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閑話 アンビトース王家の面々

 儂はヴァゾーツ・アンビトース。アンビトース国の王である、


 そんな儂は年少の頃、この国に不満を持っておった。

 一国の王族に生まれは良しとしても、なぜ生誕の地が石と砂ばかりなのかと、昼と夜の寒暖差が激しいのかと、水を飲むのも耐えなければならない時期があるのかと、作物を作れる土地が限られているのかと、そして砂漠には魔物が大量にいるのかと。

 国境を接するロッチャ国は、あんなにも緑があり、山から川が流れ、平地いっぱいに麦が実るというのに。


 そう不満に思い続けていたが、歳を経るにしたがって、アンビトース国は砂漠にある国々の中では恵まれていることを知った。

 他の国では泉や湖を拠点に構えなければならないが、アンビトース国はロッチャ国から流れてくる川を利用できる。これは使える水の量に雲泥の差があった。他国では水が少ないために狩った魔物の肉と皮を売って麦を購入しなければならないが、アンビトース国では少量でも栽培が可能だった。

 砂漠には木々が少ないため、金属の精錬が難しい。そこで、金属加工に長けたロッチャ国から輸入する必要がある。アンビトース国は立地から、他の砂漠の国々の輸入の仲立ちをすることで利ザヤを稼ぎ、反友好的な国相手には流通を止めることも可能だった。そのため、砂漠の国の中で一番の発言力を持っていた。

 精錬した金属を手に入れやすいため、兵士や国民が持つ武器の質が良い。砂漠の魔物たちは驚異的だが、屈強な兵士と確かな武器があるお陰で、平和に日常を送れる。しかし他の砂漠の国では武器の質が悪くなりがちで、魔物相手に被害を受けることが多いようだった。


 砂漠の国の中では最高の立地でありながらも、ロッチャ国やその向こうにある平原や山の国よりかは厳しい立地。

 この環境が、歴代のアンビトース王家の者たちに優越感と劣等感を抱かせる源泉となる。そして劣等感をどうにかして消そうと、やっきになる傾向があった。


 ある王は、戦争の戦勝で劣等感を晴らそうとした。

 またある王は、金の力にモノを言わせて芸術品を集めることで、満足感を得ようとした。


 そして儂は劣等感を紛らわせる方法を、肉欲に求めるようになっていった。国中から美人を集めて嫁にし、儂が組み敷いて喘がせるのだ。

 類まれなる美貌が、儂の手によって与えられる快楽で歪み、ときに止めてほしいと懇願する姿は、儂の征服欲を満たして心が躍った。

 民たちも、儂のこの行為を好意的に受け入れた。

 確かに美人を無理やりに召し上げたときは反発があったが、戦費や芸術品を欲して重い税を課した過去の王に比べたら、儂の悪癖など可愛いものと判断したようだった。


 複数の妻たちと肉欲を満たす行為を重ねているため、儂には子供が沢山できた。

 五男七女。どれも、かわいい子供たちだ。

 儂は妻たちとの逢瀬を続けながらも、子供を育てる喜びによっても、劣等感を紛らわせるようになっていった。

 いっそ、子供たちを溺愛しているといってもいいほどであった。

 欲しいと言ったものは与えてやり、出来るだけ民の家庭と同じように子供たちとの時間も作った。

 そのお陰か、子供たちも儂になつき、王族ながらに幸せな家庭を構築することができたと自負していた。


 子供の中で、第一子であり長男でもあるスペルビアードは、儂の大のお気に入りだった。

 儂の子供の頃にそっくりということもあるが、女性の選別眼が儂と瓜二つであったことも理由である。


「僕の理想の女性は、母上たちです!」


 などと言い、母離れが他の子供たちより遅かったほど。

 儂は少し心配していたのだが、ある日を境に理想の女性が入れ替わったことで、心配は杞憂に変わる。


「父上。あの美しい少女はどなたでしょう」


 スペルビアードの目は、冬の晩餐会に現れた、ある少女に釘付けだった。


「あれは、山間の小国――ノネッテ国の第一姫、ソレリーナ・ノネッテ姫だな」

「ソレリーナ姫……。父上、僕はあの人を妻にしたく思います!」


 このときスペルビアードの顔は、母親が恋しい子供の顔から、恋を知った少年のものに変わっておった。

 それもそのはず。

 ソレリーナ姫は、類まれなる美少女であった。儂が少年であったのならば、迷いなく求婚するほどにだ。

 そのため、儂と性格が良く似たスペルビアードが懸想するのは当然と言えたのだが、相手が悪い。


「そうか。ううむ……」


 スペルビアードが懸想した相手が我が国の民であれば、儂の命令で妻にすることは可能であった。

 しかしソレリーナ姫は他国の人間。しかも、他国と物理的な繋がりが異様なほどに希薄な、ノネッテ国の王族である。

 こちらがいかなる好条件を出そうとも、ノネッテ国王は「ソレリーナが嫌なことは叶えられん」と拒否することが確実であった。


 儂が難しい顔をしているのを、スペルビアードは分かったようで、縋り付いてきた。


「ソレリーナ姫を、僕の妻にはできないのですか!?」


 子供の願いは叶えてやりたい。だが現実的には難しい。

 だからこそ儂は、少し狡い言い方をしてしまった。


「ノネッテ国の国王に、スペルビアードがソレリーナ姫との婚姻を望んでいると、通達は出そう」

「では!」

「逸るな、スペルビアード。逆に考えてみよ。他国の誰とも知らぬ姫が、お前に婚姻を求めてきた。お前はそれを易々と受けいれるか?」


 儂の言葉に、スペルビアードは気付いた表情になる。


「分かるな。いまのお前は、ソレリーナ姫にとって取るに足りない王子の一人。婚約を結ぼうと考えることもあるまい」

「で、では、どうしろと?」

「ソレリーナ姫に、お前との婚姻を結んでもいいと思わせるのだ。弁舌でもいい、金でもいい、権力でもいい、武力でもいい。自分の言葉と力でもって、ソレリーナ姫の心を掴むのだ」

「なるほど。分かりました! ではさっそく、ソレリーナ姫と会話をしてまいります!」


 スペルビアードは儂の元から離れ、ソレリーナ姫へと向かっていく。

 儂が先ほど言った言葉に、偽りはない。ソレリーナ姫がスペルビアードに惚れれば、ノネッテ国王は二人の婚姻を拒否しないという目算があったのだから。

 だが、まさかソレリーナ姫がその見た目とは裏腹に苛烈な性格で、スペルビアードが泣いて帰ってくるとは思わなかったのだがな。



 スペルビアードのソレリーナ姫への熱の入れようはすさまじく、スペルビアードの思い描く理想の美女がソレリーナ姫の容姿で固まってしまうほどだった。

 成人した王子として、性の手ほどきを学ばせるために娼婦を選ばせるとだ。


「顔立ちと目の形が、ソレリーナ姫に似ているので、この人で」


 などと言い出す始末なのだから、困ってしまった。

 そして王子なので婚約者がいないと格好がつかないので、儂が方々手を尽くしてソレリーナ姫と似通った娘を宛がったのだが――


「第一婦人はソレリーナ姫のために空けてある。第二婦人の婚約者としてなら迎え入れるが、それでもいいか?」


 ――などと、婚約を結ぼうという相手に平然と言い放ちおった。

 もっとも、このときの婚約者であり後の第二婦人は「面白い人」と受け入れてくれる度量があり、大助かりしたのだがな。



 もちろんスペルビアードはソレリーナ姫と顔を合わせる度に、気を引こうと頑張ってはいた。


「申し訳ありませんが、貴方に魅力を全く感じません」

「贈り物? この私が、宝石や金細工で靡く女だと、お思いなのですか? 山間にある小国の姫だからと甘く見られたものですね」

「なんですか、その空寒い詩は。愛心を告げる詩にしては、装飾が過多に過ぎます。教師に習ったままに作るのではなく、もっと自分の心に素直に表現なさっては?」


 取り付く島もないとはこのこと。

 スペルビアードの試みは全て失敗に終わり、ソレリーナ姫を微笑させることすらできない有り様だった。

 思わず儂は、スペルビアードを諭してしまった。


「ソレリーナ姫のことは諦めよ。美姫となった彼女を見てわかるであろう。あれはもうすでに女王の気品を持っておる。どんな王子であっても、横に立つと霞んでしまう存在だ」


 そんな儂の言葉に、スペルビアードは逆に奮起したようだった。


「いいえ、父上。何事も困難が大きいほど、手に入れた際の喜びは大きいもの。ソレリーナ姫がああして苦言を呈してくれるのは、我に期待してくれていることの裏返し。ここで諦めてしまっては、男が廃るというものです」


 恋心に目を曇らせたスペルビアードは気付いていない。

 ソレリーナ姫がスペルビアードを見る目は、すっかりと麦に集る虫を見つけたような目つきであることに。これから先、どんな努力をしようと、変わった虫程度の評価が最上であろうことをだ。

 この残酷な事実を、儂は愛すべき子であるスペルビアードに伝えられなかった。

 そのことが、後に大変な事態になるとは知らずにだ。



 ソレリーナ姫に振り向いてもらうべく、スペルビアードは知恵と武力を熱心に身につけていった。同時に、民たちの生活の向上と、兵士たちの教練にも尽力を始める。


「ソレリーナ姫が妻になった際、民の暮らしぶりを見て落胆して欲しくはないのですよ」


 そんな動機は兎も角として、このままいけば儂を越えるどころか、歴代でも有数な賢王になる。儂の身内贔屓の考えではなく、民たちや兵士たちも頼もしい次期王という認識が広がっていた。

 このままの日常が続けばいいと思っていたが、ある日に受けた知らせの内容について、儂は沈痛な気持ちでスペルビアードに告げねばならなかった。


「ソレリーナ姫が、結婚する」

「なんと! 俺との婚姻を了承してくれたのですか!」

「残念だが、違う。結婚相手は、ドゥエレファ・アナローギという人物だ」


 自分を差し置いて、他の男がソレリーナ姫と結婚するという事実に、スペルビアードは歯ぎしりしていた。


「……聞いたことのない名前ですが、どこの国の王族ですか?」

「隣国のスポザート国の人物だ。しかも王族ではなく、役人だそうだ」

「役人!? では、王族が市井に下ると!? ノネッテ国は姫を金で売り飛ばしでもしたのですか!」

「いや、これはソレリーナ姫の望みだそうだ。ドゥエレファに恋に落ちたからと。彼と一緒に慣れないのならば、剣で喉を突いて死ぬとまで言ったそうだ」

「なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 スペルビアードは慟哭した。自分が長年かけても手に入れられなかったソレリーナ姫の心を、ある王族でもない男が奪い取った事実に。


「なぜだ、なぜえええええええええええ!」


 受け入れがたい事実を知った日から、スペルビアードは荒れ始めた。

 辛い現実を忘れるために、浴びるほどに酒を飲み、酔った状態で第二婦人になってくれた女性をソレリーナ姫の代わりとして抱く。そして、どうにかソレリーナ姫を手に入れられないかと、夢想の類の謀略を企み始める。


「スポザート国を打ち負かし、賠償金としてソレリーナ姫をいただく。役人の妻だ。スポザートの王は喜んで受け入れる――いやいや。これはダメだ。無理に手に入れようとすれば、誇り高いソレリーナ姫は自刃してしまうに違いない。どうにか平和裏に俺の手元に留め置き、改心させるように仕向けなければ」


 その異様な様子は、スペルビアードにつけた世話役から報告としてきたが、儂にはどうすることもできない。

 いまのスペルビアードは、アンビトース王家の者が抱き続ける劣等感が極大まで発揮されている状態。これを改善させるには、ソレリーナ姫を手に入れるか、諦めるしか方法がない。

 だがスペルビアードは、決してあきらめはするまい。しかしソレリーナ姫はスポザート国に入て以降、国外には出てこないため、手の出しようもない。

 このまま、何事もなく日が経ち、スペルビアードの劣等感が薄まるのを待つしかないのだ。



 こうして儂が問題を先延ばしにしていたツケを、払うときがやってきてしまった。

 まずはソレリーナ姫が、ノネッテ国へと向かったという知らせがきた。

 スペルビアードは捕まえようと兵を差し向けたが、ソレリーナ姫は強行軍の果てにノネッテ国ロッチャ地域へと入ってしまい、手を出せなくなってしまった。

 もう少しのところで逃がしてしまったという事実に、とうとうスペルビアードの理性が崩壊したようだった。


「こうならば、仕込みを発動させるまで!」


 儂は事態の後から知ったことだが、ソレリーナ姫がノネッテ国に帰郷する際に捕獲できるようにと、ノネッテ本国へ通じる唯一の商業路があるロッチャ地域のカンパラ地方という場所の豪族に金を握らせていたらしい。

 あとはソレリーナ姫が罠にかかるのを待つばかりとスペルビアードは考えていたようだが、そう上手くはいかなかった。

 儂に報告がきたのだ。


「ロッチャ地域、カンパラ地方で謀反か。噂のノネッテの猿王子、統治手段はさほどでもない――いや、即座に鎮圧してのけたのか。ふむっ、武将としては優秀ということか」


 儂の呟きに、スペルビアードの様子を報告に来ていた世話役が反応した。


「その報告は、真実でございましょうか?」

「もちろん本当だが、どうした?」

「いえ。スペルビアード様の妄想のような企みの中に、その地方のことがありまして」

「もしや、他国の情勢を操作したのか!?」

「い、いえ。私が知っているのは、数年前からその地方にいる者に金を握らせて、ソレリーナ姫が帰郷する際に捕まえさせるよう要望していたというものでして」


 驚愕の事実に、儂はすぐに執務室を飛び出し、スペルビアードの部屋に向かう。

 だが、その中は空であった。


「スペルビアードはどこに行った!」


 儂の問いかけに、答えるものは誰もいなかった。それもそのはず。スペルビアードは、自分の息がかかったものを引き連れて、どこかへと行ってしまっていたのだ。

 それゆえに、スペルビアードがどんな企みを抱いていたのかを知ったのは、スペルビアードが死体となって戻ってきてからだった。



 スペルビアードが連れて行った兵士が一人、ノネッテ国からの使者として儂の前で書状を読み上げている。


「――以上の事実から、ノネッテ国ミリモス王子はスペルビアード王子を断罪し、死に処した。この結果となった非は、全てアンビトース国にあり。そのことは、当方に同行している騎士国の騎士も保証していることである。だが王族の暴走であるため、アンビトース国の国民には非はなしとも判断している。それゆえ、当方はアンビトース王家のみに正式な謝罪を要求する。この要求が不服とあれば、アンビトース王家は代表者を立て、自分――ミリモス・ノネッテに一騎打ちを挑むことを許容する。罪なき民をさらに苦しめる軍隊戦を選ぶ愚を犯さぬようにと、重ねて忠告申し上げる所存である」


 使者が読み上げた内容を、儂と家族たちは耳にいかほど入ったことだろうか。

 儂たちは一様に、頭と胸がぐちゃぐしゃに潰れたスペルビアードの死体と称するものに、目が釘付けになっていたのだから。


「……これは、本当にスペルビアードなのか?」


 思わず零した儂の呟きに、使者であった捕虜兵士が重々しく頷く。


「間違いございません。我が目の前で、スペルビアード様は『そう』おなりになりました」


 この返答に、儂だけでなく家族たちの顔色が朱色に染まる。もちろん怒りでだ。


「貴様! すぐ近くにいながら、スペルビアードを死なせたのか!」

「我が子を見殺しにしておいて、敵側の使者として参るなど、なんという恥知らずか!」

「お兄様は悪いことをしたかもしれないわ! でも、こんな有り様なんて、お可哀想よ!」

「黙っていないで、何とか言ったらどうだ!」


 儂たちの非難を受けて、使者として戻ってきた捕虜兵士は困った様子の後で、腹を括った顔つきになった。


「言えと言われたからには言いましょう。戦争というものは人が死ぬもので、指揮官とわかれば真っ先に狙われるものなのです。そしてスペルビアード様はご戦争を起こしになられた張本人。こうして死体を国に返してくださっていること自体、ミリモス王子の温情と言えましょう」

「貴様! 敵国の王子の肩を持つのか!」

「肩を持っているのではなく、単なる事実です」


 間違ったことは何一つ言っていないという捕虜兵士の態度に、儂の家族たちがさらに怒気を膨らませるが、儂が手を上げて制止した。

 だが、儂が上げた手も怒りで震えている。


「言い分はわかった。それで誰だ。誰が、スペルビアードをこんな風にした」

「ミリモス王子ですよ。ロッチャ地域に逃げ込んだスペルビアード様を討伐するために単騎駆けで追い、馬の足で踏みつぶしたのです」

「……そうか。それだけ知れれば良い」


 儂が手を振ると、その意味に謁見の間を守護していた兵士たちが狼狽える。

 儂が二度手を振ると、見間違いでないと理解した兵士たちが動き、ノネッテ国からの使者である捕虜兵士に槍を突きつけた。


「何を!? 私はノネッテ国の使者としてここにいるんですよ!」

「うるさい。貴様はスペルビアードを見殺しにした大罪人。他国の使者であろうと、知ったことではない!」


 儂が手を振り下ろすと、守護兵たちは意を決したように捕虜兵士を突き刺した。


「や、やはり。おまえたちは、暗愚だ」


 捕虜兵士は儂を睨みながら言い残し、こと切れた。

 その死体を見ても、儂の気持ちは収まらない。


「ええい。そやつの首を刎ねよ。そして、ミリモス王子とやらに送りつけてやれ。儂らは謝罪はせん、逆に報復を与えてやると、そう言葉を添えてな!」


 儂の命令に、守護兵たちは死体を引きずって持っていった。



 儂は戦争を続けるという返答を持たせた使者を送ってからも、胸の中にドロドロとした感情が渦巻いて仕方がなかった。

 この感情に覚えがある。これは劣等感だ。

 自分に似たスペルビアードが無残に死んだ姿を見て、儂は件のミリモス王子とやらに劣っているのだと錯覚してしまっているのだ。

 この感情を持て余し、つい酒に手が伸びそうになるが、ぐっと堪える。

 酒に逃げてしまうのは、スペルビアードの後追いをするように感じて、より劣等感が刺激されたからだ。

 イライラとした気持ちで、儂はノネッテ国との戦争を続けるための手を打っていく。こうすることこそが、スペルビアードの弔いになると信じて。


「各集落に伝令を送れ。ノネッテとの戦いで捕虜になった兵士が帰ってきたら、儂の元へ連れてくるようにと。そいつらはスペルビアードを見捨てた大罪人。下手に隠し立てすれば、その家族も同罪であると! 同時に、ノネッテの軍が見えたら、こちらに知らせを送るようにとも伝えよ!」

「「ハッ! 了解です!」」


 とりあえずは、これでよし。

 ノネッテ国は山間の国で、併合したロッチャは鉱山と平地の国だった。

 両者とも岩石地帯や砂漠の戦いには慣れていない。先に敵の位置を把握し、地の利が効いた場所で戦えば、少数であるこちらにも勝機はある。

 そう手ぐすねを引いて待っていた儂だが、数日後には衝撃の報告が飛び込んできた。


「外にノネッテの兵らしき者たちがいます! 大声でこちらを非難してきています!」


 伝令の言葉に、儂は慌てた。


「各集落から知らせはなかったはずだ! それに、こちらが使者を送ってからまだ数日。こんな短時間で、どうやってここまでやってきた!?」

「わかりません! ですが、対応が必要かと!」

「分かっている。ええい――市街にいる兵を集めて、敵兵らしき者たちがいる場所へ向かわせろ! 守護兵たちは王城の門を守らせるのだ! 相手の方が数が多いはず。いざとなったら、民たちの手も借りての市街戦で勝負をする!」

「了解です! 伝えてまいります!」


 伝令が駆けだし、儂は玉座に深々と座りなおす。


「いったい、なにがどうなっておるのだ。もしや、これは儂が寝て見ている夢ではないか?」


 現実離れした報告に、いま見ている景色が現実か疑いそうになるが、イヤイヤと首を横に振る。


「とにかく、家族だけは避難させねばならない。一番硬い部屋に連れて行くとしよう」


 儂は玉座を立ち、生活の場へと移動する。そして家族全員を集め、いない者がないことを確認すると、王城の一画へと向かった。

 王城の中央にある泉付近を通って近道しようとしたとき、城門のあたりが騒がしいことにきづいた。


「なんだ、あいつらは!?」

「くそっ。なんで壁の上を走っていられる!?」


 守護兵たちが発する、訳の分からない言葉。その異様な雰囲気に、家族の女性陣が怯える。


「な、なにが起きているの?」

「ね、ねえ。あれを見て!?」


 一人が示した方向を見ると、城壁の上に二人分の影が見えた。

 その影は、投身自殺をするように壁から飛び降り、そしてごく普通に着地し、当たり前のように歩き始める。

 その二人がこちらに近づいてくる度に、夕暮れに陰っていた姿がはっきりと見えてきた。 

 片方は、動き易そうな革鎧を着た年齢が十代半ばに至っていない少年。もう一方は、全身を白銀色の全身甲冑で覆った騎士――胸鎧にふくらみがあることから女騎士だろう。

 そして十代の少年が、こちらに笑顔を向けてきた。


「アンビトース王家の皆様とお見受けします。こんばんは。僕はミリモス・ノネッテ。スペルビアード王子の仇討ちをしたいとのことで、こちらから参上いたしました。さあ、一騎打ちで勝負をつけようじゃありませんか」


 衝撃の自己紹介に、儂は頭の中が真っ白になってしまった。

 なにせ目の前の少年は、スペルビアードを殺した張本人だと名乗ったのだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] コミックの続巻を待ちきれずこちらへ あっち読んでても思ったけど姉姫って ・血税で育ちながら、山間の小国なら切り札の一つになる筈の婚姻外交を無視して他国の民間人に輿入れ ・なのに出産にまた国の…
[気になる点] ソレリーナが役人と結婚した言ってるけど第2王子の心を射止めたとかいう紹介をされてたとのにおかしくない?
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