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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
1章 センチュアリッジと紫目の君
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14枚目 「贖罪と月」




 星の光が目に入らないほど、眼前の夜を照らし出すのは飛来するカンテラの群れ。


 私達はテントから脱出したが――その足元に、懐かしい地面はなかった。


 種明かしをしてしまえば、あの天井は床が天井に近付くことで低くなったように見えていたのである。私達が飛び出した直後、背後のテントはタイミングを計ったように収縮して、追って来ていた人売り共々視界から消え失せた。


 計画は滞りなく成功したと言っても良いだろう。

 しかし。だからと言って、現在空中に飛び出している私達が落下するという現実は変わらない。


「っうっきゃあああああ!?」

「だあああああ!? だから早くって言ったのに!」


 ぐい、と思いっ切り引き寄せられるのを感じて、そのデジャヴに鳥肌が立つ。


 舞台から舞台裏に落下した時とは比べられない高さである。ここから真っすぐ地面に叩き付けられれば、高確率で死ぬだろう。


 私は思わず魔術を使おうと口を開くが、どういう訳か詠唱が上手くいかない。魔力の流れが止まってしまっている。

 はっとして自分の手元を見ると、がっつりと襟首を握ってしまっていて、少年の露出した首元に触れてしまっていた――これでは魔術が使えない!


「舌噛むぞ口閉じろ!」

「そんなこと言ったって!」

「……魔法を使うなら今すぐ俺から離れろ! そしたら使える!」

「んなっ……できるわけないでしょう!?」


 ぎゅ、と自らを引き寄せている彼の襟首を握りしめる。


 彼を突き放して魔術を発動させたとして、私の不安定なそれでは彼や自分自身を切り刻んでしまいかねない――どの道、着地後に助かる僅かな可能性に賭けるしか無い訳だ。そして、どちらが下になったとしても、命にかかわる大怪我をするだろう。


「……!」


 地面が近付く。繊月が、海の水平線と溶けた空に鈍く光る――。







「………………えっ……と」


 そうして気付くと、私はセピア色の世界に浮いていた。


 何がある訳でもない。ただただ薄茶色のフィルターがかかった世界。


「死んだわけでは、ないみたいだけど」


 何が楽しくて、こんな物悲しい場所に放置されなければならないのか――と、私が掌に魔力を練り始めた所で、人が現れた。

 

 苔フードである。苔色のフードを被った、二十五番の男。

 人を売買する即売会の会場で、私を落札しようとしたその本人。


 苔フードは何も発しない。


「無口なのね。てっきり襲い掛かってくるものだと思ったのに」

「……口はあるさ」


 返って来た音は、太い弦を弾くような声だった。血を震わせ、肌を泡立たせるような。金髪少年のように低く明るい声とは似ているようで違う。


「……少し、話をしよう。なあに、只の例え話さ」


 苔フードの中の人はそう言って、口の端を歪める。

 歯の見えないニヒルな笑みだった。


「ある所に子どもがいた。人の為に戦うことを強いられた子どもだ。


「生きる為に殺した。沢山殺した。数えられない程奪った。


「子どものおかげで笑うものが居た。子どもの仕業しわざで泣く者がいた。


「彼はやがてが大人になった。では、それらの罰はどう受けさせればいいのか?


「生きる為に殺すという罪は、その後の人生で洗い流せるのだろうか?


「目的の為の手段が間違っていたとしても、結果が良ければいいというものだろうか?


紫目(しめ)の娘。君はどう思う? この子どもは幸せになれると思うか?」

「……?」


 私は、どう答えるべきなのだろうか。


 これは目の前の苔フードの話だろうか。

 それ以外の誰かの話か、只のたとえ話だろうか。


 罪とその清算。私にはそのどちらにも覚えがないから、私の話ではないのだろう。


 もし、選択を間違えたら。


 相手の逆上を誘えば間違いなく怪我をするだろう。では、煽らずに答えなければならない。何も勘繰らず、心の底から思ったことを伝える。それが、最善か。


 沈黙は数秒。私は乾いた唇を開く。


「……罪は、消えないわ。何をしても、誰に祈っても。それはどんな重さのものでも変わらない。裁きは形式よ、刑罰は建前よ、隔離は治安の為、教育は予防する為にある。人間は生きる間に罪を犯すわ。必ず。そしてそれは無かったことには決してならない。だから、清算は不可能」

「そうか、であれば君は――」

「まだ話の途中よ、黙って頂戴」


 声を遮る。相手は黙った。

 私は深く息を吸い、浅く吐きだした。


「……清算は不可能、その通り。でもね、人間はどんなに罪を犯しても、死ぬまで死なないのよ。死ぬまで居なくならないの。意思も、思考も、感情も消えはしない。罪は消えないわ、だから生きるの。人間は生きることで他者を生かす。死ぬことで土に還り、獣や草花の血肉となる。それが罰よ。十分じゃないかしら、人間は必ず死ぬでしょう? 必ず死ぬ、という運命こそ、人が生きた罪と同等の対価を支払える唯一の事象よ。そしてそれは、誰かの為の死ではなく、限りなく強欲な、自分の為の死でなければいけない。自分の命に強欲であることが何よりの罪であり、何よりの救いであり、何よりも、希望なのよ」


 そもそも、他人から許されない罪を抱える人間は、相応にして身に合った死を迎えるものだ。


 私は他人のことを慮れるほど心が広くない。考えられるのは自分と、手の届く身内のことだけだ。


 そして、それらが護れればいい。

 彼らが失われないのなら、私は構わない。

 何にだって手を染めよう。

 どんなことだってやり遂げよう。


 分かっている。法を犯すことは悪いことだ。ならば、悪いと言われない範囲で、悪くないことをし続けよう。結果、自分の命を落とすことになってもそれは本望である。他人に迷惑をかけず、自分が好きなように生きて、そうして死ぬつもりだ。


 人は、死することで償う。他人の為に償い、産んだ親に償い、関わったすべての事象に償う。


 生きた事実に死をもって責任を取ることは、産まれた時から決まっている。


 それなら、罪を犯した人間が生きている間に幸せになってはいけないという道理はない――ただ、それは人間に感情がなければの話ではあるのだが――それだって、本音ではない。


 私からすれば。こう、単純な話だ。


「だから、子どもは幸せに生きて構わない。というか、興味ないわ。()()()()()()()()()()()()()()()

「…………」


 苔フードは冷笑を湛えて黙り込んだ。


 産まれてこの方故郷以外のものを失ったこともない小娘の小言である。

 けれど、そう考えずには居られないのだ。そうでなければ私が困る。


 このような壊れた思考を持って生まれた私にかかわってきた今までの人々と、これから出会ってかかわっていく人々とに償う方法は――これ以外に有り得ないのだから。


 苔フードは笑ったまま、「そうか。そう来るか」と呟いた。


 嘲笑するような声音に、私は顔を歪める。

 苔フードの口元が緊張を解く。どうやら気に障る回答では無かったらしい。


「面白い答えをありがとう。もう一つ、聞かせて貰っても構わないかな?」

「……? ええ」

「君は、彼らに協力すると、自ら決めたのかい?」

「……そうだけれど。それがどうかしたのかしら」

「いいや。だとすれば、実に皮肉なことだと思ってね」


 ぱちん、と指が鳴る。

 その瞬間、背後から声が聞こえた。先程まで聞こえなかった金髪少年の声である。


「!!」

「ふふ、只の時魔法さ。安心したまえ。私は君を殺さない」


 苔フードは端から霧に溶け、そして言った。


「この島の主が君達をどうするかは、知るところではないが」







 ――――ドン。と、音がした。







 その振動に目を覚ます。どうやら地面に叩き付けられた際に数秒気絶していたらしい。


「――よかった! 生きてる!」

「何よ、人が死にかけたみたいな台詞じゃない」

「奇跡的に怪我してないだけで、命に関わる高さだったからね!?」


 なんだかんだで着地していたらしい金髪少年は、その後大きく揺れた地面に足をよろけさせると、私の横で膝を着いた。


 動作の拍子に被り物が取れ、細い金髪がカンテラの橙に映える。


「っ、てゆーか、さっきからなんだこの揺れ……」

「うーん。私、今の状況はあまり飲み込めてないけれど、一つだけ確実なのは、貴方がヤケクソになってる様子は見ていて面白い、ってことぐらいかしら」

「この状況で何を言ってるんだ!?」


 ――ドドンッ――!!


「うわ――は、え?」


 そうして、揺れる地面の向こうから。


 丘陵を引き裂く谷が深さを増し、砂と粘土の混ざった土の層の間。

 そうして、海から小島へ這い上がって来たような相貌が瞼のない眼を剥いた。


 身体に大きな起伏はなく、尾ヒレと腹ビレが尻尾の先まで滑らかに一体化している。


 口元に牙は見えず、身体には鎧のような鱗。

 両のヒレは鞭のように細く長くしなやかに動き、目はギョロリと丸くて小さい。


 それだけなら、ああ、ちょっと怖い顔したお魚さんだなぁ、という感想で済んだかもしれないが――そいつは、先程私達が脱出したテント程に巨大だった。


 宙を舞うカンテラを幾つも破壊しながら、二つの月をも覆い隠す姿に口が塞がらない。


 私の目の端で、金髪少年はわなわなと手を震わせる。


「絶体絶命……!」


 あははは、やっぱり?





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