四十四話 王命
会談を終え、終戦の文章に調印を終わらせ、これで正式にロッチャ国はノネッテ国の属領になった。つまりは、ロッチャ地域に代わったということ。
そんな儀式終えて、俺はファミリスとパルベラ姫と共に、ノネッテ国へ戻ってきた。
そしてすぐに、チョレックス王への謁見となった。
謁見の間に入ると、不思議なことに、他の王子や王女――兄姉たちも居た。
不思議に思いながらも、俺は事の顛末を報告すると、チョレックス王から厳めしい口調が来た。
「終戦協議の締結、大儀であった。それにしても、賠償にロッチャ国全てを手に入れて戻ってくるとはな」
「押し売り切られてしまったことは、僕の不徳の致すところです」
正直に弁明したのだけど、返ってきたのは苦笑いだった。
「これほどの手柄を立てて、不満とはな」
「ロッチャ地域の経済規模は、ノネッテ国自体の十倍はあります。このままでは、軒先を貸した店子に母屋を乗っ取られてしまう危険がありますので」
「確かにそれは問題だ。だがその店子を指導する者を派遣すれば、母屋も安泰ではないか?」
「それは――その通りかもしれません」
その指導員が、あらゆる意味で大変なことを除けばだけど。
しかしこの報告で俺がロッチャ地域に関わる役目は終わりだ。あとは元帥としての日常に戻ればいい。指導員に抜擢される人には悪いけどね。
そう気楽に構えていたら、チョレックス王から王命が下った。
「我が子、ミリモス・ノネッテ。チョレックス王の名で、汝に命じる。元帥の位を返上せよ」
意外な命令だったけど、協議に失敗したのだから、役職を取り上げられるのは当然か。
俺は頭を深く下げつつ、胸から元帥位の勲章を外して、前へ掲げる。
「はい。この場にて、元帥位を返上いたします」
俺が差し出した勲章を、宰相のアヴコロ公爵が近寄り取り上げる。
その際、兄の一人サルカジモが『ザマァ!』といった、殴りたくなる顔をしていた。
我が兄ながら底意地が悪いなと思っていると、チョレックス王から更なる王命がやってきた。
「重ねて命じる。汝をロッチャ地域の領主に任じ、その地域における一切合切を任せる。あの土地を平定し、発展させるよう努めるように」
一瞬、なにを言われたかわからなかった。
だからつい、不作法だとわかっていたのに、口から疑問がついて出てしまった。
「僕が、ロッチャ地域の領主ですか?」
「なんだ。王の命に不服があるのか?」
「……不敬を承知で申し上げるのなら、フッテーロ兄上の方が適任ではないかと」
前世を知る俺より地頭が良く、外交で色々な国に顔が売れているので協力が得やすいので、本国以上に大きな土地の領主には適任だ。それに将来、フッテーロ兄上が王になり、土地が広いロッチャ地域にノネッテ国の首都を遷都する場合、その土地の領主でだった経験があった方が住民も受け入れやすいだろうし。
そんな俺の思惑は、当のフッテーロ兄上に否定されてしまう。
「僕はあの国から逃げた王子だよ。そんな人物が上に立ったりしたら、ロッチャ地域から召し抱えざるを得ない家臣たちに下に見られてしまって、運営が困難になってしまうよ。それに引き換え、ミリモスは十二歳とはいえ旧ロッチャ国軍相手に戦った猛者だ。そんな人物が領主となれば、家臣たちだって一目置くはずだよ」
「というわけだ。納得したか」
チョレックス王の問いかけに、俺は了承するしかなかった。
「はい。ロッチャ地域の領主、拝命いたします」
「よろしい。ならばこのときより、ミリモス・ノネッテは公爵となる。その身分に相応しい振る舞いをするよう、心掛けよ」
再び予想外の命令だけど、今度は抗命するような真似はしない。
「はい。お言葉を胸に刻み、精進することを誓います」
こうして俺の報告と、領主への任命が終わった。
これで謁見は終了かと思いきや、話は続いた。
議題は俺が返上した元帥位について、チョレックス王が語り始める。
「我が軍は二度の戦いで大きく傷ついた。その人員の補充や立て直しに、元帥が空位であるのは好ましくない。しかし、この危急の状態に市井の者を頂点に据えるわけにもいかぬ。つい先日、賭け事の代価で役職を得た者がいると報告があったばかりなのでな」
センティス。チョレックス王が、お前のことを非難しているぞ。まあ報告書を上げたのは俺だけどね。
「であるからこそ、我が子らの誰かに、元帥を継いでもらわねばならぬ。無論、外交に忙しいフッテーロと、ロッチャ地域の領主となったミリモスは除外となる」
その宣言に、勢いづいて名乗りを上げたのは、サルカジモだった。
「そういうことなら、お任せを! ミリモスよりも立派に元帥をこなしてみせます!」
チョレックス王は頷きつつ、視線を双子姉のガンテとカリノ、そして俺の二歳上の兄のヴィシカへ向ける。
「サルカジモはこう言っておるが、三人の意見はどうか?」
「軍事のことは分からないわね、カリノ」
「そうね、ガンテ。知らないことは、やらない方がいいわよね」
双子の姉は元帥の任命をやんわりと拒否した。
そうなると、その黒茶の髪色も合わさって兄弟の中で一番影が薄いヴィシカの意見によって、サルカジモが次の元帥になるかが決まる。
さてどうなるかなと見ていると、ヴィシカは真っ直ぐにチョレックス王を見て口を開いた。
「次の元帥に相応しいのは、僕だ。サルカジモ兄じゃない」
そのハッキリとした物言いに、この場にいる全員が驚いている。
俺も、物静かなヴィシカが、こうも大声で宣言する姿を初めて見たので驚いていた。
この衝撃からいち早く抜け出たのは、チョレックス王だった。
「――うむっ。立候補者は二名。何らかの方法で決めねばならんな」
チョレックス王が、選定方法を考え始めた直後、サルカジモが再起動してヴィシカに詰め寄る。
「おい。今すぐに辞退しろ。お前に元帥なんてなれっこない」
「嫌だよ、サルカジモ兄。元帥になるのは諦めない」
「んだと、生意気なヤツ! いいから譲れ!」
「ミリモスが温めてくれた席を、サルカジモ兄が冷やすのは、僕が許さない」
変な言い回しだけど、ヴィシカがサルカジモには元帥位が相応しくないと語ったことは理解した。
それは言われた本人、サルカジモも同じだったようだ。
「なんだと! ミリモスごときが元帥できたんだぞ! 俺が出来あないはずがないだろう!」
「いや、ミリモスだからこそできたんだ。それが分かっていないサルカジモ兄は、やはり退くべき」
なにやらヴィシカの俺に対する評価が凄いのだけど。
俺、そんなに言われるほど、凄い奴じゃないよ?
困惑している俺を置き去りに、サルカジモとヴィシカの言い合いは過熱していく。
その熱を取り去るように、チョレックス王の厳めしい言葉が降ってきた。
「両者、そこまでだ。二人の元帥位にかける意気込みは理解した。であるならば、二人には同じ試練を与える。突破出来た者のみが、次の元帥に任じよう」
一度言葉を切り、チョレックス王は王命を下す。
「我が子、サルカジモ及びヴィシカ。二人は新兵訓練を半年の間、受けよ。見事に命を果たした暁には、元帥位を与えると約束しよう。仮に両者とも命を果たした場合は、サルカジモが元帥、ヴィシカを将軍位に任じると約束する」
チョレックス王の決定は、ややサルカジモに甘い気がした。
まあ次兄だし、ここらで功績の一つでも持たせてあげたいっていう親心って感じだな。
それはサルカジモも分かっているようで、得意げな顔をしている。
「これで次の元帥は決まったようなものだ。諦めて辞退したらどうだ?」
「可能性があるのなら、僕はやり遂げる。それに、サルカジモ兄が訓練から逃げたら、僕が次の元帥なのは確定だ」
睨み合う両者の間に、火花が散ったように見えた。
二人には元帥位をかけての暗闘はせずに、健全に王命を果たしてくれるよう、俺は願うばかりなのだった。