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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
1章 センチュアリッジと紫目の君
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20枚目 「魚の目に水見えず」




「怒って、る? どうして、ちょっと、私何か変なこと言った?」

「怒るさ」


 じゃないと誰が君を怒るんだ。

 金髪少年はそう言って、私が離した距離を詰め直した。


 詰め寄られる側になってみると分かるが、目の笑っていない顔ほど見ていられない表情は無い。

 私は視線をそらすために雲海のうねる眼下を覗こうと船の手すりに手を伸ばしたが、拒まれる。


 しつこいと思ったので魔法の使用を試みるも、彼の右手は赤い手袋をしておらず、生身のままで私の手のひらを取っていた。


 私はわなわなと口を開けながら、がっちり握られた自分の腕と迫りくる濁り切った琥珀とを見比べて、首だけ左に逸らした。


 うう、この馬鹿力め。


「私が何をしたって言うのよ」

「あのさあ、そういうんじゃなくて」

「じゃあ何」

「……見知らぬ野郎の言うこと信じて、あんな島に閉じ込められそうになって――怖くなかったのかと聞いてるんだよ」


 琥珀は静かに私を見ていた。対称的に、握られた右の腕からは、細かな震えが伝わってくる。


「まず。こんな空の上まで連れて来られたと知って、一瞬でも恐怖しなかったのか?」

「……それは」

「あの状況を作ったのが俺だと知って尚、何故俺を責めない」


 思わず否定の言葉が口をつきそうになる。


 けれど、それを言ってしまったら、私は彼を余計に傷つけるんじゃないかと。

 出かけた言葉を一度飲み込んで。私は押し黙った。


 言葉を選んで、私は口を開く。


「私のような境遇の人達を助ける為にやったのでしょう?」

「……目的と手段は別物だよ。俺達は確かに君を利用した。悪党どもを現行犯で捕まえるためとはいえ、君に命を脅かす選択を迫った。流れに任せて君の気持ちを利用した。間違いはない」

「でもそれは、必要なことだって――奇跡は現象の結果だって」

「俺達は奇跡を信用しない。信じるのは信頼に値する仲間の予言だけだ」


 金髪少年は、風で乱れる髪を気にする様子もなく、淡々と言葉を紡ぐ。


「それでも、八割の勝率しかない賭けに君を巻き込んだ。二割の可能性を考慮したうえで、君には伝えず、巻き込んだ。予知の結果をもって君を利用したのは確かだ。もしも(・・・)に責任が取れないにも関わらず。(げん)に、君は消えない傷を負った」


 ヘッジホッグは私に反論の余地を与える間もなく、矢継ぎ早にそう言うと、息継ぎをした。まだ言い足りないのかこいつは――そうして身構えるも、続いた言葉は短いものだった。


「何より、君の危険を、未然に防げなかった。遅かった。足りなかった。申し訳ない」


 掠れてしまわないようにと、喉の奥から絞り出された言葉。


 ……彼が言っている私の危機というのは多分、一度目と二度目、その両方のことだろう。

 最終日に彼がつきっきりで私の側に居たのはそういう理由だったのだと、ここまで来て私はようやく理解が追いついた。


 私という一人の損失より、全体の利益を優先させた彼の行動は称賛に値する。けれど、この少年には荷が重かったのだ。私という部外者を巻き込むには、彼は優しすぎた。


 一般人に危険な仕事を任せることで成功するという「予言」。


 きっと、その予言者は腕がいいのだろう。それはきっと、一度聞いてしまったら無視できない程に。だから彼は八割の可能性に賭けた。可能性の二割を捨てざるを得なかった。もし、私がその立場でもそうするだろう。あれだけ大規模な作戦だ、勝率は高い方が良い。


 けれど、彼は今。選んだことに後悔している――唇を噛んでいた少年は、自分の手のひらが私の腕に新しい痕をつけかねないと思い至ったのか無言で私を解放した。


 私が黙って待っていると、落ちついたらしい金髪少年は私から視線を背ける。


「俺は君にどんな事情があるか知らないし、関わる気もない。けど、自分から身を投げ出さないで欲しい。それは君自身を不幸にする。今回のように賭けともいえる協力を要請された場合、君には逃げる権利がある……というか、断ってくれ。分かった?」

「……」

「……そんなに不機嫌そうな顔をしないで欲しいんだけど」

「するわよ。するに決まってるでしょう――っつーか、こっち見なさい。目を見て話せ」

「うえっ!?」


 ぐりんっと彼の顔をこちらに、強制的に向ける。


 彼の瞳に空の光が反射して、濁った瞳は鮮やかさを取り戻したように見えた。


「お、可笑しいなー、もしかして怒ってらっしゃる……」

「そりゃあもう、金髪の誰かさんのせいでね」

「ひえ」

「こら、良いから聞きなさい」


 先程は言いそびれたが、今の独白を聞いて放って置くほど私は優しくはない。

 彼が自分のことを許せないというように、私にだって曲げられない感情がある。


「――良い? 私は私が信用できると思ったから、貴方に賭けたの。一度目も、二度目も、貴方だから賭けたようなものよ。貴方が私の思考を誘導していたから私が巻き込まれた? 馬鹿馬鹿しい。自分で決めたことよ、自分で責任持つわよ。大体貴方たちは五十二人も助けて、人売りを沢山捕まえたんでしょう。砂漠の砂の一摘まみかも分からないけど、やらないよりはずっとましでしょうよ。事実、私は巻き込まれたお蔭で助かってるようなものだし……もっと、その、えーっと」


 自分の言っていることがむず痒くて、鳥肌が立つ。本当に、こういうのは柄ではない。


 ぐに、と、鼠の皮を外している彼の両頬をつねってやる。


「もっと、自分を誇りなさい!」


 ぐりぐりぐりぐり。


「いたいいたい! 言葉に反して痛いんだけど!? ふぃっ、ふぁふぁふぁふぁふぁっ!」

「あらそう、それは良かった! つまりは生きてるってことでしょう?」


 調子の戻って来た、涙目の少年を見下ろして、私は全力で笑みを作った。


「……後悔なんて山程してきて飽き足りてるのよ。もし語るなら未来の話にして頂戴。終わったことをぐちぐち悩んでもらっても困るわ。願い下げよ。だから、謝らないで。私を助けてくれた癖に、私たちを助けてくれた癖に、これ以上謝ったら私が許さない」


 金髪少年は私の言葉に固まって、信じられないものを見たような目をする。奇しくもその表情は、私があのテントの中で他の商品達から向けられたものに少し似ていた。


 呆れと期待と、少しの希望。


「返事は?」

「……ふぁい」

「よし」


 ピンク色になった彼の頬を離すと、彼は自らの両頬を抑えて涙目のままこちらを睨みつけた。

 子どもが駄々をこねるようなその表情に思わず笑ってしまう。私が笑うのを見て、さらに眉を顰める金髪少年だったが、暫くするとつられて彼も笑顔を見せた。

 

 けらけらと笑う声が甲板にこだまする。きっとそれは、あの島では出せずにいた声だった。


 ひとしきり笑ってあと。


 ハーミット・ヘッジホッグは右手に手袋を嵌め直しながら、へらりとはにかんだ。

 どうやら気疲れと笑い疲れで、ポーカーフェイスを保てなくなっているみたいだが、それでもどうにかこの場を納めようと彼は思ったのだろう。


「これから、君はどうするんだい? 帰る場所がないって、前に聞いたけど」

「ああ、それは……うーん。どうしようかしら、魔導王国に寄って、その後は賞金稼ぎでもしようかと――まだ、考えてる途中よ」


 掲示板で目にした高額懸賞金の掛かった勇者の話をすると、金髪少年はこちらの予想した通り苦い顔をして「また危ない綱を……懲りないのか……?」と、心配するように言った。


 私は右手をひらひらと振って「大丈夫よ、どうにか生け捕りにするつもりだから」と返す。


「ほら、生きていればどうにかなるんでしょう?」

「運が良かっただけだよ」

「あは。そうね。まあ、救ってもらったからには大切にするわ」


 金髪少年は私の言葉に、苦笑しつつ頭を掻く。

 彼は、最後に疑問を口にした。


「……イゥルポテーさん。君は、本当に怖くなかったのかい?」


 これまでの質問とは違う、単純な好奇心からの疑問らしい。


 この金髪少年は、私が鋼のメンタルを持っているとでも思っているのだろうか。

 元々その気は無かったもののスカウトでもしようと思っているのだろうか。


 私はその様子にため息をつき、本心を口にする。


 ……()()()()、話しても良いだろう。


「私ね、怖いとか、恐ろしいとか、そういうの分かんないの」


 危機を感じれば、確かに回避しようとする。

 けれども、怖いとは思わない。


 異様な物を目にすれば、確かに驚くかもしれない。

 けれどもそれは、恐れとは程遠い感覚だ。


「ふふ、恐怖を理解できないなんて、人間としては致命的よね」


 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 人間を殺すことは、食べることは、心や身体を傷つけることは、決してしてはいけないと教わった。


 私の思考はあくまでもそうやって、両親が定めたルールによって辛うじて舗装されているに過ぎない。

 でなければ、私のような恐怖を知らない人間は、あっという間に人道を外れてしまうに違いないから。


 人間は、いつか死ぬ。生きた間に何があろうとも、その時が来れば容赦なく。

 その過程や原因は様々なれど「死」に種類はない、というのが私個人の死生観である。


 けれど、私は両親から教わった。

 「まだ生きていける余地があるにもかかわらず死を選ぶことは、死を与えることは大罪なのだ」と。


 死ぬことは悪いこと。殺すことは悪いこと。


 故に私は、死ぬ程酷い目に遭っても、そういう目に遭うかもしれなくても、第一に生き延びることを優先するだろう。余程のことが無い限り、そうするつもりだ。


 きっと誰に何をされても。何をされそうになっても。


 その結果として、自分自身が大きく道を踏み外したとしても。


 私は如何なる現実に恐怖を抱くことなく、明日を涼しい顔で生きていけるだろう。

 ――そうして生きる責任は、死ぬときに取る。


「それじゃあ、またね。ヘッジホッグさん」


 私は席を立つ。引き止める声は聞こえない。


 彼はきっとその優しい頭で反芻するのだろう。

 今の言葉が嘘なのか、本当なのか。


 ……ラエル・イゥルポテーは、果たして救われるべき人間だったのか、否か。


 けれど。


 人の目に空が見えないというのであれば、或いは。

 私がまだ出せていない答えを、彼は私より早く見つけるだろうか。


 そうだとしたら、悪い気はしない。


 鎖から解放された少女は、静かに甲板から姿を消した。





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