四十九話 内政は面倒
兵士との一騒動があってから、俺はドゥルバ元将軍を再び将軍職につけた。
両手がなくて戦闘力が低いことから、旧ロッチャ国を運営していた人たち非難の声が出た。
「戦えもしない人を将軍にするなど、何をお考えなのですか!」
「いまからでも遅くはありません! 他の者になさい!」
「次の将軍には、軍役についている我が息子を推しますぞ!」
執務室に詰めかけてきた人たちに、俺はうんざりした気分を隠さないまま返事をする。
「この領地の領主である俺が、ドゥルバを将軍に戻すと決めたんだ。それに将軍職となる人物に必要な点は、実質的な戦闘力ではなく、軍事と軍務の知識があることと、兵の信頼があついことだ。その条件を、ドゥルバ将軍は満たしている」
「ですが、戦闘が出来る人物が将軍職になることが、我が国の伝統です!」
「戦えもしない人物を我が国の兵士が指示ずるとは思えません!」
思わず口に出た言葉なんだろうけど、聞き逃すことはできない。
「いい加減にしてくれ。この場所はもう『ロッチャ国』ではなく『ロッチャ地域』だし、改めて言うが俺が領主だ。俺の決定を覆したいのなら、俺が翻意するに足る確たる証拠を携えてから言ってくれ。旧ロッチャ国の伝統という、役に立たない言い訳じゃないものをだぞ」
「伝統を馬鹿にするおつもりですか!」
論点をすり替えようったって、そうはいかない。
「俺が馬鹿にしているのは、伝統じゃなくて、あなたたちだよ。長い伝統には、そうせざるを得ない確たる理由が存在しているはずだ。『伝統』という一言で横着せずに、その理由を探し出して証拠として示せと、俺は言っているんだ。それが現実的に守るべきものなら、考慮に入れると約束するよ」
俺は最大限譲歩した話をしたのに、領地の運営陣は不満そうな顔を並べている。
そういう態度なら、こちらにも考えがある。これは言わないでおいてあげようと思っていたんだけどなあ。
「長く続く慣習だからと現実から目を背けて、いままで通りの武器を作り続けた結果、帝国に『ロッチャの武器は時代遅れ』と評されて、輸出できなくなったんでしょ。その所為で下向きになった経済をどうにかしようと嘘の名分でノネッテ国に嘘で侵攻し、戦争に負けて国の名前が消えたんじゃないか。伝統を重視するあまりに、これと同じ轍を踏む気なの?」
俺が悪意を乗せた言葉を吐くと、経営陣は怒りで顔を真っ赤にする。しかし事実であるうえに、俺がその戦争でロッチャ国を負けさせた指揮官であるため、怒鳴り返すことも出来ずにいる。
どうするかなと冷ややかに見ていると、経営陣は持て余す怒りの感情からうめき声をあげつつ、執務室から出ていってしまった。
俺がヤレヤレと肩をすくめていると、同じ部屋で椅子に座って様子を見ていたパルベラ姫が微笑みを向けてきた。
「ミリモスくん。あんなに追い詰めたら、可哀想じゃないですか」
「あそこまで言わないと分からない連中だから仕方がないんだよ。そうじゃなきゃ、旧ロッチャ国の財政状況が、こんなに悪くなるはずがないんだから」
俺はパルベラ姫に疲れ混じりの微笑みを返しつつ、入手した旧ロッチャ国の経済資料に目を落とす。
色々と専門用語が書いてあって、詳しい数字とかも理解できないけど、要するに帝国にズブズブに依存していたと書いてあった。
領地であるロッチャ地域を経済的に復興するには、帝国との関係を改善するか、帝国依存の仕組みから脱却するかが必要だ。
一応、どちらの案も持ってはいる。
けど正直言うと、両方ともあまりやりたくはない。
帝国との関係改善は、俺の近くに騎士国の人物がいるから。
依存脱却は、新たな戦乱を呼び寄せることに繋がりかねないからだ。
さてどうするべきかなと考えていると、領主仕事の補佐をしてくれる部下の一人が執務室にやってきた。
「あのー、領主さま。帝国の一等執政官を名乗る方が、面会を希望しておられますが……」
「流石に動きが速いな」
俺の悩みを見抜いたような登場に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「ここにお通ししろ。お茶と茶菓子も用意してくれると助かるんだけど」
「わかりました。一等執政官をご案内して、お茶とお菓子は一番いいものをお持ちします!」
「ああ、一番じゃなくていい。程々の品質のものでお願い」
「は? はあ。わかりました」
なぜ最高級品を出さないのかと言いたげだけど、友好的と決まっていない相手を過剰に接待するほど、俺は出来た人間じゃない。
まあ、帝国と仲が悪いはずのパルベラ姫とファミリスに配慮したという面も、なくはないけどね。
執務室に現れたのは、メンダシウムとの戦いの後で砦に現れた、あの一等執政官とその護衛たちだった。
「お久しぶりですね、ミリモス王子。いえ、ミリモス・ノネッテ公爵とお呼びした方がいいですかね?」
表面的には友好的な態度をとる相手に、俺も礼儀正しく王子口調を使うことにした。
「お久しぶりです、エゼクティボ・フンセロイア一等執政官。もしかして、僕が領主になったから、貴方が交渉役に選ばれたのでしょうか?」
「その通りです。偉大なる帝王様が、広大な領地を治めることになった新たな若き領主に配慮し、この私に任じてくださったのですよ。もっとも、再び会いたくない顔も、この場にあるようですけど」
フンセロイアが目を向ける先には、パルベラ姫とファミリスがいる。主に見ているのは、ファミリスの方だな。
帝国側の牽制の言葉に、ファミリスは黙ったまま立ち姿で控え、その代わりのようにパルベラ姫が口を開く。
「こちらのことはお気になさらないでください。私たちは、ミリモスく――ミリモス王子が『正しく』領地を運営するかの監視役ですので」
「領主の仕事に正しさを持ち出してくるあたり、騎士国らしいですね。ですが、口出しを控えてくださるのなら、こちらとしては願ったり叶ったりです」
フンセロイアは二人に対して念を押すように牽制してから、俺に向き直った。
「さて、ミリモス王子は前置きが嫌いだったと記憶しておりますので、早速本題に入らせてもらいます」
「帝国とロッチャ国との間で交わしていた契約が、ロッチャ国が滅んだことで無効になっちゃったので、旧ロッチャ国の土地の支配者になった僕と同じ契約を交わしに来たってところですよね」
「話が早くて助かります。こちらが、条約書となります」
フンセロイアが差し出してきたのは、二十枚はあろうかという紙束だった。
中を見ると、ビッシリと細かい文字が並んでいる。
「……読むのに時間がかかるだろうから、少し待ってもらうよ」
「ええ、構いませんとも。なにせノネッテ国は帝国と同格の国ですからね。早くサインを入れろと、せっつくわけにはいきませんので」
ちょうどお茶と茶菓子が運ばれてきたので、フンセロイアには飲み食いしながら待ってもらおう。
さてさて、条約書はどんなものかな。
条約書を読み終えて、頭の中で要点をまとめる。
大事な点は二ヶ所だ。
一つ目は、ロッチャ地域と帝国との輸出入に関すること。
二つ目は、旧ロッチャ国が帝国に払っていた税金に関することだ。
まずは一つ目から片付けていこう。
「帝国はロッチャ地域から鉄鉱石を買い入れたいようですが、この値段では割が合いません。もっと高く買っていただかないと」
俺が当然の要求を出すも、フンセロイアは予想していたとばかりに斬り返してくる。
「鉄鉱石を安く買う代わりに、魔法の掘削道具を貸与しております。値を上げるというのなら、それらの道具を引き上げねばなりません。そうなったら、労働者の皆様は困るでしょうね」
中央都までの旅路で、帝国が貸与したというシャベルを使わせてもらったけど、硬い岩が砂であるかのように楽に掘れた。まさに魔法の道具だった。
あの楽さを体験した後に、普通の道具に戻すとなったら、確かに鉱物掘りの人たちは反発するだろう。
しかし、解決策はある。
「ここはもうロッチャ国ではなく、ノネッテ国の領土ですよ。そしてノネッテ国には魔法の道具を生み出せる下地があると、帝国の方ならご存知でしょう」
言いながら差し出すのは、ノネッテ国が作り出した串剣――帝国の執政官が来ると知って、慌ててホネスから借りたものだ。
フンセロイアは、俺の手から串剣を拝借すると、柄を握る。その瞬間、剣の先端だけにある刃に、魔法の発動を表す薄い灯りが灯る。
「これが噂の『灯りの剣』ですか。初期の初期に相当する程度の魔法効力のものですが、魔導具には違いありませんね」
「その先端で突けば、鉄の鎧すら突き破れます。この効果を考えると、帝国が貸与しているという掘削道具に使われている魔導と、恐らく同じものではありませんか?」
「さあ、どうでしょうか?」
フンセロイアは俺の探りに付き合わず、串剣を返却してきた。
しかし俺の予想が当たっていようと当たってまいと、話の流れは決まっている。
「ノネッテ国が研究した魔導技術と、ロッチャの技術者が組めば、帝国製の掘削道具なんて目ではない物を作り出せるとは思いませんか?」
「そうなったら、帝国が掘削道具を引き上げようと、困りはしないということですか。ですが、それでいいのですか?」
フンセロイアがこう聞いてくるのは、訳がある。
いま現在、俺の領地では魔導のシャベルは作られていないのだ。そのため、いますぐに帝国が掘削道具を回収して持っていったら、魔導のシャベルを自作するまでの間、鉱物掘りの人たちの作業が困難になってしまうのだ。
けど、それはそれで、俺にとって願ったり叶ったりではある。
「はい。いまは帝国に輸出する鉄鉱石の値段を上げることが急務ですので」
「……ミリモス王子が信念をもって、鉄鉱石の売却益を上げようと考えているのは理解しました。ですが、帝国にも予算というものがありましてね。ロッチャ地域が鉄鉱石の単価を上げようと、実際に支払われる金額は変わりませんよ。それどころか、他の安い場所に予算が流れて、いままでより少ない金額しか入手できないかもしれませんね」
脅すようなフンセロイアの言葉だけど、俺には効かない。
「そうですか。鉄鉱石を無理に掘る必要がないというのなら、それは構いません。もともと、鉄鉱石の採掘量を減らそうと考えていたところなので」
「なぜです? 採掘を減らしたら、帝国から入ってくるお金が少なくなりますよ?」
「先ほども言ったでしょう。ロッチャ地域はノネッテ国になりました。そしてノネッテ国では、山の大規模な開発はご法度になっています」
旧ロッチャ国にはそんな法律がなかったから、鉱物毒が川に流れ込んでしまっている。このままいくと、川の水だけでなく地下水まで汚染される恐れがあった。
そこで、ノネッテ国の法律を持ち出して、それを是正しようというわけだ。
そんな俺の考えは、先進的な帝国でも異端だったようで、フンセロイアが驚いている。
「その法に照らして、ロッチャ地域での採掘量を制限しようというのですか!?」
「それだけじゃありませんよ。噂によると、鍛冶技術者が仕事がないからと、鉱夫として働いているらしいんです。ですので採掘量を減らすことで、その技術者たちを仕事から解放し、新たな産業につかせようと考えているんですよ」
旅路の中、酒場で出会った鉱夫が元は鍛冶屋だったことを思い出しながら告げる。
するとフンセロイアは、巨大な帝国で一等執政官となった頭の良さで、俺が何を考えているか分かったようだ。
「先ほど『灯りの剣』を見せてこられたことから察するに、魔導具の武器を量産する気ですね?」
「量産の前に、試作が必要ですけどね。でもその試作を行うためや、量産化の目途が出来たときのためにも、鍛冶技術者が大量に必要ではあります」
俺の目標を言ってから、話題を戻す。
「それで、帝国は鉄鉱石を高く買ってくれるんですか? そして量はどれほど必要ですか?」
「……いいでしょう。鉄鉱石はいままでより一割高く買いましょう。掘削道具はお貸ししたままです。ですが、輸入量はいままでの三割分減らします。それでいいですね?」
一割増で七掛けだから、実質的に元の八割の
俺が頷き、これにて鉄鉱石の輸出入に関する取引は決まった。
ではと、フンセロイアが輸出入に関する書類にサインを求めてくるけど、俺は待ったをかける。
「締結する前に尋ねたいのですが、ロッチャ地域が魔道具を作り出したとして、帝国はどう行動しますか?」
「有用そうなら、旧ロッチャ国から武具を買っていたように、輸入するように動くでしょう」
「では、そうなったときに商談を行える手掛かりとなる文言を、この条約書に盛り込んでくれると助かるのですが」
「……いいでしょう。帝国の特になりそうな取引ですからね」
フンセロイアが補足として条約書に書き込み、俺が文言を確かめてから、サインを書き入れた。