五十八話 宣戦布告
反乱鎮圧の知らせの直後に、宣戦布告が来た。
「送り主は、ロッチャ地域に隣接する『アンビトース国』かぁ」
ロッチャ地域から見たら、砂漠地帯の入り口付近に広がる国土を持つ国で、砂漠化されていない土地もあるために、砂漠に存在する国々の中では国力がある。
「宣戦理由は、ロッチャ地域がアンビトース国へ毒を流して、アンビトース国の人民を病苦に陥れたことに対する義挙である、ってことだけど」
鉱毒が流れてしまった川の下流に、アンビトース国があるため、立地から考えると打倒な理由ではある。
けどそれは旧ロッチャ国の政策の失敗であって、いまの領主である俺の失態ではない。
帝国にしていた借金のように、この事態も俺のツケということになってしまっているのだろうか。これは確認が必要な点だな。
一方で、反乱がおきた直後に宣戦布告だなんて、タイミングが良過ぎるんだよなぁ。
「これは、アンビトース国の工作があったってことかもな」
呟きつつ、領地統治の難しさに、ため息を吐く。
そして、ロッチャ地域の経営陣を集めて、会議を行うことにした。
さて、本来ならすぐに戦争準備に動くべき俺が、こうして会議室で話し合いの席を設けているのには、ちゃんと理由がある。
それは、アンビトース国からの宣戦布告には、戦前交渉の申し入れも書かれていたからだ。
「その交渉の場で十分な賠償を払ってくれるのなら、戦争をしないでおいてやる。ってことだけど……」
実際に書かれていある文章は、もっと装飾が多いものだけど、要約するとこうなる。
俺の身も蓋のない要約に、ロッチャ地域の運営陣から失笑が漏れた。
「彼の国は、川を持ち、耕作可能な土地もあるためか、砂漠にある国々の中で最も強欲な国ですからな。ミリモス王子の統治は一年目。治安はまだ乱れていると見て、つけ込みに来たのでしょう」
「内憂を抱えたまま他国と戦争状態に入るほど、怖いものはありません。普通なら、多少の金品を支払ってでも、戦争は回避したくなるもの」
運営陣の説明に、なるほどとうなずく。
前線で兵士を展開させている後ろで、国民に反乱されたんじゃ、勝てるものも勝てなくなるからなぁ。
「その考えなら、いまの状況は、アンビトース国にとって予想外だろうね」
「カンパラ地方に起こった反乱は、瞬く間に終息してしまいましたからなあ。そして各地に燻っていた反乱の火種も、この一件が噂になったことで、一気に下火になっておるようですし」
そう。この世界でも、口コミの威力はすさまじいものがあったのだ。
カンパラ地方の反乱を武力制圧し、首謀者を踏み絵に使った行動が、各地に素早く流布されたのだ。
もちろん、人の口から口に流れたものなので、話に尾びれや背びれや胸びれがつき放題。この中央都にまで流れてきた噂なんか、反乱が起る前に首謀者が逮捕されて、カンパラ地方にいる全国民に強制して、首謀者を棒で殴らせて見せしめにした、というものだった。
これでも改変が酷いが、これがもう少し離れた場所だと、それこそ俺の行動が悪鬼羅刹の所業のようになっているらしい。
そんな中で唯一の救いが、俺の近辺に騎士国の騎士様がいるという事実。
騎士様ことファミリスがいるからこそ、流れている噂ほどに大したことはやっていないって認識が広がっているし、仮に噂が本当のことだと思ったとしても『残虐な行為こそが正しい行い』であったと考えてくれているらしい。
俺の評価の助けになってくれているので、後でファミリスに甘味の一つでもプレゼントしておこう。厳しい騎士様といえど女性だからか、甘いお菓子が好きなんだよね。パルベラ姫がソレリーナとお茶会を開くと、ファミリスがこそこそっと二人より多い数のお菓子を口に運んでいたし。
おっと、思考が逸れた。
「ロッチャ地域で反乱の芽が無くなりつつあるいまでも、アンビトース国は宣戦布告を継続するかな?」
俺の質問に、運営陣が渋い顔をする。
「普通の国であれば、責任者の首を切って宣戦布告は間違いだったとするべき場面でしょうが……」
「彼の国は自尊心が高いのですよ。自ら進んで撤回はしないでしょうから、開戦に打ってでるでしょうね」
「自国の見栄のために、兵や民を危険に晒すっていうの? 本末転倒してない?」
俺が眉をひそめると、運営陣に苦笑いが広がった。
「ミリモス王子の認識の方が、正しい国家運営者なのですが。多くの国ではそうではないのですよ」
「王や統治者は、自分の懐が豊かになることを追い求めるものです。その下に育つ者も、得てしてそのような人物になるもの」
「歴史書とかでよく見る、民は王を富ませるために存在する作物である、ってやつだね」
正直言って、民が国に感心を寄せる事柄は、上に立つ人物ではなく、治める税率だけ。ノネッテ国で兵士として活動し、害獣駆除なので村々に滞在した経験から、俺はそれを良く知っている。
そんなどうでもいい人間によって、人々の暮らしが左右されるなんて、俺には我慢がならない。
って、いまでは俺が、その統治者の一人なんだよなぁ。
こういった考えが出るあたり、まだまだ俺の統治者としての感性は青臭いんだろうか。
「アンビトース国が開戦を自分から避けないという理由は分かったよ。それで、こちらは賠償に応じるべきなのかな?」
「砂漠の国の兵士たちは、魔物狩りをする強者という評判。とはいえ、こちらの方は数で優っている上に、鉄の鎧があります。こちらが確勝できる」
「ロッチャが国であったとき、何度か防衛戦争をした記録がありますが、数を揃えての軍隊戦ではこちらが全て勝利しておりますな」
「負けた記録は、一騎打ちのときのみ。この情報は、アンビトース国も知っているでしょうから、戦前交渉がまとまらなければ、その場で一騎打ちを申し込んでくる可能性があるといったところですな」
こうして、アンビトース国の行動予測が出たところで、対応策を考えていく。
「アンビトース国の兵は少数でも強者ということは、戦前交渉に向かわせるのはドゥルバ将軍が適任かな」
腕に括り付ける盾と剣を装備を得たドゥルバ将軍は、両手を失う以前と遜色のない戦いっぷりを発揮できている。むしろ、不慣れな武器を扱う訓練を行ったことで、以前より身動きが鋭くなった様子すらあった。
だから、仮に一騎打ちになっても勝てるだろうし、軍隊戦になったらその指揮能力が生きてくる。
俺がドゥルバ将軍に任せようという気になっていると、運営陣がおずおずと提案してきた。
「あのー、ミリモス王子が行ってはくれませんか?」
「交渉に同行するって意味――じゃなくて、俺が一騎打ちを受けたり、兵士たちの指揮を取れって意味だよね? どうして?」
俺が不思議そうに言うと、運営陣がお互いに肘で突き合いを始める。その後で、一人がひどく申し訳なさそうな態度で説明してくれた。
「それはその、ミリモス王子は騎士国の騎士から戦いの薫陶を受けているそうですので、ドゥルバ将軍よりお強いのではないかなと。事実、先の戦争では一騎打ちで将軍を倒しておりますし」
「俺なんて、ファミリスが手加減してくれなきゃ、一撃で倒されるような実力だよ。前の戦争で勝てたのだって、ドゥルバ将軍が進軍続きで疲れてたし、この見た目で不意を打てたからだと思う。運が良かったんだよ」
俺が自己評価を偽りなく告げると、経営陣が再び肘の肘のつつき合いを始める。
「押し付けてないで、感じたことをそのまま言ってくれていいよ。で、なに?」
埒が明かないので、少し強めに言うと、経営陣が口々に俺への評価を告げてきた。
「ミリモス王子と騎士様との訓練を見ていた兵士が、『訓練で死にたくないから、あそこに参加しない』と言っていたもので」
「ドゥルバ将軍が、一騎打ちでミリモス王子を倒せる存在は稀有だろうと評価していたので」
「先の戦争で先遣隊に参加していた友人が、猿王子は悪辣な魔法の使い手だから気を付けろと――ああ、その友人が言っていたことですので、ので!!」
恐怖で顔を青ざめさせている一人に気にしてないと身振りしつつ、俺ってそんな風に思われているんだなって認識を改めた。
「つまり皆は、ドゥルバ将軍が出張るよりも、俺が交渉の場にいってくれた方が安心できるわけだね」
「それはもう。いま話がでた戦闘力のことだけでなく、帝国の一等執政官と五分に渡りあう胆力と弁舌は、他の者に任せるには惜しい能力でありましょう」
「それにここは国ではなく、ノネッテ国の領地の一つです。領軍の長であるドゥルバ将軍を出すよりも、王家の王子であり領主でもあるミリモス王子の方が、人物の格という意味でも適任かと!」
そう言われてしまうと、俺が出ざるを得ないか。
「でも、俺が出るってことは、監視役である騎士国の二人もついてくるってことだよ。騎士国とはいえ、他国に戦争の口出しをされる可能性は考えなくていいの?」
ファミリスのお陰で、俺はロッチャ地域を治めることになってしまっているのだ。アンビトース国との交渉に連れて行ったら、どんな事態が巻き起こるかわかったもんじゃないんだけど。
そんな俺の心配は、運営陣には通じなかった。
「むしろ、それは好都合というものです」
「騎士国のお二方が目を光らせてくださるのなら、アンビトース国が分不相応の要求を出したら却下してくださいますからな!」
「……あの二人がいなくなるとして、ソレリーナ姉上の接待は誰が行うんだよ」
「そこは心配いりません! つい先ほど、坑道の先にあるノネッテ国の街道の整備が終わったと、知らせが来ました。ソレリーナ様には、兵士の護衛を付けてノネッテ本国へお送りいたします!」
「俺、聞いてないんだけど?」
「申し訳ありません。この会議に参加する廊下の途上で、知らせを受け取り、会議が終わった後でお渡ししようとしていたもので。これが、その報告書です」
差し出された書類には、確かに『ノネッテ国の街道、完成。ソレリーナ・アナローギの受け入れ、及び、出産のための準備が完了』と、ノネッテ国からの知らせが書かれてあったのだった。
地図です
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