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閑話 企む女性たち

 ミリモス王子の沙汰を聞き、私の夫――スペルビアード様がご懸想なさっていたソレリーナ姫の弟御だけあり、予想通りに理知的かつ慈悲深いお方だった。

 ミリモス王子が退室するのに合わせて、私は沙汰を聞いて呆然としているジヴェルデの腕を引き、近くの空き室へと連れ込んだ。

 その途端、ジヴェルデは私の腕に縋りついてきた。


「アテンツァ姉様。わたしは嫌です。あの王子の下に人質に出されるだなんて!」


 ジヴェルデの懇願する涙目から、私のことをを血は繋がらなくても、真実の姉だと認識している様子がうかがえた。

 私も実の妹のように思っているため、安心させようと抱きしめ、背中を撫でて宥める。

 しかし、その望みを聞いてあげることは、絶対にできない。


「気持ちはわかるけれど、しっかりなさい、ジヴェルデ。あなたの両肩には、アンビトース家の命運が乗っているのです。いまのような不用意な一言がミリモス王子の耳に入れば、彼が持つ慈悲の心は失われてしまうでしょう。そして、私たち全員の首が飛びかねないのですよ」

「で、でも、人質だなんて。これからの将来が恐ろしくて、夜も眠れなくなりそうですわ」

「ジヴェルデがそう不安がる必要はありません。ヴァゾーツ義父様が提案したように、私も側仕えとして同行するのですから」


 ジヴェルデを撫でて落ち着かせつつ、周囲の気配を探る。盗み聞きしている人物はいないと判断し、小声で耳打ちする。


「ジヴェルデ、よく聞きなさい。あなたが人質に出されたのは、ヴァゾーツ義父様が講じられる、唯一の起死回生の手段なのですよ」

「ほへ?」


 ジヴェルデが疑問顔で見つめてきたところで、より詳しく説明していく。


「人質とは方便です。義父様は、あなたに期待しているのですよ。ミリモス王子の近くで暮らし、彼の心を射止め、その妻の座に収まることをです」

「わたしが、あの王子の妻に?」

「ええ。あなたがミリモス王子の妻となれば、アンビトース家はノネッテ王家の親類となれます。そう、私たちは再び王族に返り咲くことが可能になります。それだけではありません。あなたとミリモス王子の子、または孫が、この地を治める領主になれば、実質的にアンビトース国が復興したも同然になります」


 ジヴェルデの顔に理解の色が広がっていくのを待ち、告げる。


「ジヴェルデ。アンビトース家のため、ミリモス王子の妻となる覚悟をしてくださいますね?」

「……はい、アテンツァ姉様。わたしの体一つでアンビトース家がこの地の統治者に戻れるのであれば、喜んで捧げます」


 この部屋に入ってくる前とは違い、ジヴェルデはすっかりと覚悟を決めた顔だ。

 私は笑みを浮かべて頷きながら、内心で安堵していた。


 いま言ったことは、ヴァゾーツ義父様の思考に沿った話ではある。けども、そう上手くいくほどミリモス王子は容易い相手ではない。

 ミリモス王子は暴走したスペルビアード様を殺した後で、子を失った恨みからヴァゾーツ義父様は飲まないと知りながら降伏を迫り、使者の返答を受けてすぐにこの首都に現れ、そして瞬く間に王城を制圧した。

 これほどの智謀と度胸を兼ね備えた人物ならば、こちらの目論見を見抜いて、逆用してくるぐらいはしてきて当たり前。ジヴェルデが嫌がるだけなら目こぼしされるだろうけれど、もし人質の立場から逃げようと計画でもしようものなら、これ幸いとミリモス王子はアンビトース家を断絶させることだろう。

 そんな未来に至らないためには、ジヴェルデに偽りの任務を与えることが一番いい。それも、偽りが本当に変化したときにアンビトース家にとっていい結果になる、そんな任務が。


 そんな目論見が上手くいったと安堵していると、ジヴェルデの表情に疑問が復活したのが見えた。


「なにかまだ疑問があるのですか?」

「いえ、その。わたしがミリモス王子の妻の座を狙うのはわかりましたわ。でも一人より二人のほうが確実ではありませんか?」


 その二人目が誰を指すのかといえば、人質として同行する私しかいないわけで――


「ジヴェルデ。私は未亡人ですし、かなりの年上。ミリモス王子が靡くはずがありません」

「そうかしら。ミリモス王子がアテンツァ姉様を見る目は、わたしたちを見る目より、ずいぶん優しいように思いましたわ」

「それは――きっと、私がミリモス王子の姉上であるソレリーナ姫と似ているからでしょうね。それ以外はありえないわ」

「本当にそうかしら? むしろ似ているけれど他人だからこそ、惹かれるものがあったのではないかしら。演劇で、よくある展開のように」

「演劇と現実は違うものよ――」


 そう苦言を呈しつつも、あまり否定するのもまずいのではないかと思い始めた。

 ジヴェルデが、私もミリモス王子を誑かすよう勧めているのは、不安感の裏返しからじゃないかと思い至ったから。


「――でもそうね。何事も試してみないことには、真相はわからないものよね」

「それじゃあ!」

「そうね。二人でミリモス王子を篭絡しましょう」

「はい! ふふふっ。頑なに許嫁を拒んでいたスペルビアード兄様が認めて婚姻まで結んだアテンツァ姉様だもの、ミリモス王子でもひと溜まりもないはずだわ」


 肩の荷が軽くなった様子のジヴェルデとは反対に、私は余計な気苦労を乗せられた気分になってしまう。

 しかしこれも、アンビトース家が存続するため。

 夫を亡くして用済みとなった妻の身で、嫁ぎ先の家族の安寧が買えると考えれば、安い買い物でしょうね。



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 ロッチャ地域に敷かれた石畳の街道を、馬車が滑らかに動いていく。

 この動きの滑らかさは、石畳の存在だけでなく、弟――ミリモスが抱える鍛冶師が作った馬車の構造が良いためでしょうね。旅路の中というのに、思いのほか体が楽だわ。

 快適な旅路を手配してくれた、少し風変りだけど出来の良い弟を嬉しく思っていると、馬車の中の対面に座っているホネスがおずおずと声をかけてきた。


「ソレリーナ様。馬車が揺れてますが、お体の具合は平気ですか?」

「このぐらいの揺れ、全く平気よ。ロッチャ地域に入るまで、激走するカミューホーホーの背に乗ってきたのだしね」

「カミューなんとかって、大きな鳥のことですよね。そんなものに乗ってきたんですか!? それも走らせるなんて、良くお腹が無事でしたね!?」


 驚愕のホネスの姿に、思わず苦笑いしてしまう。


「お腹の子供が不安定な時期は越したから、多少運動をしても流れる心配はないって話だったわ。それに、私と愛しい夫との子供よ。騎鳥に揺られたぐらいで脱落するような、根性のない子ではないはずよ」

「あはは……。相変わらず、ソレリーナ様は勇ましいです」


 失笑という感じのホネスに、私は不本意だと唇を尖らせる。


「カミューホーホーを駆けさせたのには、ちゃんと理由があってのことよ」

「理由があるんですか?」

「当り前じゃない。原因は、ミリモスに喧嘩を売りにきた、アンビトース国の所為よ。あの国の王家の第一王子がね、私のことを目の仇にしていて、ことあるごとに捕まえようとしてくるのよ。夫に『引き渡せ』なんて手紙を直接送ってくるほどよ」

「……ソレリーナ様。その王子になにをしたんです?」

「求婚を断って、聞かせてきた愛の詩とやらを添削して、性格をダメだししたぐらいよ」

「それは、恨まれても仕方がないのでは?」

「あの王子のこと、欠片も興味なかったのだから、仕方ないのではなくて?」


 にっこりと笑いながら主張すると、ホネスは愛想笑いしてきた。


「そうかもしれませんね――それにしても、ミリモス王子は大丈夫でしょうか」


 ホネスが話題を変えたのは、私の意見に同意したくないからだと理解しつつ、戦前交渉に向かったミリモスのことを考える。それと同時にアンビトース国の第一王子の顔が思い浮かんだ


「交渉で終わらず、戦争になるでしょうね」

「どうしてそう思うのです?」

「さっき、言ったでしょう。あの国の王子は私の身柄を狙っているのよ。これ幸いと、交渉の内容に盛り込んでくる可能性があるわ。でもミリモスは、絶対に私のことを交渉の取引材料にはしない。そうして両者が折り合えないのだから、交渉は決裂するしかないわ」


 予想を交えて語ると、ホネスが白い目を向けてくる。ミリモスの秘書だけあって、肝が据わっていると感心する。


「いまの部分だけを聞くと、ソレリーナ様は二国を戦争に駆り立てる、傾国の美女のようですね」

「あら。結果的に、戦争するのは三国になるわよ」

「えっ? もう一国はどこですか?」

「決まっているじゃない、私が嫁いだ先のスポザート国よ。ノネッテ国とスポザート国は、私が嫁いだことで兄弟国の間柄になっているわ。兄弟国を支援するという名目を掲げれば、アンビトース国へ進軍が可能になるわ。その期を逃すほど、私の夫は間抜けじゃないわ」

「ノネッテの兵士の一人として援軍は有り難いですけど、どうしてスポザート国はアンビトース国を攻めるのですか?」

「アンビトース国は川が流れているから、砂漠にある国の中では一番に肥沃な土地があるの。援軍の見返りにその土地を取りたいのよ、スポザート国はね」

「ミリモス王子は土地的な野心が薄いですから、戦争を有利にできる援軍が期待できると知ったら、あっさりと土地の譲渡を認めそうですね」


 ホネスのミリモスの性格に頷きつつも、私は同意できない気がしていた。


「ミリモスは、こちらの予想通りのままに動くような、そんな子じゃないのよねえ」

「そうですね。予想以上というか、予想外というか、そういう行動しますよね」


 ホネスと苦笑いし合っていると、馬車の御者が声をかけてきた。


「ここから坑道を整えた山の中の道に入ります。中は暗いので、馬車の中にある油灯に火を入れてください」

「わかりました。ありがとうございます」


 ホネスは返事をしながら、椅子から腰を上げて油灯の芯に火をつける。呪文の後で指先に現れた魔法の火でだ。


「あら。魔法が使えるのね」

「ミリモス王子は魔法を便利使いしてますから。真似してみようと」

「業務以外のことにも勤勉なのは良いことよ。私も産後の肥立ちの際には暇でしょうから、魔法を学んでみようかしら」


 そんな返事をしている間に、馬車はロッチャ地域とノネッテ本国を繋ぐ、山に開けた穴へと入っていったのだった。


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― 新着の感想 ―
一通り戦争まで終わって思ったんですけど ソレリーナって結構人としてあれで共感持てないです 次期国王に期待されてる状況で 他国との一般人への降嫁を認めてくれないなら死んでやると自分の命を盾に脅して好き…
[気になる点] 夫を殺した相手の妻に気軽になろうとしすぎじゃないか?
[良い点] 未亡人って、いい響きだよね(直球
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