四十話 戦後処理
冬の最中に始まった、ノネッテ国とロッチャ国との戦いは、最終決戦を前にして終結することになった。
俺が王城に帰還して伝えたところ、事実確認が必要なことと、国境の山に陣取っている敵先遣部隊への通知をせねばならないことで、ちゃんとした停戦の条文を交わすのは冬が明けてからとなるという見解だった。
「は~~。冬の寒い中での戦いはもう、お腹いっぱいだよ」
俺は元帥の執務室の中で、薪を焚いた暖炉の前で体を温めていた。
その姿を、アレクテムが執務机の近くから見ている。
「ミリモス様。書類の確認をしてくださらないと困ります。二度の戦いで、ノネッテ国の戦費は空。兵士用の糧秣も、冬が終わるまで持つか怪しいところなのですぞ」
「傷病した兵士たちへの補償も必要だしね。足りないものの工面はしなきゃなんだよねぇ……」
手指を十分に温めてから、俺は執務机に戻り、書類仕事に入る。
冬の間は仕事が少ないはずなのに、戦争があったお陰で書類がたんまりとある。
それらを一つ一つ片付けていくと、気になった報告書が入っていた。
「ロッチャ国がどうやって急に現れたのか謎だったけど、山脈に穴を空けて通ってきたのか。見つけた兵士には金一封を渡すとしよう」
簡単に行き来できる道があるということは、こちらからの逆侵攻も可能になる道だ。仮にロッチャ国が封鎖目的で崩落させたとしても、一から掘るよりかは簡単に再開通させることもできるだろうしね。
そうして次々に書類仕事をこなしていくと、部屋の扉が叩かれた。
「ミリモス元帥。チョレックス王がお呼びです。謁見の間まで、お越しください」
扉の向こうからやってきた声に、俺はアレクテムに顔を向ける。
「どうして呼ばれたんだろう?」
「戦勝へのお褒めの言葉ではありませんかな」
「まだ条文を交わしてないんだから、戦勝は変じゃない?」
理由はわからないけど、とりあえず呼ばれたからにはいかねばならない。
俺は来ている服――兵士用にあつらえたものを指で掴む。
「あー、着替えるのが面倒だなぁ……」
「その格好は兵士としては適当ですが、王の前に出るには不十分ですからな」
俺は仕方がないと肩をすくめつつ、アレクテムが用意してくれた礼服に着替え、胸に勲章を付けていった。
謁見の間につくと、扉を開閉する役の人が、中へ向けて大声を放つ。
「ミリモス・ノネッテ元帥。謁見に進まれます!」
役人が扉を開いたところで、俺は謁見の間の中へ進んでいき、規定の場所で膝をついて臣下の礼をとる。
「お呼びと聞き、参上いたしました」
俺が頭を下げながら告げると、周辺に微妙な空気が流れた感じがあった。
なんというか、この部屋にいる全員に呆れられているような、驚かれているような、そんな空気だ。
その雰囲気を俺が不思議に思っても、許しなく頭を上げるわけにはいかないので、そのままで待つしかない。
一分近く時間が経ってから、チョレックス王から声がきた。
「ミリモス元帥。面を上げよ」
許しが出たので、俺は顔を上げて、玉座に座るチョレックス王を見る。同時に、その周辺も視界に入った。
チョレックス王の隣には、宰相のサスディ・アヴコロ公爵がいる。
そして二人の手前側に、見慣れない人たち――いや、一度だけ会ったことがある人たちがいた。
一人はピンク色の髪をゆったりと一つにまとめた、ふんわりとしたスカートドレスを着た少女――神聖騎士国の次女姫様ことパルベラ姫。俺の腰に、騎士王家の紋章入り短剣があるのを見て、なぜか嬉しそうにしている。
もう片方は、マント付きの全身鎧に身を包んだ精悍な顔立ちの女性――騎士国の騎士ファミリス。騎士という役割に徹しているのか、硬い表情でこちらを見ている。
どうしてこの二人が、この謁見の間にいるのだろうと首を傾げそうになっていると、チョレックス王が言葉を発した。
「お二人は、ロッチャ国の不当な侵略を知った神聖騎士国が、ノネッテ国を憂慮して遣わした特使である」
チョレックス王の言葉を受けて、パルベラ姫がスカートの裾を摘まんで、俺にお辞儀してきた。
「『初めまして』、ミリモス・ノネッテ元帥。私、神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタルの王、テレトゥトス・エレジアマニャ・ムドウの次女。パルベラ・エレジアマニャ・ムドウと申します」
「その護衛、騎士ファミリス・テレスタジレッドだ」
パルベラ姫は微笑んで、ファミリスは噛みつかんばかりの眼光で、自己紹介してきた。
こちらを知っているようなので、俺の自己紹介は省略し、話のバトンが一番に位が高いチョレックス王に自動的に渡されるのが、ここでの作法だ。
「お二人は、ノネッテ国とロッチャ国との停戦協議の場に、こちらの代表と共に向かわれることになっておる。その日まで、ミリモス、お前が持て成せ」
言外に『知り合いなんだろう?』と言われた気がした。
パルベラ姫のことは、俺は内緒にしていたけど、アレクテムが事情を話している可能性もあるし、ファミリスのことは前線砦のあらましを報告するなかで記載したので、チョレックス王が接待役を俺に任命する判断は当然かな。
「その役目、拝命いたし――」
俺が返事をしようとしていると、ファミリスが声を上げた。
「無礼と承知で、チョレックス王にお聞きしたいことがある」
作法に外れてはいるけど、咎めたてるほどではない。ましてや相手が騎士国の代表とあれば、小国の王は無下にはできない。
「質問とは、なにかな?」
「ロッチャ国との交渉は、いつになると考えておられる?」
「冬の間の行き来は困難ゆえに、雪解けを経た後、春に始めると考えている」
チョレックス王がノネッテ国の事情を込みで予想を話すと、ファミリスが「遅い!」と断じた。
「ロッチャ国は、周辺国や我が国に嘘の名分を告げてノネッテ国へ侵攻を行った悪しき国。その行いをすぐにも償わせるべきであるのに、冬だからと期間を開けるとは納得しかねる!」
過激な物言いだけど、これはファミリス自身の言葉というよりかは、騎士国側の考えと言った感じなんだろうな。
けど、そんなことを言われてしまったチョレックス王が、苦痛を堪えるような顔をする。
「そう申されても、停戦と賠償を交渉する者を、命の危険がある冬山に向かわせるのは酷に過ぎる」
「何を軟弱な! この国の民の安寧を考えるのであれば、一刻も早く停戦ないし終戦の条文を交わし、戦後賠償の交渉に入らねばならぬ! これこそが、正しい行いであると確信している!」
ファミリスの過激な発言に、チョレックス王に素の表情が一瞬だけ現れる。明らかにドン引きしていた。
その後で、チョレックス王は俺に助けを求めるような視線を向けてくる。
「ミリモス元帥。意見を聞かせよ」
ここで無茶振りをするとか! 仮にも実の息子だぞ、俺は!
内心では驚きと困惑が渦巻いているけど、俺はすまし顔を保持しながら言葉を発していく。
ここは峡谷である騎士国の意見に同意しつつ、自国の王の意見も支持しないと、軋轢を生みかねない場面だ。
「騎士ファミリス殿の仰られることは最もかと。民の暮らしの安寧を一番に考えるのであれば、一秒でも早い停戦の条文を交わすことは急務でありましょう。とはいえ、冬の山は常人には厳し過ぎるものも事実。交渉役をロッチャ国へ遣わせるにしても、その交渉役とて我が国の民。ないがしろにしてはいけません」
「では、どうするべきと考える」
チョレックス王の再度の問いかけに、これを言うのは嫌だなあと思いつつ、答えを返していく。
「交渉役をノネッテ王家の人間に任じれば、冬山を越える困難を民に押し付けることはなくなり、騎士ファミリスが求めた通りにロッチャ国とすぐの交渉に入れるでしょう」
「王家の者とな。であれば誰が適任か?」
「外交交渉に長けたフッテーロ兄上が最大候補なのですが、ロッチャ国から逃げ帰る際に凍傷になりかけて療養中です。身体が万全でない者を遣わせるのは不適当でしょう。序列から言えば、サルカジモ兄上が次の適任者となるのですが――」
「それはダメだ。サルカジモは賢いが、実績に乏しい。外交交渉に相応しい格が備わっていない」
ここでの格とは、ロッチャ国が交渉相手として納得できる人物という意味だ。
サルカジモが王子であろうと、何の実績もない人物が交渉役だと名乗ったところで、相手側はちゃんとした別の人を寄こせと言ってくるのが外交の場らしい。
「――他国に通じるほどの実績があるノネッテ王族となると、他国に嫁いでいるソレリーナ姉上以外には」
ここで俺は言葉を止める。なにせ、自分で自分を推薦するということは、謁見の作法ではありえないからだ。
チョレックス王はそこを理解して、言葉を引き継いでくれた。
「ミリモス元帥。二度の戦いを勝利に導き、帝国と対等な交渉をしてみせたという実績がある、お前しかいないというわけだな」
「恐縮ながら、その通りでございます」
本音を言うと、こんな役目を担うことは嫌なんだけど、正しい行いを標榜する騎士国の人間がいる前じゃ、そんな言葉を吐くことはできない。
俺が内心を隠しながら頭を下げると、チョレックス王から許可が出た。
「確かに、ミリモス元帥以外に適任者はいないようだ。では、ロッチャ国との交渉を任せる。神聖騎士国のお二方と共に、いますぐに彼の地へと赴き、停戦と賠償交渉を纏めよ」
「王命、謹んで拝命いたします」
俺は頭を深々と下げて命令を受けつつ、横目でパルベラ姫とファミリスの様子を伺う。
パルベラ姫は楽しそうな笑顔で、ファミリスは騎士らしい硬い表情でこちらに目を向けてきていたのだった。