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五十七話 認識違い

書き溜め作業に集中していたら、うっかり予約投稿してあった分の日数が過ぎてしまっていました。

続きを楽しみに待っていてくださった方々、大変申し訳ありませんでした。

 パルベラ姫とファミリスがソレリーナの相手役になってくれている関係で、それ以前と変わった点がある。

 まずは、俺の執務室にソレリーナの座る椅子が用意されたこと。子供がいるお腹に負担がかからないよう、森林地帯にある国から輸入された揺り椅子だ。

 最近のソレリーナは、その椅子に座りながら赤ん坊用の衣服を作りつつ、パルベラ姫たちと談笑することが日課になっている。


 その他に変わった点はというと、俺とファミリスの訓練風景だろう。

 以前は、俺とファミリスだけで、神聖術を用いて剣と体術の修行をしていた。

 ハッキリ言って、自己流で神聖術を発現した俺と、神聖術の本家本元である騎士国で騎士になっているファミリスとでは、実力差がありすぎる。俺が全力で神聖術を使っても、ファミリスにとっては鼻歌混じりに一蹴されてしまうほどだ。

 ともあれ、二人だけの訓練だったのだけど、ソレリーナはその訓練の風景を見たいと言い出し、パルベラ姫もこれ幸いと見学をするようになった。


「うりゃああああああ!」


 俺が木剣を構えながら突進する。

 対するファミリスは、明らかに手加減している手つきで木剣を振る。

 手加減しているにもかかわらず、神聖術を用いての剣激の鋭さは、命の危険を感じるほどだ。


「ぬぐっ!」


 ファミリスの攻撃を、俺は木剣で防ぐ。このとき、木剣全体を神聖術で覆うようにする。この方法も、領主となって以降の戦闘訓練の中で、ファミリスから教わったものだ。

 俺とファミリスの木剣同士がぶつかり合い、まるで巨石がぶつかり合ったような音が周囲に木霊する。

 攻撃を受けた衝撃で暴れる木剣を握って堪えていると、そこにファミリスの前蹴りが飛んで来た。


「ミリモス王子は軽量級戦士なのですから、足を止めてはいけないと言いましたよね?」

「わかっている――よッ!」


 腹をへこませ、腰を横にずらして、前蹴りを避ける。

 無理に体勢を変化させたことで、俺の構えは一見すると無防備に見えるほどに崩れている。

 ここにファミリスから攻撃が――こなかった。


「そんな見え見えの釣り餌に引っかかるほど、間抜けではありませんよ」


 体勢が崩れているように見せかけて、実は勢いよく斬り返せる余地を残していたのだけど、見抜かれていたらしい。


「ちぇっ。流石は騎士様だね!」


 体勢を戻して、攻撃を再開する。

 ファミリスは木剣で、楽々と打ち払い、手加減しつつも鋭い反撃。

 俺はその攻撃を防ぎつつ、襲ってきた衝撃に身を任せ、遠くまで体を弾き飛ばされることで距離を取った。

 これで仕切り直しという考えは、ファミリスには通用しない。


「身長が負けているミリモス王子の方から、距離を離してどうするのです。背の低い者が生き残る道は、常に長身者の身近だと教えたでしょう」


 ファミリスは指摘しながら、木剣を高々と上げ、そして勢いよく振り下ろす。

 普通なら当たるはずのない位置での攻撃だけど、俺は横に大きく跳んで避ける。領主になってからの百日間に、ファミリスとの訓練で何度もこの攻撃にやられているからだ。


「とやあッ!」


 地面を蹴って空中に跳び出ると、俺が居た場所を、不可視の『ナニカ』――神聖術による飛ぶ剣撃が通り過ぎる。

 避け終わってから、攻撃された場所を見ると、ファミリスから一直線に地面に線が引かれていた。これは訓練だから攻撃の痕を見えるようにしてくれているだけ。そもそも、この『飛ぶ攻撃』をするために剣を高々と上げる必要もないらしい。


「訓練するたびに、騎士国相手に戦争なんてするもんじゃない、って理解させられるよ。まったく」


 俺は愚痴りながら再びファミリスに挑む。

 こうして俺は訓練に必死だけど、この様子をパルベラ姫とソレリーナが談笑しながら見ている。


「ミリモスくんのこと、ファミリスも気に入っているようなのです。口では弱音を吐いているのに、行動には諦めがないって」

「昔っから、あの子は負けず嫌いだったもの。けれど、剣を振る姿をこうしてみるのは、私はこの領地に来てからなのよね」

「そうなのですか?」

「私がノネッテ国にいた頃、ミリモスの興味は魔法にあったのよ。剣を扱う姿なんて見たことなかったわ」

「ミリモスくんが魔法が上手なのは知っていましたけど、意外です」

「ミリモスは、意外性の塊よ。末弟だからって王子教育は受けてないのに、個人的に教師に教えてもらって、魔法がいつの間にか得意になっていたでしょ。魔法にのめり込み過ぎるのは問題だからって兵士訓練を受けさせたら、あっという間に剣の腕が上達する。あまりに強くなって兵士に一目置かれるようになったので、彼らの上につけてみれば、戦争で連続勝利する。さらには帝国と対等に交渉するし、巨大な領地を手に入れる。行動が予想外に過ぎてとても扱いに困る息子だって、父――チョレックス王が頭が痛いって愚痴る手紙を送ってくるほどよ」


 なんだか俺の話題で盛り上がってないか!?

 って意識を逸らしたのが間違いだった。


「ミリモス王子、隙ありです」

「おげっ――」


 ファミリスの鋭い一撃が、俺の腹に命中していた。

 剣の腹の部分で打ち付けるようにした攻撃によって、平たく長い板で殴りつけられたような衝撃が突き抜け、思わず膝をつく。

 痛みに呻きながら腹に手を当てると、叩かれた場所が帯状にヒリヒリしている。

 俺があまりの痛みに立ち上がれないでいると、ファミリスが鼻で笑ってきた。


「フフン。いまのは良い手応えでした。どうしたんです、ミリモス王子。訓練は始まったばかりなのに、立たないのですか?」


 ファミリスが煽ってくるのは、俺の反抗心をあおって立ち上がらせるため。

 そう理解はしているけど、やられっぱなしで良しとするほど、俺は人間的に大人になっていない。

 せき込み、深呼吸し、立ち上がり、神聖術で肉体強化を再開させて痛みを押さえる。


「げふげふ。はー……。もう一丁!」


 剣を構えて宣言すると、ファミリスは気骨がある新兵を鍛えてやろうっていう熟練兵のような笑みを浮かべる。

 サディストめ、って内心で愚痴りながら、俺は剣の訓練を続けていった。



 訓練でボロボロになっても、領主としての執務はある。

 しかしこのボロボロの姿でいると、報告書や書類を持ってくるロッチャ地域の役人たちが、優しくしてくれるんだよね。


「――それでは領主様。よろしくお願いいたします」

「待って。いま確認した。問題はないから、俺のサインを入れるよ。持って帰って」


 俺が確認のサインを入れた書類を突き出す。対面にいる役人は、俺の袖口から覗いた肌に青あざを見て、顔を青ざめさせる。


「あのー、領主様。それは、騎士国の騎士様との訓練で?」

「そうだよ。訓練自体は有り難いんだけど、こうして痕が残っちゃうのは、困っちゃうよね」


 俺が苦笑いしながら言うと、役人の顔色がさらに悪くなった。


「……書類の確認、ありがとうございました」


 礼もそこそこに、逃げ帰るように部屋から出ていってしまう。

 それほどに、俺の腕にある訓練痕が痛ましかったのかなと首を傾げていると、秘書役であるホネスからため息が聞こえてきた。


「センパイは分かってないようだけど、あの怯えている反応は当然だよ。戦う能力の低い人なら特にです」


 なんで腕の痕を見せるだけで、怯えられているのだろうか。


「意味がよくわからないんだけど?」

「あのね、センパイ。騎士国の騎士様っていうのは、一般人には抵抗すらできない相手って思われているんです。それこそ、山の噴火とかと同じ類です」


 失礼な物言いを、その騎士様が同室する中で言うなんて。

 俺はチラリとファミリスの様子を伺うが、パルベラ姫とソレリーナと会話を楽しんでいる様子。ホッと胸をなでおろす。


「その認識はわかったけど、それがどうして俺が怯えられる方に繋がるんだ?」

「センパイは、その敵わないはずの人物と訓練しているうえに、訓練後には元気な様子で仕事をして、仕事のあとは隠れて魔法の自主練までしているんですよ。化け物の類に思われたって、仕方がないんじゃありません?」


 ある企みのために魔法の練習はこっそり行っていたので、ホネスに見られているとは思わなかったので、驚いた。

 けどホネスの指摘を腕組みして検証すると、なるほどと思わせられる。


「実際はファミリスが手加減しているから訓練になっているだじぇだけど、戦う力がない人から見たら、俺は噴火する山に何度も突っ込んでいくし、その後で多少の火傷をしたと笑っているような人物ってことか。それは確かに変質者に思われても仕方がないな」 


 でも変人扱いは嫌だなと思っていると、ホネスが苦笑いしながら否定してきた。


「いやいや。センパイと騎士様の戦いは、訓練の度合いから逸脱してますよ。二人とも滅茶苦茶素早く動き回りますし、木剣とは思えない音が聞こえるし、なんですか飛ぶ斬撃って」

「そう表現されると異常に聞こえるけど、ノネッテ国で受けていた兵士の訓練から少し過激になった程度だよ?」


 ノネッテ国での戦闘訓練は荒っぽく、不意打ちや駆け引きは当たり前。地面に落ちている小石や砂を使う卑怯な手段もやる。俺の場合は神聖術や魔法も使っていた。

 それを考えれば、ファミリスとの訓練も『程度の差』でしかないように感じていた。

 でもこれは、俺だけの感覚のようで、ホネスは「いやいや」と手を振って否定してくる。


「その少しが、こっちにとっては大違いって話なんです。あんな訓練を続けられたら、兵の大半が逃げ出しますって」

「そういうものかな」


 俺としてはそんな自覚が薄いのだけど、こういう感覚のズレは、他の人との認識のズレに直結するから、修正する必要があるな。

 パルベラ姫やファミリスの常識は騎士国という大国で培われたものだし、ソレリーナも王女教育を受けてきた関係で一般の感覚は薄いだろう。

 ここはホネスともっと話をして、普通の認識を得るようにすべきか。

 そんな予定を立てていると、執務室に役人の一人が飛び込んできた。この顔は――ロッチャ地域の税収関係の人物だったはずだ。


「そんなに慌てて、どうかした?」


 落ち着かせるためにあえて優しげな声で問いかけたものの、その意味は薄かった。

 入ってきた役人は、息を乱したまま、急いで報告してくる。


「カンパラ地方で武装蜂起が起きました!」


 武装蜂起――つまりは反乱か。

 俺が国を亡ぼしてその地の領主となり、夏麦が収穫の時期に入ったからには、いつかは起こるんじゃないかとは思っていた。

 だから、すでに色々と手は打ってあるんだよね。


「ドゥルバ将軍に反乱のことは?」

「すでに伝えてます。鎮圧するために、出立したようです!」

「ならドゥルバ将軍が到着するまで、そのカンパラ地方とやらの近くにいる部隊に出動を命じるだけでいいな。いや、他の地方が連鎖で蜂起するのを抑えるために、他の地域に駐留している部隊も目を光らせておくように伝えておくべきだな」


 俺は予定を素早く組み立てると、伝令する内容や兵士への命令書を、紙に書き上げていく。


「よし、できた。この通りに動いて」

「え、あ、はい。失礼いたします?」


 入ってきた役人は、俺が差し出した書類の束を受け取ると、首を傾げながら去っていった。どうやら俺が焦りもせずに事態を収拾させるための手段を講じていることが、変に映っているらしい。

 今日は、人から変だと思われる日のようだ。


「まったく、困ったな」


 つい呟きが口から出ると、ホネスが苦笑し、ソレリーナが微笑み、ファミリスが不機嫌顔になり、パルベラ姫が心配そうにする。


「センパイ。困っているようには見えないです」

「その余裕っぷり。ミリモスの領主としての手腕がうかがえるわね」

「しかしながら、反乱とは。騎士国の騎士が監視として側にいて、ミリモス王子の行動には問題ないと評しているというのに。それにも関わらず不満から力で権利を奪おうとするなど、嘆かわしいものです」

「蜂起した人たちは、自分たちの身命を賭しているのですよ、ファミリス。何らかのやむにやまれぬ事情があっての行動かもしれないのですから、そう頭ごなしに否定するものではないと思うのです」

「パルベラ姫様は、相変わらずお優しいですね」


 反乱がおこったというのに、この部屋の中の空気は緩いなと、俺はつい自分のことを棚上げして考えてしまった。

 それにしても『カンパラ地方』って、ロッチャ地域のどこにある場所だっけか?


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[気になる点] ×実際はファミリスが手加減しているから訓練になっているだじぇだけど ○実際はファミリスが手加減しているから訓練になっているだけだけど
[気になる点] >剣の腹の部分で打ち付けるようにした攻撃によって、平たく長い板で殴りつけられたような衝撃が突き抜け、思わず膝をつく。 平たく長い板で殴りつけられたのでは?
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