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閑話 騎士の悩みは深まる

 私――ファミリス・テレスタジレッドはパルベラ姫様と共に、ミリモス王子がロッチャ地域を統治することを監視することとなった。

 ノネッテ国から赴任地であるロッチャ地域の元首都に向かうのだけれども、同行者が一名増えた。

 ノネッテ国の新兵の少女、ホネスである。

 パルベラ姫様に私がいるように、ミリモス王子の付き添いとして宛がわれた少女だ。

 ホネスがこちらを気にする様子から、ノネッテ国王からなにかしらの密命を帯びている様ではある。だが、神聖騎士国家の騎士たる私や、最近神聖術の技量があがってきたパルベラ姫様相手に、何かできるほどの実力者とは思えない。ホネスの年齢がミリモス王子と同じグラ位ということを考えると、ミリモス王子とは違った視点での報告を得るための人員配置だろう。



 そんなホネスのことを、パルベラ姫様も警戒しているのか、じっと見ている。


「……ホネスがミリモスくんのことを、センパイセンパイって親しく呼ぶの、羨ましいなぁ」


 訂正しよう。警戒ではなく、羨望の目で見ていたようだ。


「やってみたいのでしたら、パルベラ姫様もおやりになればよろしいのに」

「そ、そんなことできないよ。ミリモス『くん』って呼ぶだけでも、心臓が早鐘を打つようなのに」


 恥ずかしがりながら告白することかと疑問に思ってしまうけれど、パルベラ姫は初恋中と考えれば納得はできる。

 でも、パルベラ姫様が照れ顔で胸を手で押さえる姿は、とても可愛らしい!

 けれど、それがミリモス王子への恋心という点が、私の気持ちに少し影を落とす。だからだろうか。つい口をついて、諫める言葉が出てしまう。


「パルベラ姫様。我々はミリモス王子の監視者です。公正な目で見なければいけませんよ」

「わ、わかっています。でも――ああ……」


 パルベラ姫様は、ミリモス王子を視界に入れた瞬間に、幸福感に満ちた顔になる。そして、その表情に自身が気づいて表情を改めようとするけれども、ミリモス王子がホネスと他愛無い会話をする姿を見て、再び幸せそうな表情に戻ってしまう。

 一連の表情の変化を見て、これほど恋心というのは厄介だっただろうかと、遠き昔の私の初恋を思い出す。

 ――パルベラ姫様が特殊なだけだな。私の初恋が破れ散ったことは関係ない。うん。



 ロッチャ地域の首都――改め中央の都に向かう旅路は、延々と遠回りしながら春に到着する行程となった。


「前に来た時は、会談に急いで向かうために、視察する時間が取れなかったからね。どうせ冬の間はどこの国の運営も暇になるし、いままで通りに業務を続けてって文を出したし、のんびりと各地を回って行こう」


 という、ミリモス王子の提案があったからだ。

 私個人の意見としては、パルベラ姫様に長々と旅路を続けさせることは嫌だった。

 しかしパルベラ姫様自身が、この旅を好意的に受け取っていた。


「各地を自由気ままに旅をするなんて、初めてです。楽しみです!」


 パルベラ姫様の浮かれっぷりが可愛らしくて眼福だが、新婚旅行のようだと考えてそうだなと、私の直感が働いた。

 


 さて、冬の旅路といえど、ロッチャ地域は温暖な気候の場所なので、野宿を行おうと寒さで歯の根が合わないという事態にはならなかった。

 そのため、病気になる者も出ず、楽な行程である。


「唯一の欠点は、土地の治安が不安なところか」


 私は、野盗を切り捨てた剣を振るい、血糊を払う。相手は胸当てしか防具がなかったため、剥き出しだった首の頸動脈と気管を剣先で斬り裂いて殺すことができたため、切っ先しか血糊がついていないので布で剣身を拭う必要はない。

 剣を鞘にもどしつつ、視線をミリモス王子へ向ける。

 彼もまた剣を抜き、そして片手を前に出している。その手の先には、魔法で焼かれて悶絶する盗賊が倒れていた。


「殺さないのですか?」

「襲ってきた人たちで全員とは限らないからね。他にもまだいるのか本拠地がどこにあるかを、聞かなきゃいけないし」


 兵士として訓練してきたからだろう、ミリモス王子の思考は問題に対して即応的だ。

 生かしておいた盗賊を生きた資料にして、新兵のホネスに尋問の仕方を見せるなど、並みの王子にはできないだろう。

 実際パルベラ姫様は、襲ってきた相手が死体となったことで、青い顔をしている。


「ご気分が優れないようでしたら、ネロテオラに抱き着くと良いですよ。馬の温かさは心を静めてくれます」

「うん。そうするね」


 死体が衝撃的過ぎるからか、パルベラ姫様は子供口調になってしまっている。そして親に縋りつく幼子のように、膝を曲げて地面に座っているネロテオラの首筋に抱き着く。

 その様子はとても可愛らしいのだけど、ここで私が相貌を崩すわけにはいかない。


「ミリモス王子。情報は引き出せましたか?」

「命を助けることを約束したら、あっさりと教えてくれましたよ」


 ミリモス王子は、盗賊の手を後ろに縛りつつ足を肩幅まで開けるよう紐で繋ぎながら、そう答えてきた。


「その者を生かすのですか?」

「約束は守らないといけないからね。それに一人だけじゃ盗賊はできないから」


 ミリモス王子が「ほら」と背中を押すと、盗賊がヨタヨタと街道を逃げ始める。紐で足が括られているため、急いでいるのに歩くより遅い速度しか出ていない。


「襲ってきた相手を生かすなど、優しいのですね」

「むしろここで殺さなかった分、残酷だと思うけどなぁ」


 どういうことかと視線で問いかけると、ミリモス王子は考えながら答える。


「あの盗賊の本拠地は、これから俺たちが制圧する。そうなると、あの人はどこにも帰る場所はないよね。そして後ろ手に縛られたうえに、足も繋がれて満足に移動ができないから、食料や飲み水を取るのだって大変な状態で、あてのない旅路を続けなきゃいけない。誰かに助けられる幸運がきたとしても、盗賊だったとバレたら、その助けの手が殺しの凶手に変わるかもしれない。そう考えると、生き地獄じゃない?」


 ミリモス王子の考えを検証してみると、辛い状況だと理解できた。


「だから、残酷だと評したのですね」

「自分でやっておいて、なんだけどね」


 ミリモス王子は自嘲するが、それは自分の行いを恥じているわけではなさそうだった。むしろ、上手い手段が思いつかなかった自分自身を嘲笑っているかのようだった。

 自分の行動に責任を感じ、次の機会にはさらに良き結果をと模索する姿は、まさしく統治者の器に相応しい。

 これで帝国が主導する魔法の使い手ではなく、パルベラ姫様の想い人でもなければなと、考えずにはいられない。


「それで、聞き出した盗賊の住処はどこです。私が手早く片付けてきます」

「それは有り難いけど、パルベラ姫を残していいの?」

「ミリモス王子の人柄と戦闘能力を信用します。それにネロテオラを残していくので、心配はいりません」

「その口ぶりだと、ネロテオラも強いんだ」

「ええ、とても。戦場では、憎き帝国の魔導具使いを、その足で何人も踏みつぶしてますから」


 ミリモス王子は「それは怖い」と言いつつも、それが冗談であると示すように笑顔を見せる。

 その胆力に感心しながら、私は教えられた盗賊の住処へ向かい、強襲することにした。

 もちろん、神聖術で肉体を強化しながらの行動なので、行って、屠って、返ってくるまで、千も数えない程度の時間で済ませてみせた。



 ロッチャ地域の各地を巡った旅は、世直し旅の様相を呈しながら、春まであと少しという時期に中央都に到着したことで終わりを迎えた。

 ミリモス王子は、自身が今後使うことになる執務室に入って一息吐いた直後には、もう行動を始めていた。

 旅を経て少し図太くなられたパルベラ姫様も、元気に後を追おうとする。その目に浮かぶ恋慕の情は、旅の中でミリモス王子の好ましい品性に接し続けたせいで、さらに濃くなっているように思えた。

 ともあれ、ミリモス王子は早速、兵士たちの心を掌握しに向かった。

 話の流れで、ミリモス王子とロッチャ兵の一人が模擬戦を行うことになる。

 まあ、私が助言をしたことも、この状況の一助になっているけれど。

 私は模擬戦の審判役を買って出て、自分の身の丈以上の剣を握るミリモス王子と、鎧に盾と星球棒メイスを装備した兵士に向かって号令を発する。


「――始め!」


 兵士が猛然と突っ込む姿を、ミリモス王子は平然と見ている。そして手にある剣の間合いに入った瞬間、その剣を勢いよく振り回した。

 その剣の勢いに、私は目を剥いた。

 ミリモス王子の体格では、ある方法を除いて、実現不可能な速さだったからだ。

 それは対戦相手であるロッチャの兵士も同じようで、慌てて盾を構えて受け止めようとするが、巨牛に突っ込まれた子供のように、巨大な剣で打ち飛ばされてしまう。

 ゴロゴロと転がって動かなくなって兵士を見て、ミリモス王子は武器を捨てると心配そうに近づく。

 審判である私が決着の判断をしていないので、これは危うい行為だ。

 そして私が心配した通りに、あの兵士は死んだふりをしていたようで、ミリモス王子が近づいてきた瞬間に攻撃に打って出る。


「うおあッ!?」


 ミリモス王子は驚きの声を上げつつ、それでも相手の策を予想はしていたのだろう、拳で兵士の顎を下から上へと打つ。すると兵士の顎が折れる音が聞こえてきた。

 十二歳の少年の手では、大人の顎を折るのは、とても難しい。

 それでも、ある方法を使えば、実現は可能である。

 倒れて目を回している兵士を中心として、ミリモス王子やロッチャ軍の兵士たちが慌ただしくなる中、私はパルベラ姫様の横に移動した。


「ミリモス王子の戦う姿、見ていましたか」

「はい。それはもう、格好良かったわ~」


 うっとりとしているパルベラ姫様は可愛らしいが、私は掴んだ情報を伝えねばならないと気持ちを持ち直す。


「ミリモス王子が神聖術を使っていること、気付いていましたか?」

「……えっ!? それは本当なの、ファミリス!?」

「パルベラ姫様、お声が大きいです。そして事実です。神聖術を使っていないのであれば、ミリモス王子の体格であのような剣を扱えるわけはありませんし、素手で大人の顎を砕くなどという真似はできません」

「でも、ミリモス王子は神聖騎士国家が奉じる神の信徒ではありませんよ?」


 その神が伝えたという方法でしか、人に神聖術を発露させることはできない。それが神聖騎士国家での常識だった。

 しかし、国を運営する者たちと騎士ならば、それが間違っていることを知っている。


「パルベラ姫様。人の中には、我が国の秘術を用いずとも神聖術に目覚める、いわば天然者がいるのです。ミリモス王子は、恐らくそれではないかと」

「ミリモス王子は魔法の使い手よ。そして神聖術に目覚めた者は魔法が使えなくなるはずよね。ファミリスの勘違いではないの?」


 パルベラ姫様が仰られたように、神聖術に目覚めた者は、簡単なものであっても魔法が使えなくなる。

 少なくとも、神聖騎士国家の秘術を用いた方法では、それが真実だった。


「もしかしたら天然の神聖術者は、神聖術と魔法を同時に操る方法を知っているのかもしれません」


 荒唐無稽だが、そう考えなければ、説明がつかない。

 パルベラ姫様は、私の真剣な様子を見て、ミリモス王子が神聖術と魔法を使えるという点を理解してくださった。


「ミリモスくんには驚かされてばかりですね。それで、ファミリス」

「はい、なんでしょうか?」


 つい問い返してしまったところで、パルベラ姫様が浮かべている笑顔に迫力が出ていることに気付く。

 可愛らしい笑顔に熟練の兵士顔負けの迫力とはと、新たな境地に奮い立っていると、パルベラ姫様から底冷えのする響きが含まれた優しい声がやってきた。


「この事実を、お父様に伝えるのかしら? そしてこの情報を得たお父様がミリモスくんにどんなことをすると思うか、聞かせてくれないかしら?」


 パルベラ姫様らしい、やんわりとした口調。しかし、その裏には抜身の刃を思わせる冷たさが感じられる。

 答え間違ったら殺しにくるような予感を得つつも、私は正直に答えなければいけない。


「天然者を見つけた際には、報告する義務が騎士にはあるのです。それで、騎士王様がどうなさるかですが――」

「どうするのかしら?」

「――恐らくは、騎士王家の誰かと婚姻させて、神聖騎士国家にその血を入れるかと」

「……どういうこと?」

「天然の神聖術者は、血統的に神聖術を発現しやすいと考えられているのです。そして神聖騎士国家では、今後二十年産十年と帝国に対抗するために、神聖術者を増やすことを国策の一つとしています。ですので、天然の神聖術者を多数の妾を持てる王家の人間にすることで、たくさんの子を産ませようとすると思うのです」


 これは騎士の間で予想されていた情報だが、騎士王様ならこうするという確信がある考えでもある。

 私が説明を終えると、パルベラ姫様の顔から迫力が消え、代わりに期待を得た輝きが現れた。


「そ、そうなの。ミリモスくんを、騎士王家の婿に迎えるのね」

「ミリモス王子は他国の王子ですから、もしかしたら嫁に出して、子供を引き取ることもあるかもしれませんが……」

「どちらにせよ、ミリモスくんと騎士王家との婚姻は決まったようなものよね?」

「それは――はい、その通りかと」

「ふふふっ。それなら、ミリモスくんが天然の神聖術者だとお父様にお伝えしないと。そして――」


 ミリモス王子の婚姻相手に、パルベラ姫様がご自身を推す気だろうなと予想がついた。

 パルベラ姫様を敬愛する私としては、どうしてこうなったという思いが強い。

 しかしながら、ミリモス王子なら仕方がないかという考えもある。

 元々私が反目していたのは、ミリモス王子が他国の王子であり魔法使いというところだった。

 その二つの欠点を埋めて、さらに山になるまで評価が積み上がるほど、天然の神聖術者は貴重な存在だ。

 もはや、私がパルベラ姫様にゾッコンに惚れられていることが気に食わない以外に、ミリモス王子を非難する理由はなかったのだった。


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[気になる点] ×ここで私が相貌を崩すわけにはいかない 〇ここで私が相好を崩すわけにはいかない
[一言] >ホネスの年齢がミリモス王子と同じグラ位ということを考えると、(後略) 誤) 同じグラ位 ↓ 正) 同じ位 >そして神聖騎士国家では、今後二十年産十年と帝国に対抗するために、(後略) …
[気になる点] そして神聖騎士国家では、今後二十年産十年と帝国に対抗するために 誤字です。 産十年→三十年
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