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六話 帰国

 緩衝地帯の旅路は、中々に大変だ。

 主に、盗賊の相手をする機会が何度もある点がだ。

 木製の鳥を使って偵察して、避けたりもしたのだけど、道の具合で避けて通れない場所もあった。

 襲われる度に撃退してきたお陰で、俺はすっかり人を斬り殺しても、なんとも思えない存在になってしまった。


「慣れとは怖いね」


 俺が魔法で作った穴の中に死体を落とし入れながら呟くと、アレクテムから苦笑いがやってきた。


「人としては慣れぬ方が幸せでしょうが、ミリモス様は元帥ですからな。部下に死ねと言わねばならぬ現実の厳しさに慣れる必要があるのですから、悪漢を殺すぐらいは慣れてもらわねばなりませんぞ」

「うーん。元帥を引き受けたこと、早計だったかなぁ……」


 兵士の多くは見知った顔だ。

 その連中に死ねと命令することが、果たして俺にできるだろうか。

 そんな疑念を抱いていると、アレクテムが頭を撫でてきた。


「そうやって兵を大事に思える方だからこそ、我が王はミリモス様を元帥に置こうと考えたのでしょう。気負わず、己がままに成長なさればよろしいのですぞ」

「むぅ。そうやって子ども扱いするー。でもまあ、国に帰ったら兵法書とか読んでみることにするよ。上手く戦えるようになれば、兵士は死なないで済むしね」

「その意気ですぞ。さて、あともう少しでノネッテ国に入ることができるので、もうひと踏ん張りですぞ」


 アレクテムの先導についていきながら、山道をさらに旅路を半日続けた。

 山道を登り続けて尾根を越えると、見慣れた景色が見える場所に出た。


「はぁ。ようやく帰ってきた」


 思わずそう呟いてしまうと、アレクテムが笑顔を向けてくる。


「ミリモス様でも、故郷は恋しいものですかな?」

「それはまあ、生まれ育った場所だしね。料理が豆ばっかりなのは、ちょとだけイヤなんだけど」

「はっはっは。そういえばミリモス様は、豆料理が苦手なのでしたな」

「山間の国だから、豆と芋しか満足に育たないとはわかっているんだけどね」


 山間しか土地がないノネッテ国では、豆が主食として扱われ、様々な種類のものが栽培されている。それこそ雪が積もる冬も含めて、一年を通して何かしらの豆を食べることができるほどだ。

 前世にあった小豆や大豆、レンズ豆やインゲン豆、落花生やヒヨコ豆などに似たものもあれば、この世界独自の豆――例えばトカゲ豆と呼ばれる鱗に見える模様が表面にある豆もあったりする。

 そんな多種多様な豆を一つの鍋に入れて、山で取れた山菜や薬味、そして獣の肉と共に煮ていくのが、ノネッテ国の伝統料理だ。

 手軽に作れて栄養満点なので、国民に愛されている料理。

 だけど雪に閉ざされる冬になると毎日出てくるため、国民の多くが空腹に喘ぐよりかは万倍もマシだけど飽き飽きだ、と口に出してしまう料理でもある。

 しかし俺がこの料理が苦手な理由は、飽きからではない。

 色々な種類の豆を一緒に煮るので、煮崩れているものがあるのに皮が硬いままのものもあったり、淡白な味わいかと思えば甘さがある豆がきたりと、全体的に食感と味にまとまりがないのが原因だ。付け加えるなら、入れる豆によって煮込みの味が変わる点も、味の予想が立たなくて苦手だ。

 俺とは逆に、多くのノネッテ人にとっては、この食感の違いと豆の違いで味の変化が生まれることは、料理の利点として捉えられているのだから不思議だ。

 ちなみに芋は、そのまま茹でたり蒸かして食べもするけど、一度粉にして薄焼きパンにしたりもする。

 まあ、苦手な料理がありはすれど、十二年も暮らしてきた我が国だ。

 帰ってくれば、感慨を抱かずにはいられない。


「でも、こうしていつまでも山上から国の様子を見ているわけにもいかないよね。じゃあ、王城に向かって出発しようか」

「国に入ったといえど、城まではまだ数日の旅路ですぞ」

「わかっているって、アレムお爺ちゃん」

「わかっていれば良いんじゃよ、ミモ」


 背嚢を背負いなおして、俺たちは山を下り始める。

 ノネッテ国の内かつ人が通っている野道があるとはいえ、山の森には緩衝地帯と同じく野生動物や魔物が出る。気を抜かずに、残りの旅路を消化することにしよう。

 



 宿を泊まり渡り、そのどこでも苦手な豆料理で歓迎されながら、俺たちはようやく王城がある町に着いた。

 ここまでで止まった宿のある村とは、一回り活気がある。

 しかし、帝国領内で泊まった町に比べると、少し寂しさがあった。

 片や世界有数の大国の町と、片や田舎の小国の町では比較してもしかたがないだろう。

 俺はアレクテムを連れて王城――その勝手口へと向かう。

 門番が近づく俺たちに胡乱な目を向け、青銅製の槍を向けてきた。門兵の武器に鉄が使われていないのは、青銅の原料が山から採れるのと製造技術が低く済むこと、鉄に比べて手入れが楽という理由だ。


「貴様ら何者だ。王城になんの用だ」


 こちらを誰何する門番。

 確かに、背嚢に怪しい物品を入れた人物が、王城の勝手口に現れれば、この対応は頷ける。

 職務に忠実な様子に、俺は門番を真面目だなと評価した。

 しかしアレクテムは、額に青筋を浮かべて怒鳴り返す。


「貴様! 誰に向かって槍を向けておるか、理解しておるのだろうな!」


 ビリビリと空間を震わすほどの大声に、門番は条件反射で直立不動の体勢になった。

 そして怒鳴られ具合で、目の前にいる人物が誰か気付いたらしい。


「これほどの大声を――もしや、アレクテム殿でございましょうか?」

「間抜けな質問をするでないわ! ワシ以外の誰に見えるというのだ!」


 再び怒鳴られて、門番はすでに涙目だ。

 俺は可哀想に思い、アレクテムの肩を叩いて、怒鳴るのを止めさせることにした。


「旅路で薄汚れているんだから、こちらの正体がわからなくてもしょうがないよ」

「ミリモス様、それは甘い考えですぞ。ワシらがお忍びできた友好国の大使であった場合、門番の対応一つで国交が潰えることすらあるのですぞ」

「お忍びとはいえ、国の大使がやってくるのなら、門番に情報が行くはずだよ。もしなかったら、それは相手国の落ち度にできるでしょ」

「むぅ。それはそうですが……」


 俺がとりなしても、アレクテムは怒り足りない様子で門番を睨む。


「ミリモス様の手前、ここまでにしておこう。しかし、上官と王家の方の顔もわからぬのでは、門番として役に立たぬと心得ておけ!」

「はい! 申し訳ございません! 精進いたします!」


 手足に鉄棒を突っ込まれたかのように、真っ直ぐに気を付けをする門番の横を、アレクテムはのしのしと歩いて通った。

 俺も後に続きながら、こっそりと『ごめんね』という身振りを、門番にしておくことにする。

 しかしこの仕草を、アレクテムに見咎められてしまった。


「ミリモス様、余計な真似はせずに、先に進みますぞ!」

「すぐに行くから、そう大きな声を出さないでよ」


 俺は苦笑しながら、アレクテムの後ろについていく。

 帰城したら、まずは王であるチョレックス王に謁見するのが筋ではある。

 しかし謁見には時間がかかるものだから、帝国の装備を研究部へ持っていき、旅の汚れを落として着替えておこうかな。

 そうそう、パルベラ姫からもらった短剣も、旅の中で目立たないようにと施していた偽装を解いておかないと。

 モノは良さそうなので、普段から腰に下げておくことにしよっと。

 そんな風に予定を立てながら、見慣れた場内を歩いていくことにしたのだった。

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[気になる点] > ここまでで止まった宿のある村とは 泊まった、ですよね
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