六十五話 砂漠の民の気質
さて、勢い任せにスペルビアードを殺してしまったのは、冷静に考えるとちょっと拙いかもしれない。けど、ソレリーナの幸せを守るために必要だったと考えておこう。
「スペルビアード様の仇!」
生き残っていた十騎ほどのラクダチョウが、こちらに迫ってくる。
向こうから来てくれるのなら、戦い方は簡単に済む。なにせ、動きの激しいネロテオラでの乗馬戦闘をしなくていいのだから。
「ネロテオラ。ちょっと鞍を汚すよ」
そう断りを入れてから、俺は足に神聖術を全開にかけたままの状態で、鞍を踏んで跳ぶ。一直線に向かうのは、近づいてきていたラクダチョウの騎手の一人――俺が跳んで来ると思っていなかったのか、驚いている。
「てぇや!」
俺は掛け声と共に騎手の顔面を蹴りつけ、相手の首の骨を蹴り折る反動でまた別の騎手へと跳びかかる。
しかし、スペルビアードの護衛であり貴重そうなラクダチョウの騎手だけあって手練れらしく、混乱からの復帰は早かった。
「舐めるな!」
跳びかかる俺に向かって、槍を突き出してきた。こちらは空中にいるため、避けることはできない。
このままでは串刺しにされてしまう――なんてね。
相手が反撃してくるって予想を、俺が立てていないはずがないだろう。腕の神聖術を消し、魔力を魔導剣に伝え、刃に魔法を発現させる。
「よっと」
迫りくる槍の穂先を魔導剣で斬り飛ばし、振った勢いに逆らわずに体を横回転。剣跡は周回する軌道を描いて一回転した後、槍で攻撃してきた騎手の頭に当たり、斜めに両断する。
俺は頭を失った騎手の胴体に蹴りを入れて体の回転を止めると、ラクダチョウを踏んで跳び、次の標的へと襲い掛かる。
こちらの跳びかかりによる連続攻撃に、ラクダチョウ部隊は浮足立つ。
「距離を開けるんだ! 相手に滞空時間を作らせるんだ!」
「クソッ! ノネッテの猿王子って異名、何の冗談かと思ったが。この戦い方が理由――ガッ」
言われ慣れてきちゃっているけど、誰が猿か!
次から次に跳びかかる戦法から異名を付けるなら、八艘飛びの源義経の再来とかって、格好いい言葉で評してほしい。いやまあ、この世界の人が義経を知っているわけがないから、それに類する言葉で勘弁してあげるけどさ。
悶々とした気分をぶつけるように、ラクダチョウ部隊を次々に蹴りと斬撃で倒していく。
そうして、残りが遠巻きに退避していた二騎となったところで、相手側が武器を手放して両手を上げて降参のポーズを取った。
こちらが跳びかかる寸前に行動を起こしてくれたので、俺は地面に着地して二人に剣の先を向ける。
「降伏ってことで、いいのかな?」
「降伏する! うちは赤ん坊が生まれたばかりなんだ。こんな不名誉な戦いで死にたくない!」
「スペルビアード様が死ぬまで、馬鹿な真似に付き従った。義理立ては十分にやった!」
ふむっ。スペルビアードの暴走について、アンビトース国の兵士でも賛同できない人もいたわけか。
でも、賛同していた人たちが死んでから投降するだなんて、死んだ仲間を裏切るような真似なので、正直に言えば快くは思えない。
そう考えたところで、いやいやと首を横に振る。
誰だって死にたくはないのが普通だ。主君や仲間に義理立てして死出の旅の供をするなんて価値観は武士や騎士じゃあるまいし、持っているはずがなくて当然だよな。
「分かった。降伏を受け入れる。でも二人には、ロッチャの陣地まで来てもらうよ。そして、スペルビアードが暴走して戦端が開いたってことを証言してもらうことになるから」
俺が剣先を揺らしてラクダチョウから降りろと命じながら告げると、騎手の片方が複雑そうな表情になる。
「それは――仕方がないが、証言した内容をアンビトース国へ伝えても、無駄になると思う」
「無駄って、どうして?」
「そっちの国じゃどうかしらないが、砂漠にある国の民は家族間の絆が強い。身内が殺害された場合、必ずといっていいほど復讐という手段を取る。一応兵士が戦場で死んだ場合に限り、その家族は戦争の結果だからと納得することは多い。だが、王族はそこまで聞き分けが良いとは思えない」
証言の信憑性を裏付けるため、もう片方の騎手に質問する。
「今回のことは明らかにスペルビアードが悪いのだけど、それでも復讐を選ぶわけ?」
「スペルビアード様の考えなしっぷりを見ただろう。あれが矯正されずに許されるほどに、いまの王族連中は身内に甘いって悪評が立ってる。聖戦だのなんだと理由をつけて、あんたに復讐しようとするだろうさ」
アンビトース国の王族が、理屈でなくて感情で戦争を継続しようとする気質を持っているだなんて。
いや。砂漠の民は、武器の注文を事細かくしてきたりするほどに武器にこだわりを持ち、出来上がった武器に愛着を抱くと知っていた。なら、自分の親や子にそれ以上の執着を持っていてもおかしくないと予想は出来たか。
スペルビアードを殺してしまったことを悔いそうになるけど、奴の言動を思い出し、ソレリーナの幸せのためには死ぬべき人だったと再確認する。
「復讐しようとしてくるって点は理解した。いざとなったら、復讐にアンビトース国の兵士をつき合わせることは悪いから、一騎打ちに持ち込むよう働きかけるよ。ファミリス――騎士国の騎士の名前を出せば、相手だって応じるだろうしね」
波乱の予感にやれやれと肩をすくめていると、ラクダチョウの騎手二人が目を瞬かせたいた。
「……本当に、うちの兵士たちに配慮してくれるんで?」
「もし本気なら、うちらも一騎打ちに持ち込めるよう手伝うぞ」
「手伝うって、どうやって?」
「なにも強い絆があるのは、身内だけじゃない」
「兵士間の繋がりだって強固なんだ。砂漠の魔物と命がけで戦う仲だからな」
なるほどと理解しつつも、疑問が一つ。
「そう言っている割には、君たちは我が身可愛さから降伏しているんだけど?」
「……そうやって、痛いところを突かないでくれないか」
「家族の絆に比べたら、強固さに劣るのは事実だ。けど、それがむしろ懐柔工作では幸いするんだ」
「というと?」
「命がけの必要がない戦いでは、家族のために命を大事にするってことさ」
「猿王子――いやさ、ミリモス王子がうちの王族の復讐を一騎打ちで受ける気だと知れば、兵士たちだって王族が戦いの矢面に立つべきだと声を上げるようになるって寸法だな」
二人の話は納得いく部分があるけど――
「――絆を大事にするって言う割には、現実的というか、打算的というか、なんというか」
「それは仕方がない。砂漠という苦しい場所で生活するには、人と人が助け合わなきゃ暮らしていけない。だが、それだけで平穏に暮らせるほど優しい場所でもないんだ」
「川や湖の枯渇。突然の砂嵐。真昼の猛暑に夜中の冷気。寝所に入ってくる蠍や蛇。それらによって命を奪われたのが、自分じゃなかったと胸を撫でおろす日常がある。だから身内以外の被害には鈍感な部分があるのは事実だな」
つまり砂漠に住む民は『こういう人種だ!』とは一言では括れない気質の持ち主なようだ。
厄介な性質を持つ民族と敵対することになっちゃったなと嘆きつつ、騎手の二人と逃げずに残っていたラクダチョウたちを一まとめにしてから、俺はネロテオラと共にノネッテ国の陣地へ引き帰すことにしたのだった。