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六十二話 突発戦闘

 俺たちは自国の陣地まで逃げようとしているが、まだ距離がある。

 後ろを振り返ると、剣を振り上げて走ってくるアンビトース国の連中がいる。


「数が増えてきている。向こうの陣地から応援を呼んだな」


 見ている間に、アンビトース国側に新手が現れる。

 ダチョウを基にヒトコブラクダを足して割ったような動物。その背に乗った、騎馬兵だ。


「馬じゃなくて鳥っぽい動物だから、騎馬兵とは言わないんだろうけど」


 馬ではないとはいえ、野生動物の方が人間より足が速いのは当たり前の事実。このままでは逃げきれない。

 俺一人だけなら、神聖術で体を強化すれば逃げ切れるだろうけど、周りにはロッチャ地域から連れてきた文官と少数の護衛がいる。彼らを見捨てて一人だけ逃げる真似は、流石に後ろめたい。


「仕方ない――火種が火に、火は炎に、炎を球形へ。烈火の殻を纏い、内に破裂の風を孕み、飛べよ火球。エウスタウ・スペレリカ!」


 俺は殿に位置しながら、魔法の呪文を唱える。唱え終えて現れるのは、火の球の魔法。それをアンビトース国の連中がいる方へ、すぐに射出した。

 火の球が一人に着弾して爆発。大きな音と、爆炎、そして土煙が上がる。

 魔法の威力を見て、せめてあのラクダとダチョウを混ぜたような生き物――仮称でラクダチョウとする――だけでも、追ってくる足が鈍ればと期待した。

 しかしアンビトース国の連中は、俺の魔法で一網打尽にされないように、仲間内の距離を広くとって追いかけ続けてくる。加えて、動物は火や大きな音が苦手なはずなのに、ラクダチョウは驚いた様子もなく平然とこちらに迫ってきている。


「動物ですら、魔法の対処に慣れている!?」


 俺は驚いて上げた自分の声を聞き、その直後に相手が魔法に慣れている理由に思い至った。

 ロッチャ地域では、アンビトース国を始めとする砂漠地帯の国へオーダーメイドの武器を輸出している。その武器の使用用途は、砂漠の魔物を討伐するためのもの。そして魔物とは、魔法を使ってくる動物のこと。つまり魔物を討伐する連中が使用している乗騎だから、魔法の使ってくる相手の対処に長けているのも当然のことだった。


「一騎打ちをするかもしれない相手だから、戦力を甘く見ていてはいなかったつもりだけど……」


 でも俺が想定していたのは、会談場で交渉が決裂しての一騎打ちか、後日にお互いが部隊展開を整えての戦争だ。

 まさか会談の場所で、いきなり相手側全員から襲われるだなんて、予想外にもほどがあった。しかも開戦する理由が当初の川の汚染の賠償とは関係なく、アンビトース王家の長子がソレリーナという一人の女性を求めての暴走だなんて、どう予想しろって言うんだ!

 俺は不満を内心で抱えつつ、このままでは逃げきれないため、次の魔法の準備に入る。


「火種が火に、火は炎に、炎を蛇へ。烈火の鱗を纏い、消えぬ鈍火の舌を伸ばし、うねり進め火蛇。インゲィム・ヴィーカラ!」


 俺が後ろ手に掌を横なぎにすると、手の先から火炎放射器のように、魔法の炎が伸び出る。

 広く展開していた相手だが、目の前を炎の帯が通過する光景は流石に恐ろしいようで、接近する足が鈍ってくれた。ラクダチョウも羽根が燃えるのは嫌なようで、炎を避けるように走る方向を変えている。

 相手の追走体勢が崩れている間に、俺たちはさらに距離を空ける。

 火炎放射の魔法が有効とわかれば、陣地まで引き上げることはできるだろう。

 すると問題はその後で、どうアンビトース国の連中と戦うか、それとも撤退するかだ。



 追走劇は続き、いよいよロッチャ側の陣地付近へ。

 足の速いものが先に陣地に逃げ込んでいたのだろう、陣地に残していた護衛たちが全身甲冑装備で部隊展開している。

 その前には、鎧を着こんだファミリスが、兜を脇に抱えた状態で堂々と仁王立ちしていた。


「ファミリス! パルベラ姫は!?」


 俺が走りながら問いかけると、大声で返事がやってきた。


「ネロテオラに乗せてある! パルベラ姫様の安全は、心配しなくていいです! そして――いまは、不届き者を成敗することに注力するべき場面!」


 言葉の途中で騎士口調に変えたファミリスは、兜を頭に押し込むと、まるで部隊長であるかのようにロッチャの部隊に命令する。


「不当な理由で蛮行を行うアンビトース国は悪であると、神聖騎士国家の騎士ファミリス・テレスタジレッドが保証する。彼らを撃滅することは、正しい行いである! 各々は、奮闘し、敵を粉砕するように!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 ロッチャの部隊は打撃武器を携え、全身甲冑の重さに負けない力強い走りで、アンビトース国の連中へと突っ込んでいく。

 その道の途上にいる俺たちは、部隊が通る道を開けるべく、慌てて斜め前へと進行方向を変えて逃げ続ける。

 俺は、後ろでロッチャ部隊とアンビトース国の連中が衝突する音を聞きながら、陣地に逃げ入ろうとするが、途中でファミリスに止められた。


「ミリモス王子も、参戦しなさい。連中が陣地に入らないよう、私が目を光らせてあげますから」

「それは有り難くて涙が出そうだよ」


 陣地からの撤退する指揮を、俺と並んで逃げていた護衛に引き継がせつつ、腰から帝国製の魔導剣を引き抜く。

 この剣を見て、ファミリスは険が混ざった声を出す。


「ミリモス王子。私が手ずから神聖術の教導をしてあげているというのに、まだその剣を使っているのですか」

「現時点で最良の武器だからね。ファミリスから一本取れるほど神聖術が上手くなってから、手放すかどうか考えるよ」


 俺はそんな返事をしつつ、全身を神聖術で強化し、アンビトース国の連中へ襲い掛かった。



 ロッチャの部隊とアンビトース国の連中との戦闘は、意外なことに楽々と決着とはいかなかった。

 まず、アンビトース国側は当初から戦闘を見越していたのか、それとも文官も戦闘技術をもっているのか、ほぼ全員が戦闘に参加してきて人数が多いこと。

 続いて、アンビトース国の連中は連携が巧みで、常に多対一の状況を作り、ラクダチョウも有効に活用して攻撃してくること。

 そして、ロッチャ部隊は全身甲冑で抜群の防御力で生半可な攻撃は通じないのだけど、相手が鎧の隙間を狙って攻撃を仕掛けてくるので、徐々に戦いに及び腰になりつつあること。

 それらの要因が複合的に混ざり合い、戦いの長期化が起っていた。


 かく考える俺も、魔法なり神聖術なりで状況の打開をする手を打とうとするが、状況的に難しい。

 最初に数人を派手に蹴散らしたことで、要注意人物認定されて、常にラクダチョウに乗った五人がかりで攻撃を受けているからだ。

 いまも、突っ込んできたラクダチョウ乗りの一撃を受け流しつつ、次の攻撃に備えないといけない状況に陥っている。


「ミリモス王子は魔法の得手。十三歳の少年とは思わず、砂漠の魔物の幼体だと考えて油断するな! 囲んで波状攻撃! 体力を削ってから殺せ!」

「「おう!」」

「「キュケー!」」


 騎手の声に応じて、ラクダチョウも鳴き声を上げる。

 その息ピッタリな様子に、俺は厄介な連中と戦う羽目になってしまったと頭を抱えたくなった。


「そんなことをしても、意味がないからやらないけどね」


 減らず口を叩きつつ、状況の打開のために切り札を使うことにした。


 ドゥルバ将軍との一騎打ちの際、神聖術の行使と魔導剣の発動の両立が出来ずに苦戦する羽目になった。

 その苦戦からの教訓から、両立できないという欠点を長々と放置するほど、俺は間抜けじゃない。日々の訓練の中で両立できるよう、こっそりと練習していたのだ。

 神聖術を腕以外の部分に発動させ、手に存在する魔力を魔導剣に流すことは、すでに出来るようになっている。

 最終目標である魔法と神聖術の両立ができたら、訓練でファミリスを驚かす隠し玉に使いたかったんだけど、隠していられる状況じゃないよな。


 俺は深呼吸しながら、神聖術を腕の部分だけ消失させる。そして腕に流れる魔力を操作し、魔導剣に注いでいく。すると魔力を得た剣の刃に魔法が発現し、日が落ちて薄暗い中で剣身が怪しく光り出す。

 これで相手は警戒すると思いきや、構わず突っ込んできた。


「魔法現象など、コケ脅し!」


 流石は砂漠の魔物を狩る連中だ。魔導剣が光った理由を魔法だと理解しながら、いや理解したからこそ、攻撃の手を緩めることはしないのか。

 けど、こちらも気を抜いていたわけじゃない。

 俺は迫ってきたラクダチョウ乗りが槍を突き出してきたのに合わせ、魔導剣を勢いよく振り、相手の武器の先端を斬り飛ばす。

 武器が破壊されたことに相手が驚いている騎手へ、俺は剣を振り戻す――のは腕の神聖術を解いていて難しかったので、神聖術で強化した足で高く跳び上がっての蹴りを食らわせた。


「でやっ!」


 跳び蹴りした足に履いた靴を伝って、騎手の顎と首の骨が折れる感触がきた。

 その感触に気持ち悪いと反応する暇もなく、蹴った反動を利用して、別のラクダチョウ乗りへ跳びかかる。


「おりゃあ!」


 引き戻した腕を再び振るい、魔導剣で攻撃。

 相手は片手鍋の蓋ほどの大きさと厚みの小盾で防ごうとするが、俺はその盾ごと体を両断した。

 騎手が血を噴き出して崩れ落ちたことで、自由にになったラクダチョウ。その手綱を掴んで引き寄せることで、俺は他の面々からの盾に使う。

 やはり馬と同じくラクダチョウは貴重な戦略物資なのだろう、他三人の騎手たちの攻撃が鈍った。

 その隙に、俺は手綱を放し、盾にしていたラクダチョウの尻を強く手で叩いた。


「キュケー!」


 俺の狙い通りに痛みに驚いてか、それともそう行動するよう訓練されていたのか、どちらにせよラクダチョウは走りだす。

 ここで、三人のラクダチョウ乗りの反応が分かれる。

 二人は逃げるラクダチョウに視線を向け、一人はラクダチョウとは反対方向に走った俺に目を向けていた。

 俺は、こちらを見続ける一人を標的にするべく、走る向きを変える。


「はあぁ!」


 気合を込めて剣を突き出す。

 狙われた騎手は、盾は役に立たないと先ほど仲間が死んだ光景で理解したはずなのに、訓練で染みついた動きを再現するようにして盾で防ごうとした。

 当然、俺の突き出した魔導剣は盾を貫き、騎手の胸元へ刃が突き入る。

 確実に急所を捕らえた手応えの通りに、刺された騎手は口から血を吐きながらラクダチョウより落下した。


 残り二人を片付けてから、ロッチャの部隊の援護に回ろうとしたところで、俺の横をラクダチョウ十騎の部隊が駆け抜けていった。

 その先頭にいるのは、この争いの発端となったスペルビアードだ。


「続け、続け! ソレリーナ姫をこの手に!」


 スペルビアードの号令に、戦場にいたラクダチョウ乗りたちが戦闘を止めて、彼を追いかけ始める。

 俺とロッチャの部隊の何名かが追いかけようとするが、アンビトース国の徒歩兵の連中に止められてしまう。

 俺一人で追うことは可能だったけど、俺はロッチャの部隊の指揮を取って、アンビトース国の連中を無力化する方が良策と判断。アンビトース国の勢力はラクダチョウ乗りたちが消えたことで戦力が減衰したこともあり、俺はロッチャの部隊と連携して相手を素早く無力化していく。

 そうこうしている間に、スペルビアードを始めとして二十騎近くのラクダチョウ乗りたちに、ロッチャ地域へ侵入を許してしまった。いまではもう距離が離れていて、連中の後ろ姿は豆粒ほどの大きさにしか見えない。

 しかし逃がして、身重のソレリーナに迷惑をかけるわけにはいかない。


「俺が追う! 馬はあるか!」


 俺が陣地に戻りながら大声で問いかけると、護衛の一人が大慌てで馬を一頭引っ張ってきた。


「ミリモス王子。連れてきました! ですが――」


 言葉を濁す彼の気持ちは、馬を見てすぐに分かった。


「そうだった。人員を素早く移動させるために馬車を使ってきたから、馬車用の馬しかいないんだった」


 馬車用の馬とは、大荷物を引くため力強く、そして長距離を並足で移動できる体力もある。その二つの利点の代償として、脚が極端に遅い。馬車用の馬が全速力で走っても、俺が神聖術をかけてランニングすると追い抜いてしまうほどだ。

 つまりは、逃げるラクダチョウを追う役目には、不適当だった。


「走って追いかけるしかないか」


 長距離走を覚悟して、身軽になるべく服を脱ごうとしていると、横に誰かが来た。

 顔を向けると、真っ黒な巨馬の胴体。ネロテオラだ。

 視線をさらに上向かせると、手綱を握るパルベラ姫の姿がある。


「ミリモスくん。追いかけるのでしょう。ネロテオラに乗ってくだい」


 俺は降りようとするパルベラ姫を手助けして、地面に着地させる。


「ありがたいけど、いいの?」

「ファミリスには、私が説明します。それにネロテオラも、不届き者たちを追いかけたい様子ですから」


 ネロテオラの目を見ると、厳つい黒瞳が俺に乗れと言っているように見えた。


「そういうことなら、ありがたく使わせて――いや、助けてもらうとするよ」


 俺はネロテオラの肩を撫でてから、鞍に飛び乗った。

 そして手綱を掴んだ瞬間、こちらが指示を出していないのに、ネロテオラは急に駆け出した。


「ヒイイィィィィン!」

「おわわわわわわわ!」


 まるで背中に乗ることは許したが、騎手としては認めてないと言わんばかりの行動に、俺は慌てて落ちないようにする。

 その後で、やはりネロテオラは騎士国の騎士が操るに相応しい良馬だと実感する。

 なにせ秒毎に、先に逃げるラクダチョウ乗りたちの背中が、確実に近づいてきているのだから。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] コレ、他国の騎士が領主で未成年を前線に突撃させていると言うとんでもないことやってんだけど。 ヤベェ奴じゃん。 というか、主人公おかしいと思いなさいよ。
2023/08/19 19:47 通りすがり
[気になる点] ×戦力を甘く見ていてはいなかったつもりだけど ○戦力を甘く見てはいなかったつもりだけど
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