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五十九話 賠償交渉

 アンビトース国との交渉の場は、相手側の土地とロッチャ地域との境で行われることになった。

 俺はパルベラ姫とファミリス、そして文官と護衛たちを連れて、会談場所に向かった。ホネスは、ノネッテ本国へ向かうソレリーナについていかせた。本国の王都からロッチャ地域の首都までの道を知る、数少ない人員の一人だからだ。


 さて交渉の進行役は、俺がロッチャとの停戦会談を行った時のように、パルベラ姫とファミリスが行う。騎士国は中立であるという認識は、アンビトース国も持っているようで、異議はでなかった。


「では、両者。交渉を開始しなさい」


 ファミリスの宣言に、口火を切ったのはアンビトース国の代表だった。


「まずは、こちらの言い分から述べさせていただく!」


 俺の対面で、交渉のテーブルについているのは、四十代の男性。髪と目の色は黒寄りの茶色。日に焼けた浅黒い肌の顔には、彫り入れたような深いほうれい線と、それを覆い隠さんばかりの豊かな髭。服装は前世の中央アジアにも似た、ターバン風の帽子と白くゆったりとした着物を身に着けていた。

 そんな人物が、目を血走らせながら、口角に泡を吹く勢いで喋ってくる。


「貴国から我が国に流れてくる河川に、毒が含まれている! その毒の所為で、我が国の民に健康被害が起っている! どう責任を取る気だ!」


 これが単なる言い争いレベルの話なら、こちらが一度謝ってから、建設的な交渉に入るべきだろう。

 けど、これは国家間の話だ。

 容易く謝ったり、事実を簡単に認めたり、こちらの要望をあっさりと明かすのは得策じゃない。それに俺には、旧ロッチャ国との交渉で良いように話を運ばれて、領地を押し付けらてしまった前科があるしね。


「それは言いがかりなのでは?」


 とりあえずとぼけてみせると、アンビトース国の代表の顔が、恐らく怒りでだろう、真っ赤になった。


「現に国民に被害が出ているのだぞ! それを言いがかりなどと!!」

「貴方の国の民が病気になられた。それはとても痛ましいことです。ですが、その病気と河川との因果関係を明かしてくださらないことには、こちらは何とも言えませんが?」

「貴国から流れてくる川の水を飲んだ民が、病気になっていると言っているだろう!」

「それがどうかしましたか? 川の水をそのまま飲めば病気になることがあるのは普通でしょう。病気になった人は、ちゃんと煮沸してから飲んだんですか? それに、毒だ毒だと言っていますが、なんの毒か特定は済んでいるんですか? そして、その毒がロッチャ地域から出ているものだと、証明する手段はおありで?」


 質問を重ねて言っていくと、アンビトース国の代表は視線を俺から外し、進行役であるファミリスに向けた。


「正しい行いを標榜する騎士国の騎士様! この者の心ない言葉を見過ごしてよろしいのですか!」


 おっと、ズルい手に出たな。

 確かに、騎士国の人物に求めれば、助けてくれる可能性はあるだろう。傍目から見たら、アンビトース国は毒を盛られた被害者で、俺の方は毒を流した加害者なのだから。

 しかしアンビトース国の代表は勘違いしている。

 騎士国が掲げる『正しい行い』とやらは、被害者ぶれば無条件に助けてくれるほど都合のいいものじゃない。そのことを俺は、ここまでの付き合いで理解していた。


「ミリモス王子はなにも間違ったことは言っていませんね。むしろ証拠が乏しいので、アンビトース国の側が言いがかりをつけているようにしか見えません」


 ファミリスの断じる言葉に、アンビトース国の代表は唖然としていた。


「騎士国の騎士ともあろうお方が、毒を流した側の方を持つと!?」

「失礼な。私は中立の立場で物を言っています。どちらの肩を持ったりもしていません」

「であるなら――」

「アンビトース国の言い分は理解しました。ですので、その言い分を補強するための証拠を出しなさい。証拠がないのならば、それは言いがかりと判断するほかありません」


 ピシャリ、とファミリスが言い切った。

 アンビトース国の代表は当てが外れた様子で唸っているけど、俺の方もちょっと驚いていた。騎士国の正しい行いの基準をぼんやりと理解していたとはいえ、ファミリスがまともっぽいことを言っているって事実にだ。

 ファミリスって、なにかあれば力で解決するようなイメージがあったけど、判断基準を守る思考能力はちゃんと備わっていたらしい。って、これは失礼な考えだったかな。

 さて、相手側の主張が切れたところで、こちらが準備してきた証拠を出すとするか。


「アンビトース国の代表は、河川に毒が含まれていて、その川の水を飲んだ人は病気になる。そう言っていましたが、それは少し変ですね」

「なにを! こちらが嘘を言っているとでも言いたいのか!」

「まさしくその通り。貴方が問題に出した河川流域に住む、ロッチャ地域内の住民の健康調査を前に行ったんですよ。結果、毒物による健康被害らしき症例は一つも見当たりませんでした」


 俺が証拠として出したのは、領主になってから実施していた各地の健康調査の報告書の写し。

 アンビトース国の代表は、俺から書類をひったくるようにして手に取ると、内容に目を走らせていく。

 そして、公害らしい兆候がないと結ばれている終わりを見て、書類をテーブルの上に叩きつけた。


「こんなもの、デタラメだ!」

「出鱈目というからには、反証する証拠を出していただかないと」

「間違いなく川に毒が入っているんだ! 自分の国の不利になるような文言を、報告書から消したんだろう!」

「そんな『悪い』ことはしませんよ。それに、ロッチャ地域で健康被害が出ているのなら、同じ土地で暮らす騎士国のお二人の耳に入らないはずがないでしょう。そして、そのような情報を聞けば、僕が何を言おうと、救いの手を差し伸べに行くはずでしょう」


 俺が水を向けると、ファミリスが力強く頷き、パルベラ姫は微笑みを浮かべる。


「その通り。私たちはミリモス王子の配下ではない。もし彼の失政で民が害されていると知れば、対処を確実に行う」

「そちらの報告書、わたくしどもも読んだことがあります。そして実際、この目で見て、病気になっている人がいないことは確認してあります」


 パルベラ姫が言ったのは、ノネッテ国からロッチャ地域の中央都へ行くまでの旅路で見た、各地の様子のことだろうな。

 事実、ファミリスの愛馬ネロテオラが拒否した水を、村人たちは平気で飲んでいたし、健康の被害は現れていなかったものな。

 ともあれ、パルベラ姫とファミリスが『報告書は真実である』と保証してくれたことで、こちらとしてはやりやすくなった。

 ここで調子に乗って、この二人をあてにした交渉を行うことはしない。旧ロッチャ国と会談したときように、こちらの不利に働くこともあるので、扱いに注意しなきゃいけないしね。

 着実に、相手の主張を潰しにいくことにしよう。


「さて、こちら側は証拠を提出しました。そちら側は『毒が入っている』と言い張るだけですか?」

「ぐぬぬっ……。はっ、そうだ! 件の川の水を汲んで、飲んでもらおうか! 毒がないのなら、飲めるはずだ!」

「構いませんよ。報告を信じていますので。ただし、川で汲んだばかりの水を、煮沸して冷ました後で良いのでしたら、ですが」


 俺が条件を付けると、相手側は鬼の首を取ったような勝ち誇った態度になる。


「いま、沸かさなければならない理由があると白状したな! やはり毒が入っているのだろう!」

「いやいや。生水をそのまま飲んだら、お腹を壊すのは常識とさっきも言ったでしょう。といいますか、貴方が主張している毒物は、煮沸したら消える類のものなのですか?」

「知らん! だがそちらは、そうだと知っているのだろう!」

「ですからね。報告書で示したように、貴方の主張は間違っていると言っているんですよ」


 話が通じない。このままじゃ、平行線のまま会談が終わり、戦争に突入しかねない。

 ロッチャ地域は復興の最中にあるから、戦争が回避できるのなら、それに越したことはない。

 ここは、相手側へ助け舟を出すしかないかな。


「貴方が言う、病気になった人たちのことを、もっと詳しく調べて、報告書という形で持ってきたらどうです。そうすれば、ちゃんとした証拠になりますから」

「騎士国の騎士として、ミリモス王子の提案を支持します。いまのままでは、そちらが言いがかりで宣戦布告を行ったと判断せざるを得ませんので」


 ファミリスの追撃に、アンビトース国の代表が苦虫を噛み潰したかのような酷い表情になる。


「ええい、待っておれ! 問題にしている川の水を汲んできてやる!」


 どたどたと足音を立てて、アンビトース国の代表とそのお付きが出ていった。

 彼らが去る姿を見てから、俺はファミリスに顔を向ける。


「これは、交渉再開まで休憩ってことでいいのかな?」

「そうするしかないでしょう。むしろ再開は明日にしていいのではないかと。どう思います、パルベラ姫様」

「明日に再開するように、アンビトース国側に伝えておきましょう。それに、あの人たちがちゃんと川の水をもってくるのか、持ってくる間に毒を入れないかの監視も必要ですね」


 パルベラ姫の真っ当な主張に、俺は驚きつつも、自分たちの陣地に引き上げることにしたのだった。

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