閑話 騎士の悩み
私ことファミリスは、ここ最近のパルベラ姫様の我が侭に振り回されっぱなしだ。
最初の我が侭は、ミリモス王子が一騎打ちの果てにロッチャ国の軍を打ち負かし、ロッチャ国の企みを暴いたと報告が上がったときだ。
「ノネッテ国がロッチャ国を破ったわ! 決着の立役者は、ミリモス王子なのだそうなの」
恋する乙女の顔で、嬉しそうに言ってくる。
私はどう受け止めるべきか悩みつつ、当たり障りのない言葉を選ぶことにした。
「それは、良うございましたね」
「本当に良かったわ! それでね、お父様が「嘘の大義名分で侵略行為を働いたロッチャ国を懲らしめるため、ノネッテ国に肩入れせねばならない」っておっしゃったの」
嫌な予感がした。
その予感を私が問いかける前に、パルベラ姫様が嬉しそうに言葉を発する。
「それならって、私が立候補したの」
「……立候補って、なにのですか?」
「もちろん、ノネッテ国に肩入れして、悪いロッチャ国を打ち倒す役目をよ。それで――はい、お父様からファミリスに指令書」
笑顔で差し出された紙を受け取ると、騎士王様からの命令が書き込まれていた。
『充実なる臣にして、次女姫パルベラ・エレジアマニャ・ムドウの護衛を勤める騎士であるところの、ファミリス・テレスタジレッドに新たなる命を告げる。汝、パルベラ・エレジアマニャ・ムドウと共にノネッテ国へ赴き、ノネッテ国がロッチャ国を平定する手助けをせよ』
恐らくは、パルベラ姫様が望んだ通りに、騎士王様が命令を発したのだろう。
もちろん、あのお方のことだ。我が子可愛さではなく、神聖騎士国家のために必要な命令だから発行しているに間違いない。
正直、偽りの大義名分で戦争をしたロッチャ国を放置することは、神聖騎士国家の国是でできはしない。
だがしかし、パルベラ姫様がノネッテ国に向かいたいのは、意中の相手――ミリモス王子に再開したいからだ。そこのところを、騎士王様はご理解してくださっていないと思われた。
それでも、こうして命令が下ってしまえば、騎士として拒否することはできない。
「わかりました。ではパルベラ姫様。ノネッテ国は春を待ってからロッチャ国との会談をするという情報ですので、その間は――」
「ダメよ、ファミリス。今すぐに行くわ! ネロテオラの足とファミリスの神聖術なら、雪の山々なんて苦にもならないはずよね?」
パルベラ姫様の恋に燃えている目を見て、私は従うしかないと諦めた。
そして恋心とは恐ろしいもので、パルベラ姫様は大して神聖術が得意ではなかったのに、ミリモス王子に会えることになってから数日で、雪の寒さに負けない程度の強化が出来るようになっていた。
山を越えて、ノネッテ国に入り、ミリモス王子と再会してから、パルベラ姫様は絶好調だった。
「はぁ~。格好いい~」
パルベラ姫様は思慕の情を浮かばせた目で、ミリモス王子を見ている。彼はいま、ロッチャ国の代表者たちと意見を戦わせている真っ最中。私たちは、聞かれたことに答えるという形で、会談に参加している。
それにしても、ミリモス王子は、我々――騎士国の後押しを受けている。そしてロッチャ国は、偽の大義名分で他国を侵すという禁忌を侵した存在だ。ミリモス王子がロッチャ国に全土を寄こせと要求することは、十分に許容できる範囲で、そして叶えられる状態である。
それなのにミリモス王子は、以前に帝国に対して行ったように、国土は要らないという。その上で、恐らくは肩を持った我々の顔を立てるために、ロッチャ国の鍛冶技術者を受け入れたいと申し出ている。
正しさを標榜する神聖騎士国家の騎士である私からしても、善良に過ぎる要求だった。
まったく。ミリモス王子が悪漢の類であれば、パルベラ姫様に恋を諦める進言もできるというのに、こうも好漢ではそれも難しい。
っと、いけない。会談とは関係のない悩みを追いやるべきだろう。
そうして会談の様子に注目しなおしたところで、会話のやり取りが変だと気づく。
なぜかロッチャ国が国土を差し上げると言い、ミリモス王子はなぜか要らないと言い返している。
売国を考えるロッチャ国側の代表者は万死に値するが、ミリモス王子も貰えるものは貰ってしまえばいいのに。
騎士王様からの命令だし、ここは手助けをしなければと、私は意見を告げることにした。
「両者の言い分を聞いて感じたのですが、やはりミリモス王子の要求は、ロッチャ国が犯した罪に対して軽すぎるものだと思います。やはり偽りの大義名分を掲げての侵攻は、それこそ国を滅されても仕方がない蛮行。ロッチャ国側が主張しているように、国の全てを譲り渡すことこそが、唯一の賠償であると言えるでしょう」
よしっ。神聖騎士国家の騎士がこう告げたからには、これで交渉が決まったも同然だろう。
と内心で自画自賛していたのだけど、ミリモス王子になぜか睨まれてしまった。
意味が分からずにいると、会話の流れを聞いていたパルベラ姫様が悲しそうな顔をする。
「自分の国が別の国になるなんて、想像するだけで寂しいです。やはり国の全てを売るような賠償は、悪い行いではないでしょうか?」
パルベラ姫様の心優しさは美徳ではあるけれど、考え違いは正さねばならない。
「パルベラ姫様。民というものは、野花のような存在です。国の頂点が変わろうと、強く逞しく生きていくものなのですよ」
「そうなのですか?」
「それに自分の国が別の国になるのは寂しいと仰いましたが――悪しき国が滅びて、良き国に生まれなおす機会でもあるのです。その正しい国への道行きを先導する能力と責任者に相応しいのは、あのミリモス王子の他にはノネッテ国にはいないでしょう」
私の言葉に、パルベラ姫様の顔が一気に喜びに満ちた。
「なるほど。そういうことでしたら、ロッチャ国の全てを、ノネッテ国が受け入れたほうが良いですね。流石はファミリスです」
「お褒め頂き、ありがとうございます」
パルベラ姫様の賞賛の言葉に浮かれている間に、ノネッテ国とロッチャ国の会談が終わる。こうしてロッチャは国名ではなくなり、地域名と化したのだった。
ロッチャ国からの会談から、私たちはノネッテ国に引き返した。
そしてノネッテ国王と謁見することになった。
「我が国のために骨を折ってくださったこと、ノネッテ国王として礼を言う」
チョレックス王の言葉に返すのは、パルベラ姫様だ。
「神聖騎士国家の国是として行ったことです。お礼を言われると困ってしまいます」
そう照れ笑いをしてから、パルベラ姫様の目に強い意思の力が宿ったことを、私は見取った。
嫌な予感がしたが、他国の王の前で勝手に喋り出すのは、礼儀に反すること。パルベラ姫様が言葉を続けることを、黙って見ているしかなかった。
「これでロッチャ地域をノネッテ国が治めることになりましたが、どなたが統治するかはお決まりなのでしょうか?」
パルベラ姫様の言葉は、一歩間違えれば、他国の政治に介入するようなものだった。
実際、ノネッテ国の宰相が機嫌を害したような顔をしている。
しかしチョレックス王は気にしていない素振りで、会話を返してくださった。
「ノネッテ国の本土よりも広大な土地。治める者は、それに見合った能力が必要となる。選出には慎重さが必要であると考えておるよ」
「それでは、神聖騎士国家の次女姫として、ご提案があります」
「ほう。それはどのようなものか?」
「二度の戦争で武功が大きく、そして帝国とロッチャ国の交渉取りまとめたお方に、統治をお任せになってはいかがでしょう。そのお方は、ご自身が優秀であると、度重なる功績で証明しています」
婉曲的な表現だけれども、要はミリモス王子を推すと、パルベラ姫様は仰ったわけである。
恋心による暴走――と諫めたいのだけれど、そうとはできない。
なにせ、ミリモス王子は人格と戦闘と政治の手腕に長けた人物で、名君たる素質が見受けられる。唯一の短所であるパルベラ姫様の想い人という点がなければ、私とて推すに足る人物だ。
この人物評価は、ノネッテ国側も同じようで、王は嬉しそうに、宰相は頭が痛い様子で同意してくる。
「騎士国の姫に推挙されるとは、ミリモスも大物になったものだな」
「麒麟児であることには同意ですが、ミリモスは十二歳ですよ。広大な土地を任せるには、年齢的に不安が残ります」
「では誰が相応しいと考えるのだ、宰相よ。長男のフッテーロは能力は適しておるが、ロッチャ国の追手から逃げ帰った者。彼の地の役人どもに下に見られる懸念がある。他の者で、ミリモスより優れた点に、年齢以外のものがある者がいるか?」
「……ソレリーナ様がいらっしゃればと思ってしまいますね」
「あやつは、嫁いだ先で幸せに暮らしておる。夫に愛されているとのろける言葉がたっぷりと入った手紙が、先日手元にきたぞ」
ノネッテ国王は積極的に、そして宰相は消去法で、ミリモス王子が新たな領主となることを決めたようだった。
ノネッテ国王との謁見が終わり、案内された部屋にて、パルベラ姫様は私だけを残して、他の人たちを部屋から追い出した。
そして、呟くように告げる。
「黒騎士。いるのでしょう?」
パルベラ姫様が問いかけると、柱の前にすっと人影が現れた。
他国への潜入と情報収集のために、隠形の神聖術を極めた存在である、黒騎士の一人だ。彼らのうちの誰かが、ミリモス王子の一騎打ちの様子を伝えてくれた。
そんな黒騎士が、端的に問う。
「ご用の向きは?」
「ノネッテ国のミリモス王子が、国土を吸収した旧ロッチャ国の国土を治める領主となります。けれど、十二歳という年齢は、大きな国土と領主という権力を持たせるには不安が残ります。そこで、私とファミリスが監視者として同行する必要があると考えます。お父様にそう伝えて、この提案の是非を貰ってきて欲しいの」
「畏まりました。それでは、失礼」
黒騎士は陽炎や蜃気楼だったかのように消える。
私の騎士としての鋭い感覚で、空いていた窓から抜け出たと感じたが、それ以降はどこに行ったか悟ることはできない。
ふむっ。私も鍛え方がまだまだ足りないな。
更なる神聖術の熟達を誓う一方で、パルベラ姫様に尋ねたいことができた。
「パルベラ姫様は、ミリモス王子と離れるのがお嫌なので、あのような提案をなさったのですね?」
「当然じゃない。せっかく近くでお姿を拝見できていたのに、これでお別れだなんて、悲し過ぎて泣けてしまいます。私はミリモス王子の横にいるためなら、どんな手段も辞さない覚悟です! 当然、神聖騎士国家の名に恥じない行いに限ってですよ?」
その言葉に安堵すればいいのか、それとも嘆けばいいのか。私にはついぞ判断がつかない問題だった。






