八十話 休憩中にて
アンビトース地域の領主が決まったところで、一度小休止に入ることになった。
サルカジモが不服を爆発させないよう、チョレックス王とアヴコロ公爵との三者面談で説得することになったためだ。
控えの間にある椅子に、疲れ切っている様子のジヴェルデが座り、ジヴェルデがその介抱に入る。別の椅子にはパルベラ姫が座り、その後ろにファミリスが護衛のように立つ。
女性陣が休憩に入る中、俺はヴィシカとドゥエレファと顔を合わせていた。
「領主就任、おめでとう。ヴィシカ兄上」
「ありがとう。正直言うと、ミリモスに厄介を押し付けられたような気がしてならないんだけどね」
不安そうにするヴィシカに、ドゥエレファが微笑みかける。
「心配はいりません。我がスポザート国は、ヴィシカ殿への援助は惜しみませんので」
「要請はありがたく受け取るけれど。他国から貸しを得るのは、あまり良いとは思えないのだけど」
ヴィシカが領主として隣国の思惑を警戒することは当然のこと。
だけど、あまり潔癖に貸し借りを考えすぎると、領主業は立ち行かないものなんだよね。
「ヴィシカ兄上。スポザート国が悪巧みを仕掛けてくる心配は、しなくていいと思いますよ」
「用意周到なミリモスにしては意外な言葉だ。どうしてだ?」
「スポザート国にはソレリーナ姉上の息がかかっているからですよ。弟想いの姉上のことですから、スポザート国とアンビトース地域がともに発展する計画ならともかく、アンビトース地域だけが割を食うような方針は潰してくれると思いますし」
俺が「でしょう?」と同意を求めた先は、ドゥエレファだ。
「そうですね。他者を食い物にするアコギな真似は、ソレリーナが最も嫌うところ。スポザート国の首脳陣が暴走することはないでしょうね」
「ソレリーナ姉は、スポザート国でそれほどの強権を持っているのか? ドゥエレファさんは一役人だと聞いているけれど。その妻なのに?」
「ヴィシカ王子の懸念はもっとも。ですが、スポザート国の女性たちを纏める立場に、ソレリーナはいるのです。そして女性たちは噂話を存分に抱えているもの。その噂話の中には、首脳陣の明かされたくない秘密もあるのです」
つまりソレリーナは、スポザート国に住む人たちの弱みを握り放題な立場にいるらしい。
普通なら、秘密を握る人物は暗殺されても仕方がないのだろうけど、ソレリーナの公平さ――秘密を無暗には暴露しない性格が担保になって身の安全が確保されているらしい。
「それに、私服を肥やすような真似はダメでも、国を富ませるための悪巧みなら、ソレリーナは許容するのですよ。そして国が富めば、首脳陣の懐に入る金子は『合法的』に増大します。であるなら、国の運営に手腕を発揮するソレリーナを排除するよりも、十分に活用して国を富ませて全員が裕福になろうというのが、統一見解となっていまして」
ソレリーナの意見は、必ずスポザート国が富むためのもの。すなわちヴィシカへの援助をソレリーナが決めたのなら、それは結果的にスポザート国の発展に繋がるに違いない。
そうスポザート国の首脳陣は考えるはずというのが、ドゥエレファの意見だった。
お互いに利益が出る話と分かって、ヴィシカの不安も薄れたかと思ったのだけど、違うようだった。
「なんかソレリーナ姉の掌の上で踊っているような気分で、面白くない」
ヴィシカのその呟きは、領主のプライドからというよりかは、物事を親に決められて不満がる子供のような響きがあった。
折角領主になったからには、自分の差配で物事を進めたいと思うのは当然だよな。
そう理解はしつつも、俺はヴィシカに助言することにした。
「なにもスポザート国だけを当てにしなくていいよ。俺のロッチャ地域だって隣接しているんだから、こっちにだって援助を頼めるし」
「ミリモスだって領主になって半年も経ってないんだ。大変なんじゃないか?」
「心配しないでよ。こっちは帝国に多大な借金があるから、アンビトース地域への援助で少し増えたぐらいで、どうこうはならないよ。それに経済は上向きつつあるから、借金を返していける目処は立っているし」
俺の言葉を受けて、ヴィシカは悩むような素振りをしてから肩の力を抜く仕草をした。
「砂漠のことも、領主の仕事のことも、僕は全然わかっていないんだ。だから両方から助けてもらうとするよ」
「領主仲間として、ヴィシカ兄上を助けますよ」
「隣国として、そしてソレリーナを介して血族となった身として、お助けいたしますとも」
こうして正式にではないものの、三地域での同盟が結ばれる運びとなった。
「さてさて、話がまとまったところで。アンビトース地域にある白い砂の運搬作業について、ヴィシカ兄上と話をしたいんだけど」
「お待ちを、ミリモス王子。他の砂漠地域の情勢を、ヴィシカ王子にお教えすることこそが先かと」
「砂漠の情勢っていってもさ。国としてちゃんと形になっていたのは、アンビトース国とスポザート国だけで、以南の地域は遊牧民のような集落単位で移動する人たちしかいないって聞いたけど?」
俺がアンビトース地域の平定しようと働いていたとき、領地の南の端にある砂漠の村が独立したいと言ってきたことがあった。結果的には、あの村の独立はなくなった。けれど広大な砂漠には、国から離れて暮らす人たちが多数いることが追加の調査で判明したんだ。
ドゥエレファは同意の頷きを返す。
「ミリモス王子の言われたことは合っています。しかしながら、その彼らが担っている仕事は、無視できないものでして」
「砂漠の民の仕事って、魔物を倒して、その革や肉を売りに来るだけじゃないわけ?」
「それが違うのです。砂漠を旅して暮らす彼らの知識が、貿易にとても必要なのです」
「砂漠の貿易?」
その言葉から連想したのは、前世の世界史で知った、中国から中央アジアへと貴重な物品を運ぶ陸の交易路である『シルクロード』だった。
シルクロードは砂漠の中にできた貿易の道だし、貴重な物品を運んで巨万の富を得る方法だ。
そう考えると、確かに無視できない要素だった。
俺が興味を持ったことを、ヴィシカも悟ったようで、二人してドゥエレファから詳しく話を聞こうとする。
しかしその前に、休憩が終わりになった。休憩室に王の言葉を伝える係の者が入ってきたのだ。
「チョレックス王と宰相殿とサルカジモ王子の話し合いが終わりました。皆様、謁見の間までお戻りくださいますよう、お願いいたします」
話は後になってしまったな。
そのことに少し残念に思いつつ、俺はヴィシカとドゥエレファから離れて、休んで少し顔色が良くなったジヴェルデのところへ向かった。
「さっきチョレックス王への顔見せが終わっているんだから、体調が悪いようなら、このまま休んでいていいよ。チョレックス王へは、俺が伝えておくからさ」
親切心から言ったのだけど、ジヴェルデはそうは受け取らなかったようだ。
「砂漠の女を甘く見ないで」
ツンと顔を背けて立ち上がり、俺の横を通り過ぎて部屋を出ていこうとする。さきほどまで気分が悪そうにしていた割には、歩き方はしっかりとしていた。
アテンツァは俺へ『申し訳ない』という顔で一礼して、ジヴェルデを慌てて追いかけていく。その慌てぶりを見るに、ジヴェルデの体調は回復したわけじゃなさそうだ。
そんな二人の姿を見送っていると、パルベラ姫とファミリスが近寄ってきた。
「ミリモスくん。あんな失礼な方のことは忘れてしまって、謁見の間へ行きましょう」
「あまり人質と仲よくするのは良くないと、警告しておきます」
俺は誘いに従って共に休憩室を出ながら、なんで二人がそんなことを言ってくるのか、よくわからなかった。
廊下を歩きながら考えてみたのだけれど、結局は女性の扱いはよくわからないという考えに、着地してしまうのだった。