四百三十九話 独立を望んだ国への沙汰
ノネッテ王家次男で、俺の兄のサルカジモ。
実際に会うのは、久しぶりだけど――
「――髭面が似合っていないね」
そう、サルカジモの口周りは、もっさりと髭で覆われていた。
確かに王様といえば髭面だけど、あの髭は『ノネッテ真国』を立ち上げて伸ばしたのでは間に合わないほど、髭に濃さと長さがある。
ということは、帝国からノネッテの地の領主に任じられてから伸ばし始めたと考える方が自然だな。
きっと威厳が足りていないと自覚して、それを演出するために伸ばし始めたんだろうなと悟る。
そして俺は、ノネッテ合州国の代表者になったから自分自身も髭を伸ばすべきだろうかと、益体もないことを考えてしまう。
俺が無意識に自分の顎をさすっていたところ、サルカジモから怒声がやってきた。
「再開しての開口一番が非難とは、偉くなったもんだな、ミリモス!」
髭に埋もれていない顔の肌を赤くしての大声を受けたが、俺はサルカジモが何を怒っているのか理解できなかった。
「非難というより、感想ですよ。というかサルカジモ兄上、ご自分でその髭面が似合っていると思っているんですか?」
俺が素直に疑問を投げかけると、サルカジモは更に顔色を赤くする。一方で、彼の前に位置している、ガットとカネィはやや苦笑いの表情に。どうやら、あの二人はサルカジモの髭面が似合っていないと思っていたらしいな。
まあサルカジモの髭面なんて、どうでもいいことか。
今問題にするべきは、どうしてサルカジモが『ノネッテ真国』を立ち上げたかだ。
「それで、サルカジモ兄上。ノネッテの地をノネッテ真国として独立すると宣言した真意を聞かせてください」
「ふん! 軍勢で包囲し、玉座の間まで押しかけてきて、話を聞かせろだと! そのような真似は、刃を喉に付きつけながらの脅しと同然だと分かっていっているんだろうな!」
「分かってますよ。こうでもしないと、素直に喋ってくれないだろうなと思っての行動ですし」
サルカジモは自尊心が強い。
そのため、弟だからと見下している俺が親書を出したところで、読まずに握りつぶすのが落ちだ。
だから質問の回答を得るには、武力で脅しつけて口を開かせる方が早いわけだ。
そんな俺の思惑が通じたのか、サルカジモは怒り顔のまま言葉を放ってくる。
「では聞かせてやろうではないか! 俺が、このノネッテ真国を独立させた理由をな!」
そこから始まったのは、聞くに堪えない妄言混じりの説明だったので、一言一句を覚える気がなくなった。
要約しながら覚えた限りでは、以下の通り。
フッテーロは帝国に敗けた王なので、復帰するのは望ましくない。
フッテーロが駄目なら、ノネッテ王族の次兄であるサルカジモがノネッテの地を納める当主になることが当然。
もともと帝国から独立するための準備をしていた。帝国から貰った『同格証明書』があるのだから、帝国は独立を認めざるを得ないはずだ。
準備が整いきる前に帝国が破れたが、戦争終了のタイミングで整ったので予定通り独立宣言した。
ノネッテ合州国はノネッテ国から始まったのだから、ノネッテ真国へ合州国の全権を献上するのが筋だ。
そんな条項を、妄言混じりの言葉と共に言い放たれて、俺はゲンナリしてしまう。
まあ色々と勝手なことを言っているなと思うけど、全く理がないかというと、そういうわけでもない。
確かにフッテーロ兄上の次の王となったら、サルカジモが候補に上がることは間違いない。
帝国の『同格証明書』があれば、ノネッテ真国は独立した瞬間から帝国と同格国だと言うことができなくはない。
折角独立準備したのだからと、最後までやり遂げたいと思う気持ちもわかる。
ノネッテ国がノネッテ合州国の祖なのは、確かにその通りだ。
けど、それぞれの部分で、酷い片手落ちが存在することに、サルカジモは気付いているだろうか。
「サルカジモ兄上。いまのこと、本気で言ってます?」
「大真面目だとも!」
「じゃあ、問題を一つずつ指摘しましょうか――」
サルカジモは、帝国の企みに踊らされた失態を受けて、帝国に追放になった身。そんな存在がノネッテ国の次の王に就かせるわけにはいかない。そのため、年功序列かつ帝国の息がかかっていない者で考えるなら、次の王は俺の一つ上の兄であるヴィシカが相応しい。
帝国が健在なら、ノネッテ真国が独立することは出来なかった。そも『同格証明書』があったのに、帝国はノネッテの地に攻め入って領土を奪い取った。「独立だ」と叫んだ瞬間に、帝国の軍隊に潰されるのが落ちだ。
独立の準備が整ったのだからと独立するよりも、独立する準備があると交渉のテーブルを作るべきだった。それならノネッテ合州国側も、サルカジモの要求をちゃんと聞き、受け入れられるものは受け入れただろうしね。
そしてノネッテの地はノネッテ合州国の始まりの地であることは間違いないが、ただそれだけでノネッテ合州国の全権を握ろうとするには主張が弱すぎる。それに『合州国』とは文字通り州が合わさって出来ている国。仮に俺が独善的にノネッテ真国へ全権移譲したとしても、各州の領主たちが認めるかは別問題だ。
「――各州は各々で独立した行政を抱えているんです。合州国の当主が、当主として不適格だと思ったのなら、国体を預けてられないと独立宣言を出すするでしょうね。まさに、ノネッテ真国のように」
「なッ! お前は、そんな勝手なことを許すような条件で、各地を下に就かせているのか!?」
「別に問題はないでしょう。合州国の当主が、各地の州の領主の話を聞き、真摯に対応すればいいだけなんですから」
「そんな下の者におもねる真似をしては、付け上がるだろう!」
「付け上がって独立したらどうするんだと言いたいのなら、独立すれば良いんじゃないですか?」
俺の返答が意外だったのか、サルカジモは目を丸くしている。
反論が直ぐに来なかったけど、こちらが勝手に話すとしよう。
「もう少し深く言うと、ノネッテ合州国の一員のままでいるよりも、独立国になった方が利点が多いのなら、そうすれば良いんですよ。まあ、独立するほどの利点は、俺の頭ぐらいじゃ考え付かないですけどね」
「……なんだと」
「だってそうでしょう。州の領主なら、自分の領土の治安を守れるだけの経済規模と私兵を持っていればいい。私兵で対応できない問題が起きたのなら、国軍を派遣してもらえばいい。実に統治が楽ですね。しかし独立国の主となれば、他国に押しつぶされないだけの経済基盤が必要だし、対外的な問題に対処するための軍隊が必要です。そのどちらも賄うとなれば、重税は必至ですが、国民が納得してくれますかね。独立する前は税が安かったのにと、暴動が起きたりするんじゃないでしょうか」
その暴動を武力で鎮圧したのなら、国民からの信頼は失墜する。しかし暴動を放置すれば、王家は討たれてしまう。では税を戻そうとすると、今度は独立国の運営がままならなくなる。
「そう考えていくと、独立するよりも、州のままでいた方が恩恵が多いでしょう。だからノネッテ合州国の各州は、独立する権利はもっていても、独立したりしないんですよ」
「……ふんっ、どうだかな。大方の各州の領主は、ミリモス――お前に負けた国の王や官僚がそのままなっているという。お前の持つ武力が怖くて、独立しないのだろうよ。いま現在、俺のノネッテ真国がノネッテ合州国の軍勢に包囲されて脅されているのだから、その懸念は抱いているに違いない」
やり込めた、と言いたげな表情のサルカジモ。
でも俺からしてみれば、ノネッテ合州国の軍勢を怖がって独立しないのは、それはそれで正しい判断だろうと思う。
「ノネッテ合州国の軍勢を敵に回せば怖いと思うのなら、同時に味方であれば頼もしいとも思うでしょう。そして、これほど頼もしい軍隊が既にあるのなら、自前で新しく軍隊を持つなんて真似は不経済だと、そう悟れるぐらいの頭は持っているはずですよ。各州の領主はね」
「……最後の言葉は、俺にはその頭がないと言っているのか?」
「そんな気はなかったですけど、まあ言われてみれば、そう受け取られても仕方がない状況ではありますね」
俺があえて笑顔を浮かべると、サルカジモの怒り顔の度合いが強くなった。
「ミリモス、お前! 馬鹿にしているのか!」
「そんなつもりはなかったって言ったでしょう。でもまあ、サルカジモ兄上の考えが分かって、よかったですよ。では、独立国の運営、これから頑張ってください」
聞くべきことは聞けたので、俺は玉座の間から立ち去ろうと背を向ける。
すると、今まで話し合っていたサルカジモだけでなく、この場の全員から驚く雰囲気がやってきた。
不思議に思って見まわすと、驚いた者たちの代表かのように、ファミリスが声をかけてきた。
「ノネッテ真国を騙る者たちを野放しのまま、何もせずに去る気ですか?」
ファミリスが信じられないと言ってくるけど、そんなに驚くことだろうか。
「さっき言ったでしょ。ノネッテ合州国の各州は、独立したいのなら勝手にすればいいって。ノネッテ真国も、帝国が下ってから少しの時間だけはノネッテ合州国の一部だったんだ。その権利はあるからね」
「だから独立してもいいと。では、どうして、ここまで軍隊を進めたのです? このまま、あの者たちを討ち取っても、誰からも文句は出ないのですよ?」
「サルカジモ兄上から本心を聞き出すためだって、これもさっき言わなかったっけ?」
俺の答えに、ファミリスが頭痛を堪えるような素振りをする。
そんなに信じられないと示されるほど、変なことを言っている気はないんだけどなぁ。
うーん、もう少し言葉を付け加えるべきか。
「ノネッテ真国は、良い実例になるだろうね。ノネッテ合州国から独立した国が、将来どんな道を進むことになるかのね」
「見せしめ、ということですか? そのために、ノネッテ真国を放置すると?」
「いやだな。これは選択肢の提示だよ。ノネッテ真国の様子を見て、これならウチは独立できると思ったのなら、独立してくれればいいってね」
各州では、敗国のトップをそのまま流用している。
そのため、どうしてもノネッテ合州国に無理矢理入れさせられたと思われ続けている。
その状況を放置していると、どうしても不満が溜まってくる。仮に独立国だったときより経済も文化も発展していても、いつかは自分たちの手で国体を取り戻すと思わずには居られない。
だからここで『独立してもいいですよ』と、ノネッテ真国という実例付きで、選択肢を渡してあげる。
そうすると、各州は『独立する』か『否か』を選ぶことになる。
そして俺が考えるに、ほぼ全ての州は『否』を選ぶ――というよりも、経済も文化も発展している領地を鑑みて『別に独立は今じゃなくてもいいか』とか『ノネッテ合州国に陰りが見えたときに独立すればいいよね』と日和見を決め込む。
人間とは不思議なもので、状況が全く同じでも、他人から強制されたことには反発するが、自発的に選んだことに対しては素直に受け入れることが多い。
ノネッテ合州国の状況に当てはめると、前と同じくノネッテ合州国の州の一つのままなのに、各州のトップは『ノネッテ合州国の一部にされた』という不満が、『ノネッテ合州国の一部でいることを選んだのは自分だ』という事実で薄れることになる。
つまるところ、ノネッテ真国は独立したままで居てくれた方が、ノネッテ合州国のためになるわけだ。
とまあ、こういう思惑があるけだけど、サルカジモに聞かせる話でもない。
俺は『ちゃんと考えがある』と態度で示し、ファミリスは『そういうことなら』と受け入れた。
「それじゃあ、改めて。サルカジモ兄上、ノネッテ真国の運営、頑張ってください。ガットとカネィは、ちゃんと補佐してやれよ」
サルカジモの妻のスピスクには、言葉ではなく視線で『帝国だった場所には逃がさない』と告げる。
俺の視線の意味を理解したかは不明だが、スピスクは子供を手の内に入れたままサルカジモに近寄る。俺の視線の盾にするかのように。
まあ当のサルカジモは、妻の不意の接近に気を良くした様子だったけどね。