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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
1章 センチュアリッジと紫目の君
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12枚目 「奇跡とは」


 閃光が奔る。背後で硝子の砕ける音がする。


 前進を貫く痛みを待つ。その後に訪れる静寂を待つ。

 けれど、それはいつまで経っても訪れなかった。


「起きてるよね、おねーさん」

「……」

「起きてるなら、立って。ぐずぐずしていると人売りの奴らが逃げてしまう」


 警戒しつつ瞼を上げると、視界が琥珀色に塗り潰された。


 睫毛が触れあいそうな、吐息が重なる距離。


 後もう少し手を付くのが遅ければ、お互いの顔面を強打していただろうが――私の身体には痛めた部分もなく。それどころか、ある人の胸の上に膝を畳んでいた。


 影の中でも色を失わない琥珀が、その深みを増してこちらを見据えている。

 私の太ももと尻に敷かれたまま、呻いた。


「……なんで貴方が私の下に居るのよ」

「それはこっちの台詞だよ、なんで俺の上に居るんだ。重いよ」

「お、重いって! 乙女になんて口を訊いているのかしらね!?」

「あっははははは! ごめんごめんごめん、その手枷はホント駄目。破壊力が洒落にならない」


 手枷もろとも全体重を乗せたチョップ。それを必死に受け止めて逆腕立て伏せをする少年は、ぷるぷると震えながら整った顔立ちに似合わない引き攣った笑みを浮かべる。


 ああ、嫌な予感がする。私は首を振って、それから詰め寄った。


「――もう騙されないわ。だって可笑しいでしょう? 始めからこうする予定であるなら、私を町の外れまで連れてって連れ戻して退路吐かせて気絶させる必要も、謎の球体口にねじ込んで放置する必要もなかったわよね? ねえ?」

「いや、それにも一つ一つ理由があって」

「…………」


 ぐぐっ。


「え、えっとね、話すとすっごく時間が掛かる裏事情というものが――」

「もしかしてその布、魔術耐性でもかけられてる?」

「俺の弁明は無視ですか」


 少年の了承を得るより早く、私は彼のケープに触れて魔力を流し込んだ。ぶわわわ、と黄色い蜘蛛の巣状に魔法陣が縫い込まれていることを確認して、思わず溜め息を付く。


 それはどう見ても雷耐性の陣で、れっきとした魔法具だった。


「……三つ確認させてもらえるかしら」

「どうぞ」

「貴方、私が雷落とすの」

「うん、予想はしてた」

「ということは、私が何に協力してるのか」

「勿論知ってる」

「……じゃあ、貴方と同じケープを着てる人達って」

「あはは、勘が良くて助かるなぁ」

「……」


 ぐぐぐぐっ。


「だ、だから手枷は駄目だって! ごめん! 騙すようなことして悪かった! ごめんってば! マジでごめん、国に帰ったら表彰でも勲章でも何でも用意して貰うから、その手枷だけは勘弁、頼むよ、お願いします。ははは、騙したことは非常に申し訳なく思うけど結果オーライなのも事実だから反省も何もな……いいえごめんなさい、反省してます、してますとも。反省しているに決まってるじゃないか。後でちゃんと説明するから――さ」

「!」


 その言葉と共に、「ぐい」と手枷が押し返される。


 私の全力は彼の素の力に敵いっこなかったようだ。分かっていたことではあるが、むしろ今までのやり取りを通してどれだけ手加減してくれていたのだろう。


「まずは落ち着いてくれ。俺は君の敵じゃない」


 ともあれ。台詞とは対照的に焦りを隠さない少年の声と共に、彼の腹部に腰を下ろしていた私は、割れ物を扱うような優しい手捌きによって床に腰を着いた。


 床に投げる訳でも押し倒すでもなく、ただただ座らせてくれたのである。

 そのまま流れるような動作をもってして、彼は自らが着ていた灰色のケープを私の肩に掛けたかと思うと、あっという間に留めてしまった。


 目を丸くした私の顔を見て、少年は不思議そうに眉を上げる。


「……えぇと」

「?」

「……何でもない。忘れて頂戴」


 この金髪少年、考えていることが眼から駄々漏れである。

 一瞬でも疑った自分が嫌になるぐらいに、琥珀からは純粋な安堵が読み取れた。







 閃光が奔り、視界がカンテラの橙で覆い尽くされたあの瞬間。


 私は近くにいた金髪小僧を突き飛ばした。

 その先には舞台裏に続く穴があったはずだった。

 私や人売りが風魔法で昇降した縦長の穴である。


 受け身が取れる前提だが、舞台から客席横に突き落とすよりは幾らかましだろう。そう判断しての行動だった。


 一方で私は歯を食いしばり目を閉じた――のだが。すぐに意識は引き戻された。手枷の鎖を引っ張られたのだ。


 冗談抜きで、両肩から先が千切れたかと思った。


 落ちた。落下した。足を縺れさせる間もなく彼の腕の中に吸い込まれて。彼は私の下敷きになって、私の頭を抱え込ん、で――。


「……って。貴方、怪我とかしてるんじゃ」

「え? 御心配には及ばず、見ての通り無傷だよ!」


 本人が言う通り、金髪少年は見た通りに無傷らしかった。

 あの高さから落ちたにもかかわらず、である。見た目に反して骨が太いのだろうか。


 それとも。


「君……今、凄い失礼なこと考えてたりする?」

「まさか」


 別に失礼だとは思っていない、気になっただけである。


「あんなに無理な動きをして肉離れくらいはしてるんじゃないかって思ったのよ」

「ははは。これくらいの運動は日常茶飯事だからなあ――それで、信じてくれる気にはなった?」

「………………」

「……あれっ?」

「貴方ねぇ、一言多いってよく言われない?」

「あー……言われるかなぁ」

「はあ」


 今更聞き直す必要も無いというのに。

 鈍い少年である。


「あー。はいはい、分かったから、今だけ信用してあげるわ――それで、これからどうするつもり? ここを潰すっていうからには、何処かに主犯が居るんじゃないの?」

「あ、敢えて言うなら、主犯は俺たちかなあ」

「ああ……そう言えば蟲寄せ殺虫剤だとか言っていたわね。当面の目的を見失ったじゃない」

「うーんそうだな」


 金髪少年は右手の人差し指を顎の下に当てて首を傾げる。


「話すのもいいけど、まずはここから出ようか」


 テントの外に?


「そうじゃないと数分後には俺達、人売り達と一緒に缶詰めにされちゃうから」


 カンヅメ?


「ギュウギュウ詰めってこと――具体的に言うと、悪党共々魔導王国の牢屋に転送される」

「はぁ!?」


 てへっ。


 可愛らしく照れた仕草を見せた金髪少年は、手袋をしたままズボンのポケットに腕を突っ込んだ。


 魔力の振動。

 私が咄嗟に身構えると、彼は左足の前ポケットから一枚のコートを引き摺り出した。


「これ、『引き出しの箱(ドロワーボックス)』っていう魔法具なんだ。魔術の発展って凄いよねー。ちょっと高価だけど、魔術陣さえあればどこでもって感じでさ」


 私はその様子に声を失う。


「じゃあ、そういうわけだから。ここから先はさっきみたいに襲われることもあるだろう。俺の傍を離れないでね、()()()()()()()()

「ま、――待って」


 目が。理解を拒否している。


 確かに、今から思い返せば金髪少年の行動は奇怪だった。


 外に逃がすと言えば追い詰めて連れ戻すし、連れ戻した後は一回り広い柵に入れて口を物理的に塞ぐし、魔術作用で口がきけないと分かっていながら話かけて来るし。


 よく思い出してみれば、私の檻の前を通っていた人売りは全員灰色のローブを着た人間だったし、そもそもあの状況でどうして、私に情報を漏らすような場所にわざわざ移動してまで放置したのだろうか?


 初日、襲われて逃げ出したあの時、私を追ってきた人売りは「シャイターンの旦那に怒られそう」と言っていた。


 怒るって何に?

 商品が逃げ出したことに? 


 ……違ったのかもしれない。もしかすると、前提から間違っていたのかもしれない。


 そもそもシャイターンとは誰だ? 

 この即売会の親玉であるシャイターンは、一体誰だったのだろうか? 


 舞台挨拶の声、抑揚、聞き覚えがあった。ここ最近よく聞いていた声。どちらかというと、増音器を介して話すような、そんな声。


 その声に似た人物を、私はもう一人知っている。


 彼は私に水を飲む術を与えた。

 彼は私の『沈黙サイレンス』を解いた。

 彼は無茶な要求と引き換えに、私の自由を保障した。

 手を握った時に感じた違和感。


 そうだ、本来獣人は人の姿を模しているだけで、爪の先まで多種族と同じ形状にはならない。

 彼が獣人なら、全く違和感の無い人族の手のひらが手袋の下から出て来るわけがないのである。


 ドクターの背後にあった灰色のケープ。


 魔導王国の役人。

 協力者。


 魔術に関して他人事な針鼠の獣人。

 魔術が苦手だと言う金髪少年。


 偶然とは言い難い共通点。


 声が同じで、その体質が同じなら。


 彼が屋根に昇った時に聞こえた、縄が軋む音が空耳じゃ無かったのだとしたら。

 彼のあの瞳が、比喩を抜きにして本当に硝子だったのだとしたら。


 そんな、馬鹿な。


「――ああ、そうか。この姿で名乗るのは初めてだったっけ」


 金髪少年は言いながら、その顔を一度隠す。

 頭の先から背中までびっしりと針が生えたように見える鼠顔の被り物だった。


 下には手首まで隠す黄土色のコートに、武骨なブーツを履いて、肘まである赤い皮の手袋を身に付け。最後に頭だけを帽子でも外すようにする。


 茶色い鼠の頭がひっくり返って、金髪少年の小柄な背に回った。


 そうして現れた金の髪が霞を編むようにして薄い唇に掛かり、得意げな笑みが浮かぶ。


「それでは改めて自己紹介をしよう――俺はハーミット。()()()()()()()()()』、ハーミット・ヘッジホッグだ。改めて宜しく頼むよ、イゥルポテーおねーさん」


 その言葉が、混乱する脳にとどめを刺した。


 成程。仕組まれたにも程がある。

 奇跡は、只の現象の結果であった。





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