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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
4章 灰色のダブルはイシクブールにて
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184枚目 「告白と黄金」


 屋敷の裏庭から本邸の裏口に至った三人が、本邸の絨毯を疾走する。


 使用人たちが使う部屋の前を通り、日々寝起きする自室の前を通り、母親の寝室の前を通り、階段を駆け上がっていった。


 アステルの駆動が車輪を可変させることで階段を昇れたことも幸いし、屋上までの道はそう辛くない。それでも、地下道からここまで走り通しだったキーナは息を上げていて、駆動に乗ったパルモはそれを心配そうに眺めている。


 ここに来るまでの間、キーナは頑なに駆動を押す役を変わろうとしなかった。それは、パルモに背後を取られた時点で何をされるか予想してのことでもあったのだが。


「……っ流石に、流石に!! 屋敷の地下から屋上まで全速力突破はきっついな!?」

「その割には楽しそうですね、キーナ」

自棄(ヤケ)になってるだけだって!! 時間がないんだろ!?」

「ええ。広範囲魔術とやらが展開されて、もうすぐ半時間になるでしょうか。こうなれば、晶化の瞬間に遭遇する可能性すらありますわ」


 淡々と言うアステルの横で、座ったままのパルモが身体を跳ね起こす。


 普段から教会を出ることのない生活をしている彼女にしてみれば、目まぐるしく変わる景色に目を回してもおかしくないだろうに、どうにか気丈に振る舞おうとしているようだ。


「そ、それは不味いですって。今からでも遅くないですよ、戻りましょう!?」

「パルモはこちらに残ってもよろしいのですよ?」

「はいぃ!? お二方を置いて私だけ!? ないないっ!! そんなことしたら死んでも死に切れませんよ、私を死霊術士にするおつもりですか!?」

「そこまでして欲しいとは一言も。気持ちだけは受け取りますね」

「そうおっしゃられるならいっそ、ついて来て欲しいと言って頂けませんか!?」

「言うわけないじゃあありませんか。言ったら貴女、全霊をもって命を投げ出すでしょう」

「ふ、ぐ、……ばれてるぅ」


 キーナは一連のやり取りを聞きつつ、ゴーグルーにかかった灰髪を掻きあげる。

 駆動に相乗りする実母と師匠の仲睦まじさに疑問を呈すだけの理性と体力は残っていた。


「母様とパルモさんって知り合いだったんだ」

「ふふ。幼なじみですわ」

「えっ、アステルさま、私ずっと友達だと、あっ、でも幼なじみですかそれはそれで――」

「 (何か一周回って片方が信者みたいにみえるけど気のせいだよねきっと。うん)」


 別の意味で化けの皮が剥がれているパルモを横目に、自力で階段を駆け上がるキーナ。

 自分からは何も言うまい。隙あらばこちらを足止めしようとして来るパルモの対応は、全て母親に任せるとしよう。


「というか。ここまで来てなんだけどさ、()がどうやったら動揺するかなんて、正直思いつかないんだけど。どうするつもりなんだ?」


 ネオンはスカルペッロ家に仕えて長い使用人だ。実力者である以前に冷静沈着で、常に周囲に目を光らせている。そのような人物の隙をどうやって引き出すというのだろうか?


「……そうですね。確かに、どうやって気を引くかは考える必要がありました」

「ここまで来て無策ですか!?」

「ええ。ですが、彼が嫌がるだろうことはそれとなく存じていますわ。取り敢えず、わたくしにお任せいただけます?」


 何故か満面の笑みを浮かべるアステルに、キーナとパルモは顔を見合わせる。

 彼らが屋上の扉を開くまで、そう時間はかからなかった。







 スカルペッロ本邸、屋上テラス。


 邸宅の内側から開かれた扉に驚き目を見開いたネオンは、慌てて魔術を使って扉を閉じようとしたが、咄嗟のことで駆動の重さまで考慮できず押し返されてしまった。


 フレアラインの白色が駆動の背を押して現れる。


 どろどろに汚れたその服から、彼らがどこから邸宅へ戻って来たのか理解する。何より、四天王が守っていた筈のアステルがそこに座していることに、ネオンは驚愕した。


 アステルはパルモから離れると自力で駆動の向きを切り替え、杖を手に取り立ち上がる。


「待たせましたね、ネオン。一人善がりな自殺未遂には満足しましたか?」


 栗髪をたなびかせ、明後日の方角に声をかける。

 それはいつも通りの光景で、その場にいた全員が「ああ、またか」と思考を同調させた。


 だが、言葉を向けられたネオンだけは違う反応をした。明後日の方向に向いて自身に話かける彼女を見て、形容しがたい感情を抱くような、複雑な顔をしてみせたのだ。


(……上空の魔力が揺らいだ……?)


 体内を巡る魔力子と感情の起伏には相関関係があると。

 昔、習った憶えがある。


 町一つを覆う様な魔術を発動させ続けている彼のことだ、相当緻密な魔力制御をしているはずだが。それが、揺れる程に動揺したというのか。


 すぐには飛び出さないよう言いつけられていたキーナは、まだ壁の向こう側に待機している状態だ。しかし、目に入る位置に居る母親の行動までは理解できない。一体、何故その行動がネオンの琴線に触れるのかも、分からない。


 そう思考を巡らせている内に当の本人が理由を口にしてくれたので、キーナはすぐに状況を呑み込むことができた。


「……私がここにいると分かっていて、無視をなさるのですか。アステルさま」

「さま付けはよして下さいなネオン。それにもう、誰にも隠す理由がありませんわ。決して隠しません。わたくしは怒っています。貴方の顔を見たくないぐらいには」

「は」

「音で大体の方角は分かりますからね。ええ、ジョークでも何でもなく、貴方が反省するまで絶対に顔を向けてあげません。貴方が反省するまで、ずっと」

「ずっと、ですか」

「はい。このままだと、死ぬまで私の顔が拝めませんね?」

「……………………」


 アステルと一緒に出て行ったはずのパルモが何故か涙目だ。

 何故言葉の矛先ではない貴女が涙する必要がある。


 キーナにしてみれば、親しい隣人に「もう顔を見たくない」と言い放たれたとして精神的ダメージがないとはいわないが、ここまでではないだろう。


 ネオンだって、スカルペッロ家にずっと仕えて来た使用人である。アステル一人が「もう顔を見たくない (元々見えていませんがそれはそれとして)」と言い放ったとして、彼がそこまでダメージを負うようには思えないのだが……。


 余りにも沈黙が長いので、キーナは少し覗いてみることにした。


 屋上の広場の中心にウェルネル・ネオン・スキャポライトは立っている。が。悲壮な表情をしていることに間違いない。


(えーっと……どうして?)


 キーナは考える。目いっぱい考える。

 結論を出すための材料は揃っているはずなのだ。


 恐らく、ネオンが自死を思いつめるまでになった過去のことでも晶化のことでもない。

 現実に迫る問題から大いに目を逸らした先に、どでかい地雷か何かがあると見た。


 時間を置いて平静さを取り戻しつつあるのか、ネオンが口を開く。


「……晶化の進行速度が想定よりも早く、結果としてこの町を巻き込みかねないところまで来てしまったことは謝ります。ですからこうして、策を練って、貴方たちが巻き込まれないよう、こう、最新の注意をはらってですね……!!」

「細心の注意? 何を仰りますか。そんなに晶化を望むのであれば人払いした後にシンビオージ湖にでも泳ぎに行けばよかったのですよ。シンがそうしたように、貴方もそうすればよろしかったのでは?」

「そ、それはアステル(・・・・)が『それだけは許さない』と以前、何度も」

「だからといって余命も告げず家族全員を謀って自死を謀る阿呆がどこにいるというのですか。流石に温厚なわたくしでも看過なりません。絶交です絶交」

「絶交……は!? 絶交!?」


 キーナは頭を抱えた。耳に届く大人の声は、まるで子どもの喧嘩である。

 そしてこれは――とてもじゃあないが、使用人と主人がする会話ではない。


 仲睦まじい男女のする、会話だ。


「メイオとキニーネの親権はわたくしが貰いますから手続きはそのように。ああ、そうでした忘れる所でしたわ。ネオン、貴方は届け出を意識的に提出しなかったようですね。親権は貰いますがその前に認知してもらいますよ。旅行するために溜めていたらしい貯金も含めて教育費として全財産根こそぎむしり取ってやりますわ」

「ぜ、全財産は別に構いやしませんが、と、届け出って――――――あっ」


 そう、決定的な言葉を口にしそうになって。ネオンは思わず口を押さえる。


 だがもう遅い。キニーネ・スカルペッロ=ラールギロスは確かに子どもだが、理解力がある子どもだ。ここまで聞かされて、分からない方が不思議だとすら思う。


 深く考えて来なかっただけだ。

 当たり前すぎて疑問に思わなかっただけだ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()


「あ、ああああああ、どうして、何故、そこにキーナが!?」

「……何。居たのばれてたのか……僕がどうかした?」

「どういうことですかアステル!?」

「どうもこうもありませんわ。キニーネはわたくしの息子。であれば、この場に立つのは必然です。わたくしがここに辿り着けなかったとしても、この子はここに辿り着きました」


 かつん。と、手元の杖を鳴らすアステル。


「さて、貴方は晶化なさるのでしょうウェルネル・ネオン・スキャポライト。わたくしは貴方が望んだように、貴方の終わりを見届けません。さっさと我々を巻き込んで終わりにすればよろしいのです。スカルペッロもラールギロスも一網打尽に魔晶石の海に閉じ込めてやればいいのです。()()()()()()()()()()()()


 かつん。


 責めるように。苛むように。杖が鳴る。確かな威圧をもって打ちつけられる。


 空を覆っていた滲むような魔力が乱れる。雷雲が解けていく。赤い雲が裂けていく。


「わ、かった。全て、君が望むように。だから、頼むから」


 屋敷に避難してくれと、決して巻き込みたくはないのだと。ネオンはそう言おうとして。けれど言えなくて息を呑んだ。

 愛する家族が、愛した女性が、栗色のストレートを乱し、駆動をこちらに向け直し、光を受け付けない両目を見開いて、心底嬉しそうな顔で、振り向いて。


 笑う。わらう。花が咲くような可憐さで。


「――言質。とりましたよ」


 悪夢のような言葉を、可憐な唇で紡いで。


 彼女は杖を振り下ろした。杖先ではなく、手で持つ方を。

 かつん、どころではない音が響き渡る。屋上からイシクブールの町へ、打撃音が響き渡る。


「…………」


 ネオンはその挙動に気を取られ、アステルが「信号」を放っていた事に気が付かなかった。


「…………?」


 瞬きをするような刹那の間、スカルペッロ家に仕える使用人として、遊撃衛兵として磨いてきた能力がフル稼働する。その身に降りかかる殺気を、その身に迫る凶刃を――すんでのところで。


「!!」


 ネオンは身をよじる。跳躍から飛び退いて着地する。


 キーナやアステルの方へ近づいてしまった。晶化が始まる前に距離を取らねばならないという感情的な判断とは裏腹に、目の前に現れた相手に目を丸める。


 しゅるる、と。口元から鳴るはずのない音をわざと出す蜥蜴の獣人。この屋上から町長に蹴り落とされた筈の賊が、どうして怪我一つなくここに居るのかが不思議でならなかった。


 何よりも彼が手にした槍――彼の背丈で言えば短槍といえるだろうか――が白く、湯気のようなものを放っていることに気が付く。一体何処で調達したのか、武器の類は捕縛時に取り上げられたはずではとか、今考えるべきでないことがぐるぐると脳内を巡る。


 瞬時に手元に集めた魔力の塊を土から火までグラデーションする。


 白くて湯気のような蒸気。あれは「氷」だ。氷で何かを覆って、槍にしている。

 手持ちには敗れた手袋。そして形状は斧槍……なぜ斧槍?


「しかし氷なら――溶かしてしまえば――!!」


 そう。氷なら、溶かしてしまえばいい。

 だがこの時、ネオンは氷を融かす熱を選びそこなったことに気が付かない。


 炎が届くには遅いのだ。

 雷を選んでいたなら、或いは。


「――『炎弾(フォイア)』!!」

「しゅるるる!!」


 蜥蜴の獣人――クレマスマーグ・サンゲイザーは不敵な笑みをたたえながら槍で魔術をいなす。白き者(エルフ)が放つ魔術ともなれば、詠唱されたそれが中級魔術だろうが氷を液化させるのは容易かった。


 斧槍は溶ける。融かされてドロドロに水に還って、内側からは土の棒が現れる。

 土はともかく、水には雷が通る――出し惜しみは必要ない!!


「『霹靂(フルミネート)』!!」

「しゅ――はぁ!?」


 こんな場所でそれを撃つか!?

 と、思わず身体を庇う獣人を見て、ネオンは勝利を確信する。


 手のひらに籠もる魔力と、残った魔力残量。晶化する直前にはこの戦闘が終わるだろう。


 そうしたら血中毒で動けなくなる前に、彼等を全員屋敷の中へ詰め込んで。出入り口を溶接して。終わりにできる――終わりにできる。と。


 だから。蜥蜴の獣人が飛びかかって来た瞬間、彼の背後から滑り出た黒髪の少女の存在に、気がつかない。


 庭の草を刈るような速さで、膝の裏にナイフが一線を引いたことに。気がつかない。


「……」

「……」


 狙いを定め損ねた雷撃が、明後日の方向へ飛んでいく。


「え、あ……ラエル、さん?」


 彼女は魔術が苦手だったはずだ。しかし、魔術士が魔術を使わずに身一つで特攻してくるなど、誰が考えるだろうか? これが、恐怖感情がない所以だとでも?


 ネオンは考えることを辞められなかった。打ちつけられた身体が幾ら痛もうが、全身を巡る魔力子が暴走して激痛を催していようが、目の前に現れた衝撃には代えられない。


 紫の瞳がこちらを見下ろす。

 身動きの取れなくなった黄色い瞳が紫の目を見上げる。


 仕事を終えて緊張を解いたらしいラエルは、黄昏の赤に混ざって琥珀のように見えるなあと。けれどあの少年とは大分違う色の琥珀だなぁ。と、呑気にもそんなことを考えていた。


「ごめんなさいね。私の同僚が強欲なものだから」


 ぱきん。と音がして、ネオンの顔面には何か薬のような粘性のある液体が塗りたくられた。

 赤黒いインクのような、それでいて獣の血のような。


 じゅっと、何かが焼けるような、焦げ付くような音がして。彼の全身から痛みが消え去る。

 浮遊感が一瞬。暫くして、身体の中を異常なく魔力が流れ始めた。


 それは、晶化の懸念がないほどに。淀みなく。歪みなく。さらさらと。


「…………あ……」

「なるほど、確かにこれは劇薬ね」


 苦笑しながら黒髪の少女が膝を畳む。手元には割れた小瓶とは別に、もう一つ。

 ネオンはそれらを一度にすべて見て、声を出しそびれた。







 少女の背後に音もなく立つ。

 再び凍てつかせた氷槍を構えた蜥蜴の、歪んだ黄金の眼を、見て。





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