八十一話 儲け話
謁見の間に再び入ると、休憩室に行く前と違う点があった。
それは、サルカジモとアレクテムがいないこと。
どうしてかと首を傾げていると、チョレックス王が疲れ混じりの声を出す。
「サルカジモには、元帥になった就任祝いとして、最高難易度の兵士訓練をやらせることにした。アレクテムはその監視を命じた」
端的にいない理由を語ってくれたけど、兵士訓練が祝いだとは皮肉が効きすぎている。
きっとサルカジモはヴィシカが領主になることに納得できなくて、反発心からチョレックス王に何か失礼なことを言ってしまったんだろう。その失言の咎の罰として、兵士訓練を命じられた。そんなところだろう。
とりあずサルカジモとアレクテムのことは、いまの俺たちには関係がないことのようなので、横に置いておくことにしよう。
この謁見の中で、俺がチョレックス王に言う合うべきことが、まだ二点ある。
一つ目は、人質のジヴェルデとその世話役のアテンツァの身柄を、どこに置くべきか。
二つ目は、先ほど休憩室でヴィシカとドゥエレファと話した、砂漠の地域について。
まず一つ目である、ジヴェルデのことをチョレックス王に告げたところ、こんな返答がやってきた。
「取るべき道は二つある。一つは、このノネッテの地で暮らすこと。一つは、ミリモスが治めるロッチャ地域で暮らすこと。どちらにするかは、ジヴェルデ嬢に選ばせるべきであろう」
「その二つということは、アンビトース地域で暮らさせるわけにはいかないと?」
俺が質問すると、チョレックス王に当然だと言い返された。
「ヴィシカが慣れぬ土地を一から収めようとしているところに、前の権力者の娘がいるとなると、統治に不具合が起りかねん。ジヴェルデ嬢が意図する、意図せずに関わらずな」
俺の個人的な見解では、ジヴェルデを祭り上げようというアンビトース地域の民はいない。それほどにアンビトース一家の権威は、娘を他国に人質として出したことで、失墜しているからだ。だから、ジヴェルデを暮らし慣れた砂漠の土地で暮らさせたあげても、問題はないはずだ。
けど、チョレックス王の判断も納得のいくものだ。万が一の可能性であろうと、統治の障害になりそうな芽は摘み取っておくに越したことはないしね。
そう俺が納得すると、チョレックス王はジヴェルデに声をかけた。
「では、ジヴェルデ嬢。これから先、人質として暮らす場所は、ノネッテの地、ロッチャの地、どちらが良いか?」
ジヴェルデは跪いた格好のまま、ハッキリとした声で答えを告げる。
「ロッチャの地で暮らしたく思います」
「それはどうしてか? ミリモスは戦運に好かれている様子で、これから先も戦争がロッチャの地を中心に起こる可能性があると思われるが?」
チョレックス王の失礼な意見に、俺は反論したかった。戦争は常に相手から吹っ掛けられてきたもので、俺は好んで戦争をしているわけじゃないと。しかし厳粛な場でそんな非難をするわけにもいかないため、黙っておくことにした。
そう俺がやるせない気持ちを抱えている間に、ジヴェルデは返答していた
「この身は、アンビトース一家からミリモス王子に差し出されたもの。であれば、ミリモス王子の側で暮らすことこそが役目だと、そう認識しているのでございます」
この言葉を額面通りに受け取る人間が、この場でどれだけいるだろうか。
少なくとも俺は、ジヴェルデの発言は『私、何か企んでいます』と宣言したようにしか聞こえなかった。
チョレックス王がどう感じたかは分からないけど、ジヴェルデの言葉を受け入れた。
「あい分かった。ジヴェルデ嬢の意見を受け入れ、これから先、ロッチャ地域で暮らすことを認める。ミリモス。大事な人質だ。不自由ないようにしてあげなさい」
「王命、謹んで承りました。ジヴェルデの世話が滞りなく行われるよう差配することを、ここに誓います」
さて、これでジヴェルデとアテンツァが暮らす場所は決まった。
続いては、砂漠のことについて、チョレックス王に話さなければならない。
俺は、ヴィシカとドゥエレファに目配せしてから、チョレックス王へ顔を向け直した。
「これからの砂漠の土地の統治について、ドゥエレファ殿に腹案があるそうです。お聞きくださいますよう、お願いいたします」
「ほう。そやつの考えとな?」
チョレックス王が言えと身振りしたのに合わせて、ドゥエレファが口を開く。
「砂漠は広大に広がっておりますが、その土地の中で国として形になっているのは、いまではスポザート国だけでございます」
アンビトース地域は国の一部になったので、純粋な砂漠の国には数えないってことだろう。
「そこで我が国が主体となり、そしてアンビトース地域の領主となられたヴィシカ王子の協力の下で、砂漠全土を支配下に置きたいと考えております」
ドゥエレファの野望のような考えに、チョレックス王は難色を示した。
「それは侵略とは違うのか? 侵略であるならば、騎士国のお二方が黙って見過ごしはしないであろう」
「いいえ、チョレックス王。これは武力による侵略ではございません。そうですね、支配下に置くという言い方が誤解を生みますね。正確に言いますならば、砂漠で旅して暮らす者たちと、我が国は提携を行いたいと考えているのです」
「つまりは武力ではなく経済で、他の砂漠の民をまとめ上げたいということか?」
チョレックス王の問いに、ドゥエレファは意図が伝わったと笑みを零している。
「その通りでございます。それにこの提携は、国なき砂漠の民たちにとって利点が多く御座います」
「それは、どのようなものか?」
「彼の民たちは、砂漠の魔物を狩ってでしか生きていけない者たち。しかしその者たちの手にある武器の多くは、魔物と戦うために満足いくものではありません。そこで武器作りに長けたロッチャ地域から武器を輸入できるよう、スポザート国が仲介することができるようになります」
「そこは、アンビトース地域を治めるヴィシカでもよいのではないか?」
「確かにヴィシカ王子でもできますでしょう。しかし新たに立った領主と、いままで関係を続けてきた国。そのどちらに砂漠の民たちが信用を置くか、議論する余地はありませんでしょう」
比べる先が新興店舗と老舗で、両者の扱っている品物が同じだとしたら、客は老舗を選ぶが道理だものな。
チョレックス王も、文句の付け所が無理筋だと気付いた様子で、ドゥエレファの意見を一先ず取り入れることにしたようだった。
「スポザート国が国なき砂漠の民を纏めることは良しとしよう。しかしその行いで、スポザート国にもたらされる利は少ないように思えるが?」
「とんでもない。ロッチャ地域の武器の仲介は、いわば撒き餌です。本命は、彼の民が独占している、砂漠の交易路の主導を握ることです」
「ほう。大陸の東側から中央部へと伸びるという、例の交易路を掴もうというのか」
流石に一国の王だけあって、俺が知らなかった砂漠の交易路について、知っていたようだ。
そして、その交易路の有益性についても真に知っているようで、チョレックス王の興味心を表すように体勢が身を乗り出すように前かがみになっている。
ここがプレゼンの要だと、ドゥエレファは直感したのだろう。押せ押せな調子で説明を続けていく。
「例の交易路は、彼の民たちの経験と勘で形作られているものです。しかし経験と勘は、ときに裏切るもの。交易団が運ぶ物品の多くが砂漠を渡り切れず、砂の下に埋もれる結果になっております。ですがスポザート国が彼の民に援助を行えば、渡れない物品の数は減り、その分だけ交易で利益を上げることが可能となります」
「それだけではないであろう。彼の民が交易路を進む際、必ず少人数だと聞く。スポザート国は大規模な行商団を作り、大量の交易品を運ぶことを考えておるのではないか?」
「ご慧眼、恐れ入ります。お見抜かれになられたように、今までにない大人数で砂漠を行く計画がございます。これで得られる富は、目も眩むものになることでしょう」
確かに、シルクロードの全てを握ると考えると、スポザート国に入る収益は莫大なものになることだろうな。
けど、なんでロッチャ国に馬鹿正直に言ってしまっただろうか?
その疑問も、ドゥエレファが答えてくれた。
「この砂漠行に際して、必要不可欠であるのは、やはり水。彼の民が少数の商隊で行かざるを得ないのは、砂漠の土地に湧く水がとても限られていて、大人数の渇きをいやすことができないからです」
「それではダメではないか」
「そう。このままでは、夢の大事業は机上の空論で終わってしまいます。そこで、ミリモス王子の手腕に期待しているのです。特に、帝国から技術を盗んだときく、魔導具の技術を」
ここまで言われたら、俺だって理解できた。
スポザート国だけでは、水を生み出す魔導具が作れない。ならば作れるところに話を持っていけばいい。その先が俺であり、俺が所属するノネッテ国というわけだ。
ここで俺は、手を上げて発言の許可を得てから、ドゥエレファに質問する。
「ロッチャ地域で行っている魔導の研究は、まだ途上も良いところ。その夢の大事業を実現できるような魔導具の開発は難しいですよ。早く実現しようというのなら、魔導の頂点である帝国に打診しては?」
「そんな、とんでもない。帝国はがめついことで有名です。こんな儲け話を聞かせた日には、瞬く間に砂漠まで領土を広げに来ること請け合いです」
あー、確かに。帝国は領地拡大に重きを置いている国だものな。
領土侵略にかかる経費以上に砂漠の土地に利用価値があると知れば、戦争を仕掛けてくるのは間違いないだろうな。
「事情はわかりましたけど、スポザート国が望む魔導具を作れる日がいつくるか、確約することはできませんからね」
「その点はご心配なく。砂漠の民たちを配下につける工作は、一朝一夕で出来るようなものではありません。そして砂漠の交易路のことを調べ、安全かつ大量に行商ができるようになる道順を付けるのにも多大な時間が必要ですので」
「要するに、いますぐに魔導具は必要ないから、急がず開発してくれってこと?」
「数年先に実現出来たらいいなという事業でございますので。もっとも早く出来上がることに越したことはございませんけれど」
そういうことならいいかな。
ここで問題になるのは、騎士国にこの事業に関わる行動が『砂漠の民への侵略』と受け取られかねないという点だけど。
俺が伺うようにパルベラ姫とファミリスに視線を向けると、こちらの心配を見透かしたような返答が二人からやってきた。
「砂漠の人たちも裕福になるのであれば、それは正しいことです。騎士国から物言いが入ることはありません」
「スポザート国の事業によって砂漠の交易路の安全が高まるというのであれば、奨励はすれども押さえつけようとはしないでしょう」
騎士国二人の見解を聞いて、ドゥエレファは難問を突破したという顔つきになる。
チョレックス王も、隣国であるスポザート国が富めばノネッテ国も発展するに違いないと考えているような、口元の緩みを隠せない顔つきをしている。
「その事業が完成するときを、心待ちにしておこう。そのためにも、ミリモスには魔導の技術を高めるよう、王命を下す」
もともと魔導の技術を確立させようとしていたところに、この王命だ。
これからは大手を振って、研究に取り組むことができる。
さーて、これから忙しくなりそうだ。