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七十五話 問題のあった村

 旅路は進み、ロッチャ地域との境が遠くに見える地点にまできた。

 アテンツァとジヴェルデの体力を考えて、休憩に使える村から村へと縫うように進んできたため、少し時間がかかったな。


「そういえば、この近くだったっけか」


 戦争の発端となった原因――公害が発生していると、アンビトース国が難癖をつけてきた理由になった村が、この辺りにあるはずだった。

 当初の旅の行程にはなかったけど、アンビトースの城での執務中に本当に病人が発生しているという報告も目にしていたので対策を講じる命令は出したけど、この目で見てみることにした。


 地図上の場所しか知らなかったため少しだけ迷ったものの、砂漠慣れしているドゥエレファに助言を貰って切り抜け、問題の村に到着した。

 ロッチャ地域から流れる川の岸に作られた、二十戸ほどの小さな村だった。

 到着したのは夕暮れ時で涼しくなり始めたからか、村人たちが村の中で活動をしている姿が見えた。

 そこで気付いたことが一つ。

 村人たちの多くが、手や口に包帯を巻いていたのだ。

 きっと、村で流行っているという病に関係しているのだと思う。

 俺たちは村の近くまで行き、俺とドゥエレファが代表者として村長に会うことにした。


「初めまして。僕たちは――」


 王子口調での自己紹介の後で村の様子を尋ねると、村長は困り顔で事情を話してくれた。


「たしかに王城へ陳情しました。川の水が咬むようになったので、皮膚用の薬を融通して欲しいと」

「水が咬む、ですか?」

「ああ、失礼。村独自の言い回しでして。長時間触れると爛れてしまうよう水が変化したとき、我々は『水が咬んできた』と言うのです」


 なるほど。前世で蚊に血を吸われることを『蚊に噛まれた』と言ったり『虫に食われた』と言ったりするのと同じ感じだろうな。


「それほど独特な言い回しがあるということは、昔からある現象なんですか?」

「そうですね。この土地の先に『白き丘』と呼ばれる場所があるのですが。大雨などで川の流れが変わり、その丘を通るようになったとき、水が咬むようになると言われています」


 単純に考えるなら、その白い丘に有害物質があるってことだろう。つまりロッチャ地域からの鉱毒の問題じゃなかったわけだ。

 そして他国の小さな村の事情を調べることは、この世界では情報伝達技術が乏しいため、難しい。そこをスペルビアードは逆手にとって、水の変化がロッチャ地域からきた鉱毒の所為だと偽り、戦争を仕掛ける理由にしたってわけだろうな。

 この村の人たちは利用されただけだろうけど、それでも言いたいことはあった。


「そう知っているのなら、どうして川の水を使わないようにしないのですか?」


 川に触れなければ肌が爛れないとわかっているなら、予防する余地は多々あっただろう。そして肌の問題が起きなかったら、スペルビアードが無謀な真似をすることはなかったはずだ。

 そんな手前勝手な非難の気持ちを込めて質問すると、村長はさらに困った調子になった。


「水が咬むようになったとしても、我々が飲める水はこの川しかありません」

「半ば毒のような状態になっているのに、川の水を飲むんですか?」

「酢を少量混ぜて放置すると無毒化できると判明していますので」

「酢で無毒化は意外ですけど、飲むことに抵抗はないんですか?」

「藁茎で息を吹き入れて、水が白く濁る変化が起きなくなったら平気だと、経験からわかっておりますので」


 ストローで息を吹き入れると水が白く濁るという現象を聞いて、前世でそんな化学実験を小学校か中学校の頃にやったような気がした。

 どうしてだったかと頭を悩ませつつも、さらに気になった点を尋ねていく。


「無毒化しているのに、手や口に爛れが出来ているようですけど?」

「水が咬むようになると、衣服の汚れが良く落ちるようになるのですよ。汚れを食ってくれると、表現しております。口に爛れが起きている人は、酢で無毒化しきる前に川の水を口に含んだからです。粗忽ものは胃まで爛れるぞ、と親から戒められるのですけど。夏の暑い砂漠の中では、どうしても我慢できない者もでますので」


 酢で無毒化した水は飲用にして、生活用としてはそのまま川の水を使っているわけか。

 とにもかくにも、この村で公害は発生していないようでよかった、よかった。


 村長と別れて旅の一行の元へと戻りながら、酢を入れると無毒化できて、息を吹き入れると水が白く濁るようになる、服が汚れが良く落ちる水ことを考える。

 もうちょっとで何か思い出せそうなのだけどと悩んでいると、ふとドゥエレファの様子が気になった。

 目に見えて態度が変化しているわけじゃないけど、平静を装っているような、俺に『なにか』を悟られては困るような、そんな雰囲気が漏れている気がした。


「ドゥエレファ殿は、この川の水の変化――いや、根本である白い丘について知っているようですね」


 俺が断定口調で質問すると、ぎょっとした顔を返された。


「ソレリーナの弟だけあり、見抜かれてしまいましたね。いや、これは困りました」

「ドゥエレファ殿が知っているということは、砂漠のいたるところで白い丘にある物質があるということですね」

「至るところではありませんが、探せばあるという具合でして。多くは岩石の状態で発見されるのですよ」


 俺が隠し事に気付いているというのに、ドゥエレファは持って回った言い回しで核心部分を話そうとしない。

 けど、情報に『白い岩石』が加わったとき、俺の脳に閃きが走り、化学実験の内容を思い出した。

 そうだ、息を吹き込むと白く濁るのは、石灰水の反応だ! そして石灰水はアルカリ性。洗濯などで水に触れ続ければ肌が荒れる原因にもなるし、濃度によっては口や喉が爛れる理由にもなる! そして酸性の酢で水を中性にできれば、ちゃんと無害化できる!

 以上のことから、例の白い丘は石灰石かそれに似た物質の砂山ということが、ほぼ確定になった。

 ここまで判明したところで、石灰石の存在をドゥエレファが秘匿しようとしている理由まで思い至れなくなった。

 俺が考えられる石灰の使い方は、先の化学実験以外には、ライン引き用の粉ぐらいしか思い出せない。しかし毒にもなりきれないアルカリ性の水を作る方法や、地面に線を引く粉のことなんて、ドゥエレファが隠す必要がない。むしろ伝えて、俺からドゥエレファへの信用度を引き上げる方が建設的だし。

 ここで俺は、石灰石のことを考えてもわからないと判断して、発想を違うところから飛ばすことにした。

 ドゥエレファが石灰石の有用な使い道を知っていると仮定する。それがどんな使い方かを予想するに、きっと砂漠に関すること。そして俺に伝えられないということは、ロッチャ地域の強みである鍛冶に関連することだろう。

 砂漠と鍛冶。砂と炉。砂を炉で溶かす。

 ここまで連想したところで、思い当たったものが一つだけあった。


「そうだ、硝子だ」


 特殊な砂を高温の炉でドロドロに溶かすと、ガラスに変わるはずだ。

 そして恐らく石灰石は、ガラス製造に必要な素材の一つのはずだ。

 この俺の考えは正しいようで、俺が『硝子』と口にした瞬間から、ドゥエレファはすっかりと諦めた顔に変わっていた。


「やはり気付かれましたか。そう、砂の国の輸出品の一つである硝子の原材料の一つです。そして製鉄の材料の一つでもありますね。と、こちらはロッチャ地域を治める、ミリモス王子の方が詳しいでしょうけれど」


 製鉄の材料という部分は知らなかったけど、知っていた顔をして、ドゥエレファに続きを話させる。


「硝子は、輝く砂、白い岩石、そしてもう一つの鉱物を混ぜて作るものです。輝く砂は砂漠のどこにでもありますので、白い岩石が領地にあると判明したノネッテ国は、ガラスの材料の二つを手にしていることになります」

「なるほど。それで、三つ目の鉱物はなんなのか、教えてはもらえないんですか?」

「無理ですね。ただし、恐らくはアンビトース地域にはないとだけ、申し伝えておきましょう」

「そう考える理由は?」

「我が国からアンビトース国へ『あるもの』を輸出していたからです。その『もの』がない地域には、三つ目の鉱物がないと判明しておりますので」

「なるほど。アンビトース地域『には』ないわけですね」


 ドゥエレファが三つ目の鉱物を秘密にする理由に、俺はピンときた。

 アンビトース地域にはないのは確定だろうけど、ノネッテ本国やロッチャ地域にはあるかもしれない鉱物なんだろう。

 そしてロッチャ地域の鍛冶師たちは、そいういう鉱物に対して造形が深い可能性が高い。なにせ鉄鋼で繁栄した歴史のある場所だから、鉱物を溶かすための添加物として、あらゆる鉱石を試した歴史があるはずだからだ。

 もしかしたら炉の仕組みを構築していく中で、ガラスの作り方も判明していて、原材料がないから製造していないだけという可能性だってある。

 ここら辺まで行くと妄想の域だけど、ドゥエレファが警戒して情報を渡さないようにしているところを見ると、あながち間違いではない可能性の方が高いんじゃないかと思えてくる。

 それにしても、まさか問題があった村を視察にきて、予想外の出物に出会うとは思わなかったな。

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