四百三十八話 変わらない
ノネッテ真国の土地を、俺はノネッテ合州国の軍勢の先頭に立って進んでいる。
ノネッテ合州国の代表が先頭にいるなんて、急所を晒しているも同然だと、普通なら叱られるような真似だ。
しかしノネッテ真国を土地を行く限りに置いては、俺が先頭にいる方が色々とやりやすいのだ。
現に畑仕事をしていた民が、ノネッテ合州国の軍勢を目にしてギョッとした様子を見せるが、先頭にいる俺を見て態度を軟化させている。
そして民の一人が、俺に近づいてきた。
「おや、ミリモス様じゃないか。こんなに大勢連れて、里帰りですか?」
にこにこと、畑仕事で日に焼かれた顔を綻ばせながらの言葉。
これに、俺は少し違和感を覚えた。
しかし直接的に尋ねるのも角が立つので、遠回しに聞いてみることにした。
「ここ最近の調子はどうかな?」
「はい。畑も良い調子で、食うに困らないぐらいに収穫できてますとも」
「なにか移住者が居たと聞いたことがあるけど?」
「つい数年前に来た人たちのことなら、彼らはあまり土地のモノを食べようとせず、外から食料を持ってきて食べていたので、我らは食料に困ったりしなかったですね」
「ノネッテ国の主食は豆だからね。食べ慣れていない人は、食べたがらないだろうからね」
「そういえばミリモス様も、あまり豆が好きではなかったですね」
「豆を種類別に食べるのは嫌いじゃないよ。ただ、一緒くたに煮られたものが苦手なだけだよ」
「多種類をまとめ煮にした方が、味わい深いでしょう?」
「豆のごった煮は、ある部分は味がないかと思えば、かなり甘かったり、青臭いと思えば、土の臭いがしたりとね。こう、食べていて混乱するんだよ」
「それがいいのでは?」
食べる度に味が違うことを、俺は統一性が無くて苦手だと感じ、ノネッテの民は毎食でも飽きずに食べられると受け取っている。
帝国から移住した北人たちが、どちらの感想を抱くかというと、絶対に俺の方だったことだろう。
だからこそ、ノネッテの地で作られた豆を食べようとせずに、食料を輸入していたんだろうから。
「豆のことはともかく、本当に以前と何か変わったことはないの?」
「特にありませんね。ここらは本当に変わりありませんよ」
目の前の民の口調には、誤魔化しや噓が感じられない。
どうやら、ノネッテ国が帝国に支配されていたことも、帝国との戦争後にサルカジモが独立宣言したことも、この人は知らないらしい。
この人が特別情報に疎いわけじゃないんだろうことは、他の畑仕事をしていた人たちの様子を見てもわかる。
他の人たちは、なにか変わったことがあったっけと、仲間内で話し合いながら首を傾げているしね。
必要な情報は頂いたので、ここらで先への歩みを再開しよう。
「じゃあ、先を急ぐから。畑仕事、頑張ってね」
「はい。ミリモス様も、元気でいてくださいね」
俺はノネッテの民と別れると、ノネッテの王城を目指しての行軍を再開した。
その後、出くわしたノネッテの民に「何か変わったことはないか」と質問したが、その誰もが「変わったことはない」と口を揃えていた。
ノネッテの民が情報を知っていないのは、果たしてサルカジモが情報統制したからなのか、それともノネッテの民が穏やか過ぎて情報を取りこぼしたのか。
その正解を知る機会は、すぐ目の前に見えてきたノネッテの王城にて、サルカジモとの面会で訪れることは間違いなかった。
ノネッテの王城に入ると、残念なことに出迎えはなかった。
本来なら兵士が門を守っているのだけど、見当たらない。
「俺たちが来ると知って職務放棄をしたのか、それとも玉座の間に集めて籠城する気でいるのかな」
俺が疑問を口にすると、ファミリスが呆れ顔になっていた。
「そのどちらであっても、サルカジモという人は能力が劣っていると言わざるを得ませんね。兵士が逃げてしまったのなら求心力が足りず、玉座の間に集めているのなら戦術の知識が足りていません」
「求心力はともかく、兵力を集めるのなら、城壁と門を防壁に出来る外の方が有効だものね」
ともあれ、門前での戦闘がないのは、こちらに有利に働く状況だ。
俺は軍勢で城を包囲すると、神聖術使いと魔導鎧の兵士を混成で五十人選抜する。その五十人と共に、城の中へと踏み入った。
久々に足を踏み入れたノネッテの城の中は、俺の記憶にある通りだ。
ガンテとカリノの姉二人が帝国文化にどっぷりと浸かっていたことから、サルカジモも帝国趣味をノネッテの城に入れ込んでいるかと思っていた。けど、そういう気配は微塵もない。
むしろ俺の記憶にある通りの風景が続くことに、逆に違和感を感じるほどだ。
「帝国から派遣された領主にしては、変化が無さすぎる」
ノネッテの民との会話でも感じたけど、ノネッテ国が帝国の領土となったときも、ノネッテ真国を名乗って独立してからも、過去のノネッテ国と大差がない。
これほどの変わらなさを考えると、ノネッテ国と民が変わらなかったというよりも、誰かが変えようとしないように努力したと見ることができるだろう。
その誰かとは、いわずもがな、サルカジモに他ならないわけで。
「いや、新兵の意識については、愛国心を重点的に増強していたっけか」
しかし新兵以外の兵士については、あまり思想変化は見受けられなかった。
それこそセンティスにいたっては、サルカジモのことを『バカ』とか『ヤツ』とか言っていたぐらいだしね。
色々と疑問はあるけれど、ついにサルカジモと対面する時がきた。
俺は玉座の間につくと、ここでもまた扉を開ける衛兵がいなかったため、俺が自分で玉座の間の扉を開けることにした。
扉を開き、玉座の間の光景が、俺の目に入ってきた。
玉座に座るのは、サルカジモ。その周りには、以前に追い返したサルカジモの妻であるスピスクと子供たちがいる。
サルカジモ一家の前には、剣と鎧を着けた人員が二人だけ立っている。装備の装飾を見るに、帝国製の鎧と剣だとわかった。
その二人の顔に見覚えがある。成長して少し人相が変わっているけど、ガットとカネィだ。
さてこれで、ノネッテ真国のことについて話し合うための役者は揃ったわけだ。
俺は笑顔で玉座の間に入ると、手勢を連れてサルカジモの前まで歩いていった。