五十話 内政はとっても面倒
さて、輸出入に関することは条約を結んだ。
では二つ目の要点である、旧ロッチャ国が帝国にしていた借金についてだ。
「ロッチャ国が滅んだので、帝国が貸していた物は返却する必要がないと思うのですが?」
「とんでもない! 元の国が所持していた負債は、その国を支配した国が払うものです。そうでなければ、どの国がお金を貸したりする者ですか!」
チラッとパルベラ姫たちの方を見るが、パルベラ姫は素知らぬ顔でいるし、ファミリスも当然という顔をしている。
どうやら、フンセロイアの言葉は、この世界では当然のもののようだ。
そういうことなら仕方がないか。
「条約書には詳しい金額は書かれてませんでしたけど、負債はどれほどで?」
「それに関しては、こちらにまとめてありますので、ご一読を」
受け取って読んでみると、その膨大な借金に眩暈がしそうだった。概算で、旧ロッチャ国の一年分の税収とほぼ同じだった。
「この借金の内訳で一番多い、通商費というのは?」
「旧ロッチャ国が帝国と貿易を行う際に、輸入輸出ともに帝国へ支払う関税ですよ。重量割合でかけています」
旧ロッチャ国が売りに出すのは鉄鉱石と武具、帝国から輸入するのは主に食料。どちらも重量が大変にかさむものだ。
その重さに比して課税するなんて、なんとアコギな関税だろうか。
「もしかして、ノネッテ国との貿易でも、この項目が?」
「いいえ。ノネッテ国とは結んでませんね。旧ロッチャ国が、帝国と武具を専売契約するにあたって結んだ契約ですので」
「要するに、現在は失効していて、これ以上増えることはないわけですね」
「はい。ただし借金ですので、年利がつきますから、その分は増額しますよ」
「……割合はどのぐらいです?」
「複利で、年三割ですね。帝国は優しいですので、年末に一気に金利を加算する方法をとっています」
今年中に全て払えば、金利が上がらないというわけだな。
でも金利が年三割って多いのか、少ないのか、よくわからない。国家がした借金なので、金利で増えるお金も巨大なことは理解しているけどね。
「借金の件はわかりました。一年でどうこう出来るとは思えないので、数年跨ぎになると思いますよ」
「構いませんとも。むしろ好感が持てますね。馬鹿な国王や領主だと、領民を苦しめてでも借金を一括で返そうとしますからね」
「増税で、ですか?」
「それもありますが、即金を手に入れるために領民を売り渡すのですよ」
「売るって、奴隷としてですか?」
「まさか。騎士国がそんな真似を許しませんよ。ただ、軍隊や大きな商会は人手を欲してますからね。それらの場所は人を斡旋してくれたら、謝礼金を支払うぐらいはするのですよ。例えそれが領主や王であろうとです」
兵士や丁稚という名前に変えただけの、実質的な奴隷と言っているようなものなんだけどなあ。
それでも大義名分は通っているのか、騎士国の二人から物言いは入ってこない。
「言っておきますが、ロッチャ地域の人たちを売り渡したりはしませんからね」
「領主になったばかりで、領民に愛着などないというのにですか?」
「はした金と引き換えに人の恨みを買うのは嫌なので」
俺は領地経営のことを全くわかってない素人だから、善政を敷ける気は持ってないし、上手く運営できるとも思ってない。けど、恨まれる真似はしたくない。
心情的に辛いこともあるけど、恨まれると命の問題に直結しかねない。打算的に考えて、目先の金や領地の借金問題解決よりも、将来の自分の命の方が大切だ。
「借金を返済するために、鉄鉱石の運搬がしやすい様に道路を整えて、さらには産業を育て直すとします」
「目標は、魔導剣を量産することですか?」
「魔導の武器は課題が多くありますからね。研究と並行して、普通の武器の販路を作る予定ですよ。差し当たっては東か南の国と連絡を取らないと」
ロッチャ地域の東にある国は、国土の多くが森林地帯だと聞いている。伐採するための器具――斧や鋸が売れるだろう。
南側は砂漠地帯。そこにある国は、砂地の魔物を倒して食料にする習慣があるそうなので、武器が売れるはず。
特に砂漠地帯にある国の一つに、俺の長姉であるソレリーナが嫁いでいる。彼女の旦那さんは、国の要職に就いていると噂に聞いているので、便宜を図ってもらえるだろう。
なんて目算は立てているけど、実現できるかは未知数だよね。
「ということで、借金の件はわかりました。たぶん、鉄鉱石の売却益を金利に充てる形にすると思いますが」
「こちらが鉄鉱石を買い付ける度にちょろちょろと借金を返されても、計算が面倒なのですよね。年利が加算されるのは年末――次の冬の終わりなのですから、そのときに多く返してくださった方が助かります」
「そういうことなら、返済金を溜めるように留意しますよ」
「鉄鉱石を掘る人たちに賃金を払ったら、返せる金がなくなっていた。なんてことがないよう、お願いしますよ」
軽口を叩き合いながら、俺は条約書にサインを入れる。これで膨大な借金を、ノネッテ国――というよりかは俺の領地が被ることが決定した。
ともあれ、これで交渉は済んだな。
「フンセロイア殿。色々と教えて下さり、ありがとうございました」
「いえいえ。私はミリモス王子に期待しておりますのでね。この程度の骨折りなら、いくらでもしますとも。さて長居をしたいところですが、予定が詰まってますので、この辺で失礼させていただきますよ」
握手を交わし、フンセロイアは忙しい様子で執務室から出ていった。
俺は椅子に座りながら、やるべきことについて予定を組んでいく。
「ドゥルバ将軍に、各地の兵士たちの引き締めと、反乱の芽がないか確かめるための旅に出てもらうでしょ。腕のいい鍛冶師を集めて、帝国の魔導剣にある鉄の紋様の再現をやらせなきゃいけないよね。あとは、東と南にある国に、道具や武器の売り込みに行かないとだね。ああ、道の整備をするために作業員を集めないと――いや、工作兵をあてにするのもありかな」
呟くことで予定を強く自覚してから、俺は椅子から立ち上がる。
まずはドゥルバ将軍に命令を出し、次に領地の運営陣に他国へ売り込みに行くよう要請して、そしてノネッテ国が持つ魔導技術を知る俺自身が鍛冶師を集めないとだ。
俺が予定をこなすために執務室を出ると、パルベラ姫とファミリスが何も言わないままに付いてくる。二人の役目は俺の監視だから、この行動は当然なのだけど、結果的に方々に連れ回す羽目になるので、少し申し訳なく感じてしまうのだった。