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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
4章 灰色のダブルはイシクブールにて
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125枚目 「黄色のペグは幸せを運ぶ」


 イシクブールの夕暮れは、背後に控えた山脈の影響でやや早い。

 日が落ちる前にと急いで戻ったラエルとハーミットだったが、町長宅に辿り着いたのは空が真っ赤に焼ける頃だった。


 門の前に赤茶の髪がふわりと揺れる。手元には枝切ばさみとグローブ。どうやら植木の剪定をしていたらしい。


 剪定した枝を花束の様にしたレーテ・スカルペッロは、にこりと笑い皺を作って見せる。


「やあ、お二人さん。町の散策はいかがだったかな?」

「楽しめたわ。良い町ね」

「そうかい。それは良かった」


 パートナーが治める町を褒められたことが嬉しかったのだろうか。ラエルはその笑顔に仮面の欠片も感じなかった。


 レーテは枝切ばさみを壁に立てかけると、腰に巻いていたエプロンを丸めて腕に抱く。


「さて。日没には間に合ったようだし、始めてしまおうか」

「そうですね。できるだけ、明日に響かないようにしたいですし」

「仕事熱心だなぁ」

「ええ。仕事で来ていますから」


 ハーミットの口調が切り替わったのを合図にラエルも背筋を伸ばす。今更という気がしないでもないが、レーテやハーミットにはその反応すら微笑ましいものらしい。和やかな雰囲気のまま、裏庭へと移動した。


 これから、草刈りによってすっきりと見晴らしがよくなったスカルペッロ家の庭の隅を借りて魔法具の動作実験をさせて貰うのだ。


 ラエルは手袋を外して中指の指輪を操作する。

 現れた設計図を一瞥すると、針鼠は周辺を見回した。


「うん、高さは問題ないかな。立地面は縦横同じ長さだよね?」

「ええ。縦も横も同じよ」


 ラエルとハーミットは魔法具を発動させる為のぺグを地面に打っていく。

 野営時に使用したカンテラと同じような、地面に突き刺せる錐状のスティックだ。


 黄色の魔石が嵌め込まれたペグは空間系統魔術を発動させた際に地面まで移動しないように、今ある空間に座標固定する魔法具らしいのだが、空間系統魔術の専門家でない彼らには未知の領域である。


 しかし、仕組みを理解していない者でも手順を踏めば使用できるのが魔法具である。分からないなりにペグを打ちこめば準備は完了だ。


 針鼠はペグの間隔を確かめて立ち上がる。

 杭がほのかに点灯を繰り返す様子は、夏場に光る虫を彷彿とさせた。


 黒髪の少女は束ねた髪を揺らして首を傾け、使用する空間面積から呼び出す予定の魔法具の規模を想像する。どうやら想像していたよりは小さいらしい。


 指輪の石座を左に回し、その上から水色の手袋を嵌めた。

 ベルト代わりの金属輪が噛みあって手首を固定する。


「それじゃあ、出してみましょうか」

「そうだね。危険を感じたら言って欲しいな」

「ええ」


 針鼠がレーテと共に数歩後ろに下がる。ラエルはそれを確認して左腕を前に出し、紫の瞳を伏せる。


 少女が魔力を練っている様子を眺めながら、レーテは針鼠の隣で腕を組んだ。


「こう、距離を取ることに何か理由はあるのかい?」

「起動者である彼女が集中しやすいかと思いまして。トラブルが起きた場合は私が彼女に特攻しますのでご安心を」

「特攻?」

「特攻です。……ただ、私は四天王の中では最弱、魔術は愚か魔法の一つも使用できない身ですので、万が一空間爆縮などの事故が起きた場合は同意書にあったように自衛していただかないといけませんが」

「あぁ。それは去年のことで身に染みているからいいんだ。結界術は得意な方だしね」


 レーテは赤い瞳を細めて針鼠の黒い瞳を一瞥すると、視線を黒髪の少女へと戻した。

 灰色のケープが凪にはためく。日没は近い。


「彼女は人族だろう。魔族が作った魔法具を使用して、反動はないのかね」

「それに関しては、彼女もベリシードさんと調整を繰り返し行ってきたので心配はない、と。……言いきれるほど、現実に盲目ではありません」


 茶色の革手袋が、彼の首元を隠している薄灰色の棘を撫でる。


「けれど、私がついています。ですから、無事に終わらせてみせます」


 す、と前を見据えた針鼠の言葉にレーテは閉口して、それから苦笑した。

 レーテ本人はハーミットに覚悟を問うたつもりなどなく、軽い談笑を狙っての会話だったのだが――思いがけない返答が聞けた、と。


 魔力の波が大きくなったのを感じて意識を向けてみれば、ラエルの準備が整ったところだった。


座標固定(アンカー)確認、設計との不一致見られず。立地条件良好、天候よし」


 開いた紫目に、魔力子の火花が散る。


 手袋の甲。水色の革の上に張り付いていた籠手がぱちりと身を起こす。

 籠手の頂点には矢を置くかのようなくぼみ。そこを起点に、腕を覆うようにクロスボウが生成された。魔力をつがえ、ペグで囲った枠内へと狙いを定める。


「『転送(シッピング)引き出し(ドロワー)の――』」


 ――詠唱と共に、魔力の帯が放たれた。


 先が丸くなった魔力の紐がペグの枠に入り、立体式が瞬く間に形成される。

 魔力は少女のものだが、魔法具の仕組みに沿って必要な燃料を流し込んでいるに過ぎない。


 ラエルは陣の完成を見届けると、手甲を元の位置に戻して数歩下がった。


 発動と共に飴色に色を変えた複雑な魔術式が縦横無尽に空間を分割して再形成していく。

 魔術式で塗りつぶされた四角い箱は、数秒の間を置いて不意に弾け散った。


「わ、ぁ」


 内側から現れたのは――「家」だ。

 ちいさな規模だが、確かに一軒家だ。


 家を持ち運べるようにする。とは聞いていたものの、現実に目の当たりにすると圧巻だ。

 何しろ目の前に現れたのは移動式の簡易天幕でも薄い板張りのプレハブでもない、重みのある住宅なのだから。


 見た目は素朴な木造建築で漆喰の壁。窓には雨戸がついており、屋根は色のついた瓦。蝙蝠のノワールが出入りする可能性を考えてか、専用の出入り口も壁に作られている。


 上部が丸くなった扉といい、欄干に施された主張し過ぎない装飾といい、どの部分を切り取っても無難に美しい形状をしていた。


 ラエルとハーミットは以前、この家のプロトタイプと呼べるものを浮島の屋上で目にしていたが――無機質だったそれとは、まったく印象が違う。この数日で何があったのか気になる出来栄えだった。


 ラエルは魔力を引き抜かれたことによる身体のだるさをものともせず、手袋の内側にある指輪の石座を元の位置に直し、吸い寄せられるようにドアノブを回した。


 魔導王国の生活方式は基本土足だ。新しい木の匂いが鼻を衝く室内に靴をのせると、ささやかな浄化魔術が発動する。


 ぱっと見て正面と右斜め前、左の壁に二枚の扉。ふらふらと導かれるように部屋を物色すると、黒髪の少女は目を輝かせて振り返った。


「キッチンが広い! しかもこの調理魔法具、モスリーキッチンにあったものの縮小版だわ!」

「おー、これは凄いな」


 後から入って来た針鼠もその完成度に感嘆する。

 第三大陸に出張するのが自分だけだった場合は天幕(テント)式にするつもりだったと聞いていたのもあって、この作り込みは本心から予想外だった。


 ラエルはハーミットを放置して手当たり次第に部屋を出入りしては「ここは倉庫ね!」「ここはお手洗い!」「シャワーが豪華……!」と喜びの声を上げている。極め付けが、廊下を挟んだ先にあった二つの部屋だ。


「……!」

「おぉ」


 個室である。しかも、二人分。


 宿屋を使う際も部屋を別にとるなどしてできる限り寝床を共にしないよう計らっていた針鼠からすれば、ここは両手を上げて飛び跳ねたいくらいだった――が。いちおう仕事相手の目がある内は抑えておこうと嬉しさに上げかけた腕を降ろした。


 ……ただまぁ、実際は魔法具の発動が上手くいったことに対する喜びよりも、家内外のデザインの()()()()にこそ驚愕しているのだが。


 そうして数分ほど全力で騒いだ後に冷静を装って出てきた二人に対し、レーテは笑いをこらえることもせず拍手を送った。


「流石はマツカサ工房製だね。……して、この魔法具に名前はあるのかね?」

「ああ、それは……『転送(シッピング)引き出し(ドロワー)装身家(ポータブルハウス)』というらしいわ」


 開発者たちは略して「ポフ」と呼んでいた。


 ラエルがそう教えるとレーテは赤茶の髪を掻きながら、いまいち納得がいかない風に眉根を寄せた。


 紫の空が月の光に追いやられる。イシクブールで迎える二度目の夜だ。

 ラエルは頬にかかった髪を指で外し、ようやく気を休めることができそうだと息を吐いた。





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