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七十一話 欲する物

 俺の配下であるロッチャ地域軍の兵士たち百人は、戦争の勝利者であるとホーフスタの住民に知らしめるように堂々と街中を進み、そしてアンビトース国の王城へと入った。

 きっと兵士たちの内心は、住民たちに襲い掛かられるんじゃないかと不安だったに違いないけど、示威行為として必要なことだったので頑張って更新してもらった。

 そして俺は、アンビトース王族を床に座らせて、その目の前で玉座に腰かける。これも、どちらが勝利者かを明確に分からせるための示威行為だ。


 なぜ俺がこうして、何度もこちらが勝利者だと分からせるような行動をとっているかというと、目の前に座らせたアンビトース王族の多くが不満げな顔を隠さないからだ。

 例外は、狂乱した国王を首を絞めて失神させてまで、家族を守るために交渉を受け持ってくれた、アテンツァ。そして、俺との決闘での敗北から戦争の負けを受け入れた様子の、フヴェツクだけ。

 ここでもしアンビトース王族たちが、理想は完全に俺に協力してくれる態度なら、せめて面従腹背のような腹芸をしてくれる能があったなら、ロッチャ地域の運営陣を残したときと同じように、アンビトース『地域』の運営を代行してもらおうと考えていたんだけどなぁ。

 でも流石に、あからさまに敵対の意志を隠さない人間を、このまま登用するわけにはいかない。

 どう処遇をつけるべきか考えながら、黙り込み続けるわけにもいかないので、俺は王子口調で喋り出していく。

 

「そちらが発端となった戦争で、僕らノネッテ国ロッチャ地域軍が、貴方たちアンビトース国を打ち負かし、こうして王城まで占拠しました。これはもう完全勝利と言って良い戦果です」


 現状の認識を正確に教えてあげたところで、アンビトース王族たちと一緒に座らせている、ヴァゾーツ『元』国王が声を上げた。


「負けてなどおらん! 貴様の手勢は、この城に入った百人! いまから儂の兵とこの街の住民に動員をかければ、敗北するのはそちらだ!」


 縄で縛られた姿で、よくもまあ吠えるものだと感心してしまう。

 というより、自分の立場というか状況を、ちゃんと理解できているのだろうか?


「ヴァゾーツ『さん』。あなたの言い分は一理ありますね」

「さん、だと!」


 俺が一般人に対する敬称を使用して呼びかけたことが気に入らないようで、ヴァゾーツ元国王の顔が怒りで赤くなる。

 その反応は予想していたので、俺は手をスッと上げて身振りし、傍に控えさせていたロッチャ地域軍の兵士に動くように命じる。そして兵士は所持する槍の穂先を、ヴァゾーツ国王に向ける。


「なにをする!?」

「さっき言ったでしょう。あなたの言い分は一理あると。では、その理を消すために一番手っ取り早い方法はなんだと思います?」

「ま、まさか、殺すのか! この儂を!」

「まさか。そんなわけないじゃないですか――」


 俺の返答に、ヴァゾーツ元国王が困惑の表情になる。

 そして彼が何か言葉を口に出す前に、俺は悪役になった気分で残りの台詞を告げた。


「――あなただけでなく、ご家族全員皆殺しにするんですよ。将来の禍根は断つに限りますので」


 ふっふっふ。と悪役っぽく笑ってやると、不満げな顔をしていたアンビトース王族たちの表情が一気に青ざめる。

 一方でロッチャ地域軍の兵士たちは、『またミリモス王子の奇行が始まったよ』って顔をしていた。こらこら、演技だとバレたらどうするのかと睨みつけて、兵士たちの態度を改めさせておいた。

 さてさて、家族の命が自分の発言一つで飛ぶと知って、ヴァゾーツ元国王はどんな選択をするだろうか。俺の希望としては、砂漠の民は家族思いと言う前評判に期待して、家族の命を守るためにと殊勝な態度に変わってくれることを期待したいところなんだけど。

 そう考えながら待っていると、ヴァゾーツ元国王は口元を戦慄かせながら言葉を紡ぎ始めた。


「み、皆殺しにするだと。そんな、卑怯な真似をするというのか!」

「心外ですね。攻め滅ぼした国の王族を殺し尽くすことは、戦術書や歴史書にも多数記載がある常套手段ですよ」

「お前の横にいる騎士国の騎士が、そんな真似を許すはずがない!」

「と言ってますけど、ファミリスはどんな考えですか?」


 意見を求めると、ファミリスは『私に話を振るな』と言わんばかりの渋面になり、それでも返答はしてくれた。


「皆殺しはやりすぎかとは思いますが、国を滅ぼす真似をした国王とその妻を始め、成人済みの者たちは処刑するべきです。そして子供は他国へと追放するべきでしょう」

「つまり、子供だけ、命を助ければいいわけですね?」

「……状況によって、子供も処刑することもあり得ます。平定した土地の安定を願えば、反乱の芽になりそうな者は摘んでおくべきという考えも正しいものなので」

「それが騎士国が考える正しい行いと思っていいんですね?」

「その通り。だが個人的な意見を言わせてもらうと、女児と幼子だけは生かしてやって欲しいところです」


 少し言い回しは複雑だったけど、ファミリスにも『皆殺しは妥当』との判断を得られたことで、騎士国という『正しさ』の後ろ盾が手に入った。

 これで俺が皆殺しに躊躇う道理は消えてしまった――そう、怒りに頭が濁っていたヴァゾーツ国王でも判断できたようだ。


「ま、待ってくれ! 皆殺しだけは、家族の命だけは!」


 さっきまでとは態度を一変させて、必死に懇願するヴァゾーツ元国王。

 俺はその姿に、演技でゴミを見る目を向けてから、手振りで槍を突き付けさせたままだった兵士を下がらせた。


「助けてくれというからには、僕が助けるに足る何かを差し出してもらわねばなりません。なにせ貴方たちは、この土地を統治する障害になりえる人たちですからね。その障害を見逃してもいいと僕に思わせてくれないことには、お願いを聞いてはあげられませんね」


 俺の非情な物言いに、ヴァゾーツ元国王は必至に頭を悩ませている。


「欲しいものがあるなら、なんだって持っていってくれていい」

「残念ながら、この城や中にある物品は、すでに占拠した僕らの所有物。あなたの物ではありません」

「儂らはこの土地から出ていき、今後一切ノネッテ国に立ち入らぬと誓う」

「立ち入らなくても、この土地の正当な所有者だと他の国で名乗りを上げるだけで、戦争理由にできますからね。無意味です」

「で、では、せめて儂の命だけで、家族の命は……」

「貴方の命一つでは、将来の反乱の芽になりうる人物を見逃す対価には足りません」


 こう討論していると、本当に攻め落とした王族を生かしておく理由がないと気づく。

 せめて国民に慕われている人物であれば、殺した際の民の反発を恐れて生かしておくという選択もありなのだろうけど。生憎、この家族たちは、あまり民にウケが良くないと捕虜から得た情報にあったしなぁ。

 ヴァゾーツ元国王とその家族たちを殺さないで済むようにするための茶番だったのに、なんだか本当に皆殺しにしたい気分になってきてしまった。

 さてどうしようかなと、ゼロベースから考え直そうとしたところで、アテンツァが会話に割って入ってきた。


「ミリモス王子が私たちの命が欲しいと本心から言われているのでしたら、そうしたら宜しいでしょう。ですが、違いますね?」


 アテンツァの凛とした物言いが、その容姿と合わさって、本当にソレリーナを思い起こさせてくる。

 この人物を相手に、演技はし難いなと感じつつ、王子口調での悪役演技を続けていく。


「どうして、そう思いました?」

「皆殺しにする気ならば、いますぐに行える下地は整っています。ですのに、こうして話し合いの場を続けられています」

「貴方たちが右往左往する姿を愉快に見物するために、処刑を引き延ばしにしているだけかもしれませんよ?」

「ご冗談を。あなたの兵士たちと、この街の民に被害が出ないようにと、兵士に大声を出させて囮にしてまでご自身でこの城に特攻してきたお方が、そんな悪辣な性根をお持ちとは思えません」

「むっ……。兵士たちに街に突っ込ませるより、単身で城に入った方が戦争終結の成功率が高いと判断しただけなんだけど」

「悪辣な精神を持つ者は自分の身が最も愛しいものです。どれほど勝算があろうと、自分の安全を一番に考えるもの。この戦争でのミリモス王子の行動は、その真逆に位置しています」


 悪い人の反対ということは、つまり善い人だから、皆殺しにする気はないはずだって判断なわけか。

 正直、自分では言われるほど良い人ってわけじゃないと思っている。でも、第二の母と言えるソレリーナに似たアテンツァに褒められると、悪い気はしないのも事実なんだよなぁ。


「アテンツァの言い分はわかった。しかし、なにが言いたいかは、さっぱりなんだけど?」

「単純な話です。ミリモス王子が私たちに求めることを、口に出して仰ってください」


 うーん。アテンツァのように聡明な人でも、俺がこの問答の中でやりたいことがわかっていないのかな。


「これは助言だ。僕が貴方たちから欲しいものは、こちらが『欲しい』と言ってはいけない類のもの。貴方たちが、受け取ってくれと言い出さないといけないものなんだ」

「それはどうしてでしょう?」

「そうだな……。僕が知っている砂漠の民の性質は、家族の誰かが殺されたのなら必ず復讐しに行くほどに家族愛が強い民族、ということだった」


 関係ない話題を言ったように聞こえたのか、ロッチャの兵士や多くのアンビトース王族は疑問顔である。

 でも、これ以上のヒントは過剰になる。ここまで俺が出した情報でこちらが求める正答を出せないようなら、見切りをつけるべき場面なのだから。

 さて、どうなるかなと見守っていると、アテンツァは静々と引き下がる動作を見せる。

 彼女ですら理解できなかったのかなと残念な気持ちになっていると、やおらヴァゾーツ元国王が口を開いてきた。


「儂から――いえ、儂らからミリモス王子へ差し出すものは『忠誠』だ! 儂の一族が存続しうる限り、ミリモス王子の子々孫々に至るまで仕えることを約束する!」


 うん、それが正解。

 最初に俺が考えていたように、口から出まかせでもいいし、面従腹背でもいいから、俺に従うって言葉が欲しかったのだ。

 けど、ヒントを上げ過ぎた後の正解だから、釘刺しが必要だろうな。


「なるほど、忠誠ですか。それならば、ありがたく受け取りましょう」

「で、では!」

「でも口ではなんとも言えます。ここで忠誠の証を示してください」

「証ですと……」

「ええ。僕を絶対に裏切らないという証を立ててください」


 ちょっと意地悪な言い方かなと思うけど、実はこの返答の正解はいくつもあって簡単だったりする。

 例えば『権力を捨てる証として一国民に落ちる』でも、『ミリモス王子の監視の下で暮らす』とか、最低で『裏切った際には命で贖う』でもいい。

 要は、俺を安心させてくれる言葉を言ってくれればいい。

 さて、どんな発言が来るかなと待っていると、悩むヴァゾーツ元国王の裾をアテンツァが引く。そして意味深に頷いている。

 それにどんな意味が含まれているのかと期待していると、ヴァゾーツ元国王が答えを告げた。


「我が子――七女ジヴェルデを人質として差し出します。そして、その側仕えにアテンツァを同行させましょう」


 人質か。忠誠を示すための行為としては、妥当な落としどころかな。人質に出されると言われた瞬間に顔色を悪くした、ジヴェルデらしき少女――広いオデコを持った俺と同年代らしき女性――はとても嫌そうにしているけどね。

 この決断で納得しようとしたところで、アテンツァから補足説明が来た。


「婚姻以外で子供を他家へ差し出す行為は、家族を大切にする砂漠の民にとって最大級の忌むべき行い。これでアンビトース王族――いえアンビトース一家の名声は地に落ちることになります。それこそ、今後反乱を企てようと、誰もついてこないほどにです」


 うおっと、妥当と思った選択が、意外と重たい行為だったみたいだ。

 けど、忠誠の証としてはこれ以上にないものであるのは確かのようだ。


「分かった。その提案を受け入れよう。では、ジヴェルデとアテンツァは、ロッチャ地域にある僕の城で暮らしてもらう。そしてアンビトース地域と化すこの領地の治める一先ずの代理を、フヴェツク、君に任せる」

「えっ。この私めがですか?」

「決闘に唯一名乗り出た君の、その心胆に一目を置いての判断だよ。だけど、ノネッテ国の国王であるチョレックス王から、正式な代官が任じられるまでの措置だから。腰かけぐらいの心持ちでいるようにね」

「わかりました。渡す席を穢さぬよう、短い間ではありましょうが、務めさせていただきます」


 アンビトース王家――いまもう一家と言いなおそうか。その中で、唯一実直そうかつ貧乏くじを引くことを恐れなかったフヴェツクだからこそ、一先ずの統治は任せられる。

 でも、アンビトース地域全域に子の土地がノネッテ国に併合されることを公布したり、統治者変更による民の不安を解消する方策を立てるために、俺は残留しなきゃいけないんだよね。

 しかもその後で、チョレックス王に面会してアンビトース地域の統治についての判断を貰うために、ノネッテ本国にも行かなきゃいけない。

 ロッチャ地域だって安定しているとは言い難いから、早く帰って領主業に専念したいんだけどなぁ。

 あーあ。不本意に増えてしまった領地を、誰かに渡して身軽になってしまいたいよ。切実にね。

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― 新着の感想 ―
[一言] V P Nいる現代では、無いな
[気になる点] 誤字報告 きっと兵士たちの内心は、住民たちに襲い掛かられるんじゃないかと不安だったに違いないけど、示威行為として必要なことだったので頑張って『更新』してもらった。        ↓ …
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