察していることに気づく。


「……君こそ。大丈夫?」


 言葉に、ラエルは紫目を瞬かせた。


 そして同時に気づく。

 そんなことを気にしていたのか、この針鼠は。と。


 先程会話に出た感情欠損(ハートロス)というのは、スフェーンから聞いた病名である。


 ラエルは「感情欠損(ハートロス)・恐怖」だと診断されていて、その治療の余地がないということをはっきりと言われるのはこれが二度目になる。


 一度目はドクター・スフェーンとの診察で。二度目は先ほどのカルツェに。


「さっきの質問の回答とか。ショックだったんじゃないのか?」

「うーん。そうね、ショックだったん、でしょうね」


 回廊を歩く足をとめるラエル。ハーミットも足をとめた。


 ラエルは壁の方に寄るとリリアンを解いた。どうやら髪形を変えるらしい。

 指先に黒い髪が絡みつく。


「でも、どう頑張っても分かんないものは仕方がないわ。ただ、知らなきゃいけないだけ。知っていて損はないでしょう?」

「知るって?」

「『恐怖』がどんなものなのか」

「……ああ、なるほど」


 どうやら彼女がカルツェにあの質問をした理由が分かったらしい。

 針鼠は「俺の心配を返してくれ」とぼやいて、また歩き出した。


 ラエルは髪の半分辺りを一つに結んで、ハーミットの背を追う。


「それで、『恐怖』は体験できたのか?」

「んー、全然。ああ、また同じ結果かぁ、まあそうよねーって思ったくらいかしら」

「それはそれで鋼のメンタルな発言ではあるけど」

「だって私自分が嫌いじゃあないし。『どうして怖いがわからないんだ!?』ってなるほど、悩んでもいないから」

「問題とすら思わない?」

「問題だとは認識しているけれど……まあ、おおむねそういう感じね」


 遊んでいた髪を弾いて、黒髪の少女は言う。

 投げやりなように見えて、いろいろと考えるところがあるようだった。


 長い、長い回廊を行く。

 空に浮かぶ島の上という割に、この城はとても広い。


 住人が一万人前後いるという時点でその規模が伺えるだろう。上空からは、丸い大砲の筒が幾つも天に向いているように見えるらしい。それらは魔導王国浮島駐屯地――いわゆる魔王城を形成している五つの棟である。


 正門から左手、一つ目の筒が一棟。

 警備とギルドが併設された、軍人の居る区域。朝、烈火隊が訓練を行っていたのがこの棟である。


 一棟から正門を挟んで右手にある筒が二棟。

 そこから反時計周りに三棟、吹き抜けの無い四棟をはさんで、五棟があり、そこから一棟に戻る。


 魔王が玉座を置いているのは四棟で、ラエルたちがカルツェと話していた五棟は治療に関する技術者が集まる場所だ。


 烈火隊が居た一棟の吹き抜けは訓練場だが、この五棟の吹き抜けは患者の為のアクアリウムになっている。


 民の心をケアしようと用意されたこの施設の美しさに少女が抱いた感想は「食べられるかなぁ」だったのだが……それについては、あえて言及を避けることにしよう。


 まあ、言及を避けようが、食欲は表情からひしひしと伝わるものなのだが。


「『霹靂(フルミネート)』で焼き上げたらどんな味がするのかしら……」

「声に出てる、声に出てるって」


 悩みも不安も、食欲には勝れない。

 少年少女は会話を続け、回廊を行く。





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