六十七話 首都ホーフスタ
岩石や砂ばかりの砂漠地帯を行軍して、五日が経過した。
もうアンビトース国の首都ホーフスタが視界に入る位置だ。
俺たちは砂の丘に寝そべりながら、そっとホーフスタを偵察する。日干し煉瓦造りの赤茶けた平屋の建物が密集して立ち並ぶ街並み。その中央部には、ひときわ大きな砦のような建物がある。
「あれがアンビトース国の王城か」
捕虜の話では、あの建物はドーナッツ状になっており、真ん中にある泉を守り固めているらしい。
よくよく観察すると、なるほど泉の水気が地面を伝っているのだろう、緑色の植物の葉が地面から生えている場所が城の周囲にあるな。
さて、いまからあの城を攻め落とし、アンビトース王族を捕らえるか殺してしまわないといけないのだけど――
「――これは厄介だな」
街に外壁はない。けど、王城の周囲に密集する家屋たちが、壁の役割を担っている。そしてその壁には、当たり前だが住民がいる。
ホーフスタは城下街。そこに住む人たちも、王族への愛着が強いと考えられる。仮に街の中に突っ込めば、住民たちが民兵と化して襲い掛かってくるはずだ。
こちらは百人。しかも移動を重視して、防具は最低限しかない。数で押されてしまえば、王城にたどり着く前に負けてしまうのは目に見えていた。
さてさて厄介な状況だが、やりようはある。
まずは、ここまで案内してくれた捕虜に、さらに話を聞かないといかない。
「砂漠の道行きだと、真昼に人は出歩かないって言っていたけど。首都の中でも、昼間の人通りは少ないのかな?」
「基本的に屋内に引っ込んでます。でも、建物の間に布を渡して影を作り、その下で世間話や盤勝負をしたりはします」
「つまり、王城までの通路にも人がいるわけだね」
「それは確実に。特に王城の周辺は――これは王族の人たちには内緒なのですが――井戸が掘ってありまして、そこに人が集まりますから」
「王城の中心に泉があるから、近くを掘れば井戸ができるわけだね。でも、水の利権は王族の特権なんじゃない?」
城で泉を囲うほどだ。人民の掌握に水の利権を使っていると予想がつく。
しかし砂漠の民は強かだった。
「大っぴらに井戸を作るわけにはいかないので、建物の中に作って隠しているんです。一見すると竈のようにしか見えないようにしてです」
偽装工作に感心しながらも、俺は攻め手に迷ってしまう。
「昼に人がいないのなら、その隙を突こうと思っていたんだけど。それは難しいか。なら夜は?」
「夜は街に灯が入り、人も活発に活動するので、通路を隠れ進むことはできません」
「人が寝静まる真夜中なら?」
「隣の家の寝息が聞こえてくるほど静かなので、外を歩く者がいたら人が起きてきます」
「ふむっ。上手くはいかないものだね」
奇襲を成功させるためには、どうにかして王城までたどり着く必要がある。でも、そのためには住民が邪魔になる。
ここまでの道中にやったように、集落の住民がアンビトース王家に協力しないよう手紙を出す手は、この首都では使えない。そんな真似をしたら、相手側から大勢で襲い掛かってくるに違いないからだ。
さて、昼でも夜でも百人で隠れ進むことは難しいと判明した。
それでもどうにかしないわけにはいかない。
俺は街並みを見ながら、どうするべきかを考えて、ある一つの結論に至る。
「これはまた、賭けになりそうだなぁ」
自分が思いついた策ではあるけど、また自分が困難な状況に行かねばならないことに嫌気が差してしまうのだった。
ここまで案内してくれた捕虜たちを、住民と同じ格好をさせてから、街へと向かわせる。
その後で日が落ち始めた夕暮れどきに、ホーフスタの郊外でロッチャの百人の部隊を展開させる。
始めるのは、全員で街へ向かって大声を放つことだ。
「アンビトース王家は恥を知れ! 嫁いだ女性を手籠めにせんとして、他国へ戦争を起こす無頼漢ども!」
「戦争になれば民に被害が出るからと穏便に済ませようと、汝らが猿王子と蔑むミリモス王子が使者を遣わしたというのに、その使者を殺し、そして暗殺者を差し向けるとは、なんたる厚顔無恥!」
百人が口々に罵声を飛ばす声に、街の人たちが「なんだなんだ」と見に郊外へ集まる。
そして人が集まれば、ホーフスタに駐留する兵士も動く。いわんや、自分の国の王族が罵倒されているとなればだ。
「貴様ら、ノネッテ国の兵士たちだな! ここまでどうやってやってきた!」
「黙れ! 悪漢たるアンビトース王家に仕える恥知らずめ! 道理を弁えない者たちに、天からの加護はない! 我々がこの場所に現れたことこそが、その証拠!」
「そちらこそ口を噤むがいい! 我らが敬愛する王家の方々を中傷する言葉、聞くに堪えん!」
ロッチャ軍が百人しかいないことに警戒しているのか、それとも言い合いに負けてはならないと考えているのか、もしくは先に街に潜入させた捕虜兵士たちが状況を操作してくれているのか。なににせよ、アンビトース国の兵士たちが言い合いに付き合ってくれている。
そうして双方が罵倒し合う姿を、街の住民たちは面白い見世物であるかのように観察している。
呑気なものだなと思いつつ、俺は横にいるファミリスに目を向ける。いま俺たちがいる場所は、ロッチャ軍が声を上げている場所から離れた、ホーフスタの外縁部の一軒の家の横。
「街は密集していて、道幅が狭い。屋根伝いに、一気に王城まで駆け抜けるよ」
「この程度の軽業、造作もありません。むしろミリモス王子が遅れないかが心配ですね」
「ふふん。山育ちの脚力を舐めないでほしいね」
お互いに言葉を交わした直後に、神聖術で体を強化。地面から飛び上がり、横の家の屋根に乗る。そして駆け出す。
神聖術の強化によって素晴らしい速度が出ているため、すぐに家の縁。ジャンプして跳び越え、隣の家の屋根。ハードル走のように、この一連の動作を連続して行う。
街の人の注目は、ロッチャ軍とアンビトース国の兵士に向けれている。屋根を走る者に注目する人は少ない。
逆にこちらは、眼下の通路の様子を観察する余裕がある。
「噂が噂を呼んで、声を上げるロッチャの部隊を見に行く人が増えているみたいだ」
「アンビトース王家が住民に動員を呼び掛けたという線もあります。急いだほうがいいでしょう」
「わかってる。でも、なるべく兵士に見つからないように足音を立てないようにしているから、ちょっと走る速さは抑え気味ににね」
「見つかって騒がれたのなら、倒してしまえばいいでしょうに」
「アンビトース王家に一騎打ちを挑むまで、体力は温存しておきたいんだけどなぁ」
「何を軟弱なことを。それでも私に鍛えられた生徒ですか」
「……いつの間にファミリスの生徒になったんだろうか」
そんな疑問を挟みつつ、俺たちは順調に王城へ続く屋根伝いの道を進んでいった。