閑話 反乱鎮圧
自分――ドゥルバ・アダトムは、ミリモス王子に要請されて、将軍職に返り咲くことになった。
手首から先の手を失って戦闘ができないのにと要請を断ろうとしたのだが、そうは許してくれなかったのだ。
「戦闘できないのが問題なら、両手がなくても武器を扱えるようにすればいいんだよ」
笑いながら仰ったミリモス王子は、自身が抱える研究開発室で、武器を作ってくださった。
形としては、肘から手首までの鎧の部分に、丸盾や剣をくっつけられるようにしたもの。
多少扱いにクセはあるが、慣れてしまえば、武器や盾の握りを気にする必要がないぶん、扱いやすいように思えた。
こうして戦う力が手に入って、将軍職を降りる理由が消えてからは、精力的に軍務につくことにした。
原動力は、旧ロッチャ国の旧運営陣の蛮行と自分の戦下手により、ロッチャが国名ではなくなった罪滅ぼしである。
そんな自分に、ミリモス王子は次々に無茶振りをしてくる。
「兵士の協同訓練と、素早い部隊展開のために、兵士たちで街道を整備してもらうから。この作業の中で盗賊を見つけたら、各自で殲滅しておいて」
「武器や道具の輸出を開始したんだけど、輸送する商人たちの護衛を兵士でやってよ。移動訓練になって一石二鳥でしょ」
「税率を徹底するよう通知したら、とある豪族が利権を保持しようと躍起になっているそうだから、ちょっと脅し付けに――説得にいってきて。騎士国の人たちも、利権を努めて保持しようとする姿勢は良く思っていないって、伝えてくれればいいからさ」
「騎士国の騎士様との訓練、俺一人だけでやるのはもったいないし、兵士で参加する人はいないかな? いない? じゃあ仕方がないか」
領主となられてからの百日間で、あれこれと政策を思いついて実行するものだと、呆れと感心の念を抱く。
そんな中で、最近に命じられたものがある。
「反乱の芽が育ちつつある感じがあるから、各地の兵士に注意を呼び掛けておいて。反乱がおきた場合は、鎮圧までの流れを手引書として配布するから、その通りに行ってよ」
ミリモス王子の懸念を、自分は心の中で笑っていた。
ミリモス王子は、たしかに色々と改革を急ぎ過ぎて、各所に軋轢を生んでいた。
しかし、その改革案には、正しい行いを標榜している騎士国の人間が監視としてついていた。その騎士国の人物が処断しないということは、すなわちミリモス王子の改革の正しさが証明されているということでもある。
それにも関わらず反乱を起こすということは、その反乱者たちは騎士国の正しさを信じていないということに繋がるのだ。
騎士国の存在を侮るような愚かな真似をする人間が、この土地に存在するはずがない。
そう思っていた。
武装蜂起の急報がくるまでは。
カンパラ地方にて武装蜂起の知らせに、自分は歯噛みした。
「ミリモス王子の統治半年で武力による反乱を起こすなど、馬鹿者が」
ミリモス王子は、ちゃんと民の言葉に耳を傾けてくれる領主だ。
陳情という形で困っている窮状を訴えていたのなら、どんな内容であれ一考はしてくれたはずなのだ。
しかし反乱という明確な敵対行為となると、甘い顔をしてはいられないのが領主という存在でもある。
事実、ミリモス王子は反乱者が出ることを見越して手引書を配り、兵士たちに順守するよう徹底させてきた。
「手引書に従い、我らも反乱の鎮圧に向かう。都の守りに千を残し、二千を引き連れていくぞ」
「「了解です! ドゥルバ将軍!」」
自分たちは整備された街道を進み、カンパラ地方――自分が侵攻に使った坑道が開通する前まで、ノネッテ国との唯一の商業路だった山がある土地の周辺の地域へと向かった。
着いてみて、自分は唖然とした。
反乱がすでに、現地部隊で制圧済みだったからだ。
「これはどういうことだ?」
自分の問いかけに、現地部隊の隊長がでてきた。
ノネッテ国へ侵攻する際に、先遣部隊の隊長を任じていた者だった。
「久しいな。貴様をここに送ったのは、ミリモス王子の命令か?」
「その通りです。新しい領主様が直々に「あなたの部隊が制圧した山なのだから、周辺になじみがあるはずです」って、任地を決めてくださったんですよ」
あの王子ならやりかねないと笑った後で、反乱の詳しい経緯を聞くことにした。
「まずは現状報告からいきます。反乱が起ったと知らせを受け、暴動の拡散を防ぐために現地近くの部隊――つまり我々が完全装備で鎮圧に乗り出しました。相手は素人とはいえ、人数差があるので、苦戦を覚悟していたんですがね……」
「その苦笑いの表情を見るに、そうはならなかったと?」
「鎧と盾で身を固めて長尺武器を振り回すこちらが、豪族に味方する武門の一派を勢い任せに一掃したところ、反乱者たちは早々に戦意喪失しちゃったんですよ。勝てるわけがないって」
全身に鉄の鎧を纏った兵を倒すことは、豪族の武門ならできなくはないが、粗末な武器しか使えない反乱者たちでは難しい。
その事実を前に、抵抗を諦めてしまっても仕方がないな。
ノネッテ国との戦争では発揮できなかったが、鉄壁の防御力と長尺武器の攻撃力の合わせ技は、相手の戦意を挫くには十分だからな。
「それで、鎮圧後はどうした」
「反乱の首謀者とその一族を拘束して、砦の檻にぶち込んであります。いやぁ、ロッチャ国との境だからって一応作ってあった砦が活躍するなんて、出来てから初めてって話ですよ」
調べてみると、その首謀者はこの土地を治めていた豪族だそうだ。
ミリモス王子の政策で不当に収集していた税は取り上げられた。坑道の開通でより安全にノネッテ国と行き来できる道が出来て、ノネッテ国からくる人から得る通行税は入らなくなった。
着実に没落の道を辿る中で、起死回生の策として反乱を企てたそうだ。
「それで、首謀者一族以外は?」
「手引書に従って、個別に事情聴取を行い、反乱に扇動されただけの者は帰しましたよ。キッチリと『踏み絵』を行わせた後で、ですけどね。豪族と繋がっていた者、踏み絵が出来なかったものは牢屋の住民です」
「それでは首謀者は……」
「ボロボロですよ。踏み絵に使われて――多数の人に殴られたり、蹴られたり、石を投げられたりしましたから」
「それがミリモス王子からの提案だったが、効果はあったように見えたか?」
「覿面ですよ。普通は反乱者を殺したところで、その家族に不満が残るもの。一族皆殺しにしても、その近隣住民に恐怖が残るものなんですけどね。自分たちの手でボロボロにした首謀者を見て、ああはなりたくないって思ったそうで。すっかり大人しくなってます」
「帰した者たちには、ミリモス王子への反抗心は残ってないと?」
「形として奴らは、我が身可愛さで主導者を裏切ったようなものですからね。一度保身に思考が傾くと、従順になるものなんでしょう」
隊長が語る反乱者たちの気持ちが良く分からないが、とにかく反乱は早期鎮火されたとみて間違いないようだ。
「この後は、首謀者一族を裁判にかけ、法に照らして処罰するのだな」
「豪族の当主とその妻は斬首。その子供の内、いい年をしているヤツは国から追放。幼い方は再教育の後に、兵士として雇用される運びになるでしょうね」
「……反乱の首謀者は一族皆殺しが、旧ロッチャの法だったのだがな」
「ノネッテの法だそうですよ。首謀者とその配偶者が罪を被ることで、その子供まで死を与えることはないそうです。まあ、ノネッテ国は元がメンダシウム国の反乱者が作った国ですからね。こういう手の人間に温情をかけるんでしょうよ」
「おい。言葉が過ぎるぞ」
「おっと、こいつはいけない。聞かなかったことにしててくださいよ。この程度の悪口、あの猿王子は気にしたりしないでしょうけどね」
ミリモス王子を侮っているというよりかは、その人柄を知り抜いているからこその発言のように感じた。
事実、この隊長が言った言葉をそのまま伝えたところで、ミリモス王子は「事実ですからね」と怒りもしないだろうが。
「しかし。到着前に反乱が終わってしまうなど、我々が出張ってきた意味がないな」
「そーでもないですよ。何か悪いことをしようとすると、兵士の大軍が素早く現れるってことが、これで証明できたってわけですからね。各地の豪族で耳が良かったりする連中は、これで反乱を企てようだなんて思わなくなるでしょうよ」
「詳しいな。そのあたりの出身か?」
「ある豪族に仕える武門の出ですよ。その豪族の子息がイヤな奴だってんで、出奔した身ですがね」
その下地があればこそ、自分が先遣隊の隊長に任じるほどの実力が育ったわけか。
人に歴史ありだな。
「では来て早々だが、我々は撤収するとするか。あとのことは任せる」
「了解。派手に裁判をやってやるとしますよ」
そう言って別れようとしたところで、こちらに早馬が走ってきたのが見えた。
「ドゥルバ将軍! ドゥルバ将軍はどこにいます!」
「こちらだ! どうかしたのか!」
自分が手を上げて呼び寄せると、早馬から伝令が急いで降り、手の書状をこちらに寄こしてきた。
「ミリモス王子からの速達です」
書状を受け取り、中を確認すると、頭が痛くなりそうなことが書かれていた。
「反乱が終わったと思ったら、次はロッチャ地域に隣接する砂漠にある国からの宣戦布告か」
「そいつはまた。これでミリモス王子は二年連続、三回目の戦争ですか。戦乱の相があるんでしょうかね」
「反乱が起るほどに治安が安定していない国があらば、領地を攻め取る好機である。というものが、戦略の定石ではあるのだがなぁ」
自分は肩をすくめつつも、これは一刻も早く戻らなければいけないと、兵を纏めて引き上げる準備に入るのだった。