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六十一話 交渉再開

 呼ばれて交渉場所に戻ってみると、アンビトース国の側に新たな人物が現れていた。

 見た目の年齢は三十歳ほど。浅黒い肌の顔には整えられた髭があり、茶色の目をしている。服装はやはり、前世で言う中央アジア系――ターバン風の帽子とゆったりした衣服だ。

 俺とパルベラ姫とファミリスが『誰?』って顔をすると、向こう側から自己紹介をしてくれた。


「我が名は、スペルビアード・アンビトース。アンビトース国の王が長子だ! 今より、この交渉に参加させてもらう!」


 王族とは思っていたけど、まさか長子が出てくるとはな。

 いままで代表を務めていた人はというと、後ろに控えるような立ち位置にいる。どうやら、スペルビアードがここからの交渉相手のようだ。

 ここで、ファミリスがこちらに目配せをしてくる。向こうが提案する代表の変更を、こちらが飲むかどうかの確認だろう。

 交渉相手が変わろうと、こちらとしてはやるべきことは変わらないので、頷いて許可を出す。


「それでは、ノネッテ国の王子にしてロッチャ地域の領主であるミリモス・ノネッテ王子と、アンビトース国が王子スペルビアード・アンビトースは、交渉を再開しなさい」


 ファミリスの宣言すると、早速スペルビアードが仕掛けてきた。


「先ほどまでの交渉で、川の水を飲んでくれるそうだな。では、この場で飲んでもらおうか」


 スペルビアードの手によってテーブルの上に置かれたのは、木製の鳥で見ていた、あの川の水が入った壺だった。

 俺はそれを受け取ると、中を見てみる。

 素焼きの壺の底や内壁に、毒が仕込まれた様子がないかの確認だ。壺に水を注いで以後は、水に細工した様子がなかったのは、木製の鳥でみていた。もし毒薬を仕込むとしたら、底や内壁にあらかじめ塗っておくしかない。そして塗っていた場合は、素焼きの壺の地肌との違いが見えるはず。

 結果、俺の目には何かを仕込まれた様子は見当たらなかった。


 こうして俺が確認している様子を見てか、スペルビアードは勝ち誇ったような顔をしてきた。


「どうした。怖気づいたのか。飲めると言ったものを飲めぬとあれば、どう責任を取ってくれるのか楽しみだ」


 こっちが何かを言う前に調子に乗ったことを言ってくるだなんて、早合点にもほどがあるだろうに。

 俺はスペルビアードにニッコリと微笑んでみせた。


「なにやら情報の行き違いがあったようなので、ちゃんと訂正しておきます。僕は『汲んできた川の水を煮沸消毒したら飲んでみせる』と言ったのです。こちらにある水は、湯冷ましされた水には見えませんが?」


 こちらの斬り返しが意外だったような様子で、スペルビアードは後ろに控えている人物――アンビトース国の前の交渉代表に確認する。そして俺の言葉が正しいと知ると、その人物の頭を平手打ちにした。

 パーンと良い音がした後で、スペルビアードはこちらに手を伸ばす。


「いますぐに沸かしてやろう。こちらに壺を寄こせ」


 ここで渡して、水を湯にしている間に毒を入れられてはたまらないので、俺は手を突き出して拒否の姿勢を取る。


「必要ありません。ここで沸かせばいいだけですので」

「この場に、水を湯に出来るほどの火はないぞ」

「ええ。ですから、僕が沸かしますよ」


 俺は右の人差し指を立てると、呪文を唱え始める。


「火花は火種に。火種は炎へ。温かき火よ、現れろ。パル・ニス」


 点火の魔法が顕現し、俺の人差し指の先に、不完全燃焼したバーナーのような、赤く短い帯状の火が現れる。

 こちらが魔法を使ったことに、アンビトース国側は驚いている様子だけど、俺は彼らを無視して火を灯した人差し指を壺の水面へ付けた。

 指の先から出ていた火が水面下に没するけど、魔法の火はついたまま。こうして消えない火によって水が温められ、やがて水面から湯気が出始め、時間を置いて沸騰しだした。

 これで十分。俺は右手をひっこめつつ、魔力の供給を止めて、点火の魔法を消す。


「あちちっ。跳ねたお湯が手にかかっちゃったよ」


 なんてお道化つつ、俺は沸騰した湯の臭いを嗅ぐ。

 蒸気の臭いは、その水が安全かどうかの指標になる。水から立ち上る泥臭さ、青臭さ、腐敗臭などが、温められてハッキリとわかるようになるからだ。

 臭いで異常を感じたら飲むなっていうのは、ノネッテ国で教わった兵士の訓練でもやったこと。でも、臭いに問題はない。

 沸騰が落ち着き、湯の対流で揺れる水面にも、油のような変な輝きはみえない。

 あとは湯を口に含んでみて、危なそうな味がしなければ問題はないだろう。

 俺は触れられるほどに壺の中にある湯が冷えるのを待ってから、手ですくって水を口に入れる。湯に触れた肌がひりつく感じも、変な味もしない。

 この交渉で相手側が川の水質を問題点にすると思って、徹底的に調べ、飲んでも直ちに問題がないと理解していても、飲み込むことに少しだけ緊張する。

 俺はその緊張ごと湯を飲み込んだことで、ごくり、と交渉の場に嚥下の音を響かせてしまった。


 気恥ずかしさを感じつつも、一度飲んでしまえば後は楽なもの。

 再び壺の中に手を突っ込み、ぬるい湯をすくって飲む。


「こちらが調べた通り、川の水に毒は入っていません。時間を置いて毒が顕現する可能性がありますが――水を飲んだ僕の経過観察でもしますか?」


 観察を選ぶと、俺が毒で倒れるまで交戦理由が消えるため、戦争を起こすことが出来なくなるけどね。

 さてこれで、こちらは川の水が無害だと証明し、戦争を回避するための手段も打った。

 相手側の次の主張はなにかなと待ちの姿勢でいると、スペルビアードが話の流れに関係のない発言をしてきた。


「そちらの国にソレリーナ姫がいるのだろう。こちらに返してもらおうか」


 川の水質の問題から一転してソレリーナの話題になり、話を聞いていたファミリスやパルベラ姫が首を傾げる。

 同じように、俺も疑問に思った。


「言っている意味がわかりませんし、そんな義理も理由ありませんね。そもそも、ソレリーナ姉上はスポザート国のとある次男の方に嫁いだのであって、アンビトース国とは一切関係がありませんので」


 俺が素っ気なく言うと、スペルビアードが激昂して机に拳を振り下ろしてきた。


「関係がないはずがないだろう! ソレリーナ姫は、我が嫁となるはずの女性であったのだぞ!」


 俺は昔の記憶を引っ張りだして思い返してみるが、ソレリーナが誰かの許嫁だったと聞いた覚えはない。


「なにか、勘違いしてはいませんか?」

「貴様! ソレリーナ姫の弟でありながら、知らぬというのか! ええい、ソレリーナ姫をここに連れてこい! そうすればハッキリする!」


 話の流れが変――というか一変してしまっている気がする。

 いや、もしかして。川の水質のことは最初から嘘で、俺をこの場に呼び、芋づる式にソレリーナも呼び寄せようとしていたとか?

 いやいや、まさか。スペルビアードの思惑はよくわからないけど、ソレリーナが絶世の美女だとしても、女性一人のために自国を危険に晒すような真似はしない――はずだよな……。

 スペルビアードの必死にソレリーナを求める表情を見ると、国の代表は国のために交渉するという当たり前のことが出来ているようには感じられない。

 なんか、嫌な予感がしてきたぞ。

 カンパラ地方の反乱は、アンビトース国の関与があるんじゃないかとは考えていた。でも、なんで『ノネッテ国への道を持つ地方』で反乱させたのかと疑問に思っていた。どうせ反乱を起こすなら、アンビトース国の介入がしやすいように国境近くの地方でいいはずだからだ。

 でも反乱に乗じて、スペルビアードの息がかかった連中がノネッテ本国へ向かうソレリーナ姉上を捕まえる気だったのだとしたら、辻褄が合う。ノネッテ本国とロッチャ地域を繋ぐトンネルは開通したばかり。アンビトース国が情報を入手しているとは考え辛いしね。

 ここまでの思考に、イヤイヤまさか、という気持ちを得つつも、俺は交渉を破滅させるボタンに手を触れる心構えで返事することにした。


「ソレリーナ姉上はお産のために、ノネッテ本国に向かいました。出産し、産後の肥立ちが落ち着き、赤子の首が座って移動ができるようになるまで、どこへも移動させることはできません」

「故郷に帰るだけだと思っていたのに、お産だと!」

「ええ。愛する人との子供をお産みになられるのですよ、ソレリーナ姉上は」


 俺の言葉の直後、スペルビアードは唖然、呆然、そして激怒と表情を変化させる。


「ソレリーナ姫を連れ戻しに行く! 邪魔する者は、全て敵だ!」


 スペルビアードが唐突に宣言すると、アンビトース国側の人員は諦めに似た表情になった直後、命を捨てる覚悟をした顔に変わった。


「ここに戦前交渉は決裂した! 宣戦布告が適応される!」

「さあ、進め! ソレリーナ姫を手中に収めるのだ!」


 アンビトース国側の人たちが大声を上げると、会談会場の外でも呼応して大声が上がった。武器を打ち鳴らす音も聞こえてくる。

 一気に戦争状態になっていく交渉会場周辺の様子に、俺は状況を判断して逃げる準備を始めなければならないと決めた。


「ファミリス! パルベラ姫と先に!」

「言われなくても、脱出させていただきます。パルベラ姫様の安全が第一ですので」

「ミリモスくん。無事に逃げてきて――」


 パルベラ姫は言葉の途中で、ファミリスに抱えられて連れていかれてしまう。

 俺もロッチャ地域から連れてきた人員を急いでまとめて、護衛が待つ自陣まで逃げることにした。

 すると、俺たちの背中を追いかけてくるかのように、アンビトース国の人員が武器を振り上げた状態で突っ込んでくる。


「くそっ。本気で女性一人を手に入れるために、国家間戦争を起こすだなんて!」


 信じられないと愚痴を言いつつ、この事態をどう対処するべきか頭を悩ませながら、逃げるしかなかったのだった。


いままで――チュートリアル編では、ノネッテ国と戦争をした相手国は、その国が利益を得る最善の手段として戦争を仕掛けてきました。

しかし今回のアンビトース国は、王子の恋心の暴走が原因という、しょうもない戦争理由です。


この物語の執筆のために現実の戦争で始まった原因を調べてみたのですけど、意外と取るに足りない理由だったりして、調べてみて楽しかったです。

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バカ王子のアホ行動に付きあわされる周りはたまったもんじゃねーな(呆)
これぞまさしく傾国の美女ってやつ?www
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