五十二話 百日で
俺がロッチャ地域の領主になって、早くも百日が経過した。
この間、大した動きはない。
いやまあ、多少の出来事はあったけどね。
まずは、パルベラ姫とファミリスが中央都に蔓延っていた悪い組織を潰して回り、市井に平和をもたらしたこと。
放置していると、俺の治政が揺るぐからというのが、潰した理由だった。でも。清い水に魚は棲まないっていうし、あぶれ者の受け皿となっていたようだから、それほどあくどい組織じゃなければ、とりあえず放置する予定だったんだよなぁ。
でも、潰してしまったものは仕方がないので、裁く必要がある人は犯罪者として鉱山送りにし、罪が軽微の人たちには職を斡旋することにした。
次に、街道整備に兵士たちを使うことにし、先の軽微な罪人たちもこの仕事に従事させた。
ロッチャ地域の兵数は、予備役も入れて一万人。犯罪者を入れて一万と千人。
これほどのマンパワーを、戦争がないからと遊ばせておくのはもったいなかった。
当初兵士たちから不満がでたのだけど――
「国土を守る際にも、他国へ進行する際にも、自分たちが使う道だ。歩き易くしておいたほうが、後々楽だと思うよ?」
――という俺の説得に、それもそうかと働いてくれることになった。
説得が通じたというより、兵役外の労働だから追加報酬でお金と酒を出すことにしたからかもしれないけどね。
こうして兵士たちが街道を整えているお陰で、ノネッテ地域の治安が良くなってきた。
作業する兵士たちの姿を見て、盗賊が街道上から姿を消したのだ。
盗賊たちは街道が出来上がった後で戻ってくる気で、近くに潜伏しているはずだ。
兵士たちの指揮を任せているドゥルバ将軍に命じて、随時付近の掃除を行わせている。いままでに、盗賊の本拠地を二つ三つ潰せている。
本格的に始めた、鉄製品の輸出も好調だ。
東の森林地帯の国へ、伐採道具を売っている。当初鉄製だったのだけど、鉄は錆びるから嫌だという顧客の情報を得て、青銅製も混ぜて売るようにしてからは、なぜか鉄製と青銅製が共に売れるようになった。本格的な仕事人は鋼鉄製を、一般の人たちは錆びにくい青銅製を選ぶかららしい。
砂漠の国の方へは、帝国で買ってくれない武器を売ろうとし、復調したフッテーロにお願いしてサンプルを持たせたのだけど、これは失敗した。
なんでも、砂漠の国の人は道具に愛着を持つ種族だそうで、基本的にオーダーメイドじゃなきゃ買ってくれないらしい。その代わり、納得がいくものを入手するためなら、どれほど高額になっても支払うという。
それならと、領地で評判の腕利き職人数人の中から指名する方法かつ、作り直しまでを含めたオーダーメイドを受け付けたところ、試しにと注文を発注する人が出てきた。
「猿王子! これでやり直すの、何度目だ!」
という鍛冶師たちから恨みまれながら、一つ一つの発注をこなしていくと、ある時期を境にどっと注文が入るようになった。
調べてみると、オーダーメイドで作った武器の出来栄えに顧客が大変に満足し、それを見ていた友人が羨ましいからと注文してくるらしい。
さらに良く調べてみると、砂漠の国の人たちは出来にこだわるあまりに注文を付けすぎるため、他国の職人たちから悪い客だからと発注を受けてくれないらしい。
それほど悪いと評判の相手だったのかと驚き、注文を受けさせた職人たちに誤りに行くと、大笑いされてしまった。
「がはははっ。王子様が鍛冶師に頭を下げにくるなんて、聞いたことねえぜ」
「気にせんでいいぞ。作っている最中は、なんでやり直せねばならないんだと腹立たしかった。だが出来上がった物を見ると、砂漠の奴らの方が正しかったと理解してしまったでな」
「厳しい要求に見合った仕上がりを施せば、やり直しなどなくなった。その代わりに、手に入る代金はたんまりだ。王子様が紹介してくれたおかげで、笑いが止まらねえよ」
なにやら問題はないようなので、このまま砂漠の国からの発注は続けることにした。
さて、借金を少しでも減らすために、帝国にも鉄鉱石以外のものを売らなければならない。
なにが売れるかと、サンプル品として色々なものを帝国の商人――スシャータ商会に任せてみたところ、売れ筋が判明した。
一般家庭向けには、鉄の包丁や鍋、釘や金槌が良く売れる。帝国では魔道具を作るために鉄が戦略物資であるらしく、刃が折れた刃物や底に穴が開いた鍋はリサイクルに出さなければいけないので、鉄製の日用品の需要が高かった。
日用品で薄利多売を狙いつつ、高所得者向けには芸術品が売れ筋だ。
とはいえ、旧ロッチャ国で生産していたのは、せいぜいが銀の皿や金の盃だ。
しかし俺は前世が日本人。小、中、高校での学校行事の芸術鑑賞で、芸術品を見てきた知識があった。
その知識を元に、この世界に既にあるモノで、芸術品を作ることにした。
そして、ロッチャ地域で良く取れる上に脆いため価値が低いけど、模様が実に美しい種類の宝石で、綺麗な石のナイフを制作した。
これが、結構売れる。
相手は高給取りが多いけど、軍人や研究者もいる。
「実用ではない、見るためだけの脆く綺麗なナイフとは。これぞ芸術だ!」
「この綺麗な模様。戦場で魔導具の模様を見続けてきた目に、しっくりとくる」
「くくくっ。この模様、魔導の回路に使えそうですねえ」
というのが、購入者の御意見である。
百日間であれこれと政策を打ち出して、どうにかこうにかどれも軌道に乗せることが出来たことで、領地の経済は潤いつつあった。
ロッチャ国時代から残って業務してもらっている運営陣も、この成果にはご満悦らしく、俺への態度が軟化してきている。
「流石は千で万の軍を打破した、ミリモス王子。領地運営もお手の物ですね」
「この調子でいけば、帝国への借金は五年ほどで無理なく返せますよ」
そう手放しで褒めてくれる彼らにも、唯一渋い顔をしてくる問題がある。
「ですが、ミリモス王子。魔導の武具の状況はどうですか?」
「かなりの予算を組んだのに、良い知らせが一つも来ないのですが?」
この追及に、俺は困ってしまう。
「ノネッテ本国から、帝国の魔道具に関する新たな調査結果が来たよ。これでさらに技術が進歩すると思う」
「要するに、現時点で明確な成果は得られていないわけですね?」
「この調子のままなら、来年度に予算を付けるのは難しいですよ」
「いやいや。研究には時間とお金がかかるんだよ。ましてや、帝国が牛耳っている魔導技術は特に。ロッチャ地域の経済的には上り調子なんだから、来年は予算を増額してくれないと困る」
「こればっかりは認められません」
「削減した予算を借金返済に充てれば、数か月は短縮できるんですよ」
うむむっ。俺に一目置いてくれて態度は軟化したけど、頭が固いのは相変わらずだな。
「とにかく! いま春が終わって夏に入ったばかりで、一年はあと四分の三もある。成果を待つ時間は、まだまだあるはずだ!」
「……そうですね。四半期だけの状況で考えるのも、どうかですね」
「この百日で思いのほか状況が上向いたことで、我々の目が短期的にしか見えなくなっていたようです」
とりあえずこの一年は、研究の状況を見守ることに決まった。
経営陣から、経済を上向きにする結果を果たした俺への、ボーナスの温情という感じだ。
経営陣から研究に突っ込まれてしまった俺だが、研究開発室に属する鍛冶師たちをせっつく気はない。
なにせ彼らは、他国へ輸出する道具を大量に作った後で、魔導具の技術開発に血道を上げてくれているからだ。
俺が領主としての仕事を終えて、研究室に顔を出すと、班ごとに積極的に意見を出し合う様子が見えた。
「柔鉄と鋼鉄を交互に積んで溶かし付けた鋼材。これを叩いて伸ばして折ってを繰り返せば、模様は出来るようになったんだが」
「単純に折り曲げるだけじゃ、色々な模様は作れないようだな」
帝国式の総鉄製の魔導具作りの班は、一歩前進して足踏みしているようだ。
では青銅製の班はどうだろうか。
「合金で模様を作るのは難しい。細かい模様を作った鋳型を作って鋳造する方法じゃないと」
「しかしそれじゃあ、細かい模様は無理だ。面積が広くとれる鎧や盾ならまだしも、柄の内に収めなきゃいけない武器の場合は精度が落ちてしまう」
行くべき道を見失って、右往左往という感じかな。
では最後に、二人だけの新合金の班はと目を向けると、色々な金属を溶かしては、混ぜてから冷やし固めているようだった。
「比重が大きく異なる二つの金属を溶かして、揺らし混ぜながら冷やせば、重さの違いで層ができて模様が出来るかと思ったんだけどなあ」
「切断して見ても、叩いて伸ばしてみても、模様は出ないな」
まだまだ足踏み状態のようだね。
俺だって、なにか手伝いたいっていう気持ちはある。でも、前世でも今世でも製造技術は門外漢だから、口出しは控えている。
それに鍛冶師たちは十分に熱意をもって研究している。その熱意で状況を動かし、遅くないうちに技術的に更なる一歩を踏み出すことが出来ると、俺は信じている。
さて、様子は見れた。研究の邪魔をしちゃ悪いし、俺は立ち去るとしますか。
予約時間を間違えてました。