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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
4章 灰色のダブルはイシクブールにて
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169枚目 「時間を買う者」


 しゅーっぽんと、軽快な音と共に魔法瓶(マジックポット)に吸い込まれた賊の首領は、乱れた髪を直すこともせずに、キョトンとその場に座り込んでいた。


 砂埃に塗れていた服も、瓶内の浄化魔術で見違えるほど綺麗になった。硝子の床は外の石畳と比べて随分とひんやりして気持ちが良いらしい。


 ぺたりと床にはりついている様子は、涼を求める蜥蜴のようだった。


『あれっ……最悪の状況かと思ったら案外悪くない……?』

「多分、気のせいじゃないかな」


 針鼠は怒りを抑え、呆れつつもそう返す。


 グリーンアッシュの髪を所々赤いビーズで留めている、人族と獣人のダブル。

 爆破ダートを主に扱い、舌に術式刻印を持つ女性――ドルー・ブルダレ・スキンコモル。


 その外見特徴や武器種は、事前にサンゲイザーから提供された情報と一致していた。となれば、彼女が渥地(あつしち)酸土(テラロッサ)を束ねる首領で間違いないのだろう。


 名前は栗髪の女の子がつなげていた回線(ライン)を通じて耳にした会話から知ったばかりなので、実質は初対面かつほぼ無情報といっても過言では無かったのだが……上手くいきすぎて怖くなるほど、彼女はあっさりと魔法瓶の中に収まったのだった。


 放心する賊の首領を珍し気に眺め、硝子玉は黄色い瞳を凝視する。

 正直な話、相手にすることなく捕縛できて良かったと胸を撫で下ろしている。


「何か言いたげだけど、こちらも仕事だからね。恨みっこなしでどう?」

『……貴方まさか、「ヘッジホッグ」!?』

「おぉ。賊の首領にまで名前を知られているとは光栄だね」


 予想はできていたが、やはりこの姿は知られているらしい。

 次に第二大陸へ行く際は見た目に関してしっかりと対策を取る必要がありそうだった。


『どうして第二大陸の賊狩りがこんな田舎町に……!?』

「あのさ。貴女と取引したっていう人について詳しく知りたいんだけど」

『――ああそうだっ!! あんの男、謀ったわね!? 計画が台無しじゃないの!!』

「話をしたいんだけどなー」


 瓶の内側から手を真っ赤にするほど壁を殴るスキンコモル。額を打ちつけるも石頭といい勝負だったようで、のけ反った先にある壁に後頭部をぶつけてもだえ苦しんでいた。


 聞いた話の通り、何だか抜けている部分があるというか。

 敵のやる気をそいでくるタイプの残念さである。


「……うーん」


 針並みをがしがしと撫でながら、少年は悩む。


 彼女をいい具合に問いただせれば、香辛料の雨の謎が解けると思っていたのだが……どうやらことはそう単純じゃあないらしい。


 第三勢力が居る可能性も、視野に入れる必要があるだろう。


(しかし、この三つ目の勢力がどれほどの規模なのかが全く予想できないな。今、彼女の話を流し聞いた限りでは「捕縛した賊の開放」を条件に何かを頼まれたみたいな口ぶりだけど……まさか、蚤の市だけじゃなくて東市場(バザール)の件も絡んでいるのか?)


 もし予想が悪い方向で当たったなら、全員がバラバラに行動している現状が一番危うい。


(全体で共有している回線硝子(ラインビードロ)だって、ウィズリィさんの娘さんが使うまで音沙汰無かったし……いくら集団圧力がかかるからといって、子どもがなぶられているのを俺たち以外の大人が助けに駆けつけなかったのは異常じゃないか?)


 町全体を眺め、把握している筈の町長たちがなぜこちらに一報も寄越さないのか。

 町に散らばった協力者たちには連絡が入っていないのだろうか。

 そもそも催涙雨が降っているのにレーテは結界を解術する気配がない……ノワールから聞いた情報だと、町長に行動を止められているように見えたとか。


 渡らない情報。伝わらない思惑。

 まるで、時間稼ぎでもしているような。


『何、急に黙らないでよ』


 散々ぶつけた頭が痛いのか、たんこぶをさすりながら涙目でこちらを凝視する女性。

 懐柔する気は毛頭ないが、情報は欲しい――針鼠は口を開いた。


「……ここだけの話。俺は、サンゲイザーさんと『賊の構成員を全員不殺で捕縛する』っていう条件で取引をしているんだけど」

『……』

「戯言かどうかはそっちが判断してくれていい。ただ、現状が悪化すると貴方たちを全員生かしてことを収めるのが難しくなりそうでね」


 約束の反故はできる限り避けたい。ハーミットは言いながら鼠顔を揺らす。

 スキンコモルは硝子玉の瞳をじっと見つめて、表情を険しくした。


『この期に及んで、アタシと取引でもしようって?』

「うん。そうなるね――ただ、イシクブール陣営に寝返って欲しいとかじゃあないんだ。俺が個人的に、貴女から情報を買いたい」

『……』


 彼女が栗髪の女の子にしたことは許せないが……怒りに身を任せ、感情のままに肉体言語を駆使して聞き出すという手段はあまり有効でないように感じる。


 感情を優先した挙句に全てが後手に回り、鳥も貝も横から掻っ攫われてしまっては専ら、気分が悪くなる予感だけが明確にある。ハーミットは、嫌な予感を無視できなかった。


 しかし賊は獣のような目を光らせ、沈黙の後に口を開く。


『ばかばかしい。売らないに決まってるでしょう』


 どうやら交渉は失敗したようである。針鼠は肩を落とし、魔法瓶を収納しようとする。

 が、瓶の内側から声が続いた。


『……まあ、アタシたちを利用した『彼』のことはすこぶる気に食わないけど。そっちとも敵対してるっていうならお互いに潰し合ってくれればいいわ! そうしたら、アタシたちが一番得をするでしょ?』


 スキンコモルはそうして、声を出さずに唇だけを動かした。

 ――ま。この会話すら、風に運ばれて聞かれていると思うけど――


「……!」

『精々足掻けばぁ? 鼠もどき』


 最後は煽る様な言葉で締め、スキンコモルは魔法瓶の内側で首を振った。


 針鼠はそれを合図に鞄へ魔法瓶を沈める。

 虹色に飲み込まれた賊の首領は、遠くなる空の色を最後まで目で追っていた。


 初夏とは思えない暑さの中、一人になった針鼠は砕けた石畳の上で腕を組む。


(……こうなるとあの三人組が心配だ。ノワールは多分、大丈夫だと思うんだけど)


 使わなかった両手剣を鞘に収め、少年が硝子玉の瞳を向けたのは真西の方角。

 周囲に倒れた賊が居ないか確認しつつ、もう一つの轟音がした西地区を目指す。







 一方その頃。


 黒毛の獣人アイベックは芋揚げが美味しい喫茶店バシーノにて、皿洗いも芋洗いもすることなく調理場の床に転がっていた。


 水に沈んだ泥付き芋が、流し場の籠に残っている。蛇口は誰かが閉めたらしい。


 というのも、このアイベック・フォ・サイシ=マーコール。前日の寝不足がたたってぶっ倒れたのが一時間前の話。

 その直後に少々荒れたお客様がご来店ついでに刃物を掲げ魔術をぶっぱなし、店中の人間は引き摺り出されて客席のある部屋に集められた。所謂立てこもりというやつである。


 はじめの内はざわざわと不安げな声も聞こえていたが、今はその様子もない。


 荒くれたちは外で降っていた雨が止んだと口々に言いつつも、時折揺れる地面に不快感をあらわにしているようだった。


(……しかしまさか、厨房で倒れていたワタシの身体が大柄である故に、容易に移動できないと判断して……放置されることになろうとは……)


 両腕と両足は草を編んだ紐で固定されているが、この程度の拘束であれば容易に引き千切れるだろう。問題は、アイベック自身が逃げに徹した性格をしていることで対人戦闘の経験が皆無だということである。


(お店の人が怪我をさせられたりしたら大変だ……それに、ワタシが動かなかったことが理由で「もしも」が起きては……息子や彼に……シグニスさんに合わせる顔がない)


 一度まどろみに落ちた後の喧噪は、彼の目を覚まさせるには十分なものだった。


 寝不足の脳は上手く回らず、身体は依然熱っぽい。

 怠いし目が重いし、できることならこのまま泥のように眠ってしまいたい。


 彼が力尽きて寝落ちるのが先か、無法者たちがぼろを出すのが先か。

 寝不足の彫刻士はタイル張りの床の冷たさを頬に感じながら、チャンスを逃さんと時を待つ。


 他者から身を隠すために息を殺すのは得意分野だ。

 それに、自分なりに譲れない信念のようなものが、彼にはあった。


(これ以上、()()()()()()()()()()()()()()


 ――身の危険と快適な睡眠の確保。

 天秤は後者に傾いた。





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