七十八話 謁見
ノネッテの王都についてすぐに、俺とパルベラ姫にファミリス、アテンツァとジヴェルデにドゥエレファが謁見の間に入ることになった。
玉座にはチョレックス王が座り、その隣にアヴコロ公爵が立っている。
二人の前で、俺が臣下の礼を取ろうとすると、アヴコロ公爵に止められてしまった。
「ミリモス『公爵』。その礼の仕方は、立場の低い者が行うもの。大領地の領主であり公爵である君の作法には相応しくない」
「申し訳ございません。ですが、私が習った礼の仕方は、これ以外に御座いませんので」
「……公爵らしい作法は追って教える。いまは立ち、軽く頭を下げるだけでいい」
宰相のアヴコロ公爵が言うのならと、俺はその指示に従うことにした。
立って近くの様子を伺うと、パルベラ姫とファミリスも立って礼をしている。アテンツァとジヴェルデにドゥエレファは、床に膝をつけている。誰もがそれが当たり前という顔をしてだ。
立場や役職が変わると礼の仕方が違うのは面倒くさいなと思っていると、チョレックス王が口を開いた。
「我が子、ミリモスよ。突発的な戦争ながらに勝利を収め、そして新たな領地を得た、その手腕。大いに褒めに値する」
「あり難き幸せです」
「うむ。して、新たな領地――アンビトース地域は、誰が治めるに相応しいと考える?」
なんでチョレックス王が、アンビトース地域の領主について、俺に意見を求めているのか理由がわからなかった。
「僕に意見を言う資格はないと思いますが?」
「戦争勝利の立役者であり、領地を手に入れてから短い間とはいえ統治を行っていた。その者の考えを聞くに値すると考えるのは普通であろう?」
そういうものかなと考えを変えつつも、あの地域の統治者に対する意見を言う気はない。
「チョレックス王のお考えの通りになさればよいと考えます」
「なにも言うべきことはないと?」
「はい。あの地の領主に対して、僕が持っている考えはありませんので」
俺がきっぱりと言うと、チョレックス王は少し困った顔になり、隣のアヴコロ公爵と二つ三つ言葉を交わす。
なにを話し合っているのだろうと見ていると、チョレックス王がまた俺に質問をしてきた。
「ミリモスは、彼の地を自分で治める気はないのか?」
「ロッチャ地域も復興の最中なので、手一杯です。ここでアンビトース地域まで任されてしまうと、僕の器量を超えてします」
「ふむ。その言葉、一理ある。では、他に任せるに足る者の考えはないか?」
「ぱっとは思いつきません。だだ、いまあの地の統治はアンビトースを治めていた家の者に代理として任せていますが、そのまま領主にするのは止めた方が良いとだけ告げておきます」
視界の端で、ジヴェルデが身じろぎする姿が見えた。
きっと、なんでアンビトース家に統治を任せたくないと言ったんだと、抗議したいのだろうな。
チョレックス王の方も、俺の発言に疑問を持ったようだった。
「それはなぜだ?」
「あの者に任せていては、あの地の発展が叶わないと思うからです」
「その者には才能がないと?」
「僕たちがノネッテ国に戻る道の中で、工業的にとても有用な砂を発見しました。しかしその砂は、いままで価値なしと放置されていたのです。その一点を見ても、アンビトース家に土地を発展させる才能がないことは確実であるかと」
「ふむっ。そんな砂があるとはな……」
俺の主張に、チョレックス王は困ってしまったように眉を寄せている。
ここで言い意見を出せればいいのだけど、本当に俺に考えはない。
どうしようかと考えて、そういえばドゥエレファの所属するスポザート国が、先の戦争に加担しようとしていたことを思い出した。
あの戦争でもし共同戦線をとっていたら、アンビトース地域の統治に口を挟んできたはず。それは逆を返せば、アンビトース地域の統治に有効な意見を持っているとも言えるはずだ。
「チョレックス王。統治者を決めるのは少し後にして、この者――ソレリーナ姉上の夫であるドゥエレファ殿の話を聞いてはどうでしょう」
「そやつの言葉をか?」
チョレックス王にしては珍しく、言葉に棘があった。
きっと、自分の後釜と決めていたソレリーナがノネッテ国を去った理由が、恋愛相手であるドゥエレファにあるので、複雑な気持ちを抱いたままなんだろうな。
「ドゥエレファ殿はアンビトース地域の隣にある国の出身。地理が似通っている土地なので、統治者に相応しい人物の性格をご存知ではないかと」
「主張はわかった。それで、ドゥエレファ。意見はあるか?」
チョレックス王が冷たい響きの声をかけると、ドゥエレファは怖がるように身を震わせてから、言葉を口にし出した。
「恐れながら申し上げますに、アンビトース地域の新たな統治者には、ミリモス王子以外のノネッテ王家の王子を据えることが最上ではないかと」
「それはなぜか?」
「砂漠の民は家族を大事にいたします。翻って、王の子が統治者として立つということは、王がその土地を大事に思っているという意味に民は捉えるからです。そして砂漠の国では、男子が戦士であり家族を守る者でございますので、王女よりは王子の方が受け入れやすいのです」
つまり姫が上に立つと、軋轢が生まれかねないと言いたいんだろう。
ドゥエレファはソレリーナが彼の仕事を手伝っていると言っていたけど、『手伝い』な点が不思議だったんだよね。ソレリーナはとてつもなく優秀だから、彼女が主導したほうが色々と事が上手く進むだろうからだ。
けど、男性が社会構成の主軸である土地であると考えると、なるほど女性であるソレリーナは手伝いしか任せられないよな。
俺が納得している間に、チョレックス王とドゥエレファの話し合いは続いている。
「そういう理由であれば、ミリモスであってもよいのではないか?」
「ミリモス王子は既に平原にある土地の領主。砂漠の土地を新たに掛け持ちするとなると、砂漠の民は『大変な砂漠の統治を片手間でされてはたまらない』と考えます。反乱の芽になりかねないと申し上げたく」
「……主張は以上か?」
「いえ。加えまして、ソレリーナ――いえソレリーナ様の弟君が領主となると、我が国からも援助することが十分に可能になると申し伝えておきたく」
「スポザート国からの援助とは?」
「砂漠は過酷な土地で、常に助け合いが必要です。ですが、見も聞いたこともない人物がアンビトース地域の上に立つと、助けるに足る人物であると分かるまで、共倒れを防ぐためにも助けの手を控えなくてはなりません。しかしソレリーナ様は、スポザート国で絶大な人気。その弟君であるのならと、助けの手を信用貸しすることができるのです」
ドゥエレファの言いたいことはわかる。けど、その言い分を要約するとどうなるか、分かって言っているのだろうか。
俺が危惧していると、チョレックス王が不機嫌そうになる。
「ソレリーナを介して、スポザート国がアンビトース地域の統治に口を出すと言っているようにしか聞こえんが?」
「それは勘違いです! 本当に砂漠の土地の統治は難しいものなので、統治が軌道に乗るまでは手助けが必要であると言っているだけでして」
「ふんっ、まあよいわ。我が息子の誰かに統治を任せよという言い分だけ受け取る。スポザート国の援助を受けるかどうかは、アンビトース地域の統治者となった者が考えればよい」
「過分な言い分をお聞きいただき、ありがとうございました」
ドゥエレファが深々とお辞儀し直すのを見てから、チョレックス王はアヴコロ公爵とひそひそ話に入ってしまった。きっと誰に任せるかを話し合っているのだろう。
俺以外の息子となると、フッテーロ、サルカジモ、ヴィシカの三人の内の誰かだ。
誰になるかなと他人事のように考えつつも、話が決まるまで休憩にしてはもらえないだろうかなとも思ってしまう。ここまでの旅路で誰もが疲れているし、特に体力に乏しいジヴェルデは礼の状態でいるのすらキツイ様子だからだ。
けど国王と宰相の話し合いを遮るわけにはいかない。
それでもチョレックス王とアヴコロ公爵に考えが届けと、休憩させろという思念を送ることにした。まあ効果はないだろうけど。