五十三話 十三歳になっていた
領主としての働きにまい進し続けて、ふと外を見ると夏の日差しになっていた。
ロッチャ地域は山がちな平地にある場所なので、山間の国であるノネッテ本国より、だいぶ暑い。
内陸部で風が通る立地なので、クーラーが欲しくなるほどじゃないのが救いだな。
「って、夏になっているってことは、俺の誕生日が過ぎたってことじゃないか」
俺の生まれは、春が終わり夏が始まる頃――前世のように詳しい暦があるわけじゃないから、こうした大ざっぱな季節の括りとなっている。
明確な日にちがないし、この世界では誕生日は特定の年を経た際に祝うものだから、うっかり忘れることも結構ある。それこそ年齢を覚え間違えている人が、年代が上に行くにしたがって数が増えるほどだ。
ともあれ、いつの間にやら、俺は十三歳になっていた。前世の知識があるため、十三歳になって嬉しいという気分ではなく、また年齢を重ねてしまったという、爺むさい考えしか浮かばないけどね。
そんなことを考えていると、監視役として同じ部屋にいるパルベラ姫が微笑みを向けてきた。
「ミリモスくんは十三歳になったんですね。おめでとうございます」
「ああ、うん。誕生の季節が過ぎていたことを、いまさら思い出したことが、ちょっと恥ずかしいけどね」
照れ笑いしながら答えると、パルベラ姫の微笑みが、さらに慈しみに似た感情を増した笑顔になったように見えた。
「私もつい先日、十四歳になりましたけど。ファミリスが言ってくれなければ、忘れていたところだったんですよ」
「ってことは、パルベラ姫は夏の初めの生まれってこと?」
「はい。でも暑くも寒くもない陽気に生まれた子だから、性格がぽんやりしているって、よく言われちゃうんです」
嫌な気持ちを隠しているような、影が少しある微笑みに、思わず励ましてあげないとと思ってしまう。
「夏の最中の生まれで怒りっぽかったり、冬の最中で冷たいって言われるよりかは、だいぶ良いと思うよ。個人的には、パルベラ姫のその性格は付き合いやすいしね」
「付き合――も、もう、ミリモスくんは、口が上手いんですから」
パルベラ姫の機嫌が一気に上昇した。励ましたかいがあったな。
そう自画自賛しているところに、ファミリスの咳払いが聞こえてきた。
「こほん! ミリモス王子。執務の手が止まっていますよ。いまは統治に大切な時期です。気を引き締めてください」
「わかっているよ。でも、春からいままでやってきた政策が軌道に乗っているし、経済が下火になって治安が荒れがちだった場所はドゥルバ将軍率いる軍が鎮めちゃったし、領地の運営陣もファミリスの睨みがあるから大人しく仕事しているしで、問題が少ないんだよね」
だから書類仕事もほとんどないので、もう終わってしまっている。
書き終えた書類を掲げて証拠提示すると、ファミリスから半目を向けられてしまった。
「ミリモス王子って、そつがないですよね。注意したこちら側が、馬鹿みたいじゃないですか」
「呆れるのか怒るか、どっちかにしてよ」
俺が苦笑いしていると、横から机の上にお茶が置かれた。
給仕してくれているのは、ノネッテ国から連れてきた新兵のホネス。春からの百日間で、俺の秘書のような立場に収まっている。
「センパイ。執務が終わったのなら、この後どうします?」
「各所を抜き打ち視察するのもいいけど、兵に混じって体を動かすのもいいよね。育て中の魔法兵の訓練に付き合うのでもいいかな」
「座り仕事ばっかりですもんね。たまには本格的に体を鍛えた方がいいですしね」
「体が鈍らない程度の運動は日課にしているけど、どうしても実践勘が薄れちゃうからね」
でも、俺がこうして運動に前向きになると、決まってファミリスがしゃしゃり出てくるんだよなぁ。
事実、いまも勢いづいた様子で、言葉を放ってくる。
「では、この私が、ミリモス王子の相手を務めましょう! ミリモス王子が本気で神聖術や魔法を使おうと、怪我一つ負わないのは、私ぐらいのものですからね!」
いまの発言のように、どうやらファミリスたちに、俺が神聖術が使えることがバレてしまっていた。
騎士国は宗教的な国家なので、俺が自然と神聖術を使えることに、何らかの審判が行われるのかと戦々恐々としていたのだけど、そんなことはなかった。
むしろファミリスは、俺の神聖術を伸ばすべく鍛えようとすらしてくる。
この提案自体は有り難いのだけど、気を抜くと訓練の事故で殺されそうなほど真剣に相手してくれるので、精神が疲弊するんだよなぁ。
ファミリスを止められるのはパルベラ姫しかいないのだけど、この戦闘訓練に限っては絶対に止めない。むしろ嬉しそうに許可をだす。
「そうですね。今日は晴れていて温かいですし、全力で運動するにはいい日です。ファミリス、ミリモスくんのことを鍛えてあげて」
「了解しました! パルベラ姫様も、前のときと同じく、横で運動をなさるので?」
「ホネスと一緒に訓練するわ。お互いに実力が同じぐらいなので、励みになります!」
「パルベラ姫さま。一緒に頑張りましょう!」
ホネスとパルベラ姫は、仲が良い様子で気合を入れ合っている。
この二人、いつの間にか仲良くなっていたんだよな。そして二人して、なにかを企んでいる目を、俺に向けてくることもある。
まあ、内緒話ができるほどの友人ってことだな、きっと。
さて話の流れで、運動することになってしまったし、気合を入れてファミリスと戦闘訓練に勤しむとしますか。
そう気持ちを固めようとしたところで、執務室に人が入ってきた。
「ミリモス王子。急ですが、ご面会の要請が入りました」
「面会って、スシャータ商会? それとも民からの陳情?」
通常面会は面会は予約制なのだけど、スシャータ商会は帝国に流す芸術品を一手に任せている関係で報告にたびたび来るし、民は俺が『良い統治者』と信じているので急にきて要望を役人に出してくることもあるのだ。
この二者以外となると、急な面会を求めるような相手に心当たりはなかった。
けれど、このときは、違う相手だった。
「スポザート国からいらした、ソレリーナ・アナローギさんという妊婦の方と、その供の方たちなのです」
スポザート国というのは、砂漠地帯にある国の一つで、ロッチャ地域に隣接はしていないけど近くにあるところだ。
そして『ソレリーナ』という名前に、俺は大いに覚えがあった。
「ソレリーナ姉上が来ているだって! しかも妊娠している!?」
俺は驚きながら立ち上がると、急いで執務室を出て、面会場へと向かったのだった。