四百三十七話 センティスとの会話
決闘が終わり、ノネッテ合州国の軍勢が砦を抜けられることになった。
ざっざっと足音を立てながら、ノネッテ合州国の軍勢が砦の中を進んでいく。
その兵士たちの数と装備の質を見て、意気高く抗戦を叫んでいたノネッテ真国の新兵たちは、今更ながらに顔色を青くして震えている。
そんな風景を、俺は砦の一室――俺が元帥位だった昔に使っていた執務室から眺めている。
どうして執務室にいるかというと、センティスに世間話に誘われたからだ。
「それで、話ってなに?」
俺が外の景色から部屋の中に視線を戻すと、センティスの苦笑いが目に入った。
「いやよぉ。オレが誘ったわけだけど、ホイホイとやってきてよかったのか?」
「どうしてさ?」
「ほら、誘い出して暗殺とか、よく物語の中じゃある話じゃねえか」
ああ、そういうことね。
「俺を暗殺って、誰がやるんだよ。センティスか? それとも別の誰か?」
「いやいや、オレは頼まれたってイヤだよ。正直、サルカジモの野郎のために砦を守っていただけでも、業腹だったってのによぉ。いまや大国の代表者様のミリ坊様に刃を向けるなんて、とてもとても」
「揶揄だってわかっているけどさ。愛称に様を付けるなよ、まったく」
俺は苦笑を返してから、センティスの危惧への答えを告げることにした。
「暗殺者が来るとして、それは騎士国の騎士よりも強いのか? 暗殺者の武器に毒があったら危険じゃないかって話なら、そんな攻撃は避ければいい。食べ物で毒殺する気でいるのなら、俺はそもそも自分が用意したもの以外は食べないから、意味がないよ」
「言うねぇ。そう豪語するだけの実力が、ミリ坊にはあるってことか?」
「あるよ。というか自信を持っていなかったら、ファミリスに自信がつくまでシゴかれるんだよなぁ」
「……あの姉ちゃん、可愛い見た目に反して、えげつないのか?」
「ファミリスに任せれば、新兵が一週間で熟練兵と互角に叩けるまでにできるだろうね。その大半は一週間経つ前に脱落するだろうけどさ」
「劇物じゃねえかよ。かー、やっぱり騎士国ってイカれてやがったんだな」
とまあ世間話の初めの会話が終わったところで、センティスが本題を切り出してきた。
「それでミモ坊は、この国をどうする気だ?」
「それってノネッテ合州国のこと? それともノネッテ真国のこと?」
「真国の方だ。ここまで軍隊を進めたってことは、支配下に入れる気でいるんだろ?」
センティスの確信を込めた言葉に、俺は困ってしまった。
「いまのところは、そうだね。このノネッテ真国さえ手に入れれば、ノネッテ合州国が大陸を統一することになるからね」
「いまのところは――って、違う道も考えているってことか?」
「そりゃあね。どうしてサルカジモ兄上が独立国を作ったのか、その理由いかんによっては、このまま独立国として置いておいてもいいんじゃないかなってね」
「なんとも甘い考えじゃねえか。それでいいのかよ、合州国の代表様よ」
「甘いかな? むしろ真国が合州国の一部になれなかった場合の方が、苦労が多いと思うけど?」
「そうかぁ?」
「考えてみなよ。合州国は広大な領土を生かして、食料生産、技術開発、商業流通、予算確保を十二分に行える。逆に真国は山間の狭い土地を守っていくだけで、生産も予算もカツカツだ。十年二十年経った後、両者にどれだけの差が生まれるか」
もしかしたら百年後には、合州国は前世の日本のような機械があふれる世界になり、真国は今のままの機械のない時代の生活を続けていることになるかもしれない。
そんな差が生まれたとき、あのとき合州国の一部になっていればと、真国の民は嘆かずに居られるだろうか。
「センティスはどう思う?」
俺の考えの感想を尋ねると、センティスは顎を手でさすり出す。
「そうさなぁ。上役の方はどうかしらねえが、民は独立支持になるかもしれねえな」
「へぇ意外だ。どうして、そう思うんだ?」
「ミモ坊も知っているだろうがよ、この地の民はこの地での暮らしが好きなのさ」
「狭い畑で豆を作り、豊富な森から薪を拾い、たまに魔物を倒してその肉を食べる、そんな生活がだよね」
「合州国に入らなくたって、そんな生活は続けてられるだろ? むしろ入らない方が良いまであるんじゃねえか?」
「それは――そうかもしれないね」
合州国では、いまや魔導技術が幅を利かせている。
俺が研究部と開発した、触れるだけで魔力を魔導具に与えられる機能。この機能により、誰でも魔導具が使えるようになった。
魔導鎧のような魔力を馬鹿食いする魔導具だと、使用者が直ぐに昏倒していしまう。
そのため一般流通させる物品については、一度に使用される魔力に制限量を設けて安全対策を施している。
そうして安全な物品となったことで、いまや合州国では、火打ち石よりも魔導の火付け棒、釣る瓶よりも魔導のポンプと、あちらこちらで魔導具が使われている。
そんな状況だから、もし真国が合州国に併合された場合、大量の魔導具が真国に流入してくることは防げないだろう。
そして便利な魔導具が生活に組み込まれてしまったのなら、ノネッテの民が愛する昔ながらの生活は様変わりを強制されてしまうことだろう。
「ノネッテの民は、変わらないことに価値を見出しているってことだね」
「そんな高尚なもんじゃねえよ。ただ変えなくていい部分まで変える必要はねえだろってこった」
「そういう考えだから、帝国領土になった五年があっても、あんまり変わっていないんだね」
「帝国に感化されたのは、物の道理をしらねえ若手だけだよ」
「耳が痛いな。俺の兄と姉は、どっぷりと帝国びいきだよ」
「兄はサルカジモの馬鹿だろ? 姉ってのは?」
「ガンテとカリノ姉上たちだよ。久しぶりにあったとき、帝国風の服装と化粧で驚いたよ」
「あの二人か。そういえば見たな。この場所が帝国に占領され、サルカジモの馬鹿がやってきたときに、その二人が王城に顔を見せに来たっけなぁ」
このまま世間話を続けようとしていると、執務室に入ってくる人物がいた。
それはノネッテ合衆国の軍隊の鎧を着た人物。
センティスが警戒するが、俺はその人物を見知っている。伝令で良く駆けまわっている兵士だ。
「伝令かな?」
「はい! もうすぐ我が軍勢の全てが砦を通過する予定です。ミリモス様も、お戻りください」
「分かった。話すべきことは話し終えたところだ。今すぐそちらに向かうとするよ」
俺は伝令の方へ向かって歩きつつ、センティスへと顔を向ける。
「これから先も頑張んなよ、『元帥様』をね」
「うげぇ。まったくオレはこんな役職、ゴメンだってのによぉ。そうだ! 合衆国代表様の権力で、罷免してくれませんかねえ? それで一兵士に戻してくれたりとか?」
「やなこった。これから先も苦労し続けろ!」
べっと舌を出してセンティスを嘲ってから、俺は伝令と共に執務室を後にしたのだった。