七十話 アテンツァ
ファミリスの訝しげに尋ねられて、色違いのソレリーナのような見た目の女性は、身を挺してヴァゾーツ国王を守りながら、ファミリスへ睨むような視線を向ける。
「国王様が取り乱されたのは、スペルビアード様をお諫めできなかった、この私の不徳の所為。国王様を斬り殺すのであれば、先にこの身を斬りなさい」
騎士国の騎士相手に一歩も引かない様子からするに、彼女の性格もソレリーナに似て苛烈のようだ。でも、その体が少し震えているのを見ると、ソレリーナよりは意志が柔らかい印象だな。
そんな彼女の姿と、そしてスペルビアードがソレリーナに懸想していた事実から、俺はピンときたものがあった。
「もしかして貴女は、スペルビアードの奥さんなのですか?」
そう尋ねると、女性は俺が憎い相手だと教えるように、きつく睨みつけてきた。
「その通りですよ、ミリモス王子。私はアテンツァ。スペルビアード様の『第二婦人』です」
「第二? 第一はどなたです?」
王族連中を見るが、彼女以外にソレリーナに似た人物はいない。ソレリーナを手に入れるために戦争を引き起こしたスペルビアードの性格からすると、ソレリーナに似ていない人物を第一婦人に選ぶはずがないのだけど。
そう疑問に思っていると、アテンツァが教えてくれた。
「スペルビアード様は、第一婦人はソレリーナ姫だと決めておられたのです」
「ソレリーナ姉上は、すでに他の男性の妻なのですが?」
「その現実を、スペルビアード様は受け入れておりませんでしたので」
なるほど、そこまで恋心を拗らせていたわけか。
いや、他の男性とソレリーナが結婚したと知って、さらに拗らせたと言った方が正しいかな。
俺が思わずソレリーナの傾国の姫っぷりに頭痛を感じていると、ファミリスに殺されかけて腰を抜かしていたヴァゾーツ国王が再び喚き始める。
「誰も彼も、なにをしているのだ! 殺すのだ! こいつらを殺すのだ!」
「お義父様、お静かに願います。不要な一言が、お義父様の身の破滅となるのですよ」
「ええい、そんな道理など知ったことか! 殺すのだ! スペルビアードを殺した、憎きミリモス・ノネッテを殺せ!」
「お義父様……」
アテンツァは悲しそうに目を伏せると、突然その細い手でヴァゾーツ国王の首を優しく絞めた。
「なにを――」
ヴァゾーツ国王は咄嗟に手を振り解こうとしたが、その数秒の内にまるで魔法のように意識を失った。もしかしたら本当に、俺が知らない意識を失わせる魔法を使ったのかもしれないな。
アテンツァの妙技に俺が注目していると、微笑み返されてしまった。
「お義父様は興奮のあまりにお眠りになられました。決闘相手は務められません。ですので、名乗り出ていたフヴェツク様が自動的に決闘の代理となります。そうですよね、騎士国の騎士様」
「それはその通り――だが思い切った方法を取りましたね」
「こうしなければ、家族を救えないと判断したまでで御座います」
どんな手段でも最善とあれば直ちに行うあたり、アテンツァは性格もソレリーナに似ているな。叶うことなら二人を引き合わせてみて、似た者同士と意気投合するのか、それとも同族嫌悪で激しく嫌い合うのか、反応をするのか見てみたい。
そんな俺の心境はさておいて、決闘の相手は決まった。
俺は腰から剣を抜いて戦う準備を進めていると、アテンツァが声をかけてきた。
「ミリモス王子。フヴェツク様を殺さないで頂きたいのですが」
「敵であるこちらに対して、決闘相手を殺すなとは。随分と思い切ったお願いですね」
「異名をお持ちのミリモス王子ならば、この程度の芸当、お出来になりますでしょう?」
「フヴェツクさんの腕前によりますよ、そこは。ですが――」
うーん。アテンツァがソレリーナに似ているから、お願いを反故にし辛いんだよなぁ。
「――期待に沿えるように心掛けるとだけ、言っておきます」
「そのお言葉で十分でございます」
俺は困ったなと思いながら、少し距離を離して対峙したフヴェツクの構えを見る。綺麗な立ち姿で感心するけど、カミューホーホー乗りや捕虜にした兵士たちの構えは実戦に即して多少崩れているものだった。それらと比較して考えると、フヴェツクの構えは『お座敷剣法』のような臭いが強い。
これならアテンツァのお願いは叶えやすいなと考えていると、審判役のファミリスからキツイ眼差しがやってきた。余計なことを考えてないで、決闘に集中しろってことだろうな。
もちろん、俺はアテンツァのお願いのために自分の命を危険に晒す気はない。
むしろ、開始直後の一発で決着させる気、まんまんだ。
俺が構え直したのを見て納得したのか、ファミリスが決闘の宣言を始める。
「では。ノネッテ国ロッチャ地域領主、ミリモス・ノネッテ王子。そしてアンビトース国のフヴェツク・アンビトース王子の決闘を行う。ミリモス王子が勝利した際には、アンビトース国の兵士は一日間停止となる。フヴェツク王子が勝利した暁には、なにを望む?」
「我が兄、スペルビアードの蛮行はなかったものとしていただきたい」
「ミリモス王子。この要望を承知するか?」
スペルビアードの行動がなかったものになった場合、こちら側がアンビトース国を攻める理由が消えてしまう。それと同時に、俺とロッチャ地域の兵士たちがアンビトース国に侵入していることが新たな問題――逆侵攻の理由に早変わりする。
有効な一手に、スペルビアードの所為で見下げていたアンビトース王族のことを、少しだけ見直した。
「了承する。こちらが負けたら、スペルビアードの行動をなかったことにしていい」
「これにて、双方の取り決めはなった。では、両者――」
ファミリスの言葉を受けて、俺とフヴェツクは構えながら相手に注目する。
「――決闘、始め!」
ファミリスの号令が終わった直後に、俺は全力の神聖術で体を強化して、フヴェツクに跳びかかった。
十メートルは離れていた距離を、一瞬で肉薄した俺にフヴェツクは反応できていない。その意識の間断を突き、全力でフヴェツクの顔面を右から左へと殴りつける。
俺に殴られたフヴェツクが目がぐるりと白目になり、地面に横倒しになった。
完璧に失神しているフヴェツクの首に剣の切っ先を当てて、俺はファミリスに視線を向ける。するとすかさず決着の声があがった。
「それまで! ミリモス王子の勝利!」
ファミリスの宣言に、アンビトース王家の人たちは唖然としてから、未来を悲観して泣き始める。
そんな中、アテンツァだけは失神したフヴェツクに駆け寄り、その心臓が動いていることを確かめてから、安堵した様子になる。
「ミリモス王子。望みを聞いていただき、ありがとうございます。このご恩、いつか報いさせていただきます」
「やれそうだから、やっただけだよ。でも、いつかお礼をしてくれるってことは期待しておくとするよ」
そう言いながらも、俺は刃をアテンツァに向ける。
「さて、決闘でフヴェツクの命を惜しんだ貴女だ。不要な争いが起らないよう、いま降伏してくれるよね?」
「……私は死した王子の妻。何の権限もありません」
「そうかな? 君の言葉なら、アンビトース王家の人たちは従いそうな様子だけど?」
アンビトース王家の成人男性は兎も角、その他の女性や子供の多くは、アテンツァに縋るような目を向けているからね。
さてさてどうなるかなと見ていると、アテンツァは立ち上がって、俺を真っ直ぐに見てくる。
「家族の身の安全は保障してくださいますね?」
「丁重な扱いを約束します。まあ、騎士国の騎士様がいるんですから、アンビトース王家だけでなく街の人たちにだって無体を働けるはずがないでしょう?」
俺が冗談口調で後半を語ったところで、アテンツァは安心した様子で微笑んだ。
「それでは、次男のツィーデ様に降伏の宣言をしてくださいますよう、頼んでみます」
アテンツァは王族の一人に近づき、二、三言葉を掛けると、こちらに戻ってきた。
「降伏勧告を受け入れるそうです。そして同時に、敗戦の宣言を国全域に通達する約束もいたします」
「了解。じゃあまずは、この街からだね。ねえ、そこの兵士たち。そういうわけだから、戦争が終わったことを伝えて回ってくれないかな?」
俺が顔を向けると、城門を守っていた兵士たちが口惜しそうな顔で頷き、街の中へと走っていった。
さて、これで戦争は終わりだけど、敗戦が気に入らない民や兵士が問題を起こしたりするような一波乱なければいいな。