四十三話 会談交渉
宿で一夜を明かし、身づくろいを整えてから、俺たちはロッチャ国の首都にある城へと向かった。俺は徒歩で、パルベラ姫とファミリスは騎乗してだ。
近くまでいくと、生活のにおいがある城というより、防衛拠点の砦と言った感じの建物が見えてきた。
この場所が、ロッチャ国の舵取りをする場所か。
感慨深く見上げていると、城の門番が槍を手に近寄ってきた。
「何者か! 用がないなら、即刻立ち去れ!」
威圧的な態度だが、外敵を排除する門番の役割として及第点の行動だ。
俺は彼の職務を理解しつつ、穏やかに話しかけようとして、ネロテオラに跨るファミリスが大声を放った。
「私はファミリス・テレスタジレッド! 神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタルの騎士である! そして我が前にお座りになられている方こそ、当代騎士王テレトゥトス・エレジアマニャ・ムドウ様の次女、パルベラ・エレジアマニャ・ムドウ様である! 即刻、そちらの頂点の者たちとの会談を望むものである!」
ファミリスは騎士口調で言い放ってから、腰の剣を抜き放ち、そして大きく横に振った。すると突風が吹き荒れ、誰何してきていた門番を門の手前まで吹き飛ばした。
騎士国の騎士が全力で神聖術を使ってのデモンストレーションに、門番は大慌てで立ち上がる。
「騎士国の騎士の方とは知らず、失礼した! しかし、しばらく! いましばらく、ここでお待ちを!」
門番の人は可哀そうなくらいに狼狽しながら、城の中へ走っていく。
そこから一分ほど経ったとき、城から慌ただしい物音が聞こえてきた。
恐らく、門番から伝言を受けた人たちが、城の中を駆け回って、関係各所に連絡を入れているんだろうな。
「っていうか、俺の存在を伝えてないんだけどなぁ」
ノネッテ国の王子という肩書なぞ、この二人のネームバリューの前には霞も同然なのは、同意せざるをえない部分ではあるけどね。
諦めと悟りの境地の真ん中ぐらいの気持ちで待っていると、ぞろぞろと十人ぐらいの良い服装をした偉そうな人たちが出てきた。彼らは一様に、貼り付けたような愛想笑いを浮かべていた。
「騎士国の姫様と騎士様。ようこそ、お越しくださいました。ささ、どうぞ城の中で。温かい場所で、用向きを聞かせていただければと」
媚び媚びな笑顔の人たちの言葉に、ファミリスが不愉快そうに鼻息を一つ吹く。
「ふんっ。偽りの名分で他国を侵略した悪の者たちが、よくこうも雁首を揃えられたものだな! 本来であれば、即刻この場で首を斬りおとしてやるが唯一の慈悲だ!」
「「「ひえっ!?」」」
ファミリスの威圧に、ロッチャ国の代表者たちが顔を青ざめさせた。
その様子を見て留飲が下がった様子で、ファミリスは言葉を続ける。
「しかし。麗しき次女姫様に、お前たちのような下種な血を見せて、お目を汚すのは憚られる。その命を束の間でも繋げられること、パルベラ姫様に感謝するように!」
「「「は、はい! ありがとうございます! 次女姫様! パルベラ姫様!」」」
「皆の感謝の言葉を、このパルベラ、預からせていただきます」
脅されて礼を言うロッチャ国代表者たちと、それを当然のように受け止めるパルベラ姫とファミリス。
あまりにも現実離れした光景に、なんだかお芝居の一幕を見せられている気がしてきた。
そうして状況に置いていかれている俺を、ファミリスが言葉で巻き込みにかかってくる。
「こちらに、お前らの不当な侵攻の被害者であるノネッテ国の代表――ノネッテ王家の王子、ミリモスを連れてきた。私たちの目の前で、彼と終戦ないしは停戦交渉を行うように。この交渉で、お前らの悪しき企みなどが露見した際には……」
最後は明言しないまま、ファミリスは手にある剣の刃に空から降り注ぐ陽光を当てて反射させ、その光をロッチャ国の代表団に浴びせかける。
それがどういう意味かを悟り、再び悲鳴が上がった。
「ひあぁっ!? 今回のことは、こちら側が完全に悪い行いをしたと、ちゃんと理解しております!」
「誠心誠意、ノネッテ国の代表の方とお話し合いをさせていただきます!」
「ささ、どうぞミリモス王子。城の中で会談といきましょう!」
「……はい」
釈然としない気持ちを抱えつつ、俺はロッチャ国の代表者たちに先導されて、城の中へと足を踏み入れる。その後ろから、ネロテオラから降りたパルベラ姫とファミリスがついてきて、こちらも城の中へと踏み入ったのだった。
通された場所は、人が五十人くらいは入りそうな大部屋だった。中には、長方形の長机と三十人分の丸椅子が並べられている。
俺は出口を確保する意味も込めて、扉から入ってすぐの位置に着席する。対するロッチャ国の代表者たちは、自然と対面へと回ることになった。
そしてパルベラ姫とファミリスは、俺たちの横側の辺の場所に着席した。
「では、両者。会談を開始しなさい」
ファミリスが進行役や議長のように宣言してきた。
喋ろっていきなり言われても、なにから話したらいいやら悩んでしまう。
ロッチャ国側はファミリスのことを怖がって、こちらへの様子見を決めているようなので、こっちから話しださないといけない様子なんだよなあ。
仕方がない。まずはこっちの立場を明確に打ち出そう。
「ノネッテ王家第一王位継承者であるフッテーロ・ノネッテ王子に、貴国が不名誉かつ不愉快極まりない濡れ衣を着せたこと、そして嘘の理由で我が国に攻め入ってきたことに対し、ノネッテ国の代表として強く遺憾の意を表明します。理不尽な戦争によって被った被害と合わせ、多大な賠償を覚悟して欲しい」
王子口調で宣言すると、ノネッテ国側はファミリスをチラリと見てから、代表の一人が口を開いた。
「ノネッテ国側の意見と要望は、真っ当なものであると理解いたします。しかし、我が国は経済難の状況。多大な賠償と言われても、払えるものがあるかどうか……」
その点は俺も理解している。なにせロッチャ国がノネッテ国に攻め入ったのは、経済を立て直すための方策だったんだから。
それでも、ノネッテ国としては賠償を取らなければいけない。
傷ついた兵士への補償、そして嘘の建前で攻め入ってきたペナルティーを払わせないと、他の国が『この程度の賠償なら侵攻した方が得』と考えないとも限らないしね。
では、ノネッテ国がロッチャ国から貰えるもので、価値があるものは何だろうか。
ノネッテ国としては、ロッチャ国の土地や農作物は要らない。鉱物毒が川に流れているので、体を害する可能性があるからだ。
鉱物資源も必要ない。ノネッテ国で必要な分は、自国の領土から賄えているからな。
お金という手もあるけど、ロッチャ国の経済が疲弊しているので、望みは薄い。年賦払い契約したとしても、払い終える前に潰れそうだし。
となると、狙うはロッチャ国が持つ製鉄技術だな。
ノネッテ国の技術者が解析した帝国の魔導技術と、ロッチャ国の持つ製鉄技術を合わせれば、帝国の者に匹敵――は難しいけど、劣化品の装備は入手可能だろうしね。
さて、狙いを決めたら、そこへの道筋をつけるとしよう。
「ロッチャ国の皆さんはご存知だとは思いますが、ノネッテ国が旧メンダシウム国の土地を欲しなかったように土地的野心が薄く、そして経済が他国に依存しない自国完結型なので金銭欲求も少ない国です。つまり、土地もお金も欲してはいません」
俺が実情を語ると、ロッチャ国の代表者たちは理解しがたいというような困惑顔をしている。
まあ、賠償を払えと言っているのに、土地も金も要らないと言えば、その通りだろうけどね。
「そんな国ではありますが、向上心を持っていないわけではありません。そう、技術的な向上心をね」
俺が意味深に聞こえるような言葉を放つと、ロッチャ国側がこちら側の言いたいことを理解した顔になった。
「もしや、我が国の技術を渡せと。嘘の理由で侵攻した代償と、貴国に与えた損害の賠償を、技術で払えと。そう言うことですか?」
「まさしくその通り。でもこの要求は、そちらとしても願ったり叶ったりではありませんか?」
土地や金を失わず、帝国の取引が潰えた関係であぶれた技術者たちをノネッテ国に渡すだけでいい。ロッチャ国としては損する点がないに等しい要求だろう。
さてどう返答すると構えていると、横から物言いが入った。
顔を向けると、ファミリスだ。
「賠償を金銭の代わりに人で払うことは、人身売買に等しい蛮行であると言えます。正しい行いではないと、騎士国の代表として注意します」
「その点は安心してください。賠償といっても、形としては我が国に招致する形をとります。奴隷にする気はないですし、ちゃんと技術顧問として雇い入れてノネッテ国基準での給料を払う気でいます。人道に反することはしないと誓います」
「そういうことなら、理解しましょう。パルベラ姫様。なにか言うことはおありですか?」
「ミリモス王子の提案は、謂われない争いの被害者であるにも関わらず、慈悲に溢れた判断であると支持します」
よしっ、騎士国の許しは出た。
これでロッチャ国側が受け入れれば、万事解決だ。
肩の荷が下りた気で返答を待っていると、返事は意外なものだった。
「ミリモス王子の要求。騎士国のお二方が語られた通り、我が国に極めて配慮してくださったものであると分かっています」
「しかしながら、その提案に甘えてしまっては、他国の王子に濡れ衣を着せ、それを理由に戦争を起こしたという大罪の償いにはならないのではないか、という危惧があります」
……なんだか話の流れが変だぞ。
こちらが優しい要求を出したんだから、相手はこれ幸いと受け入れるのが普通だ。
それなのに、ロッチャ国は『自分から負債を上乗せする気』でいる。
俺がその目的が分からず困惑している間にも、ロッチャ国の代表者たちは話を続けていく。
「大罪を犯した我々は、国の運営から立ち退くべきでしょう。そして後進に席を譲るべきでしょう」
「しかしその後進も、我々の下で学んで育った者たち。我々と似た思考を持つことは考えられること。そんな人物が運営しては、今回と同じ轍を踏まないとも限りません」
「ですので、我らは考えたのです。不当な行為の下で起こした戦争の賠償として、ノネッテ国にロッチャ国の全てを支払おうと」
「土地、経済、住民、兵士、そして技術。その全てをです」
国を丸々売るって話が出て、俺は目を丸くしてしまう。
「その提案はありがたいですが、ノネッテ国は領土的野心を持っていないと言いましたよね?」
「分かっております。ですので、渡した後はどうなさってもかまいません。それこそ、帝国に売却したとしても恨みはしません」
帝国の名前を出してきたところで、薄っすらとロッチャ国の思惑が理解できた。
鍵は、この場にいる第三者、パルベラ姫とファミリス――騎士国の代表だ。
騎士国は正しい行いを標榜する国だ。そして帝国と敵対している国でもある。
ここで俺が、これ幸いとロッチャ国を帝国に売り払うと決めたとしよう。もしくは後で売ろうと決めたとしよう。そのときに必ず、二人から待ったかがかかる。騎士国としては、ロッチャ国という製鉄技術に長じた民族を帝国に渡すわけにはいかないし、賠償で貰った国を易々と売り渡すとは何事かという人道的な見解が出るに違いないからだ。
要するに、ロッチャ国がノネッテ国の所有物になった瞬間、その負債ごと抱えざるを得ないということ。
さらに付け加えるなら、ロッチャ国がノネッテ国の属国ないし属領となったら、帝国の同格国証明書がこの土地にも適用されるようになる。その効力を使えば、帝国との取引の交渉をやり直すこともできるだろう。
考えれば考えるほど、この売国の一手は、ロッチャ国に対してうま味が満載だ。国を売り払うということは、この代表者たちが住民に石を投げられても仕方がないという事実を抜きにすればだけどね。
まさかまさかの手段だけど、俺はすぐに対応する。
「ロッチャ国がノネッテ国に対して抱いた罪の意識は十分にわかりました。その気持ちは受け取りましたので、ロッチャ国の技術者だけをお渡しくだされば、それで今回の賠償は十分であると改めて表明しましょう」
「いえいえ。我々が出せる精一杯の償いなのです。ロッチャ国の全てをお受け取りください」
「我が国は貴国の数分の一、いや十分の一ほどの小国。大きな荷物は抱えきれないのと同様に、ロッチャ国全てを渡されても手に余るのです。お気持ちだけ受け取りますので、技術者だけで」
「ロッチャ国の全てを渡すのです。手に余る部分があるのでしたら、いま国を運営している者が支えましょう。何も問題はありません」
要らないという俺に対して、押し売りをかましてくる相手。
賠償を受け取るべき側がそんなに要らないと言い、賠償をする側が全てを持っていけという。
傍目からしたら、頓珍漢な状況だろうな。
しかし、こんな負債だらけっぽい国など、押し付けられるわけにはいかない。
さらに俺が断ろうとすると、またもや横――ファミリスから物言いが入ってきた。
「両者の言い分を聞いて感じたのですが、やはりミリモス王子の要求は、ロッチャ国が犯した罪に対して軽すぎるものだと思います。やはり偽りの大義名分を掲げての侵攻は、それこそ国を滅されても仕方がない蛮行。ロッチャ国側が主張しているように、国の全てを譲り渡すことこそが、唯一の賠償であると言えるでしょう」
ノネッテ国の内情を知らないくせに、余計な意見を!
見ろ! ロッチャ国側が、我が世の春が来たとばかりに、喜色満面の笑顔じゃないか!
俺は歯噛みしつつ、ファミリスに抗議を入れる。
「国を全て売れとは、ロッチャ国に住む人たちの感情を考えたら、あまりにも無体では? 自分が生まれ育った国が、この会談の結果いかんで消滅するのですよ」
俺の本音を隠しての主張を聞いて、ファミリスではなくパルベラ姫が悲しそうに瞼を下げる。
「自分の国が別の国になるなんて、想像するだけで寂しいです。やはり国の全てを売るような賠償は、悪い行いではないでしょうか?」
よしっ。パルベラ姫はこちらの肩を持ってくれた。
そう喜んだのも束の間に、ファミリスがパルベラ姫へ言葉を向ける。
「パルベラ姫様。民というものは、野花のような存在です。国の頂点が変わろうと、強く逞しく生きていくものなのですよ」
「そうなのですか?」
「それに自分の国が別の国になるのは寂しいと仰いましたが――」
ファミリスがこしょこしょと内緒話を始めると、その一言事にパルベラ姫の表情が変わる。
困惑から、理解、そして歓喜へ。
俺は嫌な予感がして、二人の会話を止めようと決意するが、それは少し遅かったらしい。
「なるほど。そういうことでしたら、ロッチャ国の全てを、ノネッテ国が受け入れたほうが良いですね。流石はファミリスです」
「お褒め頂き、ありがとうございます」
なにを話したかしらないけど、パルベラ姫の意見がロッチャ国寄りになってしまった。
いや、本当にどんな話術を使ったのやら。ファミリスの表情が苦い物を噛んだような感じだから、使いたくはなかった奥の手を使ったようだけど。
しかしこれで、趨勢は決してしまった。
ここで俺が一人で頑張って抵抗するのもいいけど、ロッチャ国はこれが経済を立て直す唯一の手だから意見を変えないだろうし、パルベラ姫の目が『これで決定』という意思に満ちているから、やるだけ意味がないか。
俺は、交渉内容からするとノネッテ国の大勝利といってもいいのだろうけど、実質的に交渉に敗北したことに気落ちしながら、提案を受け入れるしかなかった。
けど、渡されたロッチャ国のことで苦労を背負うのは俺ではない。なにせ俺はノネッテ国の元帥。本国から離れるわけにはいかないのだから。
こんな大変な役目の白羽の矢が当たる人には悪いけど、 こうなってしまったからには仕方がないので、頑張って欲しい。
そう、他人事のように考えたのだった。