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強欲なる勇者の書 ~ 魔王城勤務の針鼠 ~  作者: Planet_Rana
4章 灰色のダブルはイシクブールにて
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121枚目 「報酬と再会」


「流石、魔導王国のお役人様! あんなに生い茂っていた庭の草が瞬く間に草の束になってしまいました。やはり、私の目は節穴では無かったようですね!」

「はは。お気に召していただけたのであれば幸いです。町長さま」

「ふふ。気兼ねなくスカリィとお呼びくださいと申し上げたじゃあありませんか強欲さま」

「はははは」

「ふふふふ」


 細められる青い瞳はちっとも笑っておらず、声音からして針鼠も愛想笑いである。


 黒髪の少女は気まずさを隠すことなく視線を逸らした。水色の手袋の内側には、目を覚ました蝙蝠が眉間にしわを寄せて鎮座している。


(人の膝に乗ったまま話し続ける町長さんも中々の変人だけれど、少しも嫌な顔をしないレーテさんもよっぽど変わっているわ)


『……それで、草刈りはどちらが勝ったんです』

「あら、ノワールちゃんもノハナの苦味を味わいたいの?」

『まさか』


 同調(リンク)を通して会話をするのは随分久しぶりのことである。ラエルは調子に乗ってノワールの首元を「もふぁっ」とした。指を齧られる。まあまあ痛い。


 一方で口元に笑みをたたえた夫人は灰色の髪をさらりと撫でた。


「えぇ、えぇ。有言実行のその姿勢、しっかりとこの目で見させていただきました。魔導王国からの要請に関してはすべて、受け入れる準備が整ったと言えるでしょう――レーテ。貴方は二階から通行記録を持って来て頂けますか」

「分かったよ、スカリィ。……椅子に座れそうかい?」

「ふふ。少しぐらいなら我慢できますよ」


 それは暗に「早めに戻ってこい」と言っているも同義なのだが――レーテは神妙な顔つきを振り払うと、町長をソファの上に座らせた。一礼して二階へ上がっていく。

 赤茶の髪はあっという間に視界から消え、スカリィは灰色の髪を耳にかけると茶を口に含んだ。


 色の薄い口紅に、艶が照る。


「さて。レーテが戻って来るまでの間に、可能なお話を進めておきましょうか」

「はい」

「町内での聞き取り調査に関してですが、こちらは特に問題ありません。但し、嫌がる住民から無理矢理聞きだすことは無しとします。犯罪者などはその限りではありませんが、もし捕獲された場合は関所に引き渡してくださいね」

「はい、ご協力感謝します。……東市場(バザール)で捕縛した賊たちですが、衛兵の方にお引渡ししました。聴取の日取りなどは彼らへ判断を仰いだ方がよろしいですか?」

「いいえ。改めてこちらから日程を提示させていただきます。それまでは町に留まって頂くことになりますが、ご予定などは?」

「あまり長期間滞在する予定ではありませんが、調査の経過次第で……長くても七日かと」

「承知しました。こちらで話を進めておきましょう」

「よろしくお願いします」

「ええ。……そうでした。これは個人的なお願いなのですけれど」


 スカリィは言って黒い爪を重ね、青い目を伏せる。


「町の様子は、既にご覧になられているかと思います。昨日(さくじつ)の葬儀で送られた方は、この町に多大な貢献をした彫刻士だったのです。故に、明日の塗り直しは非常に大規模な物になるでしょう」

「町中の黒を白に塗り直す、ということですか」

「はい。同じ故人に対して三日以上黒で染めていてはいけないというのが、この町のルールなのです。一、二件の家ならまだしも、町中が真っ黒だと夜の犯罪率にも影響がありますから……。そこで、無理を承知でお願いさせて欲しいのです。明日の午前中に限って、町へ出ないようにしていただけないかと。これは私からの個人的なお願いなのですが」


 ラエルとハーミットは顔を見合わせ、それからノワールに目を向ける。

 皮膜を舌で突っついていた蝙蝠はびくりと羽の付け根を震わせ、それからグルグル首を横に振った。自分に意見を求めるなと言わんばかりである。


「構いません。明日の朝、町に出なければ良いんですね?」

「ええ。貴方たちの貴重な時間を奪うことになってしまいます。ごめんなさい」

「……謝ることじゃあないわ。弔いは生きている人にとっても必要な儀式だもの」


 黒髪の少女は言って、それから紫の視線を逸らす。


 両親を見つける手がかりがこの町にあると目星をつけている以上、一日動けないというのは大きな痛手だが――馬車の通行記録を漁るだけでも一日かかると思えば、つり合いが取れる。


 目的を目の前にしたその時こそ判断力は鈍る。判断力が鈍れば、気づけるものも目に入らなくなる。……少女は浮島生活を通してそのことを身をもって知っている。


 それからしばらく雑談をしていると、二階からトントンと革靴の音が聞こえた。


「お待たせしました。こちらが通行記録です」

「ありがとうございます、レーテさん。助かります」


 針鼠が受け取ったのは、二か月前から一か月前までの間にイシクブールを訪れた旅人や商人、馬車などを記録した書類を包んだ封筒である。蝋封にはスカルペッロの家紋が捺されていた。


「レーテ、私からの話は済みました」

「そうか。なら、残るはマツカサ工房の魔法具の件だね」

「……その件ですが。今回の魔法具は武器や防具、単純な魔法道具の類ではありません。ある程度の敷地が必要になるんですが、町の近くで使用可能な空き地など紹介していただけないでしょうか」

「だ、大規模魔法陣でも敷くのかい?」

「ラエル」

「えっと、説明書が欲しいのよね?」

「……説明書?」


 首を傾げながら町長をまた膝に乗せたレーテ。その隣にラエルが寄る。水色の手袋を留める金属輪を開き、気持ちほどの鉄甲がついたそれを取り外す。


 黒髪の少女は中指に嵌っている魔法具を起動させた。宙に浮かび上がる図面や数値は、魔法具を使用した際に消費される空間体積を表すものだ。


 町長とその旦那は驚いたように目を丸くする。


「この規模で平坦な空き地はイシクブール周辺には心当たりが無いな……いや、町の外へ出なくていいというなら、喜んで提供させてもらうけども」

「え、良いんですか。そんなにあっさりと」

「いやあ、これだけしっかりした設計を見せて貰っては、渋る理由も無くなってしまったからね」


 そうしてレーテは右腕を振る。庭の草が刈り取られたおかげで見通しが良くなった大きな硝子窓を魔法を使用して開いたのだ。


 外から風が吹き込み、草の香りと海の香りが部屋に舞った。


 少年少女は状況が飲み込めない様子だったが、スカリィは合点がいったように口を歪めた。青い視線と赤い視線が、混ざり合う。


「我が家には、素晴らしい方々が手入れをしてくれたお庭があるものね」

「その通り」







 昼すぎ、蔦囲いの宿。


「――という訳で、宿の予約をキャンセルしに来ました……」

「そ、そうですか。町長さまのお宅に泊まられるのですね。手続き致しますので少々お待ちくださいませ」

「目まぐるしくて申し訳ないです」

「いえいえ」


 二時間ほどで再来館した少年に「やっぱりなぁ」と諦め顔で対応するのは、先程予約を取った時に対応してくれた受付係である。栗毛の髪が褐色の肌にかかる。


「受付終了しました。……あの」

「はい」

「町長さまは、お元気でしたか?」


 向けられた声音は、町を取りまとめている相手に向けるにしては情け深い。

 受付をした針鼠は少しだけ答えるのに逡巡して、口を開く。


「気丈ではありました。足の調子は宜しくなかったようですが」

「……そうですか。ありがとうございます、教えていただいて」

「いいえ、こちらこそ助かったのでお礼を言わせてください。もし機会があればまた泊まりに来ますね」

「あ、はい。またお越しくださいませ」


 顔を上げてみれば、すでに客人の姿は無い。カランカランと扉の鐘が震える音が残されたのみだった。


 受付係は栗髪を指で巻き、黒いベストのよれを整え。ふと疑問を覚える。


「彼、以前もこの町に来たことがあるんでしょうか」


 女性の細い目の内側は、海のように深い青であった。







 宿を後にして、町の中心にある巨大な骨のオブジェを目指す。魔導王国の紋章が入った灰色のケープが、黒に塗りつぶされた町によく映えていた。


 少女の背後にそびえ立つスカルドラゴン――本来は真っ白のオブジェも、今は黒い。


「おまたせ」

「あっ、来た来た」

『です』


 少女の隣、オブジェの台座に留まっていたノワールも顔を上げる。バサバサと羽音を立てながら、針鼠の肩へと移動した。


「当面やる事は決まったように思うけれど、今日はどうするの?」

「んー。情報収集をするにせよ、まずは腹ごしらえかな」

『腹ペコです』


 蝙蝠の黒い瞳があらぬ方向へ向けられる。通りを歩く商人が引くキャリーに旬の果物が盛られているのを目ざとくも見つけた様だ。


 飛び立とうとソワソワする猛禽の足を引っ捕まえて、ハーミットは言葉を続ける。


「ノワールは管理食が必要だろう。持って来てるのか?」

『伊達に準備してきたわけじゃないです。舐めないで欲しいです』

「流石」

『見直せ、です』

「手ごろなお店でも探す? 私も軽食くらいならつきあえるわ」

「じゃあ、そうしようか」


 ハーミットは答え、背にしたポーチのベルトを指でなぞる。

 脳内で算出した持ち金は、十分に足りそうだ――。


「お。あんたらもこの町に着いてたのか!」


 と。

 少女と蝙蝠に思う存分奢る気満々だった少年の背後に、腕を振る商人が一人。


 髪の色からラメが消えて黒くなっているが、濃いもみあげと目元の特徴的な笑い皺は健在だ――カフス売りのグリッタ。彼は少年少女に向かってお兄さんスマイルをさく裂させた。


「丁度いい! 俺の奢りで、これから飯でもどうだ?」


 ラエルとノワールは「奢り」という単語に目を光らせる。

 ハーミットは明後日の方向へため息をついた。





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